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ロングロング  作者: くろ
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ハスキー


  アリロスト歴1911年  10月



 俺の拾い主ジェロームは俺が着て忙しくなったとボヤくけど、ソレは違うと俺は言いたい。

 俺が来たから北カメリア内戦が起きたみたいな言い方を辞めて欲しい。

 序にバンエル王国を巡った戦いが始まったのも俺の所為じゃ無いし、プリメラ大陸のレンジ州で白人以外入れない区域を作ったトリス・ローデって副大臣の考えは俺にも意味が分からない。

 

 「全くさー、北カメリアは表向きプリメラ人奴隷制の有無で内戦している時に、あのトリス・ローデは如何して戦争の種に成りそうな人種隔離政策なんつうアホなモノを打ち出すかね。てか、なんで議会を通っているんだよ。阿呆な奴等め。」

 「まあまあ、こう言う時の為にパトリック教育相とジェロームは友達に成っているんだろう?」

 「違ぁぁーう。つうかパトは俺の言う事を聞く訳がない。ウィルはパトを知らな過ぎだ、パトを使えるのは天使レナードだけだ。それにそんな関りを持ったら俺にまでパトの面倒な呪いが移るだろうが。折角ロンドへと置いて来たのに。」

 「ふふっ、ロンド・タイムのインタビュー記事でパトリック教育相とジェロームは大学時代からの親友とあったよ。しかし強いて反対の声は無いね。まあ新聞記事だから周囲の反応迄は分からないけど。」

 「あーヤダヤダ。マジで俺はグレタリアンを出て遣る。」

 「別にこの記事が無くてもジェロームは北カメリアに移住する心算(つもり)だったでしょうが、白々しい。」

 「フフーン、ソレが出来るのが後継で無いモノの特権なんだよ。羨ましいだろウィル。」

 「僕も移住は出来るんですよ、ジェローム。もうセドリックは20歳ですからね。」

 「はあー?ウィルは馬鹿じゃないか、アレだけの領地を。」

 「如何(どう)もジェローム探偵がロンドから消えてから、僕も気が抜けてしまって。ロンドとデルラを往復する内にデルラでジェロームといる方が楽しい事に気付いたんですよ。」

 「気付くなよウイル、そんなことに。てか兄も困るだろう、ウィルみたいな便利な奴が居なく為ったら。そもそもがジョアンをロンドへ連れ戻す心算だったんだろ?」

 「その心算だったんですがデルラのジェロームの居る敷地内を見て、ジョアンの安全も確認出来たしポスアード大学にも遣る心算なんだろ?近くにロー・スクールもあったし。」

 「まあね、いやージョアンが全く勉強が出来ないのかと思って心配していたけど、家庭教師を就けて勉強させたら大学の授業について行けるだろうと言って呉れてホッとしたよ。」

 「えっ、俺って勉強出来ないとジェロームに思われていたんですか?いや、それに大学って、、、。」

 「ええー、だって普通はジョアンを勉強が出来ない子と思うよネ?ウィルも、そう思って居ただろう?」

 「はい。だって勉強が出来る学生は、出来るだけ早くあの場所から脱出しようとしますからね。僕はスクールへは行きませんでしたし、ジェロームも2年経たずに卒業しましたか、確か。」

 「そう言う事。ジョアンに話を聞いたら、別に好きな学生が居てゆっくり卒業した訳でも無いみたいだったし、勉強が苦手で嫌いなのかと思っていたよ。」


 「勉強というよりアシェッタ語と古典が如何(どう)も俺と相性が合わなくて、それで。」

 「成程ね、まっ、内戦が終わったら一度は、ロンドへ戻って手続きをしよう。」

 「うん、僕もソレが良いと思うよ。北カメリアなら身分や生まれを気にせず生きて行けると思うしね。新しい国で問題も一杯あると思うけど、ソレはジョアン達が解決する努力をすれば良い事だしね。」

 「ケっ、またウィルが恰好良さげな事を言って、ジョアンを手懐けようとする。ジョアン、こう言う白々しい奴を信用したら駄目だからな。」

 「自分がジョアンに懐かれないからって、僕を悪く言ってもジェロームには懐かないと思うよ。それに僕はジョアンに感謝しているんだ。身体が弱くて今まで友達が居なかったマイケルにはジョアンが何気なく話してくれる事が嬉しいんだよ。」

 「いえ、俺こそマイケル話せて楽しいです。此処で遊べるのはハスキーだけだったので。」

 「ええー、ハスキー犬を飼ってるのかい?ジェローム。」

 「違うよ。犬種はコリーだ。生れた時の顔が面白かったからハスキーって名付けたの。そういやマイケルの双子の妹は身体とか大丈夫なのか?双子って体質とかも似るんだろ?」

 「ああ、リズは元気だよ。だからマイケルだけ連れて来たんだ。」

 「そうか、双子で片方が病弱だと親も兄妹も見てる方も辛いしな。でもウイルの所は、貴族らしくない親子関係だよな。奥さんもウィルみたいな感じかい?」

 「いや、クラリスは正しく貴族らしいよ。嫡男優先主義だし、健康な弟が生れたので、マイケルの世話は乳母たちに任せている。僕は良く話し掛けてくれる両親から育てられたからね、一般的な高位貴族の家庭環境とは違うんだよ。だから妻クラリスが間違ってるとも言えないしね。」

 「貴族の子供は嫡男以外は放置されるからな。」

 「そうだね、ジェロームの所の超過保護な兄上や僕の両親が少し変わっていただけだろう。まっ、ジョアンは今まで通り気楽にマイケルに話し掛けて遣ってよ。」

 「は、はい。勿論です。」


 俺がそう答えるとジェロームとウィリアムが顔を見合わせ微笑んだ。

 やっぱり2人は仲が良いよね。


 マイケルは内臓が健康な人より小さいらしくて運動とかが出来ないし、良く発熱をする。

 エイム公爵家の娘エミリアが嫁いできても、別に世話とか必要は無いけど気を使わせたくないと言う事で、ウィリアムの知人がいるナユカ国でマイケルは暮らす予定だった。

 でも北カメリアで内戦が始まり念の為に、デルラのジェロームが住む屋敷でマイケルと父親のウィリアムは滞在することに成った。

 

 マイケルは細い首の中位まである金の髪をセンターで分けて、綺麗な若草色の瞳をした華奢な少年だった。

 17歳と聞いていたけど小さくて年よりも少し幼い感じがした。

 俺が通っていたプライベート・スクールに行ったらモテそうだなと、下品な事を思わず考えてしまったよ。

 俺の部屋の通路を挟んで向かいの部屋にマイケルは滞在していた。

 此のコテージは概ね下宿112Bを模して造られていて、一階の何時もジェロームが居る部屋以外はロンドに戻ったような気分に成る。

 でも空気が違うので直ぐに「ああ、デルラだ」と俺は気付くんだけど。


 直ぐ北側には、と言っても120km以上離れてるけど、ナユカ国との国境が地図上ではあるらしい。

 国境警備とか無い珍しい地域だったりする。

 その地図上の国境が或るナディア州にはジェロームお薦めのフロラルス女性がいっぱい居るらしい。

 フロラルスの植民地と言うかモスニア帝国の保護州かな?

 その内に連れて行ってやると、ジェロームは綺麗な笑みを浮かべて言った。


 でもって此のデルラの広大な敷地に或るビレッジはジェロームが作ったらしい。

 ジェロームが言うにはユートピアを作りたくて2度失敗した人と、その人には運営能力が無いので同じくロンドで働くのに疲れた医師と事務屋に補佐をさせて、「ビレッジ作りをさせた。」そう言って楽しそうにジェロームは笑っていた。

 「どうせ土地を管理して貰うなら愉しんで管理して居るのを見る方が面白いだろ?」


 やっぱりジェロームは何を考えているのか、よく分からない人だった。


 南や西にある他の州でも、騒がしく忙しないグレタリアンから移住してきた似たようなコミュニティーが在るそうだ。

 もしかしてグレタリアンて暮らし難いのかな?

 ジェロームのビレッジ説明を聞いた時に俺はそう思った。


 そうそう、マイケルの話だった。

 マイケルは絵が描くのが好きで、読書に飽き足りして、窓から見える景色で木々の変化や遊びに来た鳥たちを見掛けてはクロッキーしている。

 何枚かは水彩画でとても緻密な絵に仕上がっていた。

 でもって、とても教えるのが上手くて、俺が古典詩を上手く訳せないと悩んでいると綺麗なアルトの声で韻を踏んで呉れて、俺が規則性に気付くまでソレを続けて呉れた。

 お陰で難しかった『終末の雷鳴』への導入詩『ローグの裁判』が解るようになった。

 それからはマイケルの部屋で一緒に古典詩を朗読したり、マイケルから詩編の情景を説明して貰ったりしている。

 本当はゆっくりと語り合いたいけど、一時間を過ぎるとマイケルの瞳が曇っている様に見えるので、俺はハーブティーをマイケルと飲みつつ、一時間位、一緒に詩を朗読して、自分の部屋へ名残惜しく思いながらも戻っていた。

 いつもマイケルに勉強を教えて貰ってばかりいる俺はミューレン爺達の健康と共に、マイケルが健康を取り戻せるよう神に祈るようになっていた。









  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



  アリロスト歴1911年   12月



  ロンドでは殆ど降らない雪がデルラの地に振り始め、翌日目覚めてベットを出たら一面が真っ白に成っていた。

 俺はベットに入れていた湯たんぽを取り出し、そのお湯を洗面器へ移し温かいお湯で顔を洗い、ベージュのネル地にブラウンチェックのシャツに、グレーのウールベストを羽織ってベージュのコーデュロイトラウザーを穿き、厚手の茶のジャケットを羽織って、オークの扉を開いて室内へと入って行った。


 窓と反対側にある東側の漆喰壁に、大理石のマントルピースで飾られた暖炉は、赤々と薪が燃えて部屋に、オレンジ色の温もりを広げていた。


 ジェロームは珍しく書棚の近くに在るウォールナットのコンソールテーブルに封書や開いた手紙を置いて臙脂色の布張りの安楽椅子へ厚手の青いガウンを羽織って座っていた。


 「お早う、ジョアン、今朝は冷え込むね。」

 「おはようございます、ジェローム。外は一面雪景色でした。」

 「ふふ、流石にジョアンも今日はハスキーと走るのは断念したみたいだね。」

 「はい、余りに寒くてサッキやっとベットから出る事が出来ました。湯たんぽって便利ですね。」

 「友達のジャックが作って呉れてたのを想い出して閉まっていた荷物から出したんだよ。」

 「今朝はジェロームは早いですね。」

 「ふふ、暖炉そばの寝椅子を見てみて。」

 「?」


 俺は扉を閉めて、ジェロームに言われた通り寝椅子へ近付いて動いていた影を見ると、寝椅子の下で大きな焦げ茶と白毛のハスキーが小さなグレーの子犬を前足で抑え込んで舐め廻していた。

 子犬は小さな身体で抵抗を試みていたけど体長が60cmはある成犬のコリー犬に適う訳もなくハスキーの大きな体の為すが儘だった。


 「ハスキー、その子如何したの?」

 「ふふっ、朝起きたらその子を咥えて持って来たんだよ。猫が鼠を捕って来て褒めって?って奴かな。ぐったりしてたからミルクを遣って置いてたら、ハスキーがジャレて子犬を構い出したから、仕方なく俺は此のテーブルへ移ったんだよ。裏道から続く林で拾って来たのかな?」

 「それは、ちょっと違う気が。でも、この寒い雪の日に、、、。」

 「だから拾って来たのかもよ。ハスキーって賢いから。ふふっ。」


 そう言って淡い金糸の緩く纏めた髪をジェロームは左肩へと左手で落ち着け、上品な臙脂色に彩色された珈琲カップを持って口を付けた。

 此の屋敷の番犬として飼っているハスキーは確かに賢い。

 ジェロームをボスとして敬って俺や他の使用人たちを守るべき羊として丁寧に接していた。

 俺の事は多分子分扱いだけど。

 現在5歳でハスキーと一緒にランニングして知ったが体力は底なしだ。

 俺が疲れてランニングを終わらそうとしても、ジェロームに教えられていた「ストップ」を掛けないと俺の背中はハスキーの無限前足スタンプの刑にあう。


 「ジェローム、オスでも子育てとかするんですかね?」

 「するんじゃない?だって俺がジョアンを拾って育てる位だし。」


 うーん。

 砂糖ミルクを飲まされた記憶しか無いけど、確かに俺を拾ってくれたのはジェロームだ。

 でも子育てと言われると俺は何故か頷けなかった。

 そんな事を考えているとウィリアムが颯爽と部屋に入って来て、寝椅子を見て「ギョっ」とした後、ジェロームが座る安楽椅子の向いに置かれた椅子へとドカリと腰を落とした。



 「おはよう、ジェローム。犬を部屋に入れるのは如何かと思うよ。僕が犬を苦手な訳じゃ無くね。」

 「へぇー、ウィルは犬が苦手なのか。お早う、ウィル。今まで運良く此の部屋で出会わなかっただけだよ。日頃ハスキーは此の敷地で見回りをしているからね。フフっ。」

 「苦手じゃないよ。おはようジョアン、凄い雪だね。」

 「おはようございます、ウィリアム。」

 「誤解しないでくれ、僕は犬が苦手なんじゃない。毛とかが嫌なだけだ、大変なんだよ?衣服や靴に着いた犬の毛を除去するのって。取れたと思っても後から後から見つかる。」

 「ふふ、ウィルが犬の毛と格闘してる姿を想像すると笑える。」

 「好き放題に笑うと良いよ。そう言えばバンエル王国でプロセン連合王国との戦いが初めって直ぐに、バンエル王たちが逃亡してエーデン王国からグレタリアン帝国へ王妃を頼って来たと本邸で報告が在った。」

 「また、なんでグレタリアンなんかに、あー、そうだったバンエル陛下の妹が王妃だもんな。」

 「北カメリアに来たかったようだが内戦状態だったので諦めたらしい。どうも王宮内でプロセン派の貴族達から取り囲まれて脅されたみたいだ。それで、それなら好きにしろと貴族達に言って、バンエル王は王宮を去ったらしいよ。」

 「ええー、じゃあ、戦争は?」

 「宰相が出て行きプロセン軍にバンエル側の負けを伝えたらしい。如何いう手法かはプロセン次第だろうけれど、決着がついたから今回は戦争は起きないだろうね。ただ、オーリア帝国は堪らないだろうけど。」

 「それは良かったけどさー、プロセン連合王国って、モスニア帝国より広くなってる気がするけど。案外と此れからのグレタリアンは大変そうだな。どうせ此の内戦でもプロセンは北軍に就いているだろうし。」


 「グレタリアンは表明してないけど南部を支援しているしね。現状は南部が有利に進んでいるようだけど。」

 「まっ、グレタリアンが軍を送らないなら、人口とインフラが劣っている南部が勝つのは難しいね。兄は政策に対しては相変わらず口を挟まないし。情報を統括している身として政策に口は挟まないって兄は言っているみたいだけど、絶対に面倒だと思って逃げているだけだぜ。」

 「ふふっ、それはアルかもね、ジェローム。」



 大きく溜息を吐いてジェロームは封書を開いて、それを覗き込んだウィリアムと一緒に話し合いを始めた。

 俺は静かに立ち上がって、寝椅子の下に居るハスキーと子犬の元へと2人の邪魔をしないように、ゆっくりと歩いて行った。

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