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ロングロング  作者: くろ
48/85

No48 ニューフォルム




      アリロスト歴1923年  6月 



 今年もヨーク市へ俺はウィルに連れて来て貰った。

 流石に前回泊ったホテルは高さ的にも値段的にも高い気がしたのでエイム公爵家で借りている5番街の共同住宅で滞在する事にした。

 シンプルな玄関から広いリビングの北に或る木製の扉を開くと短い通路があって右手には書斎で通路の奥の扉を開けるとソファーやローテブルの或る部屋が或る。

 家具や調度品は、最近北カメリアの訪問した屋敷で、良く見掛ける機能的で機械的なデザイン。

 まさに、ニューフォルム。

 デルラのロッジとの部屋の空気感の違いに俺は少し戸惑う。


 「此処は狭いだろジョアン。」

 「いえ、全然。煙草屋の裏と寮生活をしていた俺には、部屋の大きさで不満を持つ事はありません、ウィリアム。」

 「偶には我儘を言って良いんだよ、ジョアン。それに今回はジョアンの会社が新たな電球を開発出来たお祝いでも或るんだしね。」

 「いえ、俺は出資しただけですよ。友人のルイスは本当に凄い奴で、彼が頑張って呉れたお陰です。それとウィリアムが交渉役の人と弁護士を手配して呉れて、俺もルイスも戸惑わずに済みました。有難う御座います。」


 「ふっ、いいよ。ビジネスは最初が肝心だからね。僕も父にそう教えられたんだよ。ジョアンは共同経営者ってことに成るのかい?ルイス&ミューレン・エレクトリック・カンパニーの。」

 「はい、でも俺は技術的な事は分らないし、ルイスも次の研究の為にまた大学で研究チームに戻るようなので、ウィリアムが紹介してくれた人に任せる心算です。説明は聞きますけど。」

 「そうか、でも此れで、ジョアンも遠慮して使いたがって居なかったエイム家の名前を、出さずに済みそうだね。」

 「は、はい。だと嬉しいです。」


 使いたく無いのは、エイムと名乗ると聞いた人が驚くからなんだけどな。

 後はジェロームへの営業除け。


 俺は目尻に幾本もの横皴を寄せて、深緑の瞳を細めて、優しく俺を見詰めるウィリアムとマイケルが描いている二作目の挿絵の話をしながら、ルーサーが持って来たアイスティーで喉を潤した。


 「如何?ジョアンは将来マイケルの娘シャロンと婚姻しないかい?」

 「うっ、コホッ、シャロンは2歳ですよ、ウィリアム。婚姻年齢18歳だとしても、少なくとも16年は先の話だし、今は女性も学ぶことが好きなら大学に行く時代ですよ。俺って、もう30歳ですからね。ウィリアム、流石に無理がありますよ。」

 「そうか、良いアイデアだと僕は思ったんだがな。ジョアンと家族に成る。」

 「別に無理やり籍へ入らなくても、俺はウィリアムを家族の様に思っていますよ。エイム公爵のタウンハウスに伺って居た頃から、ウイリアムは何時も、俺を気遣って呉れていたし、緊張していたあの屋敷で、俺は自然とウィリアムを頼って居たから。もう家族のようなものでしょ?」


 「ふふっ、そうか。そうだな、ジョアン。」


 ウンウンと頷いてウィリアムは嬉しそうに笑みを深くして、長い腕を伸ばして俺の頭を大きな右の手の平で優しく撫でて呉れた。

 ウィリアムは何時でも真っ直ぐ俺に好意を向けて来るので、時々くすぐったくなる。

 お父さんと言うより、やっぱりカッコイイお祖父さんって感覚だ。

 

 ジェロームやマイケルもそうだけどウィリアムの短い金の髪も光が当たるとキラキラとして綺麗だ。

 昔は、3人の髪が金色なのが羨ましかったな。

 て、言っても12年くらい前だけど。

 近頃は、俺の此の白っぽいベージュの髪も、薄くて目立たない水色の瞳も、悪く無いって思えてきた。


 ウィリアムを筆頭にジェロームもセイン・ワート博士もクロードも皆、俺を大切に思って呉れているって、サラームと接している内に分って来たからだ。

 必ず挨拶してくれるのも、目を見て話して呉れるのも、アノ不味い砂糖ミルクも、ジェローム達が俺を気に掛けている事だと、俺がサラームにするように成って分かったこと。

 サラームは、本邸から少し離れた場所に在る使用人屋敷に住む子供達と勉強を教わったり遊んだりしていて、日を追うごとに生意気には成ってるけど。

 よく考えたらサラームって最初から俺の事は揶揄っていたよな。

 サラームがどんな大人に成るか楽しみではある。

 何となくジェロームもそんな事を俺を拾った時に思ったのかな?って思ってみる。







   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





    アリロスト歴1923年    8月



  グレタリアンで、俺が追っ払った筈のグロリアン・マフィアが、北カメリア北部のカーゴ市にも、上陸していた。

 まあ、こっちは別口のマフィアみたいだけど。

 南北が統一してグロリア王国に成ってもマフィアの出稼ぎ気質は変わらないのだろうか。


 密造酒作って売るだけでボロい儲けが出るのに遣らない悪党は居ない訳で。

 グロリアマフィアの突撃隊つうか、切り込み隊長みたいな、チヤ・デ・カッポレ20歳は、ヨーク市でパリピ―属性のバリバリな武闘派だったのをカーゴ市の地元ギャングのボスが雇った。



 元はサルーンって言う開拓時代に出来た酒場を無くしたくて、宗教家たちが考え出した法案だったのに、違法な潜り酒場をヨーク市だけで現在2万軒を超える勢いで作り出してしまった『アンチサルーン同盟』の皆さん。


 宗教家達がサルーンを目の敵にしたのは、興隆したサルーンでは酒と食事の他に、娼婦やギャンブルも提供して居たので、「サルーン=悪魔の巣窟だ」と分析した上での彼等にすると正当な結論だった。


 でもって、政府も燃料にしているアルコールを無くす訳には行かないので、工業用アルコールを作る事は許可していた。


 安価な工業用アルコールもあり、サルーンていう売る場所も人も居て、酒を欲している人々が居る。

 とてもイージーに潜り酒場『スピークイージ―』が出来、サルーンの頃より活況を呈した。

 ステージを作って生演奏をさせたり、ダンスホールを儲けたりと違法営業の癖に営業努力を怠らない所為で、音楽や踊りの才能ある若い人達もスピークイージへと集まって行った。


 ちっとも、潜らない酒場を営業努力でチヤ・デ・カッポレ達は作っていっている。


 バカンス中に、ウィルはジョアンをヨークに連れて行こうとしたので、その時に「潜り酒場へジョアンを連れて行っても良いけど、酒だけは飲ますなよ。」って忠告をして置いた。

 順法精神。

 アハハ!、まさか、違うよ。

 メチルアルコールやら、何やら酒っぽく成るなにかを合成している、正体不明の化合物液体をジョアンに飲ませたくないだけだ。

 ヤバいと死ぬから、マジで。


 でもまあ、ジョアンには如何せヨークに行くなら、この禁酒法なんてイカレたモノを作りだした、20年代って空気を体感して欲しいからな。

 此のデルラで知る事は出来ないしね。


 俺も、生演奏には興味があるけど、矢張り、過密していた蒸気自動車が走るヨーク市には、近付きたくない。

 ウィルが、にこやかに「今は煩くないよ」って笑って言うけど、俺はウィルの言葉だけは、信用しないと決めてるんだよ。


 『禿げろ、ウィル!』




 セインは、さっきトマスに渡された娘オリビアの手紙を、サフランイエロー色のベルベットを張ったアームチェアーに座って、飴色の瞳を細めて、静かに読んでいた。

 少しウェーブが掛かった白髪混りの短い栗色の髪を、右分けにして左右で確りセットし、シンプルな青い模様のコットンシャツを着て、ベージュのワイドなトラウザーを穿き、涼し気な夏の恰好をしていた。


 長期休暇で室内に居るのにタイを締め、ベストを羽織って居るのは生真面目なセインだからこそ。

 サスペンダー姿を俺に見せたくない、と言うセインの謎の拘りが、8月でもベストを脱がない理由だったりする。

 ジョアンから、「俺とセインとクロードが居ると『ザ・グレタリアン』って感じがして、カメリアに居るのを一瞬、忘れる」って言われた。

 セインとクロードは、髪形もスタイルもグレタリアン紳士!っつう気もするけど、俺って来客が無い時は基本的に夜着だし、髪も相変わらずロン毛だし、貴族の枠からも程遠いのだけど、ジョアンに言わせると、俺の存在そのものがグレタリアンだって言うんだぜ。


 こんなにグレタリアンを嫌っている俺に、ジョアンは何を見てるんだか。



 「はぁー、どうしたもんかな、ジェローム。」

 「うん、どうしたんだセイン?」

 「娘のオリビアに、元妻だったアリッサから会いたい、と連絡が合ったんだよ。2回ほどオリビアは断ったらしいのだが、今回の手紙には、アリッサが体調を崩したと書かれていたそうだ。」

 「オリビアは35歳に成ったか。それこそ夫のユージンに相談して決めれば良いと思うけど。一応ラットン伯爵家の意向もあるだろうしね。アリッサは平民であるのだし、貴族の中には、そう言うのを嫌がる家もあるからね。」


 「そうだね。実は、僕とアリッサが離婚した理由を、オリビアは知っていてね。僕が今でもアリッサの不貞を許してないのじゃないか?と、オリビアは気遣って居るんだよ。母親のアリッサと会っても良いかと僕に確認して来たんだ。」


 「ふふっ、オリビアも大人に成ったな。なぁ、セイン。」

 「うん。それに、僕はあの頃、アリッサの不倫の事実を知っても、何とも思わない位に、アリッサへの気持ちは冷めていたからね。その事に、自分は冷たい人間だと悩んでいたんだ。」

 「まあ、ソレはセインとアリッサの問題だしね。でも、俺はセインが冷たい人間だと、一度も思った事はないよ。歳を取ってアリッサは、孫の顔でも見たくなったのかな。」


 「如何だろうなー、アリッサは、そう言うタイプで無かったと思うよ。オリビアの上の子は6歳で下は3歳だし、エキセントリックなアリッサの性格が変わって無かったら、オリビアも会わせないと思うよ。」


 「まあ、一先ずは夫のユージンに相談だろうな。その間に俺も兄に頼んでアリッサを調べて貰うよ。セインは本邸に或る電話か電信を使いなよ。」

 「有難う、ジェローム。じゃあ、お言葉に甘えて電話を借りるよ。」



 そう言って、セインは静かに立ち上がり、クロードに案内されて、艶の或るオークの扉を開き、クロードとセインは俺の聖域から本邸へと向かった。




 セインの離婚は妻アリッサの不貞だけど、実質の原因は俺かも知れないしな。

 生真面目なセインは長年、俺への気持ちは友情だと頑なに思い込もうと藻掻いていたみたいだけど、セインを気に入っていた俺が、そんなセインを逃す訳もなく、離婚してからは下宿内で密かにセインの手取り足取り、腰とりとラブアタックチャンスを愉しんだ。


 密かにしていたのは、ジャックから「オリビアの為にセインにそう言う風聞を立てさせるなよ」としつこく念押しされていたからだった。

 もうさ、ジャックって子煩悩なんだよ。

 父親目線、祖父目線つうか、俺の人権よりオリビアの気持ち優先しろ!って言うね。

 お陰でロンドに居る時は、探偵と助手の関係としか知られ無かったけどな。

 いや、同居していたクロエやルスランには当然知られているんだけども。


 相変わらず、教会は同性愛には反対の立場らしいけど、著名な学者が2人程カミングアウトして呉れたから、世間の空気は俺がロンドに居た頃よりは、グレタリアン式友情に緩くなったと、クロエの報告。

 でもなー、粋なカリスマ・ノルセー伯爵もスチュアート4世も両刀派としてメジャーだったじゃん?

 それらは公然の秘密としてアリなの?

 まあー、無しとか言ったら皇帝を如何すんの?って話になるもんな。


 そんな訳で、空気は緩く成ったかも知れないけど、今でも公職に就く者は、同性愛者はNGだよ。



 で、此処北カメリア北部の友情具合は。

 

 酒が入ってフリーダムに成って居る所為か、スピークイージではオープンで著名な人も、カミングアウトしているとか。

 「酒って怖いな」

 ってな状況に、後々ならない事を俺は願って居るよ。


 何と言っても、信仰篤き『反サルーン同盟』の面々が歯ぎしりしながら、スピークイージと言う新たな悪魔の巣窟を睨んでいる気がするからさ。

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