No47 多数決
アリロスト歴1923年 3月
一日が終わって此のロッジに或る2階の自分の部屋に戻って俺はホッと一息を吐く。
ルーサーは昔マイケルが居た俺の向かいの部屋に住んでいた。
ウィリアムからは日々、自然な笑顔を作る演技指導をされている。
ウィリアムの綺麗な微笑はこうした日々の研鑽の賜物かと思うと俺は少しガッカリした。
まあ、俺がディックにメインとして任されているのは、来客をあしらいジェロームに負担を掛ける事無くお帰り願う事なので、ウィリアムからの演技指導は必要なスキルではあるんだけど。
使用人である(ディックが言い張る)ディックが断るより、義理でも養子の俺が断る方が良いそうだ。
でもって情報に触れるようになれるには、本邸とロンドを繋ぐエイム公爵の部下達を覚えてからだとエイム公爵からディックへ命令が来たらしい。
今まで本邸からロッジを往復している人とは軽い会話をしていたことが在るけど、本邸でディックに各州の管轄している人とかも紹介されてみれば、頭痛がする位、人が多い。
俺って、其処まで物覚えって良くないんだけどな。
そんな慣れない事に俺が悪戦苦闘しているの頃。
ディックに頼まれた書類をジェロームへ届ける為、艶の或るオークの重厚な扉を開いて、部屋へ入り相変わらず美しいジェロームに近付けば、テーブルにデルラ地域の地図を広げて、整った顔の唇の右端を僅かに上げて、俺へ向かって例の笑みを浮かべた。
「お早う、ジョアン。」
「お早う御座います、ジェローム。」
「ふふっ、見てごらんジョアン。デルラの地に俺とジョアンの王国を作ろうと考えていたんだ。ジョアンも一緒に考えてよ。面白そうだろ?」
「、、、、、。」
暇を持て余したジェロームが飛んでも無く可笑しなことに俺を巻き込んで来た。
此れって巻き込まれたら俺に取っては無間地獄なような気がする。
そう思って俺は、ディックから預かった書類をサッサっとジェロームに渡し、艶の或るオークの扉を慌てて開いて、本邸に向かって逃げ出した。
金と暇の或る変人て何をしでかすか分らない。
王国作りはジェロームに愉しんで遣って貰うことにした。
て、言うかジェローム。
この広大なデルラの地に居る住人て、トーエン・ビレッジとエイム公爵が建てた湖の近くの保養地にしか居ないじゃん。
いや、探せば把握をしていない村落があるかも知れないけどさ。
でも独立戦争後に、住み着いたグレタリアン人が追い出した北カメリアの原住民は、ナユカ連邦国の国境付近の山や島に逃げた筈だから、デルラには居ないと思うし。
はぁー、俺ってまたジェロームに揶揄われたのかも。
ジェロームのビックリ発言を揶揄われたのだと思い直し、俺はジェロームから貰っていた煙草を取り出して、口に銜えて火を点けた。
友人のフランク・ネルソンから届いていた手紙を開くと、秋に婚姻式があるのでその前の独身パーティーに参加しないかと言う誘いだった。
大戦後暫くして、元トルゴン帝国の領土だったトランス王国へフランクは赴任していたが、通訳が居ないとグレタリアン語が通じないので苦労すると書いてあった。
グレタリアンがケン族との約束で新たに造った国で高等弁務官は、ジェロームからボロクソに言われている、あのロレンスである。
巨大な崖に幾つかの古代遺跡が残る暑く、そして寒い地域の初代国王ケン・ルア・ナバテア・トランス国王が治めることに成った。
婚姻したら暫く軍から休暇が貰えるそうで、楽しみだと書いていた。
『もうフランクが結婚?』そう思ったけど考えてみれば、俺と同い年だから30歳に成るのだった。
寄宿舎時代の明るく人懐っこい琥珀色のフランクの瞳を想い出して、「おめでとう」と、俺は小さく呟いた。
復員した後は軍を辞めようと考えて行ったらしいのだが、思うような就職口も見つからなかったので、未だ軍人を遣って居るとフランクは巫山戯た調子で書いてたけど、色々と逡巡する想いも在ったのだろうことは伺えた。
戦争に行かなかった俺はチクリと胸が痛んだ。
ジェローム達は、俺に隠すようにしていたが、あの大戦の悲惨な様子は、大学で自然と新聞や噂で俺の目と耳に入って来ていた。
フランクには会いたいけど、こんな罪悪感を抱えた侭で、俺は会いに行ける気がしない。
と言うか、多くの人が徴兵されたグレタリアンへ、逃げ出した俺は戻れる気もしなかった。
「御免よ、フランク。」
そう俺は呟いて、手にした煙草を大理石の灰皿で揉み消し、サイドテーブルの電燈の灯りを落として、ベットの掛布に深く潜り込んだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
アリロスト歴1923年 5月
此の所、我が家のジョアンが思春期であった。
いや、ジョアンは万年思春期だけども。
もしかして、俺が半分だけ本気で言った王国を作ろうぜ、って話しで真面目に悩んでいるのかな?
でもまっ、俺が元気な内にアレコレ悩んでいておくれ。
少し背中を丸めた様子のジョアンが、艶の或るオークの扉を開いて、俺の聖域から、ひっそりと本邸へと戻って行った。
俺は、飼い猫ジョアンが大志を抱くことを願いつつ、二期目のショーン・キャメロン大統領が施行した禁酒法を想う。
どうも、ヨーク南西にあるカーゴ市では、多数の隠れ酒場ってのが或って、繁盛しているらしい。
まあ、出来るだろうとは思って居たけど意外に早かった。
昨年の9月に施行で俺に情報が入って来たのは、昨年の年末。
それが、真っ当な勤め人のセインの口から聞いた大学での噂だから、結構、大っぴらに商売してるって事だ。
当たり前だけどヨーク市も当然或る。
隠れ酒場とは、、、。
此処まで他州に噂が広まるってのは、ある程度取り締まる方も寛容なのだろう。
人って禁止って言われると飲みたくなるのか、買い溜めたくなるのか、国境や港には酒を買う人売る人で盛大な賑わいを見せた。
そして禁酒法が施行されると、国境の町や村は酒が売られる繫華街に成った。
当然、密輸とか当たり前だよね。
でもって隠れて酒場を遣るなら、当然に裏の方々の出番なんだよなー。
世の中イケイケドンドンって感じで景気が良いのに、酒を飲まないってシチュエーションが想像が出来ないのは、俺もアルコールジャンキーなのか。
気分が良くても悪くても一杯飲むかって思うよな。
そして傍にはセインやジョアンが居れば、世は事もなし。
それよりも気持ち良いと思う事が或るから、世の中に禁酒法って生まれ出たんだろうし。
選挙の結果で多数決って言うけど、多数決は本当に多数の意見なのか?って考えるよね。
考えてみよう。
ピラニア資本家の人達が多数決に委ねるような選挙方法を許すだろうかなー?って話。
そんな事を想いつつ、禁酒法について考えて行くと、また趣深いのである。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
兄の手紙に目を通して居ると、そろそろ俺に会いたいと言う愚痴を珍しく綴っていた。
良く考えれば73歳に成るのか。
麗しく整った容姿で、殆ど表情を動かさない所為で、何かと怖がられている兄だけど、モットーはジェロームの為に動くだから、俺は当然、怖くない、うん、当たり前か。
ジャックと知り合い一緒に居た所為で、若干表情は柔らかくなり、俺には自分の思いを僅かながら口に出来るように成った不器用な人である。
俺も兄と其処ら辺は似た気質なので、ジャックには、「エイム兄弟って、メッチャ面倒臭い」、って愚痴られていた。
兄が怖いからって、主に俺へ、だけどな。
兄はジャックの居なく為った記憶の欠落を、俺で無意識に埋めて居る所為か、昔より素直に成った。
そんな兄を見て居るのが、俺は少し心苦しくて距離を取っていたってのもある。
でも、兄も俺も互いに歳を取り、そんな事を言っている時間も余り無いのかも知れない。
気紛れで生きている俺をずっと兄は全力で支えて呉れて居たのだから。
ましてや、中身は兄の愛したジェロームでは無い俺を。
つっても、そういう長年の情は受け入れても、兄からの愛は受け入れられないけどな。
一応、俺にも好みってモノもあるし。
そんな事を想いながら、俺は銀色のシガレットケースを開けて、煙草を一本口へと銜えた。
すると、艶の或るオークの扉を開いて、にこやかな笑顔を浮かべた忌々しいウィルが、優雅な足取りで俺の聖域に入って来て、右向かいに置いていたモスグリーン色のベルベットを張ったアームチェアーへと腰を降ろした。
「ふふ、ただいまジェローム。」
「お帰り、ウィル。何をウィルはニマニマ笑ってるんだよ。気味の悪い。」
「ふっ、ジェロームにライバル出現だよ、ほらっコレ。」
ウイルがそう言うと俺の目の前に普段読まない大衆紙をパサリとテーブルの上へと置いた。
俺は大きく長い指でウィルが指し示した記事を目で追った。
「うん?ドォン・ピーシャ探偵社、潜りの酒場を発見、通報。」
「どう?血が騒ぐだろう。カメリアの探偵社だよ。ジェロームも復活してみないか?」
「ああー、ここな、ウィル。一応は知ってるよ。ドォン探偵社って、どっちかって言うと、傭兵みたいなもんだぜ。推理とかはメインに扱って居ないし、恐らく此の記事って、ライバル店潰しを依頼されたんだと思う。こいつらバンバンとライフル打ってアブねーんだよ。」
「ジェロームは知っていたのか。」
「うん、知りたく無かったけどな、ウィル。俺ってヘクター大佐を追って北カメリア北部に来ただろ?」
「えっ、ジェロームのその話はマジだったのか?」
「はぁ?一応は当初、俺はその心算だったんだよ。でもさ、ウィル、北カメリアって広いんだよ。」
「まあな、大陸だしな。ジェロームだって地図も見ただろ。」
「うん、見たよ、ウィル。でもさ、馬を駆けさせたら、見付けれるだろう、って思ったんだよ。乗馬には俺も自信あったし。」
「ぷっ、うん。それでジェローム。」
「船でヨーク迄来て、降りてから馬に乗って探してたらさ、ガラの悪い男たちが取り囲んで来るんだよ。で、俺は倒そうとしたら、遠くからライフルをバンバン男達へ打ち込んで来たんだ。」
「くっ、うん。」
「俺はてっきりヨークの街を守ってる保安官かと思って、事情を説明しようと思ったら、銃撃戦が始まったから、慌ててクロードと近くの建物に避難したんだ。で、建物の中には、住人が居たから何事かと聞いたら、最近街を荒らして居るお尋ね者の強盗団とドォン・ピーシャ探偵社つうんだよ。州兵よりも多い社員が居るって言ってさ。」
「ジェロームを想像すると笑える、1905年頃か。ちょーど北カメリアで新たに見つかった金鉱山で採掘出来ず、あぶれた奴等が徒党を組んで暴れていた頃だな。」
「強盗だと言われてた奴って、メッチャ弱いから、ライフルとか要らないって言う。てか街中で発砲してる奴等の頭は可笑しいだろ?俺も直ぐ物理に頼るけど、アレはない。」
「ふふっ、彼等は、そんなに昔から活動して居たんだ。」
「そうだね。俺もヘクターを探して居た時は兄の配下ーズから、ちょくちょくドォン・ピーシャの報告も入って来ていてさ。スト破りとか、そっち側の協力を良くしていたな。」
「なんて言うか大味な探偵業を。流石は北カメリアだね、ジェローム。」
「うん、俺もソレは思った。でもって一般人も気楽に銃を撃ってるし、俺って北カメリアじゃあ、探偵は無理だと思って、ヘクター探索も諦めたよ、ウィル。」
「ふふっ、でもヨークの街もロンド並に静かに成ってただろ。ヤング氏と初めて会いに行った時とかさ?そういやヨークで、セインとジェロームも仲良さそうに本屋デートしてたよな。」
「確かに、住人も変わったよな。でも蒸気自動車が煩過ぎる、って。、、、うん?なぁ、ウィル、俺とセインが本屋へ行ったのを良く知っているな?あの時ウイルの案内を断って、何処へ行くか俺は話して無かったろ?ウィル。」
「さて、僕はそろそろ本邸に戻るかな。その新聞はジェロームに遣るよ。」
「てめぇー、ウィル。ヤング氏に俺達の居場所を教えた、、、犯人はお前かっ!」
俺は立ち上がろうとした瞬間に、ウィルは素早い身の熟しで、艶の或るオークの扉をサッと開いて、風のように俺の聖域から去って行った。




