No45 プログレスィヴィズム
アリロスト歴1922年 2月
ハイスクールを卒業したら、娘のミッシェルと同居出来ると勝手に思っていた夫ルスランも、1年を過ぎてやっとこさ大人しくなった今日この頃。
女子向けカレッジが出来て、相変わらずロンド住まいのミッシェルと月に一度のテレフォンタイムで上機嫌なルスランに珈琲を淹れた後、私は春用のコットンワンピースを縫っている。
婦人参政権が出来るまでに、セカンダリースクールやハイスクールへ女子が通えるように成ったのは、案外ジャックが、エイム公爵の近くで画策して呉れていたのじゃないか、と私は考えている。
ジャックを買い被り過ぎかしら?
シーズン中にロンドに戻ると、淑女達の衣裳が軽やかに成って居て、見ているだけで私も楽しくなってしまう。
スカートを大きく膨らます為のクリノリンが消えて異国情緒が混じった身体のラインの出るワンピースドレスを纏っている若い令嬢が増えていました。
アレ大変だったんですよね。
ウエストから上半身を極度に細く絞り、下半身は針金を輪状にして重ねたクリノリンを着けていた極度のMっ気スタイル。
少し前に婦人雑誌でコルセット論争とかもありましたが、やっぱり解放されたら楽な人が多かったらしく、徐々に脱ぐ人が増えて行き、身体に優しい社交シーズンに成りました。
元より私は下宿112Bに居る時等、手作りブラジャーで針金下着は身に着けて無かったですが。
あんなものつけて家事が出来るかって話しですよ。
ミッシェルは将来シェリーのような作家に成りたいと言って居るのだけど、此処グレタリアンでデビューするのは、万が一才能があっても大変だと思うけど。
シェリーは、ずっとグレッグ出版社から本を出せたから彼女らしい書籍に成って居るけど、グレタリアンでは出版社は2社しか無いのと同じだから、契約も色々と面倒みたいだし難しいと思うのよね。
ジャックの言葉を借りれば、成りたいモノになれるのは奇跡のような事らしいから、若いミッシェルは奇跡に向かって精一杯、頑張って欲しいと願っている。
さて、問題は長男のニック。
社会学の学士を目指すとか言っていたけど、メクゼス博士の論文やマイクロフト首相の演説に感銘を受けて、今はマイクロフト首相を手伝う為に労働党本部へ入り浸っていた。
本当にニックは、何を拗らせたのかしら。
いえ、私もフーリー党のロバート・カスタット氏を応援していたけど、それは選挙権を拡大したいと言う私の願いと同じ公約で立候補して居たからなんだけど、ルスランがニックの行動は私の考えを真似たのじゃないかと言うし。
だって、あの頃は労働者の集会も駄目だったし、組合も無かったから、労働者はホント使い捨て状態で酷かったもの。
1日18時間の労働とか考えただけで私はゾッとした。
暴力に走らずに地道に選挙活動して来ていたのを知っているから応援していただけで。
ジャックには、私みたいな成功したミドル層が、ロバート・カスタット氏を応援するのは可笑しい、と言っていたけど、あの頃の労働者を見て居たら、納得出来ないですからね。
日本の前世では過労死みたいなモノですから。
「未だニックは若いし、暴力的な活動に参加しない、って言ってるから大丈夫だよ、サマンサ。わたし達の息子であるニックを信じて上げよう。」
そうルスランはニックを心配する私に語り掛けて呉れた。
其処は心配していないんですけどね。
パブリック・スクールのトラウマでバイオレンスな事はニックの場合、全然に駄目だから。
ニックは18ヶ月の兵役で、ガッツリ窶れて珍しく此のウィック島へ現れ、暫くは私達の住む屋敷で休養し、心身をケアして過ごした。
「僕は、徴兵制を無くする活動をするよ。」
って、私達にニックは話して居たのだ。
私は、どちらかと言うとニックみたいなトラウマを植え付けられない様に、パブリックスクール改革をしたいのだけど、ニックは思い出したくないと言うので、モヤモヤする気持ちを私は押え付けた。
でもバイオレンスなアクションはメンズ・オンリーって訳じゃ無かった。
女性への参政権を求めるヘレナ・アームは、ビルの窓ガラス割ったり卵をぶつけたり、とエネルギッシュな破壊活動に勤しみ「婦人参政権」を求めた。
進歩的な女性はアグレッシブなのだった。
緑藍から来た手紙で『禁酒法』を求めていた北カメリア北部の婦人活動家ミザリーの弾け方を想うと、グレタリアンのアクションは未だ甘いのかも知れない。
アール・デコを身に纏ったプログレスィヴィズムは侮れないのだ。
こう言う進歩的な女性は突発的に現れるけど、それは極一部での事で、概ね穏やかな淑女が多いグレタリアンでは、婚姻を望む女性達が多い。
私がロンドへ戻ると友人や知人からニックやダリウスへ婚姻話を持って来られる。
でも、ニックは社会論を拗らせて精神的迷子状態だし、次男のダリウスは腕力馬鹿で軍隊生活が楽しいようで、任地か部隊の兵舎かという生活を送っていた。
本当にね。
折角、私が夫のルスランと良く似た美男子として産んだのに、ニックもダリウスも、それを全く活用が出来てない、って言うかする気が無いと言うか。
でもまあ、私とルスランの子供達だから、いずれ私達夫婦のような運命の相手と結ばれると、何となくルスランも私も思っている。
そんな事を考えながら、私はタンポポ色のコットン生地で作った前身ごろを手に取り、自分で着るには少し派手過ぎたと思いつつも、仕上げる為にミシンへと再び向かい始めた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
アリロスト歴1922年 4月
『ジョアンを何れ俺の息子にするから。』
つう事は、ジェロームからずっと言われていたので、昨年、年が変わって直ぐにジェローム・C・エイムの籍に入る手続きを終わらせても、俺は感激はしたけど、驚く事は無かった。
俺の此の報告を、マイケルや友人のルイスは、「凄い、おめでとう!」って、大袈裟に祝ってくれたけど。
ミューレン爺は「これで儂も安心だ」って、笑って細くなった皴だらけの手で、俺の頭を撫でて呉れた。
ミューレン爺は本邸で暮らすことを断りトーエン・ビレッジでコミュニティー・ハウスに住み管理人のような仕事を始めた。
それまでは、ビレッジの住人が交代で管理して居たので、ミューレン爺の存在は有難かったみたいだ。
ビレッジの人達は農園や牧畜、食料加工等々、日々生きる為に忙しく動いていたので、コミュニティハウスに置いてある日用品や備蓄食料の交換や保存をしてくれる信頼出来る人を欲して居たのだ。
で、本来なら俺が此処に住んで、子供達に勉強を教える予定だったのだけど、19年の春、セイン・ワート博士と共にデルラへ引っ越して来たミューレン爺が俺の代わりになった形だ。
『俺の不動産て今の所ウィック島しかないし、あそこもサマンサ達が気に入れば譲る心算だから、土地が欲しかったらジョアンが好きな所を買えば良いよ。』
そう言ってジェロームは淡い金糸の髪を揺らして、整った顔の唇の右端を微かに上げて、美しい笑みを俺へと向けた。
きっとジェロームは何か企んでいるだろうけど、俺にジェロームの考えなど読める訳も無いので、大人しく頷いて於いた。
偶に、面倒臭い人になるんだよな、ジェロームって。
グランドツアーから帰国して、旧プロイセンから来ている博士の元へ通っている友人のルイスと会うと、眩しく無くて長持ちしている電球の研究をしているけど資金が厳しいと話していたので、蒸気自動車を買った残りの資金全てをルイスへと投資した。
俺は寄付した心算だったんだけど、ルイスは俺の名も使って会社にしていた。
『その内にジョアンを一杯、儲けさせてあげるよ。』
そう言って凛々しく胸を張って見せたルイスの様子が面白くて「頼むよ」と俺は答えた。
その頃の姓は、ミューレンだったから、『ルイス&ミューレン・エレクトリック・カンパニー』って成って居た。
そして昨年のバカンスシーズン前に俺は密かに悩んでいた。
ジェロームとセイン・ワート博士と2人の休暇を邪魔したく無いなーって。
6月中頃から8月終盤まで、俺は何処へ行こうと考えていると、ウィリアムから「偶にはジェロームとセインを2人切りにして上げよう」と言って、ヨークの街へ誘われた。
俺は、渡りに船の此のウィリアムの申し出を有難く受けて、ヨークの街へと出掛けて行った。
卒業前の夏に着た頃よりも、街は息を飲む程に大きな成長を遂げていて、人間の変革させるスピードの速さと熱いエネルギーの凄さを改めて俺は感じてしまった。
でもジェロームは此の喧噪を嫌がるだろうなと思ったけどね。
デルラにあるジェロームの屋敷は、北カメリア特有の広く平らな長い道をナユカ連邦合衆国へ向かう道を、脇へ右に逸れる煉瓦作りの私道を進むと、オーク林が開かれた静かで長閑な場所に在る。
大きく瀟洒な白いコロニアル様式の本邸の奥に進み、作られたロッジはグレタリアン様式で、其処だけ静かな18世紀末のロンドを想わせる空気が或った。
ロッジの中は言わずもがな。
ジェロームは何処に或っても、レガシーなグレタリアン貴族なのだと俺は思ったのを覚えている。
「デルラに篭って居るとジョアンも生きた侭、化石に成るぞ。」
チェックを済ませた広いホテルの部屋で、ソファーに腰掛けウィリアムが悪戯っぽく片目を閉じて、俺に綺麗な笑顔を向けて、そう言った。
タイムイン・スクェアにある此の7階建てのホテルは、シンプルな直線で形作られた新しく出来たばかりのホテルで、大きく広い四角い窓はブラインドと呼ばれる覆いを巻き上げると、外の景色が良く見えた。
ウィリアムから夜は閉めて於かないとネオンが眩しくて眠れないぞと忠告された。
ウィリアムに連れられ親しくしていると言う人達の屋敷で、「ジェローム・C・エイム子爵の養子になったジョアンだ。」と紹介される度、「おおっ」って、どよめかれた後、次々と挨拶に来られて、俺は可成り面食らっていた。
如何やらエイム公爵もジェローム探偵と言う名も北カメリア北部では、可成りメジャーらしく、そのジェロームの養子と言う事で縁を繋ぎたい人が多かった。
明らかに投資会社の人もそれなりに居たけど。
熱気に浮かされているような人々の中を、ウィリアムは人の好い笑みを浮かべて、華麗に躱しながら俺との時を過ごし、何やら遣るべき事を熟して居るようだった。
俺はウィリアムと話す華やかな彼等を眺めて、デルラに居るジェロームを想った。
きっとジェロームには、北部の人達のようなビジネス・スタイルは受け入れられないだろう。
熱狂の中へ自ら追い込んでいく感じと言えば良いのだろうか?
彼等のような人間がジェロームに近付かない様に俺が防波堤に成りたいな。
ジェロームの平穏な日々を守る為にさ。
そんな事をウィリアムに俺は話した。
ジェロームは、何時も凪いで居て、静寂を愛している。
偶に、興が乗ればジェロームは愛用のバイオリンで、美しい音色を奏でて俺達に聴かせて呉れる。
その音は、とても深くて、そして切ない旋律を俺の胸に届ける。
ジェロームのその音色を聴けば、蓄音機から流れて来る音を俺も聞けなくなってしまった。
そんなジェロームが、エイム公爵から寄こされた人と面談した後は、何時も何処か疲弊しているように見えた。
クロードの淹れた薫り高い珈琲を飲みつつ、俺と話を始めると、ジェロームは何処か安堵して空気が和んで来るのを、何時の頃からか俺は感じるように成った。
当然、セイン・ワート博士みたいにジェロームを愛して癒しは出来ないけれど、でも何気ないその一時を想うと、俺はジェロームに必要とされているのだろうな、と感じれる様になった。
そんな思いもあって、俺はジェロームの近くに居たいと思ったのだ。
恩返しとかだけでは無くて。
親愛の情。
うん。
俺に取って、やっぱりジェロームは育ての親なのだ。
いつまで経っても老いずに、美しいジェロームを『お義父さん』とは、流石に呼べないけどね。
でも、いつかは呼びたいな。
『お義父さん』
、、、と。
そうして意味が分からないけど俺にデロ甘なウィリアムは、お祖父さんみたいに思えるし。
激甘な祖父ウィリアムと俺に甘い父ジェローム。
何故か俺は砂糖ミルクを想い出して閉まった。




