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ロングロング  作者: くろ
43/85

No43 ケアレスミス


  アリロスト歴1921年   7月




 可笑しくない世を面白く、を俺はモットーにしている。

 ただ、それだけ。


 それを俺の身近にいる者達はジョアンを筆頭に、「ジェロームは性格が悪い」と、大いなる誤解をしているのだけど、俺を「優しい」と言って抱き締めて呉れるのは、大きく丸い飴色の瞳をしている可愛い俺のセインだけなのだ。

 俺よりも性格の悪い人間など世にゴマンといるのだ。

 特にジョアンが「尊敬してる」って言っているウィルなんて最低最悪な奴なんだぞっ!

 そう言いたい気持ちを内心でボヤいて、ウィルにジョアンを攫われてヨーク市へ出掛けて行き、空いたジョアンの席を俺はボンヤリと眺めて、煙草の煙を吐き出した。





 今日の分の煙草を巻き終え、俺は味見と称して煙草を燻らし、バカンス中のセインは、少し離れたライティングデスクに据えたアームチェアーに座り、溜まっていた新聞を開いて目で追っていた。

 ポスアードで発行されている新聞は勤務先の大学で購入して読んでいたセインだけど、ヨーク市やクリストン特区で発行され郵送されて来ている新聞は、こうして休日に纏めて読んでいるのだ。


 『ヨーク・タイムス』や『ヨーク・ポスト』、『ノース・カメリアン・デイズ』等々、ヨーク市内に屋敷を借りているエイム家の者達から送られてくる新聞たちは、セインやジョアンの娯楽に成って居る。


 「娯楽じゃ無くて、一般常識を学んでいるのですよ、ジェローム。」


 って、ジョアンは俺にキリリとした顔で話したけど、ちょっと興奮気味に書かれている記事って、娯楽としての使い道しかないだろう、と思うんだけどな。



 北カメリア北部での情報を兄へ送っているデルラの屋敷に住む者として如何なんだろう、ソレって。

 つう事を、俺はジョアンに思うのだけど、ウィルのような立場で生きるのか、表で政治に関わって生きて行くのか、投資している大学時代の友人と商売人として生きて行くのか、未だジョアンの将来が不明な為に放置していた。


 ジョアンは俺の養子に成ったので、馬鹿な博打か、政変で北部の税制が無茶苦茶に変わったりしない限りは生きて行けるのだけど、仕事はしたいと言うんだよな。

 マジで意味が分からない。

 そんなジョアンの心につけ込んだウィルが、ヨーク市でティー・パーティーやら社交に連れ回し、何やら画策している模様。


 「まあまあ、ジェロームのような年寄りはデルラでノンビリ隠居して於きなよ。僕が若いジョアンを確りとエスコートしてあげるからさ。」


 良い笑顔でウィルは俺に言うけどさ。

 俺より肉体的に11歳も年上で65歳のウィルに、年寄って言われたくねーんだよ。

 幾らバカンス中だからって、ホントに何を遣ってんだか。

 北部の体験した事のない好景気に、ウィルも浮かれてんじゃねーかな?


 オシリス帝国で、グレタリアンの遺跡調査チームに関わっていたアホなルーサーも、デルラに戻って来たので、ジョアンに就けて居るけど、今ひとつ俺の不安が残る。



 なんだろうなー。

 此の北部全体に漂う皆レッツ・ワーキングってな感じのワーカー・ホリック・ムード。

 善き労働者は酒など飲みません、飲ませません。

 偶にセインとポスアードの街に行くとそんな空気が合って、俺は思わず引いた。



 自由の国を標榜していた北カメリア北部は、労働者の全体主義国家に成って居た。

 なまじっか景気が良いと、こんな世の中に成るのかね。

 まぁー、己に課せられた労働こそが、神が与えし運命、と頑張り過ぎる純教徒の祖先をもつ子孫が多い北部だから仕方が無いのか。


 質素倹約と勤勉と言うその際立った考え方と周囲に流布する行動力を危険視され、国教会からグレタリアンを追放され、新大陸北カメリアで根付いた人々の遺伝子たち。

 宗教のジャンル的には、カリント教の新教徒になるんだけども、グレタリアン国内で、国教会バーサス純教徒で7年も内戦してた所為か、グレタリアンの国教会が世俗的過ぎる所為かは分からないけど、ロンドの新教徒の教会とも微妙に空気が違うしな。


 そんな純教徒の子孫たちは、次々に遣って来た多くの移民労働者達が、酒で酩酊した堕落している様子を黙って見て居られる訳も無く、内戦を興す程に行動的な遺伝子で、禁酒運動を善なる行いと位置付けて、ジャスティス・フィーバーしていた。

 未だ通過しただけで『禁酒法』は施行前だと言うのに、セインと入ったシーフード・レストランでは、もうアルコールの提供を断られちまったよ。

 マジで面倒くさい。



 その『禁酒法』とセットに成って居るのが『女性参政権』だったり。

 でもって『プリメラ人参政権』も、一緒に進歩主義と呼ばれる人達は、推進した。

 憲法の下では平等と言う文言を鑑みて、人権に根差した活動つう事に成っているけどな。


 其処は生臭い政治である。

 

 純教徒も本体カリント教と同じくカメリアで色々と分派も出来、そしてスロン王国にいる教皇中心主義つうか教皇派、つまり移民の中にいる旧教徒も、北カメリア北部に於ける勢力の拡大を考えたり。

 又、各ヨーアン諸国の民族系の綱引きも合ったりと、正に魑魅魍魎が蠢く憲法修正運動だった。



 まあ、ゲルン系民族は北部で重工業の工場を作ったり、大きなビール工場を作り成功していた人も居て、先の大戦でも北カメリア北部の軍を旧プロセン連合王国へ出させるように、ロビー活動していた人も目立って居た為、自分達をカメリア人と自負し、祖先がグレタリアンの人々が、反ゲルン系の感情を抱いて居たのも或る。


 『禁酒法』運動で、ビールを生産する工場を持ち、反禁酒法を唱えていたゲルン系企業家たちを、貶める感情を煽っていたのだ。

 全く何を遣って居るんだか。



 そんな事を想っている時、新聞を開いた侭、セインが俺へ話し掛けて来た。



 「カメリアン主義ってジェロームは如何思う?僕は余り健全な考え方と思えないんだけど。」


 おー。

 流石は、セイン。

 俺が内心でボヤいて考えていた事を同じように目に止めるとは。


 「まぁー、移民の人数が多くなって来たから、自分達の権利が侵され無いかを懸念した人々が起して居るムーブメントだからなー、セイン。ヨーアン人でグレタリアン出身の新教徒である人々がカメリアを建国したから、その係累に居る者が成功し敬われるべきだって奴だね。」

 「うーん、グレタリアンと独立戦争をし、勝ち抜いて建国したのは、そうかも知れないけど、北カメリアにしては、排他的な考えだよね。今回の禁酒法可決についての記事に書いていたけど。」

 「ふふっ、そうだな。でもセイン、今も政変の所為で北部に移民が増えているだろ?タダでさえ多かった他宗派の移民たちが増え続けて居ると、選挙でカメリアン人と自らを呼んでいる人達が少数に成ってしまう。すると自分達に不利な政策も議会で通ってしまう事にも成り兼ねない。その想いも合って活動を始めたのじゃないかな。」


 「じゃ、ジェロームは此のカメリアン主義は仕方ないと思うのかい?」

 「うーん、そうだな。だってセインも自分の権利を侵害されたら戦おうとするだろう?暴力や違法な事で無ければ、俺は仕方のない事だと思うよ。」

 「折角、同じ国で生きてるのだから、もっと学び合ったり、互いの文化を教え合ったりすると、新たな発展もあるのに。はぁー、ジェローム、勿体ない話だよ。」

 「そうだね。まっ、大人たちは生活する為に視野が狭くなるから、そう言う前向きな夢は、学生たちと共に語り合って、セインの想いを広げて行けば俺は良いと思うよ。」

 「うん。講義が終わった後にでも話せる時にしてみるよ、ジェローム。」



 セインはそう言うと飴色の瞳を煌めかせ、俺に柔らかな笑顔を向けた。

 俺はセインの優しい笑みを受けて微笑み返し、クロードが淹れた薫り高く旨い珈琲を口に含んだ。


 開いたフロラルス窓からは7月の風が流れ込み、セインの明るい栗色の髪を揺さぶり、柔らかな笑顔を浮かべるセインの飴色の瞳は優しさを帯びて俺を見つめていた。

 ざらついた会話の後で、セインの飴色の瞳は静かに俺を癒してくれた。








       ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





    アリロスト歴1921年   8月







 「なっ、なっ、なんだってーっ!」


 ロンドから来た補佐官クラークに渡された、兄から届いた報告書を読んで、俺は思わず声が裏返った。


 有り得ない。

 つうか、アホ過ぎる。

 

 兄はモリアーニにエデリアナの地をガロア民族へ渡すと約束し、アワギレのロレンスがタブロ民族へエデリアナの地を渡すと約束していた。

 兄は俺がデルラの地で不足なく暮らせる事の見返りとしての約束で、アワギレのロレンスはトルゴンへ攻め入る為の代償として約束していた。

 まぁー、兄の方は、もっと諸々在るらしいのだけど、それは俺と関係ない話らしいので、聞かない事にした。



 「なんで、こんなことに?クラーク。」

 「はい、それがエイム公爵が此の大戦でエデリアナの地がグレタリアンのモノに成ると確証を得た後、デニドーア外務卿にガロアの居住国にすると兄のヒューイ伝で報告したらしいのですが、デニドーア外務卿は、ウッカリしていてロレンス大佐に報告するのを忘れたと申すもので。」

 「ありえねーし。」

 「エイム公爵もロレンス大佐も相手に伝えた後でしたので。」

 「つうか、ぬらりひょんデニドーア外務卿は絶対にワザとだよな?クラーク。」

 「でもジェローム様、そんな事をしてもグレタリアンに良い事はありませんし。デニドーア外務卿はジェローム様と同じで悪ふざけは好きでしたが、国益を損なう事を今までした事はありませんし。」


 「チョット気に成る発言をサラッとしてんじゃないよ、クラーク。」

 「あっ、済みません、ジェローム様。つい本音がっ、あっ、も、申し訳ありません。」

 「うん、クラークの本音は解った。でっ、兄は如何するって?」

 「はい、一先ずは、デニアード外務卿と話し合われています。」

 「はぁー、如何する気なんだろ。でも正式文書は未だ発表されてないよな?クラーク。」

 「えーと、はい。当然エデリアナには元から住んでいるタブロ民族の住民がおりますので、其方との交渉が終わってからと成ります。ジェローム様。其処ら辺は恐らく話し合われているでしょう。」

 「マジで勘弁して欲しいわ、デニアード外務卿の悪ふざけ。兄を揶揄う為だけに、戦争を起こす心算かと思ったわ。」

 

 「ただ、トルゴン共和国と戦わせるために国王として認める、と言ったスカイン国のケン族の族長とメリー族の族長の2部族が現在戦い出しまして。」

 「あのサー、クラーク、どれだけ無謀な約束をグレタリアンは遣ってるのさ。」

 「いえ、私に言われましても、ジェローム様。」

 「いや、まあ、そうなんだけど、言わずに居られない俺の気持ちをクラークなら、分るだろう?」

 「は、はい。何としてでもトルゴン共和国のハフィーゴォリ司令官を倒せとデバーレイ副首相とアーサー・バレン卿から、直にアワギレに居た部隊へ連絡が在ったようで。」

 「何と言うギャンブル現場依存なんだ、クラーク。」

 「ええ、それで軍隊を連れていないロレンスが指導していたケン部族とメリー部族を急遽、使うことに成り、無線を通してデバーレイ副首相が国王にすると約束した次第です。」


 「クラークに質問。」

 「はい、私で答えれる事でしたら、ジェローム様。」

 「もしかしてグレタリアンてアワギレ地域やタブロ民族の混乱をお望みかな?」

 「いやー、ソレは無いと思います、ジェローム様。イラドへ向かう安全な海域をグレタリアンとしては、欲している筈ですので。」

 「ふふっ、グレタリアンは、セフティーゾーンを自ら爆破するのが趣味かと思ったよ。はぁー、で、ソッチでも二枚舌外交を遣ったんだな。」

 「そうですね、ジェローム様。」

 「それで、クラーク。ソッチは?どっちに国が任されるの?」

 「はい。結局ケン部族が追い出されたので、クイラ地区に兄、トランス地区に弟を送り、それぞれ国王としました。」

 「それって、絶対に後で揉めるよね?クラーク。」

 「、、、。!ケアレス・ミスですかね。ハハハ。、、、済みません。」



 クラークは銀縁の眼鏡のフレームを直して、俺から視線を逸らし、風に揺れるフロラルス窓に掛かったタッセルで纏められているレースのカーテンを見ていた。

 いや、風に答えは書いていないと思うよ、クラーク。


 未だ続きを話したそうにし始めた研究者的風貌のクラークを俺は一旦放置した。


 クラークからの話を聞いて疲れ果てた俺は、銀色のシガレットケースから煙草を一本取り出し、口に銜えてマッチで火を点けた。 

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