NO42 トリッキー・ポリティクス
アリロスト歴1921年 4月
ウィルは俺の向いに或るモスグリーン色のベルベットを張った猫足のアームチェアーに腰を掛け、長い脚を投げ出して、クロードの淹れた薫り高い珈琲を美味しそうに飲んで居た。
さて、バンエル王国なんだけどさ、もう共和制に移行して居るんだよな。
旧プロセン連合王国がバンエルに侵攻し、バンエル国王がグレタリアンに亡命して来て以降、プロセン連合王国へ加わり、バンエル政府内部は反乱軍と(バンエル国王から呼ばれている)それを支持する貴族達が変革を終え、そして旧プロセン連合王国の敗戦で、バンエル王国はバンエル共和国に成って居た。
プロセン連合王国と一体に成って居たように思えたバンエル王国も、大戦の責任を緩和する為に中枢からプロセン貴族やプロセン派を追い出し、チャッカリ議会制民主政治を行うと宣言後、紆余曲折ありつつも、バンエル共和国になっていた。
メルヘンプリンスと呼ばれたバンエル国王ルーラリッヒ2世も気が付けば48歳。
妹のグレタリアン皇妃エリザベスは遊び人スチュアート4世の正妃としてロリコン皇太子ジュリアスと次男の皇子を確り儲け、控えめで穏やかなお妃様だと評価も高い。
ドリームランドの住人ルーラリッヒ2世は、皇室直轄管理の領地に或る城で、共に逃げて来たロマンス侍医へ「城が小さい」等と、勝手にグレタリアンに来た癖に、文句を言いつつ、濃厚な愛の日々を送っているとか。
バンエル王国の自前の城へ帰って国王に戻りたいそうだ。
如何すんだろ。
此の不良債権みたいなバンエルの国王陛下。
従姉やらバンエル王家と縁の合った王国や公国へ引き取りのお願いをしても拒否られてるし。
実は、ルーラリッヒ2世は、ロマンティックキャッスル建設の為に足りなかった資金を、旧プロセン連合王国から借りっぱなしで、ブッチしている状況。
幾ら妻の兄だからと言って、グレタリアンが何の利も無く肩代わりする筈も無く、グレタリアンもその事にはスルーしている形。
てな具合に俺とかは、ルーラリッヒ2世をボロクソに言っているけど、王都ミユセンでは人気が高い。
芸術をこよなく愛するルーラリッヒ2世は、王都を美しくし、劇場を建てるだけではなく、ヨーアン諸国だけでなく、オシリス帝国やトルゴン帝国からも人気の音楽や劇団を呼び、市民にも鑑賞させたりしていた。
一番の功績は、自分で遣らず有能な内閣に政治を一任し、オーリア発の不況に成るまで、経済が上手く回っていたからだろう。
「なぁ、ウィル、バンエル国王って帰国させても良いと思わないか?嫌ってるのって元貴族や政府内に居たブルジョワ位だろ?」
「駄目だろ、ジェローム。ドリーミーな人を危険地帯に放逐したら。連鎖して周囲も暴発する可能性があるだろ。ジェロームの悪い癖だぞ、邪魔者は取り敢えず海の向こうへ捨てようとするのは。」
「ふっ、グレタリアン人なモノでね。でも、ルーラリッヒ2世って、平和主義なピュアなバラ愛好家ってだけで、金と権限さえ与えなかったら、祖国バンエルで生きて行けそうじゃん。」
「今さ、ハンリー国もゲルン共和国も旧ルドアのヴェイトもオーリア帝国も、皆が体制変化でピリピリしているんだよ、ジェローム。そんな中で、騎士物語と騎士が好きな元国王とかを自由にさせたら、揉め事の元だろう。どうせジェロームがルーラリッヒ2世と顔を会わせる事なんて無いんだから、此の侭そっとしておけよ。間違ってもジェロームがエイム公爵に、そんな事を言わないで呉れよ。あの人はジェロームが言った事だから、と実行に移しかねないからね。頼むよ。」
「ふふっ、分って居るよ、ウィルだから言ってみただけだよ。ハンリー王国は領土をオーリア帝国に割譲後、ハンリー革命を起こされ王族が行方不明って聞いてたけど。」
「それがジェローム。モスニアが反革命軍の蜂起を応援して革命政府を倒して、国民軍司令官トルティがハンリー王国を復活させたんだ。ルーニア軍が支援してね。」
「へぇー、珍しいねウィル。モスニアがグレタリアンみたいに敵対している相手勢力へ手を貸すなんて。流石に共産化の流れを止めて置きたかったのかな。」
「それも有るし、同盟国であるオーリア帝国の力がこれ以上削げる事を警戒したんだと思う。」
「つう事は、ハンリー王国に成った訳?えっと、国王は?」
「国王なき王国として、軍司令官のトルティが国王不在の侭で、摂政の立場で議会政治を行って居るよ、ジェローム。」
「何と言うトリッキー・ポリティクス。」
「でもジェローム、独裁では無いそうだよ。複数政党もあるし、議会政治も機能しているらしいよ。共産党だけは認められて無いけどね。」
「まぁ-、モスニアが援助した人なら、そうなるよなー。」
まぁ、ハンリー王国がトリッキーに成ったのは、戦後ハンリー王国→ハンリー共和国→ハンリー評議会共和国(革命政権)となり、この共産的な評議会共和国が国民たちに全く支持されず、見向きもされ無かった為に、トルティが再びハンリー王国を興したのだ。
王族が居れば良かったのだけど、居ないモノは仕方ない。
でも立憲君主制が良いよネ?って事で、国王なき王国に成ったのだ。
つう訳で、新たなスタイルの議会制政治が2パターン追加されました。
でもって甥のジャックが行ったギール王国は、敗戦まで旧プロセンの軍部の人間つうか鉄腕宰相の親戚が国王の座に就いていて、権益が或る役職にはプロセンの人達に占められていた。
富はプロセンへ吸い上げられていると言うような半植民地状態。
敗戦に成る前に鉄腕宰相の訃報が伝わった後、プロセン側の目を逃れ、今まで地下で活動していた人々は、近隣国に亡命していた人へ連絡を取りギール国の再興を目指した。
オーリアのノーファ伯爵から、エリザベート王女の息子の存在を復興政府中枢に伝えられていて、ギール王国も立憲君主制の議会政治を行っていくらしい。
そう言う訳で、ぬらりひょんデニドーア外務卿は、どの段階で義姉エリスがギール王家のエリザベート王女だと言う事を知ったのかは分からないけど、大戦終結前後の早い段階なのだろうな、と言うのは、その後のギール王国政府の手回しの良さをウィルから聞かされ、俺も推測した。
老いても、あの綺麗に整った顔を彫像のように固めた侭、冷たい視線を向け、ぬらりひょんデニドーア外務卿の説明を無反応で聞いている兄の姿を、俺は容易に想像が出来た。
そして、行き成りデンジャラスな国で、「国王に成れ」つう無茶振りをされる甥のジャックの事を想い、俺は大きく息を吐き出した。
「しかし、セドリックに嫁いで来てくれたエミリアが、ギール王家の血を継いだ女性だとは夢にも思わなかったよ。ジェロームは知って居たのだろ?」
「まーな、だけどエミリアも全く知らなかった事だから、ウィルも今まで通り接して遣ってよ。只でさえ夫のセドリックが戦死して心細いだろうし。つっても、ウイルは殆ど領地へ帰ってないな。ホント旦那がウィルみたいなのでも、屋敷や領地を守っている貴族や王族の嫁には感心するってか、俺は頭が下がるよ。」
「ジェロームは、僕への扱いが本当に酷いな。これでも僕は夫としての義務は果たしている心算だよ。別にクラリスから僕は不満な顔をされた事も無いしね。それとロンドのタウンハウスでエミリアに会ったら変わらぬ態度で接するように僕も心がけるよ。」
「ああ頼むよ、ウィル。はぁぁ、それにしてもマジで食えないジジイだなあー。」
「あぁー、デニドーア外務卿のことか、ジェローム?」
「他に誰が居るんだよ、ウィル。」
「ふふっ、しかしデニドーア外務卿は、もう高齢だろう?ジェロームはデニドーア外務卿以外で大戦後の交渉を卒なく熟せる人を思い付くかい?」
「うーん、居ないなー、ウィル。後5~6年、いや10年か。それくらい経てばヒューイ秘書官もイケると思うけど、でも起用する首相が居なければ成れないけどな。素直に考えれば、ぬらりひょんデニドーア外務卿の愛弟子ロレンスを選ぶだろうな。トルゴン戦では負けたけど。」
「ふっ、一応グレタリアンの軍は、アワギレやトルゴンでは戦って居ない事に成って居るからね。それにジェロームも知っての通り情報将校って言うのは本来、表に出て来ないから。」
「チッ、ロレンスの失点は無しか。」
「何よ、ジェロームはロレンスが嫌いなのかい?僕は会った事が無いからどんな男か知らないんだ。」
「俺も会った事はないけどさ。何で情報将校が『アワギレのロレンス』って英雄を扱いされてるんだよっ!って思ってさ。確りと隠れて任務を熟せよって、そう言いたいの俺は。」
「ふふっ、まあ敢えてデニドーア外務卿は表にロレンスを出したのかもよ。今後の為にさ。」
「俺の後はロレンスだって?そんな殊勝なジジイに思えないけどな。」
「ジェロームもエイム公爵の性格がウツって、デニドーア外務卿が苦手になったのか?」
「ははっ、苦手に成るも成らないも、俺ってロンドでの社交シーズンに挨拶した位だけどな。」
「僕も挨拶位だけど、一見、人の好い社交的な品の良い老紳士だよね。」
「そう、ウィルに似てるかもな。だったら俺は、デニドーア外務卿を苦手に成っていても不思議じゃないわ。俺はウィルの事が苦手だからなー。」
「ホントにジェロームは天邪鬼だな。ふふっ。」
「勝手に言ってろ、ウィル。」
ウィルは、深緑の瞳を細めて目尻に多くの横皴を寄せて、楽し気に笑いつつ俺の手作り煙草を当たり前のように整った唇で銜え、マッチで火を点けた。
そして短い金の髪を左手で掻き上げ、長い脚を組み替えて、気取った仕草で煙草を吸うウィルの仕草も忌々しい。
でもって、ジョアンがウィルの仕草を真似て、人差し指と親指で抓んで火を点し、煙草を吸う姿に、俺は内心で、「クソっ、なんでウィルを真似るんだよ。ウィルの外面に騙されやがって、此の馬鹿猫めっ!」そうジョアンに突っ込んでいた。
昨年のクリスマスプレゼントで、ジョアンへシガレット解禁の許可を出す時、ウィル以外のスタイルをチョイスしろと話して於くべきだったと、俺はコッソリ反省していた。
其処へトマスが届いた電信をマホガニーのテーブル上へ銀のトレイごと静かに置いた。
「禁酒法と女性参政権の憲法修正案が通過したね。」
「はぁー、ウィル、これで北カメリア北部もまた騒がしくなるよ。」
俺は施行される日時を計算して、外出をしない予定日を、確りとジョアンとクロードにメモを取らせるのだった。




