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ロングロング  作者: くろ
41/85

No41 砂上の楼閣




   アリロスト歴1921年  3月




 如何やら俺はまたアルコールを飲んで眠ってしまったらしい。

 ヤング元大統領には申し訳ない事をしてしまった。

 俺がジェロームにも来客中に眠った事を謝ると、「良いの良いの、ヤング氏なんて暇潰しで来てるだけだし。」って乱暴に元大統領のヤング氏を切って捨てた。



 俺は余り酒は強くないみたいだ。

 でも、お酒自体は飲むとフワフワと気持ちが良くなって嫌いじゃない。

 それにお酒をジェロームと一緒に飲むと何時もより表情豊かになって優しい顔と声で俺に応えて呉れるのがなんだか嬉しくなる。



 そう言えば、昨年のハロウィン後、マイケルへ『青い鳥』のデザイン公募で佳作に入賞したと、通知が来ていた。

 特賞はフロラルス在住の陽の本系フロラルス人で、その人がデザインしたチョコレート・ボックスを百周年記念となる来年に販売するらしい。

 今は、既存には無いシンプルな絵や建築物、工芸品が新たな芸術『ダザ』と呼ばれ、持て囃されていると、マイケルが俺に話して呉れた。

 ダザイズムと言うそうだ。


 でも、俺はマイケルの描く繊細な絵が好きだし、そう言うモノが流行っている中でマイケルの絵が選ばれるって凄い事だと思う。


 本店が或るフロラルス王国のロヴァンスからマイケルの絵に感銘を受けたとオーナーからの手紙も届いたみたいで、それに刺激を受けたのか本格的に絵を描くように成った。

 今までは軽くスケッチをして部屋で水彩絵の具で彩色して仕上げて居たのが、大まかに仕上げる迄、描いている場所に居るようになったので、俺はマイケルの身体を遂、心配してしまう。

 妻のデイジーに俺がそう零すと、傍にウィリアムが付けたシスと言う従者が居るので大丈夫だと明るい声で話し、朗らかに微笑んだ。


 「僕が絵を描きに行く時は、専属医やリオンに体調をチェックして貰ってから出掛けているから大丈夫。ジョアンは心配のし過ぎだよ。」

 「いや、集中するとマイケルって時間を忘れるだろ?」

 「ふふっ、だから父上がシスを僕に就けて呉れたんだよ。」

 「それに暫くは、部屋での作業に成るからジョアンは心配しないでよ。」

 「うん?マイケル、仕事?」

 「そう僕のあの絵が『青い鳥』で売られているポストカードに成って居て、それを見たグレッグ出版社の人が訪ねて来たんだ。そしてシェリー・ダウラム夫人の童話の挿絵を描くことに成ったんだ。僕のポストカードの絵を見て気に入って呉れたみたいで。」

 「わぉ、凄い、おめでとう、マイケル。ロンドで幾度かお逢いした事が或るけど素敵な人だったよ。『青火花草の企み』ってジェローム探偵の事件の本や『Aから始まる物語』ってアルファベットの児童書を書いた女性だよ。ジェローム探偵の小説でセイン・ワート博士でない人が書いたのはシェリー・ダウラム夫人だけなんだよね。マイケルの本が出来るのが俺は楽しみだよ。」

 「いや、ジョアン。僕の本では無くて著者はシェリー・ダウラム夫人だから。」

 「でもマイケルの挿絵も載るなら、マイケルの本でも良いと俺は思うよ。」

 「全く、ジョアンは僕をそうやって甘やかす、ふふっ。」

 「だって凄い事だしね。シャロンが本を読む様に成ったら、パパが描いたって自慢出来るね、マイケル。」

 「ふふっ、なら誇れるような挿絵を描かないとね。」

 「うん、そうだね。」


 そう言って短くなった金の髪をサラリと揺らして、マイケルは若草色の瞳を細めて笑った。


 マイケルの屋敷の居間には、この敷地内に或る樹木や草花そして風景と、デイジーや俺、娘のシャロンを描き、片隅にサイン替わりみたいにブルージェイが描かれていた作品が飾られていた。







    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 俺は昼間気紛れに、と言うか、気分転換にマイケルの屋敷に訪ねて行く。

 大抵は、ジェロームの所へウィリアムが訪れて、面倒な事を話し合って居るのを聞いていて、飽きて来た頃なんだけど。

 ウィリアムとの会話は俺がメモを取らなくて良いとジェロームに言われている所為もあるけど、危なっかしくて怖い話が多いから、出来たら聞きたく無いって言うのも或る。

 此処の所、特に多いトルゴン共和国や元ルドア帝国の革命政府の話題は嫌な話が多かった。



 元ルドア帝国、今はヴェイト。

 国際連盟から国家として認められ無いのは不服として一切の戦後賠償を支払わないと拒絶したので、制裁処置として連盟加盟国は通商条約を破棄し、人や物の流れを遮断することに成った。

 大戦や革命後の内戦で荒廃した農地では飢える人も多いと言う話だった。

 その時にグレタリアンとオーリアそしてグロリアは資本主義を否定していたヴェイトを警戒し、隣国ポーランや反革命政府の復古王派組織やブルジョワ革命派組織や地方の農民層を支援し、ローソン代表が作った社会主義国家ヴェイトの転覆を画策した。


 ポーラン国の戦いには負けたが、国内の反ヴェイト組織をローソン代表は平定した。

 しかし、農作物を全て拠出させていた農村の疲弊は激しく、農民たちは反乱を起こした。

 そう。

 これにもグレタリアンは関わっていたらしい。


 農民たちに反乱を起こされたローソン代表は、此処で共産主義から方向転換を行い、一部分で資本主義を認め、経済政策の立て直しを始める事にした。

 ネオ・ファイナンス・ポリシー、新財政政策NFPらしい。


 NFPは、農民が現物税(10%)を支払えば、残りの穀物を自由市場で販売することが認められ、小企業の私的営業の自由が与えられて労働者の雇用、商取引が認められた。

 この部分的に市場経済を容認した改革によって、一定の制限はあったとはいえ、ヴェイト経済は息を吹き返し、財政も安定してきた。


 北カメリアの南北やプロセン共和国との秘密外交によって、ローソン代表が興したヴェイト社会主義国は、一定の安定を取り戻し、資本主義国家との貿易を模索していた。



 俺の生れた国か?両親の国か?憶えては居ないけど、俺とそれでも縁の合った国かと思うと、ジェロームとウィリアムの会話を聞いていて、胸が騒めいてしまった。

 軍人と農民や労働者達の国で財産は皆で分け与える国なのだとウィリアムから聞いて、俺にはどんな国かが全く想像は出来なかった。

 ジェロームは、少し昔に「大国で多民族国家の旧ルドア帝国には難しい」と醒めた目をしてウィリアムへ静かに呟いて居たのを想い出した。


 まあ、俺に縁が在ろうと無かろうと何か出来る訳でも無いのだけど。

 此の国みたいに自分で選んだ人が何かを決めた訳でも無さそうだし、それなのに社会が大きく変わってしまうって、俺からすれば恐怖だよなと思う。

 

 そうかといって俺は、この北部の政策の全てを把握している訳じゃあないけどな。

 今、世間を騒がして居る女性参政権と禁酒法。

 俺は女性もこの北部を構成している半数なのだから、男性と同じ権利を持つのは自然だと考えているけど、ジェロームとウィリアムは「ジョアンは良い子だな」って言って微笑まれた。

 禁酒法は、正直に言って意味が分からない。

 販売を禁止するってだけじゃ禁酒に成らないし、俺の周りに酩酊状態に成るまで酒を飲む人って誰も居ないんだよな。


 「アルコール・ジャンキーに成って居る人は法で禁止しても何としても飲むよ。」


 そうジェロームは説明して居たから、本当に禁酒して欲しい人が守れない法って何だろう。

 俺がそう漏らすと、「法を作るのが政治家のお仕事だから仕方ない」って投げ遣りに言って、ジェロームは綺麗な笑顔を作ってみせた。









  


    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



  アリロスト歴1921年  4月





 

  昨年の夏、探偵を目指していて俺がキッチリと挫折させ、無事に俺の数少ない友人パーシー・ダウラムへ嫁がせたあのジェリーが10年以上ぶりに物語を書いたと俺へ原稿を送って来たので、グレッグ出版社の禿げジジイ会長へトマスに届けさせ、マイケルの挿絵で出版することに成った。


 

 5歳の女の子が、泉で喋る白いレースを着たシャケに誘われて、泉の国を旅する話。

 『レースを着たシャケ』

 


 レースを身に着けたシャケって、、、シェリー、、。

 なんだそれ?と、思ったのは、きっと俺だけじゃない筈だ。

 俺と同い年のシェリーはパーシーとの間に3人の子を儲け、今頃はあの明るくて好奇心に満ちた瞳でパーシー達家族を見守り、楽しい家庭を作っているだろうな。

 ジョアンから、今日もマイケルがシェリーの挿絵に挑んでいた話を、ジャックに似たハスキーボイスと喋り方で聞いて、ジェローム探偵事務に居た頃のシェリーの明るい笑顔を想い出して懐かしくなった。


 そんな事を俺が想い出して居ると、艶の或る重厚なオークの扉を開いて、ワザとらしい整った笑顔を浮かべて忌々しいウイルが俺の聖域に優雅に入って来た。

 

 「ただいま、ジョアン、ジェローム。」

 「お帰りなさい、ウィリアム。」

 「お帰り、ウィル。今回はロンドから戻ってきたのか?」

 「えーと、先ずはフロラルスで情報を集めて、そしてロンドへ行ってきたよ、ジェローム。」

 「そう、まあお疲れ。そういやポーランは独立は出来ていた?流石にウィルでも其処まで観に行って無いか?今回は主にバンエルとハンリーだものな。」

 「まー、直接は行ってないけど、ポーランの話は聞いてきたよ。ヴェイトとの領土復活戦争で勝って、旧ルドア帝国時代に取られていた国境線を回復した。難色を示していたオーリア帝国と交渉の末、国際連盟の規約を盾に一応は独立体制になれたそうだ。」

 「へぇー、ポーランは随分と広くなったな、ウィル。」

 「ああ、亡命先から帰国したビールスキが国家主席に成り、共和制を敷き、ポーラン共和国となった。中々に癖の或る強権的な人物で在るらしいよ。」

 「あそこはなー。ヴェイトから領土を返還されたのは大きいけど、砂上の楼閣だよ、そもそもポーランは。手に入れたルーニア王国とクラナド王国は豊かな土地だけに勿体ないね。それにオーリア帝国と旧ルドア帝国に分割されてからの期間が長いから、共和制で纏まるには色んな不具合も出て来るしな。そして今は旧プロセンも静かだけど落ち着いたら又、周囲の大国から分割をされるのが落ちだよ。」


 「2度ほどポーラン王家がなくなり、亡国の憂き目を見ているしな。ポーラン人は国土の7割位で、クラナド民族、ガロア民族、白ルドア民族、ゲルン民族の少数民族を、新たに拡大した土地で抱え込むことに成った。ポーランはカリント教旧教徒が多い土地だから信仰と人種問題が絡むと厄介だよ、ジェローム。しかもモスニア帝国経由でフロラルス王国からポーラン共和国へ返還されたルール地方の住人たちはフロラルス王国に戻りたがっているしな。」


 「ルール地方って18世紀の後期にポーラン国を分割された時フロラルスが得ていた地方か?ウィル。」

 「うん、そうだよ、ジェローム。住民投票では9割がフロラルスへの帰属を望む結果が出たけど、あそこも多くの良質な鉱物が採掘されるし、線路や道路が整備されて経済的に発展しているからポーラン共和国も手放したく無い。国際連盟でポーラン共和国と各国で話し合い、住民投票の結果を無視してポーラン共和国の領土となった。」


 「ふふっ、どうせグレタリアンがモスニア=フロラルス帝国の力を削ぐ機会だと思ってポーラン共和国側に就いたんだろう、ウィル。」

 「まーね、モスニアも別に領有権は強く主張しなかったしね。採掘権の代わりを外商交渉するみたいだよ、ジェローム。」

 「そうなるとウィル、益々、ポーラン共和国は美味しい国に成ったわけだな。良質な鉄鉱石と多くの炭鉱や貴重な鉱物が採れ、敗戦国の旧プロセンから返されたポーラン回廊で海への出入り口も出来たしな。」


 「カルビフ=ビールスキ主席が運営を誤らない限りポーラン共和国は豊かな国に成ると思うよ、ジェローム。ヴェイト(旧ルドア)、オーリア帝国、ゲルン共和国と言う大国に挟まれているから外交の舵取りは難しいだろうけどな。」


 「ポーランの地は、昔は実り豊かな広大な領土だからと他国から狙われ続け、現在は産業に必要な燃料や鉱物が豊富に採掘出来るから大国に狙われるって、なんだかなあーって思うよ、ウィル。」



 俺は、クロードの淹れた薫り高い珈琲を口にし、何かを思案しているウィルを見つつ、ジャックがアルフレッドだった頃、ポーラン王国分割をオーリア帝国に了承した時の苦悩していた話を想い出していた。

 こうしてビールスキに寄り、ポーラン共和国が分割前の1つに戻れて、ジャックの過去の苦悩も取り敢えずは解決された事に成るのかも知れない。

 どうだろ?

 まあ地図上で、国境線を過去と同じに引き直せたからと言って「ハイ!元通り」、つう訳にも行かないのだろうな。

 


 俺は銀色のシガレットケースから一本の煙草を中指と親指で抓み上げ、口に銜えてウィルを見ると、ウィルは短い金の髪を掻き上げて、深緑の瞳を此方に向けて肩を竦めて、クロード淹れた薫り高い珈琲に再び口を付けた。

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