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ロングロング  作者: くろ
40/85

no40 チェイサー



  アリロスト歴1921年 3月




 ホント、暇なのかな、このジジイ。

 基、元北部大統領ベンジャミン・ヤング。


 にこやかな「チョリース」って挨拶は選挙用だったらしく、クロードの淹れた薫り高い珈琲を静かに飲む姿は、やや落ち着いたジジイだった。

 一月に一度も俺へ顔を見せるように成って、此のロッジで老後の話とかするんだけど、今は其の老後では無いのか俺は問い詰めたい。


 「それでヤング氏、今日は?」

 「ああ、実は酒を飲んで問題行動を起こす人間が増えていてね。グレタリアンも多く問題に成って居た事が在っただろ?それで女性達が、夫に酒を飲ませないようにして欲しいと、陳情に良く来るようになったのだ。現役の議員の元には、私よりもっと頻繁に過激な団体が陳情へ訪れる様で、些か持て余し気味でね。」

 「って言うか、禁酒運動の活動が過激過ぎるだけでしょう。アルコール増税でもして飲酒量を減らせば良いと思いますよ。グレタリアンでは珍しく女性から喜ばれた増税です。」


 「ははつ、うん、増税は大変に魅力的だけどね。どうもキャメロン大統領達は、余りの陳情の多さに禁酒法の修正議案を通過させそうなんだよ。」

 「はぁー、飲みたい人は隠れて飲みます。っていうか、下らない法を作ると国民は、法自体を軽んじて碌な事にならないと思いますよ、ヤング氏。」

 「ほう。」

 「はぁー、ヤング氏も判っているでしょうに。でも既に禁酒法は可決されるんでしょう?決まる前にとポスアードでは酒を購入している人が多かったと街へ行った者から聞きました。」

 「実に残念な事に、、、ね。プロセン系のカメリア人たちが反禁酒法団体で主導的立場を取って居たのだが、大戦の敗戦以降発言権を失ってね。其処で一気に禁酒法推進派が勢いが増して下院で可決したんだよ。自由党も国民党も民衆党も支持者が禁酒法推進の人達が多いから仕方ないが。」


 「通例なら後はキャメロン大統領がサインすれば禁酒法は施行されますね。それで、通過する修正法案について話されても俺は何とも言えませんけど?」

 「ははっ、いや法が施行する前にジェロームと一緒に酒を飲みたくてね。」


 褐色の強い視線を灯すヤング氏の瞳が和らぎ、クロードに入室した時渡していたバスケットを持って来させ、それを受け取ったヤング氏の従者は、マホガニーのテーブルにバーボンの酒瓶とグラスを並べて行った。

 ジョアンが俺の隣に座って侭で、「どうします?」って表情で淡い水色の瞳を俺に向けて来た。

 俺は溜息混りにジョアンへ頷いて、グラスに注がれた琥珀色したバーボンを飲む事を許可した。



 禁酒法を作ろうとした歴史は意外に古い。

 アリロスト歴1658年5月  セッツ州法廷において『ラム酒、ウィスキー、ワイン、ブランデー、その他』等、どのようなモノでもアルコール度数の高い酒は不法とみなした。


 元々、酒は神からの贈り物であると考えられていたが、その贈り物の乱用は悪魔の仕業によるものという明確な社会的な同意は在った。

 酩酊は罰則の対象で或ったけど、それは神からの授かり物を乱用したから非難、罰されるモノであり、酒自体に過失が或るとは見做され無かった。



 北カメリアでは、そう言う共通認識の元時代が下って行き、1789年に著名な医師ダブルがアルコールの過剰摂取は肉体的にも精神的にも重大な健康被害を起こす可能性の論文を発表。

 以前から禁酒運動を行っていたカリント教宗派・美教徒は此れに飛びついて「禁酒法」を唱え出し、それが北カメリア南北関係なく広がりを見せ、各州に禁酒協会を設立するに至った。



 禁酒協会に属する婦人運動家ミザリーがバーに手斧を持って乱入し、客を叱って酒のボトルを叩き割ると言う儀式を敢行。

 それに関して世論は賛否両論で沸いた。

 怖いだろう、普通にミザリーの行動って。

 その場に居たら俺なら反射的に意識を奪ってたと思う。


 注目されたからかどうかは解らないけど、その後ミザリーは婦人を集めて『ミザリー禁酒法グループ』を組織し、彼女達と一緒にバーに入り、歌い、祈り、マスターにアルコールを販売する事を停止するように訴えて行った。

 「ノー」ってマスターに言われたら、手斧持参の婦人達、後は御察しである。


 この破壊工作で、、、いや運動で各州及び此処の郡に置いて禁酒法が制定されていった。


 運動も暴力的に洗礼され、選挙にも影響力を与えるように成り、議員達は自己保存の法則を優先して、禁酒法の事は口にしなく成り、気が付けば禁酒法推進派議員ばかりに成って居た。

 そして、現在である。


 『地獄への道は善意で舗装されている!』


 信仰と善意のペアリングは無数のカオスティックな卵を産み出して、ホワイトスワンハウスを飲み込んだようだ。


 当然、飲酒を禁止する法律では無くて酒の販売を全面禁止する法律な訳で。

 自宅で1年間750リットルなら酒を醸造してもオッケーなので、禁酒法制定される事に寄る吞兵衛(のんべぇ)達の暴動など、俺の知る範囲では今の所起きていない。



 クロードがしなやかな動きで、チェイサーと氷を運んで来て、そっとマホガニーのテーブルの上へと置いた。

 ジョアンはそれを待っていたように新たに用意されたクリスタルグラスにバーボンを注ぎ、チェイサーをタプタプと注ぎ、微かに色が付いているような薄い水割りを作った。

 どうもジョアンはチェイサーで酒を薄めるモノと思っているらしく、お気に入りの濃度に成ったバーボンの水割りをヤング氏に礼を言いながらグラスに口を付けた。

 ヤング氏は褐色の瞳を見開き、一瞬水割りを作るジョアンを凝視してから、可笑しそうに笑って、ストレートのバーボンが入ったグラスへ口を付けた。

 まあ、ジョアンの此の飲み方は、俺が教えたんだけどね。

 昔、ジャックが遣って居たんだよな。

 面倒だからと言い、ジャックはチェイサーを飲んで居たストレートのグラスに注ぎ入れて、薄い水割りにして飲んで居た。


 ハロウィンの後で、ジョアンと酒を飲む事に成り、水で割ったエールを食事中飲んで居たジョアンは俺が飲んでいたウィスキーのキツさに咽ていたから、ジャック式の水割りを教えたんだ。

 一杯近く飲むと其の侭ジョアンはテーブルで眠り込んだんだけどな。

 それ以来、晩餐のたびにジョアンは自ら水割りを作って現在鍛錬中だ。

 案外と直ぐにジョアンは眠り込んでしまうので、俺が許可を出した時だけ酒を飲む様になった。


 俺も軽く右手に持ったクリスタル・グラスを掴んで軽く上に挙げて、ヤング氏持参のバーボンを口にした。

 うーん、北カメリアの酒だよな。

 俺は口の中で円やかな甘みと深い薫りのするブランデーを想い出し、クロードにキャビネットから俺のブランデーと新たなグラスを頼んだ。


 「ふふ、ジェロームはバーボンは苦手かね。」

 「そうですね、飲まない事はないのですけど、何方かと言うとフルーティーな酒が好きですね。バーボンは俺には武骨過ぎて。でもヤング氏も普段は飲まなかったと思いますが?確かワイン党でしたよね?」

 「ああ、丁度出掛ける前に私の農園で作っていたバーボンを屋敷の者が持って来てね。序と思って持って来たんだよ。まあ、売れなく成る前に消費しようと言う訳だ。」

 「でも、今なら直ぐに売りつくせるのでは?買い溜めする人も多いし。」

 「何となくジェローム達に飲んで居て欲しかったんだよ。そう言えば禁酒法が施行されたら海外からの酒も輸入禁止されるだろう。だから気楽に船での輸送は出来なくなる。酒を輸送していないか臨検とか或るからね。通商条約を結んでいる国に一応は通達しているだろうけどね。」


 「臨検ですか。主権の侵害行為として嫌がられそうですね。」

 「まー、ちょうどヴェイト関係者の出版物も取り締まれて良いと言う判断に司法省は成ったみたいだ。酒の北部への輸出入は駄目だが、二国間協議て各国に合った条約を結ぶだろう。」

 「面倒な事を、、、。まあ余りにもデルラが居辛く成ったら、俺はナユカ国のナディア州へでも行くとしましょう。そこまで俺は酒を嗜む方じゃないけど、酒と女と音楽が無くして何の人生かとは思っている口なので、ふふっ。」

 「ソレは逃げられない様にジェロームの親友であるセイン・ワート博士の待遇を良くして貰うように頼んで於かなくては。はぁー、しかし北カメリア北部では、この法案で良い醸造所も潰れてしまうから、旨い酒でジェロームを引き留められそうに無いからな。北カメリア・ワインをと思っても、西側に広がる葡萄農園もどうなるか。」

 「ふっ、確かに売れないのにワイン用の葡萄などは作らないでしょうね。それにヤング氏、少々の待遇改善では残念ながらセインは靡きませんよ。なにせセインとは、俺が大学時代からの付き合いですからね。」



 俺は、そう言って新たに注いだブランデーを掌で軽く揺すって、ブランデーグラスに口を付けて芳醇な香りを愉しんだ。



 「そう言う友人が居るのは得難い事だ。私のそう言う学生時代の友も今は南部に居る。私は南北を分けてしまった張本人だから、表に出れば北カメリアの統合は難しい。何か切っ掛けが必要なんだろうがな。ジェローム、此の禁酒法がそれに成らないだろうか。」

 「んー、南部にはグレタリアンが根を張ってますから、南部で禁酒法は難しいと思いますよ。北部の大統領と南部の総統とで、会談し合うのが良いと思いますけど。ヤング氏の時は一度も開けなかったでしょ?キャメロン大統領は南部にシンパシーを感じているようなので、提案してみれば如何ですか?でも、国境問題で種類に対して話し合う時に、通商大臣と国務大臣とだけの会談にせず、互いの代表会談にすれば、両国内の反発を余り招かずに済むかも知れないですね。そう考えれば、ヤング氏の言った通り禁酒法が切っ掛けになるとも言えますね。」


 「そうか。余り良い法案と思えなかった禁酒法にも使い道があったな、ジェローム。」

 「そういう碌でも無い法案と判ってるなら、提議される前にヤング氏も、なんとか止める努力をすれば良かったのに。」

 「はぁ、私の誤算は、ビール業界とウィスキー業界が足を引っ張り合って、互いにバッシング合戦に成った所なんだよ。自分達の船が沈んでいるのに、全く纏まれなかった。それに茶業界も炭酸飲料業界も、禁酒法が成立すれば自分の業過が利すると、バックアップに就いたしな。」

 「まあ、如何であれ、ジョアンが眠り込んでしまったので、ヤング氏、今日はお開きにしますよ。」

 「ふふっ、来客中に眠るとは大物なのか?取り敢えずは水でも掛ければ、良いんじゃ無いのか?ジョアンもチェイサーは好きみたいだしな。」

 「良いんですよ、ヤング氏。(ウチ)の子は此れで。」



 雑なヤング氏のジョアンへの物言いに俺はプリプリと内心で怒っていた。

 酒なんか持って来るヤング氏が悪い。

 ジョアンは鍛錬中なんだよっ。



 俺はクロードとトマスに眠りこけているジョアンを部屋に運ばせ、女性の参政権について話したいと言うヤング氏の背中を押して、艶の或る重厚なオークの扉を開いて、俺の聖域から退出を願った。

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