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ロングロング  作者: くろ
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天命



     アリロスト歴1919年   9月



 セインを少し拗ねさせてしまい御機嫌を取る為に俺は琥珀のカフスをプレゼントした。

 元々、セインにプレゼントしようと買っていた物なんだけど、「別にそう言う心算じゃないよ。」って、唇を尖らせて言うので「就職祝いに。」と告げて、背の高いセインへ俺は背伸びをして、頬へ軽く唇を付けた。

 目尻に横皴を寄せ飴色の瞳を細めて「もう」って呟くセインの声には、嬉しそうな色が混じっていた。

 『チョロイン』

 内心でそう俺は呟くと、セインの暖かく大きな体と腕に抱き締められていた。




 「げーーーっ!」

 

 その無粋な声に顔を向ければ案の定、ウィルであった。

 ホント、コイツって音もなく入って来るよな。

 クロードは俺とセインの状況を察して気を効かせて、俺の聖域から出て行って呉れているのにウィルと来たら、忌々しさの二乗である。

 青み掛かった濃いグレーのウールジャケットに薄い水色のトラウザーにペイズリーの模様を織り込んだシルクタイを〆て、ウィルはマホガニーのテーブルまで優雅な仕草で歩いて行き、モスグリーンのベルベットを張った猫足のアームチェアーに長い脚を組んで据わった。



 「いやー、流石に朝から59歳の太めのセインと、一見若作りに見える52歳のジェロームのハグを見せられると、なんて言えば良いのかなー、僕も目のやり場に困るよね。そして、おはようー2人とも。」

 「あのさー、ウィル。此処って俺の屋敷で部屋なんだよ。ウィルの目のやり場とか俺には、どーでも良いんだけど。そもそもウィルは来るなよ、お早う。」

 「あ、申し訳ない、ウィル。おはよう。」

 「良いんだよ、セイン。ウィルに謝らなくても、謝らならないと駄目なのは、コッソリ忍び込んでくるウィルの方だから。」

 「だって僕も此のロッジの住人なんだぜ、ジェローム。」

 「いや、林に或るマイケル夫婦の小屋に住めよ。ウィルの部屋もマイケルがデザインしたってジョアンは話してたよ。此のロッジはセインと暮らす為に俺は建てたんだよ。邪魔スンナ、ウィル。」

 「はぁー、ジョアンの将来が僕には心配で堪らないよ。こんな空気の悪い場所じゃ無くて、スロンに或る僕の屋敷で引き取るよ。その方が、ジェロームも好き放題セインとグレタリアン流なフレンドシップを育めるだろう?」

 「お断りだ。そんなにヒョコヒョコとジョアンをアッチコッチに遣れるか。ジョアンも俺と暮らすって言って居るんだ。大体ウィルの従者や護衛は本邸に滞在させているんだから、ソッチで過ごせよ。つかウィルこそ良い歳なんだから落ち着けば?」

 「はぁー、良い提案だと僕は思うけどね。所で、ジェローム、刻み煙草を紙に舞いていないけど?」

 「そ、それは、ぼ、っ。」

 「今日は葉巻の気分なんだよ。其処のシガーボックスに入っているだろ。」

 


 俺はセインの言葉を切って、ツカツカと何時もの臙脂色のベルベットを張っているアームチェアーまで歩いて行き、ドサリと乱暴に腰を降ろして、テーブルの中央右に或る繊細な女神をあしらったシガーボックスの彫金細工の蓋を開いた。

 そう、セインを拗ねさせたのは此のブレンド・シガーの紙巻が原因である。

 忘れていたけど、セインはマジで不器用であった。

 昔、ジャックが言っていたのだ。


 『俺はセインが外科医とかだった必死で止めてたぞ。スプラッター劇場で患者が死ぬわっ!』


 うん。

 ジャックのその気持ち解る。

 俺を手伝うと言って、俺のブレンドした刻み煙草を巻こうとしているのだけど、巻けない。

 紙が破けたり、糊が付かなかったり、丸めれ無かったり、、、・

 

「ええー、何で出来ないのかなー」


 と、俺が何気なく言ってしまって、セインを拗ねさせてしまった。


 トントンと紙に乗せてクルクル巻いて糊を就けたらはい出来上がり。

 って感じだったから出来ない理由が分からずにツイねポロリと。

 兄が似たようなことを配下(ハイカ)ーズに言ってショ気させてたから、言っては成らぬ言葉と俺も学習したんだけどね。


 折角セインは機嫌を直していたのに、ウィル、てめぇー不用意な事を言うなよ。

 俺の顔を見て状況を察したウィルが、ざーとらしい笑みを浮かべて細巻きの葉巻を取り出し、封と吸い口を切り、整った唇に銜えてマッチで火を点けた。

 こういう察する能力があるのにウィルはジョアンへの気持ちには気付かない。

 まー、敢えて気付かない事にしたのかもな。

 あの後、ジョアンの事は息子のように思っているだけだと、セインに3度も念押しに来たそうだ。

 俺にも言いに来たけどさ。

 個別で念を押す意味とは?

 そう俺は聞きたかったけど、面倒なので辞めた。



 つう訳で、セインが精神科医を選んだのは「天命」と言うお話だ。




 セインとウィルと俺でグダグダとジョアン達が周っている旅先の話とかして居ると、気を効かせて退出していたクロードが本邸からの電信を持って遣ってきた。

 俺はクロードに珈琲を頼んで3枚の紙を受け取った。


 1枚目は、まあ、アレだ皇太子の妃を臣下からとっても良いことに成ったと言う予定調和な奴。

 2枚目は、トレッドランドで議会を作ると言う法案がグレタリアン議会で上院が否決。

 3枚目は、ヴェイト=ルドア共同体、共産思想の輸出開始運動。ローソン代表が宣言。


 「ウィル、ローソン代表が世界へ共産革命を輸出する心算みたいだよ。」

 「いやー、ジェローム、僕はコミュニストには成れないよ。」

 「あれ?ウィルってメクゼス博士の社会論支持者じゃなかったっけ?」

 「社会論は社会学としては支持するよ。グレタリアン社会の資本主義の考え方は労働者への搾取が酷いからね。でもヴェイトの土地公営化と政党は共産党しか認めないと言う一党独裁は、人間の在り方を否定するみたいで、僕の考えていた啓蒙主義に反するんだよ。自ら求めていく形こそが尊いと僕は思っているからね。」


 「ふふっ、意外と単純で正義マンのウィルだから、俺は直ぐにヴェイトに行くかと思ったよ。」

 「色々ね、僕もジョアンと一緒に『楽しい戦争講座』をジェロームから学んだからな、お陰で大人に成れた気がするよ。60歳も過ぎたけどね。」

 「それはウィルに悪い事をしたな。俺は余り社会とか考えて無くてさ。ジョアンに自ら戦争に行くなんて言って欲しく無くて始めたんだよ。折角さ、俺が拾い上げた野良猫にムザムザ死んで欲しく無かっただけなんだよ。他の人達には申し訳ねーけどさ。」

 「はあ、ジェロームらしいとは思うけどね。僕とかは、ジェロームこそが政治の世界で動くと良いと考えるけどな。なんか勿体ないよ、僕やエイム公爵にだけ伝えるのは。」

 「いや、ウィルに伝えるのは、兄から言われているからだよ。あんまり俺の言葉を真に受ける必要はねーんだよ、ウィルは。俺との話は、兄から頼まれている伝書鳩のついでなんだしさ。」

 「時々、僕より凄く歳上な気がする時があるよ、ジェロームと話して居ると。」

 「そうりゃー老けていて悪かったな、ウィル。残念だけどウィルより11歳も俺は年下だぜ。」



 まーな、確かにジジイだしな、俺。

 緑藍で70歳過ぎまで生きて、コッチに神か悪魔に強制送還されて来てるし、でもまっ、前世は此処まで人と関わらずに生きたから、今世は色々と新鮮でもあるけどな。

 つう事など言える訳も無いんだけどね。

 ウィルは、まあジャックの可愛がってた精神的な曾孫だし、俺も少々、大目に見ている。



 「やっぱりジェロームは引き籠りで新技術が苦手な所為かな、ふふっ。そう言えばナユカ連邦政府は国際弁護士の資格と自前の銀行を、北カメリア北部連合国政府が国際司法資格の自国承認をグレタリアンに申し入れしたよ。」

 「おー、とうとうか。流石に拒否は出来ないだろうね。国際連盟理事国としては。南部の連盟国は北部と別れた時にヨーアン諸国で扱える司法学校を設置したよなー。まあ、ロンドへ留学する人たちが多いけどさ。」

 「しかしジェローム、司法資格を持つ人間が増え過ぎないか?」

 「グレタリアンは元々、多いしね。大学と並列してロー・スクールに行ってる人が多いから官僚や政治家は大抵が弁護士資格を持って居るし。北部もロースクールは結構あるよね。」

 「確かベンジャミン・ヤング氏も弁護士だったと思うよ。貧しい人達の弁護も引き受けてて人気があった筈だ。」

 「うはっ、ウィルは好きそうだよネ、そう言う話がさ。」

 「良い話じゃ無いか、ジェローム。」

 「まあ、そうだよな、でも自由党なんだよなー。まっ、グレタリアンでもそうだけど、同じ党でも議員其々の意見も違うし、政党だけじゃ分かんないか。北部の労働組合つうか党は景気が良いから低調だしな。民衆党は伸びても良い気もするけど、国民党が人気なんだよね。」

 「まー、今は政治の事より車やレコードや新しい髪形だろう。ヨークのスクエア通りに夜行くと男女ともクルクル巻紙だよ。それと新たな4つの女子大学だろうね。」

 「有産階級が購入するには車もレコードも安くなった気もするけど、庶民には未だ高値の花だろう。カールした髪形は俺って知らないけど。つうか、ジョアンもセインも元からウェーブつーかカールしてるじゃん。セインとかカールを目立たなくさせる為に短く切ってるのに。」


 「違うんだよ、今、流行ってる紳士のカールは、僕の地毛のカールとは全く違うんだジェローム。トップを膨らますように髪を巻くんだ。学校でもしている子がいたよ。」

 「そそっ、額に剃り込みを入れるんだ。で前髪から頭頂部に掛けてカールやウェーブで盛って行くんだよ。中々に恰好良いよ。今、練習して貰って居るから、今度ジェロームにも見せるよ。」

 「いやー、俺は良いかな。誰もしていないけど俺はロン毛が楽で好きなんだよ。夏場は難しいけど、秋冬はソフトハットとコートで長いのも隠せるし、首も暖かい。もうオッサンだし充分だよ、俺は。」

 「ふっ、ジェロームはグレタリアンが嫌いなのにファッションはロンド・スタイルだね。北カメリア・スタイルはジャケットも楽だよ。色も柄も色々在るし。南部と通商交渉しているのは良いね。」

 「まあ、国境が厳しいのは逃亡奴隷に対してだけだよね。」

 「いや、そうでも無いよ、ジェローム。フリーゲートは或る種の特権階級だけみたいだ。奴隷や労働移民階級は厳しいな。軍や保安官も待遇が良いそうだよ。」

 「アンソニー・デイビット総統は元陸軍のトップだったもんな。確かイラドの2つの植民地をグレタリアンから借金の形に貰ったもんな。」

 「まあね、守り切れないから丁度良かったのかもね。安価で商品は南部から買えるし。今、イラドに関してグレタリアンはアガスタン王国とカザール王国、それに南沿岸部を守るのが精いっぱいだよ。判らない様にヴェイト=ルドア共和国へちょっかいを出してるし、南プリメラ、南カメリア、ベリカワ半島とアワギレにも兵を出して居るしね。矢張り大戦の被害が大き過ぎた。」


 「仕方ねー国だよな。そういやウィル、南部連盟国は保守党と自由党の二大政党制だよね。」

 「うーん、そうそう共助党ってのが出来て居た筈だ。他には小さな民族系団体かな。」

 「えっ?共産党の親戚か?ウィル。」

 「ははっ、ジェロームもそう思った?少し違っていて、レナード・ホームみたいに恵まれない子や飢えている人に助けをって奴みたい。グレタリアンが自助努力だろ?其処で共に助け合うって考えらしいよ。南部で共産主義とか言い出したら袋叩きだろ。グレタリアンも煩いし。」

 「経済規模は、其処まで大きくないと南部を想って居たけど、そうでも無かったんだな。カレ帝国との交易も大きいし、今回でイラドの方も利潤を上げそうだし。此れはウィル、グレタリアンの企業も笑いが止まらないかも。潰さないようにグレタリアンも気を使っているのか、一応。」

 「まー、安定した素材や穀物の輸入先だしな。南部が不安定に成るとグレタリアンの方が困るよ。」

 「俺としては、ジョアンに可愛い彼女が出来る迄、北部が安定して呉れたら良いな。ウィルも精々、フロラルスとグレタリアンの安定に努めて呉れよ。」

 「はあーぁ、他人事だよな、ジェロームは。」

 「ふふっ、ロンドで働き過ぎていたからな。デルラでは貴族らしく過ごすよ、ウィル。」

 「そう?難しいとは思うけどジェローム成りに頑張って。」


 

 ウィルはそう言って金の短い髪を左手で掻き上げて、深緑の瞳を細め目尻に深い横皴を寄せ、楽しそうな表情で、クロードが淹れた珈琲を旨そうに飲み始めた。

 こいつは、また碌でも無い事を企んでいるんじゃないだろうな。


 ふと、大人しいセインが気に成って姿を見れば、サフランイエローのアームチェアーに大きな身体を預け切り、黒縁眼鏡の下で瞼を瞑りスヤスヤと眠りに就いていた。



 俺は静かに立ち上がり、クロードから渡されたレモンイエローの平織のタオルケットをゆっくりとセインの肩へと掛けて、心地良い夢を見ていることを内心で願う。

 序に細巻きの葉巻を燻らせている忌々しいウィルにも心地の良い日々をと静かに願ってやるさ。

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