アンバーインパクト
アリロスト歴1919年 6月
もう直ぐ『元』になるだろう北カメリア北部連合国大統領ベンジャミン・ヤングが、玩具をデルラの本邸に設置した。
大戦中、活躍したらしい無線だ。
えー?
活躍してたかな?
傍受され捲くっていた気がするけど。
『テステス。』
「、、、。」
『テステス?あれ?ねぇ、コレ通じて無いよ?』『いえ、そんな筈は。』
「、、、通じてる。ディック、後は任せた。」
俺はヤング大統領のオンステージをディックに任せて、ロッジに或る俺の聖域に戻った。
ヌーディスト・ワイヤレス。
こんなあけっぴろげな通信をしなくとも電信で良いじゃん、ヤング大統領。
「ポケットマネーで買ったから遠慮するな」ってメッセージがあったけど、こんなチープな材料で偉そうにされてもなー。
軍用とは違うって当たり前の事がカードに綴られていた。
ヤング大統領は、もしかして選挙疲れでテンションがハイに成ってるのか、
もう直ぐ普通のオジサンとして領地に戻れるのでストレスがレスったのか。
全く、傍迷惑な話である。
「もう用は済んだのかい?ジェローム。」
「うん、暇人の暇潰しだったよ、セイン。ソレは先日セインがグレッグ出版に渡した原稿だね。」
「そうなんだ、少し手直しをした方が良いと言われてね。どうしようか?と読み直している所だったんだ。テーブルの上に置かれてある書類はジェロームの今日の分の仕事?」
「ふっ、仕事と言う訳じゃ無いんだよ。新しくなった兄の補佐官ジニーは一先ず情報を俺に送り付けて来る無精者でさ、前の補佐官クラークは取捨選択が出来ていて有難かったよ。まっ、俺が何かをする訳じゃないけどね。一応は目を通して於かないと兄が頼みごとをしてくる時は、俺が分っているって言う前提で電信やら手紙が来るからね。」
「エイム公爵は完璧主義だからね。」
「んー、完璧主義って訳でもないんだよ。出来ないのが理解出来ないだけで。でも案外ポカも遣るから、周囲もそれ程、怯えなくても良いんだけどね。」
「ふうーっ、それはジェロームだから言えるんだよ。」
セインはそう言って黒縁の眼鏡を外して飴色の瞳を瞬かせて鼻梁についた眼鏡の後を指先で解した。
3年前から眼鏡を掛け始めたと恥ずかしそうに語るセインはやっぱり可愛かった。
まあ、俺の語るセインの可愛らしさを理解してくれる奴は、昔も今も誰も居ないんだけどな。
そんな事を考えながら書類を見ていると、グレタリアンで選挙法改正の他に、皇妃を臣下から迎え入れる事を議会で審議中であると言う報告書があった。
皇太子は現在22歳で未だ婚約者も決まって居ない。
本来ならスチュアート4世の妻であるエリザベス皇妃が積極的に動いても良いのだけど、先の大戦で皇妃の母国であるバンエル王国は、グレタリアンの敵国として戦ったと言う負い目が在った。
プロセン王国に占領されている状態だったと言えなくは無いのだけど、バンエル王国の中枢にいた人たちがプロセン寄りだったのだよなー。
バンエル国王陛下も追い出される形で妹エリザベス皇妃を頼る形でグレタリアンに亡命して来たし。
皇太子はダブル不倫の運命の恋を体験したスチュアート4世よりは真面目らしい。
基準がスチュアート4世って如何なんだろうな。
「セイン、皇太子って何か噂が出ている?全く俺は知らなくてさー。」
「ジュリアス皇太子ですか、公務でレナード・ホームのような孤児院や今なら戦傷者の病院を慰問したりしているだろうな。セーラ病院や看護学校にも良く訪れていたみたいだよ。戦争も収まったから植民地、あー、、、今は独立国に成ったのか、僕が北カメリアに出立する前にナユカ連邦国にも訪れる予定だと聞いたよ。」
「へぇー、スチュアート4世もレナード・ホームとノルセー伯爵の劇を観には行っていたな。公務をしていたって記憶は無いよね、まあ皇帝が動く事は全て公務だけどさ。スチュアート4世って。側近との密会とか、人妻との熱愛記事ばかりだった気がする。海軍の士官学校を卒業したのを俺が知ったのも、先の大戦の時だし。」
「スチュアート4世は10歳から18歳で成人する迄は強烈な母親、皇妃に後見人として囲い込まれていたから、精神的に色々在ったのだと思うよ。」
「ふーん、家の兄は皇族に全く興味を示さないから、皇族の情報ってガッツリ抜けているんだよね。いや、皇太子が22歳になるのに、全く浮いた話を聞かないなと思って。」
「あくまでコレって噂話なのだけど、エイム公爵の前妻のエリス夫人が好きだったのでは?って言われていたんだ。エリス夫人が亡くなったと聞かされた時に顔色が変わって急遽退室したとか。」
「うーん、まあ賢き義姉エリスは綺麗だったし、会話も楽しい人だったから、そう言う噂が出ても驚かないけど。じゃあ、その噂くらいなんだ、セインが知っている皇太子の恋話。」
「そうだね、僕の仕事って人の話を聞くことが多いから、結構噂話は耳に入るのだけどね。」
「そうかー、セインも知らないか。ふむ。」
「ジュリアス皇太子がどうかしたの?ジェローム。」
「ああ、議会で皇妃を臣下から迎えいれる様に審議中らしいんだ、セイン。一応はさ、王族の婚姻は王家の専権事項って成ってたから。まー、王家が外交とかを決められたのって100年前の話だろうから、今更、議会が決めちゃー駄目って事もないけど、建前が必要だよね、王権に関わる事だから。」
「どーだろう。僕は今回の叙勲で思ったけど、今って爵位も議会が決めちゃうんだよね。でも叙爵って皇帝が決めるって思ってたから吃驚したよ。」
「ふふっ、それはスチュアート4世は10歳で皇帝に成ってしまって好き放題後見の皇妃がしたから、議会が一時母親から叙勲の権限を取り上げたんだよ。それがなし崩し的に成って居るって聞いたことがあるよ。まあスチュアート4世が叙勲したい相手にも出来るけどね、当然。」
「それこそ同国の人が皇妃様で会って呉れたら親近感は湧くと思うよ。それに他国から来てくれた王女様にスチュアート4世の仕打ちは酷いと思うよ。僕は、スチュアート4世の人気が高いって言うのが分からない。娘のオリビアの夫がスチュアート4世みたいだったら?と、想像するとゾッとするよ。」
「ふっ、セインの言葉は俺の耳に痛いな。まあ、唯一の救いは、スチュアート4世のお陰で同性愛者も許される空気が出来た事だよね。側近の存在も公然の秘密だし。」
「ぼ、僕はジェロームを責める心算で言ったんじゃ無いよ。そう言うのも知った上で僕は傍に居るんだから。」
「有難う、セイン、。」
俺はそう言ってセインの飴色の煌めく瞳を見詰め、セインも俺の瞳をジッと捉えて、甘い空気が漂おうとする時、艶の或るオークの扉を開いて、にこやかな笑顔を浮かべて忌々しいウィルが俺の聖域に優雅な仕草で入って来た。
「やあ、ただいまー、ジェローム、そしてセイン。相変わらず2人は仲が良いね。」
「フンっ!ウゼーよ、ウィル。」
「お帰りなさい、ウィル。」
「あれ?ジョアンは?」
「ジョアンはウィルに話してなかったのか?現在はルーサー達と、短めのグランドツアー中だ、アシェッタの遺跡にも行くらしい。主にルーサーのリクエストだろう。」
「冬休み以降ジョアンに会えてないんだぞ、ジェローム。」
「いや、皆そうだからな?ウィル。マイケルとジョアンが話している時に茶々を入れていたんだろう。大人としてゆったり話を聞いて居れば良いモノを、ウィルは全く。」
俺とセインのスィート・タイムを邪魔して来たウィルは、深緑の瞳を細めて、俺の煙草を当たり前のように美味そうに燻らせていた。
俺は薄い溜息を吐いて近くに座っているセインの飴色の瞳と目を合わせて、軽く肩を竦めた。
「おお、そういやジェロームの所に無線を引いたんだってな。エイム公爵が見て来いって言うからね。」
「あー、あれって使えないよ。傍聴し放題だから兄との話とか先ず無理だよ。電信の方が確実だし、未だ安全だ。ヤング大統領の暇潰しだろう、アレって。」
「まあ、そうか、大戦中もグレタリアンは傍聴されっぱなしだったからな。只今、軍は検討中だ。」
「ウィルに知られて良いのかね?悪用するだろ。」
「しませんよ、僕は。其処ら辺は弁えているからね、ジェローム。」
「そう、兄の邪魔さえしなけりゃ良いんだけどさ。そう言えば、皇太子の婚姻相手の法案はどうなったのか知ってる?」
「まー、秋に通過って言うか承認されるんじゃない?スチュアート4世には前もってデバーレイ首相が許可を得てるみたいだし。」
「なんだかんだで相性が合うようね。スチュアート4世とデバーレイ首相ってさ。」
「ふふっ、デバーレイ首相はジェローム達みたいに皇族を馬鹿にせず、奉って呉れるからだろ。」
「別に馬鹿にはしていないさ。皇帝とか大変だなって思うよ、ウィル。じゃあ、選挙法の方は?」
「マイクロフト副首相とロバート・カスタット議員がガンガンと頑張っているよ。ジェロームにも聞かせてやりたいよ、彼等の演説。」
「ああ、僕も感動しましたよ。若い人達が多く広場に集まっていたよ、ジェローム。僕が行った時が偶々かも知れないけど。」
「いやセイン。組合が主催じゃない演説の時は、大学生とかが多いよ。ジェロームも学生の頃、聞いたら感動したかもよ。」
「ははっ、ないなー、ウィル。」
「うん、ジェロームは無いと僕も思いますよ。」
「はぁ、ジェロームには感動がないのかい?まあ、女性の選挙権を言い出すまでは下院は通過しそうだったのだけどな。カスタット議員が女性の参政権を提議して紛糾したんだよ。」
「まーぁ、ロバート・カスタット議員の公約だしな、女性の選挙権は。マイクロフト副首相は?」
「女性の参政権は、其処まで乗り気じゃないな、否定はしないけど。ジェロームは如何なんだ?女性の参政権について。」
「それこそ、ウィルは如何なんだよ。俺はもうグレタリアン国籍じゃ無いから、グレタリアンの事はグレタリアン国民のウィルとセインで話し合えよ。」
「僕は、婚姻前のサマンサの様に税金を支払っているなら、女性でも当然、選挙権を持って良いと思いますよ、ウィルは?」
「ううーん、難しいな。空気や見栄えに惑わされる人が多い気がするんだよね。でもセインの言う通りサマンサ夫人みたいな人なら、当然、選挙権は必要だと思うよ。是々非々だなー。やっぱり税金を支払っている人で、線引きをするのが良いかもね。ジェロームは北カメリアなら如何?女性の選挙権。」
「うーん、大前提として、俺って選挙って信用して居ないんだよ。」
「はーー?何を言ってるんだ?ジェローム。」
「ええ、議会制民主主義を否定するなんて。僕も信じられません。」
「はいはい、セインもウィルも、そう言う反応に成るから、黙っていたのに。別に思っているだけだから、良いだろ?信用して無いってだけで、否定している訳でも、そう言う活動をする訳でも無いんだから。まー昔、兄に言って呆れ果てられたから、黙っていたのにウィルが突っ込むから。ブチブチ。」
「だからジェロームは選挙は興味が無いって言ってたんですね。」
「ま、そう言う事だよ、セイン。でも俺はセインやサマンサの議論を聞くのは好きだよ。興味が無いって訳じゃないから、セインが思った事は今まで通り聞かせてよ。」
「、、うん、ジェローム。」
「なー、僕の意見は?ジェローム。」
「はあー?、ウィルは別にグレタリアンなんか、どうなっても良いって思ってるんだから、俺が聞く必要なくね?」
「いや、僕はこれでもグレタリアンの為に色々と動いてきたんだけど?ジェロームだって知ってるだろ?それにジョアンも居るし。」
「ジョアンはもうグレタリアンの子じゃありません。北カメリアの子に成ったんだよ。残念だったなウィル。つうか、ウィルはマイケルやグレタリアンに残して来てる自分の子供の事を考えろよ。」
「だってさー」とブツブツ口の中で呟き、金の短い髪を気取って左手で掻き上げる63歳のイケ爺を、俺は憐れみを込めた目で眺めていた。
飴色の瞳に黒縁眼鏡を掛けたセインはキョトキョトと愛らしく俺を見詰めて、クロードの淹れた珈琲を飲んで居る。
歳を取っても素直なセインは俺にとっての癒しである。
少しはウィルも此の愛らしいセインを見習給え。
セインはその愛らしく大きな飴色の瞳でじっとウィルを見詰めて唇をゆっくりと開いた。
「もしかして、ウィルはジョアンの事が好きなのですか。」
「ぶっ!」
「ぐほっ!」
アンバー・インパクト!
俺とウィルはセインが告げた、その言葉の衝撃に口に含んでいた珈琲を噴き出し、マホガニーのテーブルの上の書類や床を盛大な琥珀色に染め上げた。




