春告げ鳥
アリロスト歴1918年 12月
11月にマイケルとデイジーの婚姻が3月に決まったとジェロームから俺の寮へ手紙が届いた。
日付を見ると俺がカレ帝国へ教授と一緒に農園視察へと行く日程と被っていた。
俺は悔しい気持ちを抱きつつ、マイケルへ婚姻式に参加出来ない旨を綴って手紙を出すとクリスマスホリデイにデルラの本邸で執り行うことにしたと言う返信が来た。
申し訳ない想いを抱えてポスアードの街を駅に向かって歩いて居るとショーウィンドウに素敵な細工を施したオルゴールがあったので、俺は衝動買いをしてしまった。
何かあったらと渡されていた小切手に震えながら俺はサインした。
ドルはポンドの4分の1なので、約20ポンド、、、高い。
まあ、マイケルの一生に一度の事なので、今回は大目に見ようと俺は自分に言い聞かせた。
結局は牧師様を手配出来なかったので、ロッジに或る晩餐室でジェロームを除いた皆での食事会に成った。
食事会の前に俺は白い木製の扉を開いてマイケルの居る部屋へと入って行った。
何時もの椅子に座っていたマイケルは、首の中位で切り揃えていた金の髪は短く成って居て、細い首筋を覆う様に高いカラーのシャツに品の良いシルクのクラヴァットを締め、濃紺のイブニングコートを羽織っていた。
繊細な容姿ながらも、何処か凛々しさもあって大人っぽいマイケルに、俺はザワザワと胸の鼓動を波立たせた。
『男子、三日会わざれば、刮目して見よ。』
結婚するって決まっただけで、こんなにも男らしくなるんだ。
俺って完全に負けているよな。
いや、元から作りは負けてたんだけど、男らしさ的には俺でも良い勝負出来てると思ってたのに。
「只今、マイケル。そして、おめでとうー!」
「ふふっ、お帰り。有難うジョアン。でも、おめでとうは未だ早いよ。結局は予定通り3月に成ったからね。何もしていない僕が婚姻とか分不相応だと思ったんだけど、父上がデイジーを一生独身で過ごさせる心算なのかと怒って、、、。んー、デイジーには申し訳ないよ。」
「ええー、何を言うかと思えば。ウィリアムの言う通りだよ。デイジーは誰から見てもマイケルの事が好きなんだし、こういう状況だと分っていてマイケルと付き合ったんだよ。それにね、俺が此処に来た当初、俺って何もない人間だったから自分自身に焦っていたんだ。そうしたらジェロームが、何を遣っても遣らなくてもジョアンはジョアンだって言って呉れたんだ。だからきっとデイジーもそう思ってマイケルと生きてゆく事にしたんだと思うよ。」
「ジョアン、、、有難う。」
「ふっ、偉そうに言っているけど、さっきまで髪を切ったマイケルが男らしく成って焦っていたんだよ。ぐーっ、負けたーって。」
「ふふ、なんだよ、ジョアン、負けたって。僕と何の競争をしているんだい?」
「いやー、何となく?ああ、そう言えば、今日、寄った店で鳥のデザインを募集していたんだ。此れが募集要項を書いている紙。いつもマイケルが描いている水彩画とは違うけど、気が向いたらどうぞ。」
「ええー、何だろう。」
そう言ってマイケルは若草色の瞳を輝かせて、俺が渡したカラクリ時計やオールゴールに使う鳥のデザインの募集についての説明を読んでいた。
本店はフロラルスにある『青い鳥』が陽ノ本と提携百周年記念として募集して居るモノで、それには鳥のデザインであれば、色は問わないと書いてあった。
青い鳥は其処まで大々的な企業では無いけど、各国で調査してブランドポリシーと合う店にだけ商品を卸すと言うチョット変わったタカビーな店だった。
ロンドにある一軒はジェローム御用達で、俺の誕生日のロンドでのプレゼントは此処のチョコレートなのだ。
俺は店内に入って、此の募集の広告を見て、店の名前が『青い鳥』だと気付いた。
「面白いね、有難うジョアン。何か描けるか考えてみるよ。」
「うん、無理しない程度にね。どんな店か知りたかったらウィリアムやデイジーに訊いたらいいよ。フロラルスの店だから。」
「ふふっ、そうだね、有難う。」
それから俺とマイケルは新しく出来る、(ジェロームが小屋と呼んでるのは秘密だ)、屋敷について、デイジーが来る迄話し合っていた。
久し振りに見るデイジーは益々可愛らしく成っていた。
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アリロスト歴1919年 3月
時折り部屋の宙を見て、フッと溜息を吐いていたジョアン25歳。
現在、軽めなハートブレイク中。
まあ、大人たちはジョアンがデイジーを憎からず思って居る事に気付いていて、俺も含め生暖かく見守っていたのに、何やら気配を察したウィルがいそいそと画策して、マイケルとデイジーを纏めてしまった。
いや、良いんだけどさ。
トマスやロビンの話から、デイジーは誰の目から見ても、マイケルにホの字って解るって言ってたから。
そんな甘酸っぱい青春の1ページを記して、ジョアンはちょっぴり大人に成って、ポスアード大学へと背中に影を背負って向かって行った。
それを嬉し気に微笑んで、蒸気自動車でジョアンを駅まで送るのも、ウィルである。
同じ車にジョアンが乗っているので、事故ってしまえ!と、俺がウィルに願え無いのは誠に残念である。
さて、「国として認めない所からの言う事は聞かない」とヴェイト(旧ルドア帝国)が一切の通告破棄宣言をした。
『ならば、戦争だっ!』
って、出来ればスッキリするのだろうけど、あの大戦は総力戦だった訳なんだよ。
戦勝国も敗戦国も。
兵力も資金も鼻血も出ない状態で、制裁措置なんて国際連盟加盟国は、制裁的な通商条約にする為の見直しくらいしか出来ない。
いやー、今からリトライ!再戦するとか言ったら、国民から総スカン喰らうからマジで。
モスニア帝国はヤル気があれば余裕で戦えそうだけどな。
まあ、各国が足並みを揃える形で、ヴェイトを総スルーすることに成った。
ゲルン共和国(旧プロセン連合王国)は、国際連盟に批准して戦後賠償を始め、中立国やヨーアン大陸以外の国では国際連盟の様子見って形だ。
北カメリア南北も批准していない。
南部は批准すると思ったけど、よく考えたら今はグレタリアンより強気で居られるんだよなー。
グレタリアンに資金貸して居るし。
国際連盟に加盟して居ない国は、当然ヴェイトとも国交、交易とも通常通りなので、干上がる事は無いし、北カメリア北部は工業製品の輸出で益々潤っている状態。
南部もグレタリアンの様子を見つつ、輸出に励んで居たりする。
ゲルン共和国も何とか北カメリア北部に助けて貰いつつ、賠償金を支払っている。
そんなヒヤヒヤする世の中で、俺がウキウキしているのは、なんと3月にセインが此のデルラに来るのである。
俺がセインとゆっくり会えるのは実に8年ぶりだったりする。
一度ロンドに戻った時は、バタバタとしてお互いに気忙しくて、まったりしっぽり旧交を温められなかった。
俺は鼻歌なぞを口遊みつつ上機嫌で懐かしいセインの文字を目で辿って居ると、艶の或るオークの扉を開いて、長閑な笑顔を浮かべて俺の聖域に忌々しいウィルが入って来た。
「やあ、珍しく笑顔とか浮かべてジェローム、良い事でもあった?ただいまー。」
「今、機嫌が悪くなった。お帰りウィル。」
「ふふっ、僕もマイケルの婚姻式の準備が在るから此処へ帰って来ないと駄目なんだよ。ジェロームは参加して呉れないのだろ?マイケルとデイジーの婚姻式。」
「ああ、初めに言ってただろウィル。俺はマイケルとは、ノーコンタクトだと。」
「了解。マイケルは妹のリズを呼びたく無いって言うから、寂しい婚姻式に成るよ。」
「この屋敷の者で良かったら参加させるよ。リオンやロビンやマリン、後はトマス等とは2人共良く話していたんだろ?デイジーの方は、如何なんだ?」
「ああ、母親と従妹が参加するよ。父親は仕事が忙しくてね。」
「そう、じゃあその2人は本邸に部屋を用意して置くよ。使用人の部屋は?」
「はぁー、此れだからジェロームは。中産階級で国外の旅に使用人迄連れて来るのは稀だよ。」
「知らねーし。じゃあ、其処ら辺をウィルはディックに説明してよ。」
「有難う、ジェローム。そう言えば本邸に随分と若い子が増えたね。ジェロームの気分転換?」
「アホか、気分転換で若い子雇う何てウィル位だ。ブレード地区に住んでいた兄の部下達の子供や孫がこっちへ移って来たんだ。皆ブレード地区が長いから今更親達と一緒にエイム公爵領へ戻る気が無いって奴等を兄は本邸へ寄こしたんだ。まあ、ジョアンを慕って来た奴もいるしな。」
「ふふっ、何気にジョアンは人気があるよね。」
「俺やサマンサと違って癖が無いからだろ。ジョアンは記憶が無い所為か、暗さを感じさせないから、奴等も何か惹かれるのかもな。」
「ホントにな、ジェロームみたいな拾い主なのにジョアンは真っ直ぐに育ったよ。ミューレン氏の育て方が良かったんだな。その煙草屋のミューレン氏は?もう良い歳だろ。」
「ああ、今度セインと一緒にデルラに来るよ。サマンサ夫婦も俺の持って居た島へ引っ越すから、ミューレン爺も憂いなく北カメリアに来れるだろうさ。」
「サマンサ夫婦が引っ越すのって、もしかしてヴェイト対策?」
「大丈夫だとは思うんだけど、一部、熱狂的な王権復古派が居てね。何か在ったら面倒だろ。ロンドって人が紛れるのには向いているだろ?まっ、島なら部外者が来たら分り易いからな、それでだ。あの島を呉れた今は亡きモーランド公爵には礼を言わないとな。」
「あの世紀の大悪党から貰ったのか、ジェロームも大概だな。命を狙われたんだろ?」
「まっ、ウィルには判らない事が色々と或るんだよ。」
「ホント、エイム公爵にしてもジェロームにしても秘密主義だよね。でもサマンサの子供達は?末っ子はまだ小さくなかった?」
「ミッシェルか、小さいと言っても16歳だしね。コッチに残りたいと言うなら、兄のタウンハウスに残ればいいし。ニックは20歳でフォック大学へ通ってるし、一個下の五月蠅いダリウスは勉強が嫌で士官学校へ行ったしな。問題は父親のルスランがミッシェルを溺愛してるから無理矢理にでも島へ連れて行きかねない。まあ、サマンサが居るから其処ら辺は大丈夫かな。」
「ジェロームって女性には割と冷淡なのに、昔からサマンサにはちゃんとフォローするよね。実はサマンサに憧れていたとかかい?年上だけど、綺麗だものね。」
「はっはっ。サマンサは俺達のグランマなの。女性に見える訳ないだろ?」
「俺達?」
「あっ、ああ、俺と俺の古い友達とのね。ずいぶん昔の友達だ。」
俺はジャックの顔を想い出しながら煙草に火を点けて、温い煙を深く吸い込んだ。
ウィルも俺に誘われる様に口に銜えた煙草にマッチで優雅に火を点け、深緑の瞳を細めて紫煙を燻らせた。
「あの探偵事務所があった下宿は如何するんだ?随分と広いだろ。」
「一応はルスランが所有者だから、サマンサは貸し出すそうだよ。人が住まないと痛みも早いらしいよ。つうか俺にそんな説明されても判らないよな。それと、、、。」
「うん?」
「あー、ラットン子爵が戦死したから、次男のユージンが後を継ぐそうだ。それで、セインの娘オリビアも子爵夫人としてラットン家に入った。そう言う後片付けも終わったから、セインがデルラに来るんだ。」
「おめでとう、とは言い難いな、ジェローム。」
「でも、まあ俺はセインが来てくれて嬉しいよ、矢張りね。ウィルもそろそろ遊び友達じゃない、彼女を作ったら?ヨークへ通うのも疲れる歳だろう。」
「うーん、疲れはしないさ。それに此の所、ヨークの女性は積極的でね。フロラルスの娼館より誘い方がストレートで面白いんだ。後はしっかりとブルジョワジーも貴族的な社交界を作って居るのも興味深いよ。チャンとデビュタントが或るんだよ。」
「ええー、あの権威の象徴みたいなデビュタントがかよ。どう転んでも、人ってヒエラルキーが好きなのかもな。」
「ふふっ、労働者移民は当然多いけど、ジェロームみたいに貴族で北部に来ている人も居るから、その影響かもね。王族もいるし。」
「俺は政変でデルラに逃げて来たわけじゃ無いからな。大体貴族でって言ったらウィルもだろ。」
「僕も違うけどね。でも南部では資産を移しに来ているグレタリアン人が多いよ。景色の良い温暖な土地を買い漁っているみたいだ。不動産熱が南部も凄いよ。」
「グレタリアンの増税効果だな。未だ確定して居ないのに今からそれって凄いな。まっ、兄の事が或るから俺は何も言えないけどさ。ウィルは?」
「ベラルド家は元々が色々な国に土地や資産を所有しているからね。父がそう言う事が趣味だったみたいで。植物採集と一緒に儲け話にもチャレンジする人だったんだ。ナユカや南カメリアにも在るし抜かりないよ。イラドは行く迄が面倒に成ったから、マリド迄香木を持って来て貰ってる。」
「うん、やっぱりウィルって貴族じゃ無く商売人だよ。」
「ふふっ、ジェロームが寒い場所に飽きたら南に招待するよ。」
そう言ってウィルは気取って右手を上げて、胸元へ落とし俺を招く仕草をし、人の好い笑みを浮かべた後、短い金の髪を掻き上げて整えた。
俺はそのウィルの仕草にアームチェアーから呆れて立ち上がり、フロラルス窓まで歩いて行き、取っ手に手を掛け、窓を開き3月の冷たい風を光と共に室内へと入れた。
大袈裟に寒いと騒ぐウィルを無視して、外に生えている木々を見れば、細い枝の先に鮮やかな青をしたルリツグミが止まり、小さな頭を傾いでいた。
其処へウィルが歩いて来て「おーっ!」と俺の傍で声を上げた。
瞬間、春告げ鳥は細い枝を揺らして、飛び立った。
俺は鮮やかな瑠璃鶫を驚かせた忌々しいウィルに蹴りを加えたのは言う迄もない。




