ギアチェンジ
アリロスト歴1918年 3月
寮の自室でフロラルス文学で名高いデュラーの『ラ・シエル』を苦心しながら読んでいると扉の外からノックがあったので俺は椅子から立ち上がって古い真鍮の扉を開けた。
細かなブルーのチェックの綿シャツにベージュのカーディガンに紺のスポーツジャケットを羽織ったルイスが爽やかな風貌で扉の外で立っていた。
「やあ、どうぞ中へ入ってよルイス。まだ、寒いだろ。」
「悪いね、もう直ぐ陽が暮れるのに、お邪魔するよ。」
3期生に成って1人部屋に成り、ベットと服をしまう木製のラックと小さなキャビネット、机と本棚にお茶を飲む為の2人用のテーブルセットとガスストーブを置いてある。
元々がこの部屋に置いてあったものだ。
もう1つ木製のシングルベットが或るのだが、今は使用して居ないので荷物置きに成っていた。
プライベートスクールに居た頃よりは広く感じる。
まあ、あの頃は4人部屋だったから当然か。
「食堂で熱いお茶を貰ってこようか?ルイス。」
「いや、良いよ。ポットに残って居るので、有難うジョアン。」
「珍しいね、ルイスが部屋に訪ねて来るなんて。」
「済まない、何となくジョアンと話したくなったんだ。ジョアンは勉強中だったよな?」
「大丈夫だよ。俺も気分転換をしたかったし。温いと言うか冷たく成って居るけど紅茶だよ。食堂の分だから、知っての通り砂糖は最初から入っている。」
「はあー、僕もジョアンと同じ馬術クラブにすれば良かったよ。クリケット・クラブでメンバーと動いて声を出すのは今一つ疲れるよ。」
「はは、俺はプライベート・スクールで遣って居て、余り上手い方じゃ無かったし折角カメリアに来たから何か別のスポーツをしたかったんだ。でも、コッチだとバスケットボールーやベースボールって言う俺の知らなかったスポーツが盛んだよな。グレタリアンだとクリケットやラクビーの人気が高いから吃驚したよ。」
「昔はクリケットの人気が高かったんだよ。今はバレー・ボールって言う球技も人気があるよ。でもヨーアン諸国では、今も一番人気はクリケットだろ?だからクリケットを選んだのだけど、ポスアードの街では試合をしても余り観客が来なくなってね。他のスポーツ・クラブに取られちゃうんだよ。」
そう言って、白に北カメリアマークが掛かれたマグカップをルイスは右手で持ち、アクアブルーの目を俺に向けて口を尖らせ、両肩を軽く上げて見せた。
俺は生真面目なルイスらしからぬ表情に思わず声に出して笑ってしまった。
「ふはっ、ルイスもそんな表情をすることも或るんだな。」
「僕に、どんなイメージをジョアンは持って居るかは知らないけど、僕も普通の人間だからね。不機嫌な顔位するよ。」
「ルイスって頭の良い爽やかな好青年に見えてたから。少し意外だっただけだよ。そう言えばバカンス中に大学構内にも工事が入って電気が引かれるね。知り合いがって言っても弟みたいな子達なんだけど、デルラのビレッジに水車とか作って電気を作って通して居たけど、電気の灯りって明るいね。」
「凄い子達だね。それは楽しそうだな。僕も参加したかったよ、ジョアン。電気で実験してみたい事もあるから、早く工事を終わらせて欲しいな。内戦があったから可成り発電所作りが遅れたんだ、本当はもっと早くに出来上がる予定だったんだ。それに今回は大戦があった所為でプロセン連合王国は無くなってしまったし。」
「吃驚したよね。国王を追い出して新しい国を作るだなんて。新しい国名はゲルン共和国だっけ?ルイス。」
「うん、でも教育とかどうなるんだろう。身分制度を無くすって新聞に書いてあったけど、北カメリアでは当たり前の事だし、でもメクゼス博士が書いていた社会論は尤もだとは思うけど、コミュニストが解決になるとは思えないよ。特に北部の発展は自由資本経済の成果だし、僕も成功する為に研究しているからね。皆が平等な成果をと言ったら、研究者の多くがやる気を無くすと思うよ。ジョアンはどう考える?」
「俺の保護者は社会論を、って言うか人を信用して居ないと思うんだよね。何も言わないけど、でもエーデンとかの小国で遣るなら社会主義迄なら遣り方を考えれば出来るだろうって話していたよ。大国や多民族国家では国民の合意形成は難しって。俺もグレタリアンやポスアードしか知らないけど、確かに貧困層は酷いし、何とかしなくちゃって思うんだよ。ソレで農学の植物学を選択したんだけど、北カメリアの農園規模が凄くて、つうか、俺はもう少し違う農業を目指したくて、はぁー、今、悩んでいる所。で、如何思うって奴だけど、俺も自由資本経済はどうにかしたいと思っている。メクゼス博士の論文とは違うやり方をしているから、コミュニストって呼んで良いのか分からないけど、素敵な共同体を作っている村長が居て、あーいうのは良いなって考えているよ。」
「そうなんだ。確かにジョアンはフロンティア精神って持ってないもんな。」
「無いねー。保護者のジェロームは何でも出来るし何でも持って居るんだけど、日長1日趣味に生きていて、偶に用を頼まれると心底面倒そうな顔をするんだよね。そう言うのを見ている所為か、成功しても退屈そうだし、かと言って生半可な運じゃ絶対にジェローム程の暮しを手に入れられ無いって解るから、俺は飢えない暮らしで良いやって思うように成ったんだよね。」
「そう言えば、そのジェロームって家は何を遣っている人?」
「うーん、ルイス、内緒の話しな。」
「うん。」
「グレタリアンでは貴族だったんだ。ジェローム・c・エイム子爵って言う。」
「あ、あの?ジョアンと家名が違うから。ジョアン、君って彼に拾われたって事で、一生分の運を使い果たしたと思うよ。」
「ははっ、やっぱりか。」
「じゃあ、大学卒業までc・エイム子爵のお世話にジョアンは成るのかい?」
「あ、そうだ、ジェロームは家名を呼ばれるのを嫌がるからジェロームって呼んでよ、ルイス。俺も何度か家名を呼んで蹴り飛ばされた記憶が或るから、その家名は聞きたくないかも。」
「うっ、う、うーん、、分ったよ。ジョアン。」
「うん、その心算。グランドツアーには、行けって言われてるけど、此れ以上ジェロームから恩を受けると返せる気がしないんだ。」
「でも、きっとジョアンに返せとか言わないよ。戦争も終結したし、、、僕は、プロセンの大学院へ行くのは難しいかも知れない。早く国際会議でどのような結論に成るか知りたいよ。」
「でも、今回は兵器として使われたけど、飛空艇や他の新しい科学技術も在ったみたいだから、優秀な研究者や教授は招聘するんじゃないか?北部とは同盟も結んでいるし、研究したい人は北カメリアに来てくれるよ。」
「そうかな、来てくれると良いんだけど。はー、暫くは待つしか無いね、ジョアン。」
「そうだね。あっ、そうだ、女性が通う大学を現在、作っているそうだよ。」
「それって噂じゃ無くて本当だったんだ。」
「そうみたいだよ、純教徒が多くいる州では無理だけど、ヨーク州やモーニング州と後2カ所では急ピッチで補修や建設が進められているって、友人の父上が教えてくれたんだ。」
「へー、都心からなんだね。」
「そうみたい。」
「僕達が卒業するのには間に合わなさそうだね。ジョアン。」
「でも有能な女性が多いから直ぐに頭角を現すだろうってジェロームは話していたよ。」
「ふふっ、ソレは愉しみだな。」
「だね。」
そして、ヨーク州で行われているサマーキャンパスには参加するかと俺はルイスに訊かれたので首を傾げた後2人で話し合い、1ヶ月のサマーキャンパスが終わったらルイスは、電力を作り出したエイム公爵領の6人の少年達とも会ってみたと言い始めたので、俺はジェロームに確認してから、ルイスへ伝える事にした。
ルイスと俺では余り接点は無い筈なのに、なぜか気が合って気楽に話せてしまう。
俺はエイム公爵領の個性豊かな6人組の話を清々しい笑顔で頷くルイスに話して聞かせていった。
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アリロスト歴1918年 5月
戦時下の緊迫した空気は少し緩んだけど、インフルエンザが此処ロンドでも蔓延していた。
私やルスラン、ニックやダリウスやミッシェルは、ジャックが作って呉れて居たマスクを発注して外出時には着け、手洗いや嗽の予防を確り行いました。
それとエイム公爵家のブレード地区は、今住んでいる人達に安値でほぼ引き渡しをエイム公爵家から完了させました。
恐らく資産課税増税や不動産課税、つまり土地税が決まると予想して、エイム公爵の事だから先手を打って居るのだと思います、タブン。
そして、此の大戦で余りにも多い死傷者が出たので、責任を取る形でグスラン首相は退任し、解散総選挙を行うことに成りました。
まー、野党から責任を問う声も多かったので。
取り敢えず、次は戦争に参戦しない政権が良いですね。
本当に多くの兵士たちが亡くなり、身近で訃報を聞かない事が無い、長い3年間でした。
我が家は、運が良く初めての兵器が使われた此の悲惨な戦争に参戦せずに済み、それはとても有難い事だったのですけど、何となく罪の意識を感じずには居られませんでした。
本土だけで死傷者を合わせると約100万人近い被害人数で、私は怖ろしくなったものです。
医師のセインやセーラ病院、セーラ看護学校は元より、貴族の邸宅も解放され臨時病院と成り、手の空いて居る者は、お手伝いへと向かいました。
戦争が終結しても、中々緑藍の元へ向かえないセインは気の毒で。
そしてルドア帝国の被害やプロセン連合王国の被害も更に恐ろしい数で、此処までして一体、お互いの国は何を求めて居たのかが、私にはサッパリ理解不能なのよね。
何の為に通訳が居たり、公用語があると思って居るのかしら、コレだからインテリを拗らすと面倒なのよ。
さて、女性達は相変わらず兵器工場や、駅、様々な場所で働いています。
能天気に終戦に成ったら首に成るのかしらと緑藍に尋ねていた頃は、私も能天気だったみたい。
ロンドの通りを歩く女性が少な過ぎると嘆いていたジャック。
もし、今、ジャックが居たら喜んだかしら?
て、戦争とバーターとかだったら要らねってジャックに拗ねられそう。
女の私より繊細過ぎるジャックは大戦勃発の報を聞いたら、気絶する方に私は1ポンド賭けますよ。
そして急ぎ足で通りを歩く女性達は、とても長いワンピースドレスやロングスカートでは、通勤に間に合わないのか、戦前は足首が見える程度の長さだったのに、今はギリギリ脹脛が隠れる長さのスカート丈になっていました。
歩き安いですよね、スカート丈が短いと。
スッキリとしたシンプルなデザインに可愛らしいプリント柄のブラウス姿の女性も居たので、私にはそれが嬉しかったりもする、
ずっとダークカラーばかりだと心にも身体にも悪い気がするから。
でもって選挙結果は労働党が野党第一党に決まり、連立の相手は又もやホリー党のデバーレイ元首相に成りました。
労働党のマイクロフト党首は、ずっと反戦を訴えていたんですよ。
初めての労働者の為の党で、グレタリアンでギアチェンジをする訳なのですが、労働党員たちの期待が大きい分、私としては少し心配です。
初めてのお遣いに我が子を出す気分?
緑藍とジャックから長年グランマ・クロエと呼ばれ続けた所為かしら?
余り、アクセルを踏み込み過ぎないで、道路状況を確認してハンドリングをし、長い政権運営をして欲しいって、つい願ってしまいます。
緑藍やジャックには今一つ不評でも、私が長年応援していたロバート・カスタット議員が、やっと表舞台に立ったのですから。




