キャンドルライト
アリロスト歴1918年 3月
俺は今日も順調にブレンドした刻み煙草に紙を巻き終え、俺お手製のシガレットを12本作り終え銀色のシガレットケースに丁寧に並べて入れて、お気に入りの細巻の葉巻を切って火を点けた。
ウィルにさえ奪われ無ければ、俺の満足出来る煙草の本数なのだけどな。
そう思って俺はチラリと目の前を見れば、カメリア風のストライプのコットンシャツにスモーキージャケットを羽織って整った容姿でウィルはチャッカリ俺の作りたての煙草を吸っていた。
本邸からの報告書をトマスから取り上げ、ウィルは勝手に伝書鳩に成り俺の聖域に入って来て、煙草を強奪していくのだ。
流石は怪盗バートだ、セコイぞ、ウィル。
現在、此処北カメリアでも蔓延している重篤化してしまう風邪の影響で、ヨーアン諸国でも疫病の死者も増えていた。
そもそもが大戦中、互いの陣営を苦しめようと通商破壊が行われ、食糧不足や医療品不足に成って居る事も重症化し、死者の増えている原因らしい。
「今回は民間人の被害が大きいぞ、ジェローム。初めてだよ、戦争で軍人以外を攻撃した被害結果を聞くのは。」
「ああ、そうだね、ウィル。フロラルスの町への被害も大きいな。それとトルゴン民族主義のトルゴン青年隊の軍人が計画的にファストア人虐殺を行ったらしい。ザっとした予測数字しか出して居ないけどね。ファストア人を除いて約300万人以上だよ。」
「うん?ジェロームは、どうしてファストア人の被害を除いたんだ?」
「大戦は虐殺の切っ掛けではあるけど、日付を見ると終結宣言が出された後なんだよね。まあ俺の気分的に何となくだよ。疫病の死者も足された数字は、グレタリアン政府から発表されるだろうし。マジで今回は初めて尽くしの戦争だったな、ウィル。」
「そうだな、気球から発想を得た飛空艇からの砲撃は安定しなかったらしいけど、空からの砲弾での被害は大きかったそうだ。熱に弱いから下手をすると自壊するらしい。でもベルビアの首都ベオラードは、それと砲弾で遣られたそうだ。流石は技術のプロセンと言った所だな、ジェローム。」
「でも壊れてるし、つか若しかして税金を上げるのって、南部への借款返済の所為だけじゃなくて、軍需開発費の予算を拡大する為かもね、ウィル。」
俺はウィルへそう告げてから、ジャックとの会話を想い出していた。
ジャックはフロラルス時代の前の記憶、日本と言う国の前世を覚えていて、武器に成りそうなモノの開発は避けていたそうなのだけど、ジャックが作り出した技術を見て軍務卿辺りはピンと来て兵器開発へと応用していたらしい。
その所為で、死んで60年経ってアルフレッドの意識がジャックの中で覚醒した時、戦争は酷い状況に成って居るだろうと憂慮していたらしいのだけど、フロラルスもモスニアも兵器や科学技術は抑制的で驚いたと話していた。
唯一、アルフレッドに心当たりが在るとすれば子孫へ日本で学んだり知った歴史を書き残して居て、それを天才レオンハルトが読み、合理的な処置をしたのでは無いかと言っていた。
ジャックは俺に日本での記憶を持たないのならばと、科学技術系の話は俺にも一切しなかった。
ま、俺とジャックがこの時代の事は此の時代の人にと約束して居ても、セインの為なら約束を破ってしまいそうな俺を危惧して、話さなかったのかも知れないけどさ。
思想や科学技術に対して慎重で抑圧的だったジャックとは違い、新たな技術や発見に為政者達は、前のめりで楽観的な行動を取るだろうことが予想出来て、俺は微笑ましく思うよりもゲンナリした。
ヒャッハー!冒険野郎は海だけじゃ無く、空にも出て行くらしいぞ、ジャック。
良い歳をした爺のウィルでも飛空艇には憧れがあるっぽい。
ウィルは爺の癖にキラキラと深緑の瞳を綺羅めかしているんじゃねーよ。
「戦争とか関係なしで飛空艇に乗ってみたいな、ジェローム。若い頃に気球は乗ったんだけどな。」
「別に。ウィル1人でどうぞ。俺は遠慮するよ。」
「全くジェロームは新しいモノを嫌うんだから。音楽好きなジェロームなら蓄音機位此の部屋にも置けば良いのに。本邸には或るんだから。」
「蓄音機から出てくる音はノイズであって、音楽ではないのだよ、ウィル。なんならウィルの部屋は本邸に用意させようか?ウィルの好きな新しいモノは本邸でなら直ぐ用意する筈だよ。向こうの使用人たちが使用方法を学ぶ為にね。」
「いや良いよ、お気遣いに感謝するよ、ジェローム。此のロッジでジェロームと過ごす時間はとても楽しいからね。」
「ハンっ!ウィルが楽しみにしてるのは、俺と時間じゃなくて、俺の煙草と酒だろうが。」
「ふふっ、そうとも言う。」
本当にウィルは碌でも無い。
勿論、俺もだが。
俺とウィルは互いに罵り合いながら、敢えて口にしない軍人達の壮絶な死者数を、煙草の煙と共に飲み込んでいた。
グレタリアンだけで戦死者は約887.000人にも上る。
そして今頃セインも必死で治療に当たっていただろう傷病者は100万人を超える。
既に亡くなった人は餓死者を含めて10万人近いと聞いた。
グレタリアンを含めた協合軍とルドアを含めた連合軍を合わせた戦死者は約1600万人。
戦傷者は約2000万人以上と記されていた。
俺もウィルも身内や知人に戦死した者がいるけど、互いに気付かない振りをして、罵り合うのだ。
見知ったあいつ等とは、いつか何処かで会えるだろう。
俺の此の呪われた長い旅が終わった頃に。
クソッたれなグレタリアンなんかの為に、死んで行ったアイツらを「馬鹿野郎め」と呟いて、俺は笑って遣るのさ。
そんな弛緩した春先の午後を俺とウィルが過ごして居ると、トマスに首根っこを掴まれ俺の近くに立たされた無駄なイケメンであるルーサー。
今日からクロードと一緒に俺に就くとか言ってた気がする。
一応、俺の護衛兼側近として兄から送り込まれている筈なんだけど、フリーダム過ぎるルーサーは、腕もそこそこ立つし、性格もそこそこ、(善いとは言って居ない)。
俺はルーサーを如何したモノかと考えていると華やかな容姿の瞳を輝かせて問うて来た。
「あのジェローム、戦争は終わりましたよネ。俺はアシェッタに行って来ても良いですか。また、戦争とかで遺跡が傷付けられる前に見て於きたいんですよ。」
「うん?、ルーサーってさ、側近に向いてないんじゃない?」
「ふはっ。」
「これでも俺は成績は良い方なんですよ。マナーも合格点貰えたし。実はですね、ジョアンがバカンスで戻って来る前に見て於きたいんですよね。アシェッタの遺跡話をしたらジョアンも喜んで呉れそうだし。」
もうルーサーってば、自分で就きたい相手を勝手に決めてるじゃん。
まあ、ジョアンには誰かを就けようと考えていたから、この際ルーサーで良いか。
それにジョアンもルーサーなら気楽に話せてるし。
つうか、ウィルは眉間に皴を寄せるなよ、怖いから。
「ルーサー、お前はジョアンの補佐に就け。そっちの方があってるわ。」
「わぉっ、やったー!ジェロームよりジョアンの方が守り甲斐が有りそうなんだよね。ジェロームは隙がないし強いから。」
「おいっ、ジェローム。ちょっと待て。」
「ふっ、宜しく頼むよ。先ず、その前にルーサーはクロードに就いて珈琲の淹れ方を学べ。ジョアンに不味い珈琲を飲ませたくないからな。遺跡探索はそれからだね、クロード、ルーサーを頼むよ。」
「はい、畏まりました。」
何か言いたそうに口をハクハクしているウィルを無視して、俺はジョアンとルーサーの事を考えた。
俺と違って、身の回りの事は自分で遣ってしまうジョアンに従者は不要かも知れないけど、俺の養子にしてしまうからには、信頼してプライベートを任せる相手も此れから先、必要に成って来る。
兄が俺の従者として送ってくる相手で、ジョアンと相性の合う相手を傍に置いて遣りたい、と思ったのだ。
「おい、って、ジェローム。」
「ん?何だよウィル。」
「ジョアンには従者は必要ないのでは?何でも1人で熟しているみたいだぞ?」
「まー、そうなんだけどさ、俺も51歳に成る訳よ。何時何か在ってもおかしくない歳だろ?って、訳でジョアンと相性が合って話が出来そうなルーサーを就ける事にしたんだ。聞いての通り本人も俺よりジョアンに就きたいみたいだし。」
「そうは言ってもジョアンの意向もあるだろう?ジェロームが一方的に決めるのは如何だろうか?」
「勿論バカンスに戻って来たら話をするさ。ウィルは俺がそんな事をすると思う?」
「うん、ジェロームは面白そうだと思ったら遣るだろう。」
「あー、うん、ソレは否定しないけど、基本はジョアンの為を想って物事を考えているさ。まー、ウィルが何を気にしているのかは知らないけど、戦争も終わったし、そろそろウィルたちはナユカ国へ行ったり、グレタリアンに戻らないと行けねーんじゃねーの?」
「んー、そう思ったけどデルラって便利なんだよね。イラドへ行くにもグレタリアンへ行くにも。イザという時はナディアのナッシュ港も在るからフロラルスとも連絡を取りやすいし、で、だな。」
「お断りします。」
「僕は未だジェロームに何も言って居ないよ?」
「どうせ、面倒事だろウィル。なんだかんだとヤング大統領に俺の事を話して、面倒臭い事にしたのを俺は忘れて居ないから。」
「でも色々と感謝もされただろ?どの道、後1年で大統領の任期が来るから、それ迄だろ?偶には働けよジェローム。」
「まあ、商人のウィルに言っても詮無いけどさ、基本的に貴族は労働をしないモンなの。俺って正しい貴族の在り方を示してんだよ、ウィル。兄やウィルが貴族として可笑しいんだからな。」
「いやいや、此れからの時代は、貴族も働かないと生き残れないよ?ジェローム。税金も土地に掛かるみたいだし。大体、嫡男以外の貴族は働いているだろ?軍人や法律家として。」
「良いんだよウィル、俺は此れで。」
「ふっ、ソレは兎も角として、此の敷地に小さい屋敷を建てさせてよ。地代は当然ジェロームに払うからさ。マイケルもジョアンの近くにいる方が喜ぶと思うんだよね。」
「あのさ、建前的にデルラは或る土地は俺のモノって成ってるけど、実質は兄のモノだからな。兄に許可を貰って呉れよ。てか、ウエットリバーとかの領地を如何するんだよ。」
「ウエットリバーは両親との思い出も在るから、僕が生きている間は守って行くよ。まあカントリーハウスが或る領地は、戦死したセドリックの嫡男が16歳に成るまでは、家令たちが守って呉れるだろう。」
「、、、俺、思うんだけどさ。ウィルって兄からの仕事は引き受けるけど、基本は自分の遣りたい事を遣っている我儘爺だよね?俺に仕事云ぬって言うけどさ。」
「うーん、そう言えば、そうだね。ふふっ、でも僕はジェロームの言う面倒な事は楽しいけどね。」
「俺はウィルと違う楽しみで良かったよ。方向性の違いって有難いな、ウィル。」
俺は人好きのする忌々しいウイルの笑顔を見つつ、クロードが淹れた薫り高い珈琲に口を付けた。
そして、未だ冷え込む3月の宵の口
暖炉には赤々と薪が燃えて、赤やオレンジの明かりが寝椅子に座っている俺に熱を伝えて来る。
昔ウエットリバー土産でジャックが作ってきたアロマキャンドルを木箱から出してマホガニーのテーブルの上と並べて置いた。
1つは俺が見た事も会ったことも無い俺の息子だったティモシー・ラットン子爵。
1つはセドリック・ベラルド大佐、ウィルの嫡男で兄の娘婿だった男。
そしてロンド下宿112Bがあったブレード通りの若者たち、兄の配下達の息子達、、、、。
俺が出会い、顔と名前が分かる縁の合った人達を想い、マッチでアロマキャンドルに火を点す。
ゆらゆらと揺らめくキャンドルライトを見詰めて俺は静かに願う。
その魂が故郷に戻り、愛する者達の傍らで安らげている事を。
俺はバイオリンを顎に当てセレナーデを白熱ガス燈に照らし出されながら1人奏でる。
ごめんな。
神を呪っている俺は皆の為のレクイエムを弾けなくて。
その夜は、キャンドルライトの数が減るまで俺はクロード1人を観客にソロ・リサイタルを催した。




