リトライ
アリロスト歴1918年 2月
ルドア帝国のミハイル皇帝は亡命先のスロン王国から敗戦及び停戦を告げ、正式に退位した事を宣言した文書がヨーアン諸国に届き、プロセン連合王国は皇帝が退位し、ゲルン共和国となり同じく敗戦と停戦を告げた。
此れで一先ずヨーアン大陸全土を巻き込んだ大戦は終わった?
うーん。
終わった筈だよな?
燻って居る国や新たに火種を起こした侭で放置している地域もあるけど、「もう終戦で良いよね?」って、グレタリアン帝国、モスニア帝国、オーリア帝国、、つう3カ国で終結宣言を出した。
火種を残して放置はヨーアン諸国では良くあるコト。
後片付けは、面倒だよねって。
フロラルス王国のパリスで行われている戦勝国会議って奴から出した『取り敢えず終結宣言』。
正式名称はヨーアン大陸国際会議だよ。
協合軍に参加した国々も当然参加して居るんだけど、一先ず此の3ヶ国の名で発表した。
モスニア帝国はヴェイト(旧ルドア帝国)やゲルン共和国(旧プロセン連合王国)、トルゴン帝国も参加させるべきだと会議前に提案したけど、グレタリアンとオーリアは、「旧ルドアは国として承認されてない事、旧プロセンも同じく、トルゴンは国内のクーデター中」等を、理由に参加を拒否した。
ロンドからの伝書鳩2号ケニーが俺に渡して呉れた書類に目を通し、斜め向かいに悠然と座っている伝書鳩1号のウィルへと投げるように渡した。
俺はクロードに渡していた北部に居るルドア人情報をケニーへ渡させ、兄の様子を尋ねた。
「悪魔、、いえ、エイム公爵は御子様が、生れ益々覇気に溢れ、私共を恫喝しつつブレード地区、エイム公爵領の運営に尽力しています。それと貴族としての特権維持にも影で忙しなく動かしているようです。(我ら配下の者たちを)。いえ、尽力されています。」
「ふふっ、変わりないようで何よりだよ。ケニーも体に気を付けて。」
「はい、ジェローム子爵も。では、失礼します。」
そういってケニーは礼をして、艶の或るオークの扉から素早く退出した。
ウィルはそんなケニーを見送って俺の渡した報告書を左手で持ち、金の眉根を深く寄せて、深緑の瞳を曇らせ溜息混りに呟いた。
「ジェローム、コレってあからさまなプロセンとルドアに対する嫌がらせだろ?戦争の原因のトルゴンも参加させていないって言うのは、禍根を残しそうだな。」
「トルゴン帝国は元々グレタリアンがイラド・アーリア大陸へ自由に抜ける海路を得る為、アワギレ半島を欲していたからね。でも俺はモスニアが、今まで外商以外で手を出さなかった理由を探る方が先決だと思うけどな。其処ら辺をウィルは聞いていない?」
「流石に外交案件迄はグレタリアン人として生きてる僕には降りて来ないよ。」
「そうか。しかし北部に居るプロセンの資本家や金融屋は如何するんだろうな?」
「愛国心って言うか、道義的な良心を持って居る者達は、プロセンや併合されている自国へ戻るんじゃないかな?まあ、居ればだけど。」
「ふーん、でもハンリー王国やバンエル王国、旧ランダ王国とかの小国の資産家は帰国すると思うよ。今が自分達に見合った社会制度に変える絶好の機会だからな。プロセンが負けそうだと予測した人達は既に帰国しているだろうし。」
「じゃあ、プロセンの革命もソレで?そうジェロームは思うのかい?」
「まーね、商人に取って権威で規制したりしてくる王侯貴族の存在は邪魔でしかないだろ?社会論を推すウィルに取っても望ましいだろ。」
「うーん、グレタリアンは改革したいが、僕のフロラルスは変えたく無いな。身分制度はあるけど皆、少しずつ譲り合って上手く回っているからね。」
「ふふ、ウィルは我儘だなー。でも、プロセン資本が減っている此の状況を利用して北部の連合国は外国資本を追い出すか規制を掛けるべきだね。そうじゃないと何時まで経っても国庫が潤わない。つうてもこの機会にモリアーニが好き放題している気もするけど。」
「幾らモリアーニでも金のガチョウの腹を裂く様な真似はしないさ。」
ウィルは短い金の髪を左手で掻き上げ、火を点けたばかりの煙草を長い人差し指と親指で抓んで紫煙をゆっくりと吸い込んだ。
何度も言うようだけど、ウィル、ソレは俺が造った煙草だぞ。
俺は忌々しいウィルの笑顔に悪態をつき、クロードの淹れた薫り高い珈琲を口にして、テーブルに置いてあった3枚目の報告書を繰った。
プロセンでのクーデターは海軍の港から始まっていた。
グレタリアン海軍と開戦する為の出撃を拒否した海兵は捕えられ、死刑に処される事に成ったその水兵を助ける為、チール軍港を海兵隊達が乗っ取ったことに端を発した。
1917年12月チール軍港から出撃を拒否した反乱兵たちは、艦船の指揮権を奪い、赤旗を掲げて「水兵評議会」を作り、チール市内に上陸して市政を支配下に収めた。
其処からさらにチールから各地に赴き、1週間以内にはプロセンほぼ全域に反乱は拡大し、ミュンルンなどのプロセン諸邦の主要都市でも暴動が起こった。
地元の軍人たちは兵士評議会を開き、工場では労働者評議会が形成された。この労兵評議会『レーテ』は大都市で一部の行政を引き継ぎ執り行った。
「なんかさー、此れって準備されていた気もするよな、ウィル。」
「海軍だから統率されていたって言うのも無理があるね、ジェローム。」
1918年1月、チール軍港の水兵反乱を機に兵士・労働者が蜂起し、フリード7世皇帝が退位し亡命、そしてゲルン共和国臨時政府が成立した。
「うん?フリード6世じゃ無かったか?ウィル。」
「あー、あのゲルン帝国を作るって言っていた夢見がちなフリード6世皇帝は亡くなっていたそうなんだ。17年の夏位に。」
「はぁーー?」
「で、辣腕宰相がフリード6世の従弟の子をフリード7世として立たせ、6世の死を隠して差配してたそうだ。この暴動が起きる前に毒盃を飲んで自害したらしいけど。僕もこの情報をどう扱って良いのか分からなかったからエイム公爵へと渡した侭だったよ。まっ、口止めもされていたけどね。」
「兄め。」
「中々に確認が出来なかったからさ、外務卿と軍務卿にはエイム公爵も情報を上げている筈だよ。」
「じゃあ強いて革命しなくてもフリード7世に退位して貰えば社会体制の変革は成されるじゃん。」
「まあ、社会が変わったよと理解して貰うには早いよね、ジェローム。」
「つーことは、ウイルってプロセンが負けるって知ってた訳だよな。俺に白々しい話をしてさ。」
「いやっ、鉄腕宰相が居るから勝敗は分らなかったさ。自害したと知ったのはジェロームへ送られたこの報告書を読んだ今だからね。彼が生きて居れば戦いも長引いたと思うよ。」
「まっ、一先ずは終わり?ウィル。」
「グレタリアンは暫し休戦だよ、ジェローム。国際会議の結果待ちだね、それにグレタリアンは国内問題もあるしね。今まで戦時下だったから棚上げされていたけど。」
「面倒だよねー。サマンサは楽しそうに節約生活とか送ってると手紙に書いてあったけど。」
「ふふ、あの人は綺麗でタフだよね。確か北カメリア南部に債務が出来た筈だから、その支払いもあるから恐らく増税されると思うよ。後はアガスタン王国と南の沿岸沿いの植民地以外は放棄するか債務の一部として北カメリア南部に譲ると思う。アワギレ半島を保有してから新たな戦略を立て直すみたいだよ。」
「俺は増税って言われてもピンと来ないけど、グレタリアンの何でも同じ金額を支払えって言う税制は頭が悪過ぎると思うよ。しかし、イラドの方針転換したらウィルも困るんじゃないか?」
「其処は大丈夫だよ。言ったろ、ベラルド伯としてスシャータ王家と契約しているって。」
「やっぱさー、ウィルって貴族じゃ無くて商人だろ。」
「ふふっ、それと増税の一環として累進課税を掛けるって言っていたからロンドは騒がしいかもよ?資産ある人が支払う額が多くなるから。」
「フッ、身包み剥がされ無いならいいんじゃない?でも此れって上院だけじゃ無く、下院議員も嫌がりそうだね。」
「流石に現状で労働者から増税して税金は取れないからね。それこそ革命へまっしぐらだ。」
「確かに。」
「そして選挙法改正したから農村労働者も入れて有権者が約4百33万人に拡大した。サマンサ夫人が言っていた女性参政権まで、もう一歩だよね。戦争と言う代償は大き過ぎるとは思うけど。」
「そうだな。」
ジャックならどう思うのだろうな。
俺は煙草に火を点け、煙を吸い込みつつ、懐かしい友の顔を脳裏に浮かべる。
前回のポーラン戦で、プロセンが開発して使用した機関銃擬きの報告を聞かされ、気分を悪くして気絶したジャックが今回の惨状を知ったらどうなって居たのだろう。
俺と違って、優しくて繊細だったジャックが此の大戦を知らずに良かったと思うべきなのかな。
そしてジャックの余り信じて居なかった社会論思想の国が大国で2つも誕生した。
でもってジャックが可愛がってた曾孫ウィルは、その思想の作者をイラドで飼っていたぞ。
如何すんだよ、あのイラド版社会論の出版物。
ホント笑い話だよ。
まあ、そんな俺はジャックに何処か似ている野良猫を飼って居るんだけどな。
その野良猫をジャックを愛して已まなかったウィルが無自覚に好意を持って居ると言う面倒な状態。
野良猫を挟んで俺とウィルがレッツ・パリィ―5秒前?リトライ?
まっ、それはそれで楽しそうではあるんだけどな、暇潰しに。
ウィルは野良猫に会いに来る序に俺の所へ来ていたのが、俺を揶揄う事にも生き甲斐を見出し病弱な息子共々居座っている。
縁が薄そうなウィル親子だったけど、触れ合う時間が多くなってウィルは息子マイケルへ情を持ったようだ。
兄とウィルは性癖が似ている?
いや、性格が似ているので、自分が好きになった者以外は眼中に入らないタイプ。
なので、マイケルに情を持つと言うのは進歩と言って良いのかもな。
野良猫絡みの情と言う名の嫉妬とも言う。
俺は、緑蘭だった頃のトラウマで、病弱なつうか死にそうな美貌の青年は苦手なので、一切接触を取って居ない。
此れはマイケルを滞在させる時の条件としてウィルに話してある。
『俺って病弱な男って駄目なんだ、よってノーコンタクトで。』
『了解、有難う、愛してるよジェローム。』
俺は接触しないけど野良猫がすっかりマイケルに懐いている。
若干、俺も悔しくもあるけど、大人気ないウィルの様に成らまいと自制している。
まあ、子供っぽいウィルは良い反面教師だ。
さて、ジャックとジョアンの事を考えて気分転換も出来たので、グレタリアンの同盟国トルゴン帝国の案件を読もうか。
つうか、トルゴン帝国の事は読みたく無いんだよなー。
碌でも無いから。
19世紀中頃グレタリアン、オーリア、プロセンでルドアが南下しないようにトルゴン帝国を分割統治をして平和に遣ろうぜって言う秘密協定によって成り立って居たのだけど、まー、結果は御覧の通り。
主にグレタリアンがアシェッタの地下資源と海域も欲しくなって、トルゴン帝国へ独立運動を仕掛けて行って、弱体化させ切ってルドアの侵攻を再度招いたのだ。
前皇帝は、啓蒙思想でヨーアン諸国から学び憲法を造り上げたりした開明的と言われた皇帝。
開明的な皇帝の時期にヨーアン諸国に着け込まれ国を疲弊させて崩御、危機感を覚えた現皇帝は秘密警察を組織し、支配体制を強化して強権政治を行いながらも、何とか30年帝国を延命させたりしたけれど、前回のルドア侵攻の敗戦の賠償と国土縮小に因る疲弊は重く、軍人達が組織した反乱に寄り、帝国政治はトルゴン民族主義の一団『トルゴン青年隊』に支配された。
民族主義革命が起き、現皇帝と家族はモスニアに逃げ、再起を願っているらしいけど、トルゴンはどうなって行くのか問題だけを残していた。
カリント教民族の虐殺とかもしているみたいなので、此れについても国際会議で検討中らしい。
もう首都の或るトルゴン一国だけに成ったので、グレタリアンとか興味失って居るし。
俺が探偵を遣って居る頃、出会ったトルゴン帝国の第三皇子は、そんなヤバい国内状況でロンドでカジノに嵌っていたのかと思うと、俺はしょっぱい気持ちになった。
あのグリーンオブグリーンが嵌った宝冠を盗んで捕まったリチャードの面影が一瞬浮かんだ。
まあさ、皇子の宝冠を盗むリチャードの方が悪いけどさー、なんだかな。
うん、トルゴン帝国の疲弊の一因は息子達にも或るような気もして来た。
「うん?ジェローム、何か面白い事で書いて或るのかい?随分と真剣に読み込んでいるみたいだけど。」
「ふふっ、いやウィル、今回の大戦で、帝国が3つも滅んだのだなと思ってね。プロセンは帝国を名乗って無かったけどなー。」
「アレだけの国数を併合していたら実質、帝国だろう。何?ジェロームは栄枯必衰でも感じて諸行無常にでも成ってた?意外にロマンチストだな。」
「あのなー、ウィル。毎度毎度、俺にくだらない突っ込みを入れるのを止めろよ。面倒臭い。って、おい、何を勝手に俺の取って置きのブランデーを飲んでるんだよ。」
「いやー、やっぱりフロラルス産のブランデーは最高だね、ジェローム。」
「ウィル、てめーには、バーボンの水割りで充分なんだよ。」
「バーボンも好きだから僕は有難いけどね、ふふ。」
深緑の瞳を細め目尻に皴を増やし、人好きのする表情を造って笑い声をあげるウィル。
マジで俺の好きなモノにサラリと手を付けてる。
そう言う所が忌々しいって言ってんだよ、ウィル。
ウィルが怪盗バートだった事を知らされた悔しさが、今、再び俺の中で蘇った。




