レボリューション
アリロスト歴1917年 10月
試験が終わって寮へ戻って居るとアーベル・ルイスがウールのベージュ色のジャケットを羽織って石作の寮の入り口で俺を待っていた。
3期生に成りお互いに取る講義が変わったので、9月の新学期以降、余り会う事が無くなっていた。
「やあ、久し振りルイス。試験はどう?ってルイスには聞くまでも無いな。」
「久し振り、良く考えたらジョアンとは基礎化学とプロセン中世史しか講義が同じじゃなかったんだな。秋以降、ジョアンと全く会え無いから驚いたよ。」
「俺もだよ。プロセン連合王国は近代史は地理学でも学ぶから必要無いと思って選択しなかったんだ。実はプロセンが拡大して国が次々と増えて行くから面倒だったんだよ。」
「ふふっ、そんな理由で外されるなんて。」
「友人の父親でフロラルスに詳しい人が居て、その人に勧められてモスニア史に変えたんだ。言語はフロラルス語で良いから、新たな言葉を覚えなくて良いしね。」
「フロラルスか。モスニア帝国に併合されてから殆ど名前を聞かなくなったのに、未だに正式な公用語はフロラルス語なんだよね。公用語はグレタリアン語で僕は良いと思うのだけどね。」
「そうだね。フロラルス語は、古代ロアン語の流れを汲んで聖書の原本を著した古代語に近いとか聞いたけど、それを言ったらアシェッタ語が公用語に成るべきだし。でも俺ってアシェッタ語は苦手だし。」
「ふふっ、僕達とは発音の仕方も文法も違うしね。」
俺とルイスは話しながら寮内に或る共用施設のティールームへと自然と足を向けて、古い木目を磨き上げた扉を開き、空いているテーブルへと歩いて行った。
其処まで学生は多くなく、俺とルイスはセルフサービスの珈琲を受け取り、煉瓦作りの壁際に或る四角い木製のテーブルへと着いた。
「はぁー、中々この戦争が落ち着かないね。父の商売の方は上手く行っているけど、此の侭だとプロセンへ渡るのは難しそうだ。危険だからと父が反対しそうなんだ。」
「何と言って良いのか、でもルイスを心配する御父上の気持ちも分かるし、俺も此処まで戦争が長引くと夢にも思わなくて、戦況を聞く度に暗い気持ちに成るよ。俺の知人や恩人のご子息も戦場に参加しているからね。」
「ああ、そうか、ジョアンはグレタリアンからの移民だったね。プロセン連合王国が使った毒ガスだけど、誤解しないで欲しいんだジョアン。化学は本来、人の為に為るような物を作り出す為に或るんだ。少なくとも僕はそう思って学んでいる。」
「う、うん。そう言うのは国の偉い人が考えるんだろ?少なくとも議会制であるグレタリアンや北カメリアなら、そう言う使用はさせないと思うよ。俺はルイスは今まで通りで良いと思う。」
今回、北カメリアでも大々的にニュースに成って騒がれた戦車と毒ガスの被害は、ポスアード市民たちに大きな恐怖を齎した。
ジェロームとウィリアムは、各国が戦車や毒ガスの研究開発に躍起に成ると話していた。
俺はそんな空恐ろしい時代をなんとか止める事が出来ないかと2人に尋ねたら、ジェロームとウィリアムは、顔を見合わせて頭を振った。
「人間同士が争わないって時代は無かったからね。」
あの賢い2人が溜息を吐いてジェロームが俺の背中を、ウィリアムが俺の頭を温かな手で、俺を慰めるように撫でて呉れた。
きっとルイスも新聞記事を読んでショックを受けたのだろう。
「僕は行こうとしている大学院の博士は、こんな研究をしていないんだ。」
そう言って電気伝導の受容や熱伝導について説明してくれたけど、御免ルイス。
俺には理解出来ないよ。
ルイスが語る話を聞いていた類友な学生が周囲に集まって来て、何やら軽い討論会の様相を呈して来たので、俺はそっとティールームを後にして自分の部屋へと戻って行った。
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アリロスト歴1917年 11月
俺の一日はクロードが淹れて呉れる薫り高い一杯の珈琲でまったりと始まる筈なのだけど、何故に世の中は予定外の事が起きてしまうのか。
暖かい暖炉の近くに在る何時ものアームチェアーに俺は腰を降ろし、珈琲を飲もうとした矢先にトマスが緊急電信と言って、不吉な電報を持って来た。
『ルドア帝国でクーデター、皇帝はスロン王国へ亡命』
マジか。
俺はトマスにロッジに滞在しているウィルを呼ぶようにと珍しく早口で頼んだ。
~ まさか、そんな事がっ!
つう言葉はウッカリした時、俺が良く内心で呟いているセリフだけど、ルドア帝国の「11月革命」は正にその連続のような出来事だった。
無論、ソレが俺達に分かるのは、もっと後の事だったけれど。~
艶の或るオークの扉を開いて、トマスに呼ばれたウィルは慌しく入って来た。
何時も品良く纏めている短い金の髪はバサリと乱れて、ウィルのイケ爺度が50%オフであった。
「ルドアでクーデターって本当か?ジェローム。」
「ああ、此の電信に誤りが無いのであれば間違いない、まあ、時期に続報も入って来るだろう。」
「しかし一度目の軍部主導の啓蒙革命は潰され、多くが粛清されただろう。」
「うーん、不況も関係あるだろうけど、ルドアも戦争をし過ぎたって事かな?この季節の反乱て珍しいけどね。」
「確かにな、収穫期の後だし。」
そんな事をウィルと話して居ると刻一刻と俺の聖域に電信が届き始めた。
「最初は工場一社のストライキだったのが、女性達に因るパンを寄こせデモに成って、徐々に首都ログラート全域にストライキが広がったみたいだな、ウィル。」
「パンを寄こせって、、、そんなに飢えていたのかルドア帝国は。」
「さあね、ああ、工場に勤める女性労働者が始めたデモみたいだね。今回の大戦はどの国でも労働者不足を起こして女性達を労働者へと加えて行ったんだね。」
「あっ、ジェロームこっちの電信に数字があるよ。食料も燃料も不足していたようだけど、此の物価高騰は労働者の家計には厳しいだろうなー。ロンドでも3割以上も物価が上がって、日頃ならデモや暴動に成るだろうと言われていたのに、ルドアのように寒い地域で6割近くも上がったら死活問題だろう。」
「でも元はブルジョワ達が起こし始めたようだよ?ウィル。」
「うーん、情報が錯綜しているな、ジェローム。」
「ふふ、案外ロンドの議会の方が混乱しているかもな。」
「ジェロームは笑っている場合かよ。」
「まあウィル、モノは考えようだよ。決定力が欠けていて膠着していたアガスタン王国も、此れで戦局は動くだろ?此の一報を聞いたプロセン連合王国側にも綻びが出て来るんじゃないかな?旧ランダ国や併合して間もないハンリー王国への強権的なプロセンの遣り方に反発している人達も多いしね。」
いい加減にグレタリアン国民も終わりの見えない戦争にウンザリし始めていた。
尤も身内を亡くした遺族たちは既にウンザリしているだろうけど。
クロエからの手紙ではパン以外の穀物は配給制に成り、色々な節約術とかも胡散臭いモノと一緒に出回っているとか。
クロエはクロエで、1700年代後半に生きていた知識を生かしてハンドメイドな節約術を布教して居ると、妙に生き生きと手紙に綴っていた。
流石、我らのグランマ・クロエである、ある意味グレタリアン庶民は我慢強いのかも知れない。
まあ、クロエを庶民として見て良いのかって問題はあるけどな。
ウィルとグレタリアンから届く、兄からの電信を中心に情報を整理していくと、ルドアの様子がザックリと見えて来た。
度重なる戦争で物資不足や生活困窮が続き、首都ログラートでは昨年から度重なるストライキが起きていた。
11月10日繊維工場の婦人労働者たちの「パンを寄こせ」デモを皮切りにして、寒い季節にパンも薪も無い中で全市はゼネストに入る。
12日ミハイル皇帝は武力で鎮圧を命じ、鎮圧部隊は警察から軍隊に移り、多くの被害者を出したが、その軍隊の中で一団がそれに軍隊が呼応してログラートの 『民衆と兵士のヴェイト』 が、結成された。
12日これにより本格的な民衆蜂起が起き、ミハイル皇帝の生命の危機を感じた側近は、身替りを置き、密かにミハイル皇帝と共にスロン王国を目指した。
13日オイルニ連隊で反乱が始まり、夕刻には首都守備隊の殆どが革命側に加わり、駅、橋、兵器庫、電信局、中央郵便局パウロ要塞を占領。
15日 首相、内相、身替り、戒厳司令官らは翌日までに次々逮捕され、専制は崩壊した。
首都ログラートにおける死者約200人、負傷者約1700人だった。
「なあジェローム、ヤバい状況だったんだな、ルドア帝国は。」
「いやー、ウィル、寧ろ此れからじゃね?ヤバいの。あの広大な多民族国家をどーすんのさ。」
「うー、ヨーアン諸国得意の分割統治とか?」
「ウィルは無理なの分かって言ってるだろ。」
そんな冗談のような大国ルドア帝国の革命騒ぎがあり、12月に立憲民主党が出来てリヴォル公が臨時政権に就いて、ブルジョワ政権が誕生した。
でも各地の農民や労働者は「ヴェイト」を支持し、二重権力つうか政権が出来た。
イラドのアガスタン王国に出兵していたルドア兵は当然11月中に撤退したので、カザード王国の兵を攻撃しグレタリアンとアガスタンは勝利した。
棚ぼた勝利と言われるけれど死傷者は、グレタリアン兵は約8万・アガスタン兵約12万、ルドア兵も約10万・カザード約14万って言う壮絶なモノだったので、ラッキー等と思えない。
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アリロスト歴1918年 2月
そして年が明けて1918年2月、亡命先から戻って来た社会運動家ローソンは『2月テーゼ』を発表し、『全ての権力をヴェイトへ』と主張した。
ローソンて亡命中にロンドの最貧困層地域で居住とかして、資本主義の矛盾を体験学習とかもした頑張り屋さんだったり。
論文「革命に於けるプロレタリアートの使命」とかを1918年1月に発表したりもしている。
で、肝心の戦争なんだけど、ブルジョワ政権は戦争の継続を進め、ローソン率いるヴェイトは戦争反対の立場を取って、対立が深まっているみたいだ。
いや、対立深めるのは好きにして良いけど、君達ってこの戦争を始めた国だからさ。
休戦するなり、終戦するなりして呉れないかな。
こちとら折角、昨年の12月にジョアンがデルラに戻って来ているのに、ゆっくり家族の団欒が取れなかったじゃ無いか、畜生め。
流石に、この北の外れに或るデルラに移った人は兄が送り込んでくる人々位だけれど、他の都市部ではルドラ帝国から逃れて来た資産持ちのルドラ移民がポツポツいる。
ローソンの論文に戦々恐々で逃げ出した人や、現在の立憲民主党のブルジョワ政権に反発しているブルジョワ達って感じかな。
ミハイル皇帝を真っ先に見捨てて逃げ出した、そういや枢密議員達が4人位居たな。
取り敢えずはミハイル皇帝の命が助かったので俺的にはホッと一安心した。
一応はルスランの従弟だからさー。
なんだか寝覚めが悪いんだよね、ルスランの心情を考えるだろう、クロエの事を想うとね。
つか、別に皇帝を粛清しなくても、現在は社会体制を変えられるから、無駄な血の儀式は不要だよな。
俺はって言うと、北部へと逃げて来たルドア人や、大戦のどさくさに紛れて民族浄化つう気持ち悪い言葉で虐殺され掛けて亡命してきた人々、との情報を振り分けて、整理するつう地味な仕事を兄に頼まれて熟している。
そして1918年3月、戦争で疲弊し切っているヨーアン大陸に新たなインフルエンザが猛威を振るった。




