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ロングロング  作者: くろ
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ああ、無情



    アリロスト歴1917年  8月


 

 ヨーアン各国での英雄譚も出始めて、悲劇の物語も語られ出し、新聞のキャンプションは言外に厭戦感を漂わせているのを考えると、そろそろ戦争を終わらせたがっているグレタリアン人が多く成っているのだろう。

 グレタリアン国内で大っぴらに反戦とは言えないしね。

 男性労働者が消え物資不足が続き、女性も工場労働や機関車の補助、改札窓口等と次々に職域は広がったけど、喜ばしいと言うのは性格の悪さを自称する俺でも流石に躊躇いを覚える。


 ウィルは太く短い金の髪を左手で掻き上げて、濃い緋色地に金でペイズリーを描いた珈琲カップに口を付け、イラドでの情報を俺へと話す。


 「ベルガーガの総督府が置かれてあった都市ではベルガーガ軍と住民の蜂起で港まで引いてあった線路が寸断されて、港からベルガーガ総督府まで蒸気機関車が不通になった。」

 「それはまた、、、。中央寄りに有るから遠いな。今はイラドに割ける兵力がグレタリアンに無いだろう。アガスタン王国の戦いで勝利すれば、その兵力を割けるかも知れないけど。」

 「どうも北カメリア南部の連盟政府にベルガーガ総督府の解放を要請しているらしいね。」

 「でもウィル、北カメリアは両政府とも、ヨーアン諸国の争いには不介入を宣言していたよね。」

 「ソレが、ベルガーガはヨーアン諸国の戦いでは無くイラドの反乱で、同盟国であるグレタリアン総督府の解放が目的だから、不介入の宣言に反するモノでは無いって言う形で、グレタリアンは南部の同盟政府に説明しているらしいけど、どう判断するかは同盟政府の回答待ちだ。」

 「んー、ヨーアン大戦があったからベルガーガの蜂起は起きたとも言えるし、グレタリアンの植民地経営が不味くて起きた反乱とも言えるし、ヨーアン諸国と関係ないって言うのは難しいよな。それに北部の連合国にはプロセン資本が入っているだろう?ヘタにグレタリアンへ南部の連盟国も協力出来ないだろう。」

 「ま-ね、ジェロームの言う通りなんだ。南部側の本音としては、イラドで混乱していて呉れる方が、自分達のコットンや穀物の輸出量が増えているから、有難いと考えているだろうしね。グレタリアンの政府筋には聞かれたくない事だろうけど。」

 「それはグレタリアンも織り込み済みでの要請なんだろう。」

 「かもな。」

 「今は北カメリア南北ともに好景気だから、国民と言うか議会も参戦に反対するだろう。兄ならベルガーガ鎮圧なんて無駄事をせずに、拘束されている総督府の連中の解放だけして貰って、速攻グレタリアンへ撤退するだろうけどな。」

 「へぇー、あのジェローム以外には強面強権派のエイム公爵が?」

 「うっせーよ、ウィル。本来なら拘束された人も放置したいタイプなんだよ兄は。でも一応は皇帝や政府の面子があるから解放して貰って、ベルガーガ領のタラーマ王家に要求通り権利は委譲する。タラーマ王家は1年も持たないと思うよ。住民はグレタリアンを憎むのと同じくらいに、タラーマ王家も恨んでるだろうし、先ず内部抗争を始める。それに今はイラドに駐留させている他地域のリソースを割けないしね。無駄な動きをさせるのを嫌うから、ベルガーガ総督府は兄なら捨てさせる筈だよ。」


 「ふふっ、成程ね、流石は兄弟、冷酷な所は似ているな、ジェローム。」

 「ふん、それに今は未だムーブは起きて無いけど、ウィルがマリド王国に放逐しているメクゼス博士のイラド版社会論って言う啓蒙思想の一派が広がって行くだろうし、そうなるともうグレタリアンも植民地とか言ってる場合じゃ無くなる。全くウィルは余計な事をしたものだ。」

 「まー、悪い事をしたとは思って居ないよ。と、言ってもメクゼス博士は長くないけどね。今は娘さんが看護をしている。」

 「ええー、ウィル、メクゼス博士はイラドで婚姻したのか?」

 「違うよジェローム。マリドへ逃がす前に奥さんを連れ出していたんだよ。メクゼス博士が脱獄した後じゃ、奥さんも大変な目に遇うだろ?投獄されただけでも奥さんの生活は大変だったからね。」

 「はぁ、ウィルはお優しい事で。」

 「ふふ、だろっ?ジェローム。」

 「嫌味で言ってんだ、ウィルっ!」

 「あはは。」



 明るく声を出してウィルは笑って、俺の煙草を平然と取り、口に銜えて燐寸を擦って火を点けた。

 陶器で作った栗鼠の燐寸入れの尻尾には、縞模様に見える赤茶の摩擦用紙が貼られ、其処で擦って火を点けるのだ。

 何処となくセインに似た雰囲気で、それを気に入って買い、すっかり俺の愛用品に成った。

 ロンドには趣向を凝らした色々な容の燐寸入れが或るのだけど、俺のが一番だと内心で思っている。

 つう訳でウィルに気安くシュっとマッチで擦られるたびに軽くムカついている。

 俺のセインに触れるなっ!って、遂、条件反射で思うのだ。



 「そうだ、ジェロームはジョアンが大学を卒業したら手元へ置くのかい?」

 「いや、本人の意思に任せるよ。ジョアンはトーエン・ビレッジで教師に成る心算らしいけど、先の事は分からないしな。」

 「そんな大学まで行って勿体ない。僕がヨークの知人に紹介しようか?ジェローム。」

 「まあ、ジョアンが望んだら頼むよ。但し、ジョアンはのんびり生きて行きたいみたいだから、ウィルは無理強いするなよ。」

 「デルラの暮らしは平和だけど若いジョアンに僕は刺激が少な過ぎると思うけどね。」

 「そりあー、ウィルの生き方は刺激的だと俺も思うけどな。誰も彼もがチャレンジャーな冒険野郎じゃねーんだよ。拾った俺の教育が良かった所為で真っ直ぐな良い子に成長したし、此の侭ジョアンの望む穏やかな生活を過ごして欲しいよ。うんうん、ジョアンは俺が育てた。」

 「いやっ、ジェロームは育ててないだろ。サラリと誤魔化すなよ。あの頑固そうな煙草屋のミューレン氏のお陰だろう。家の領地ウエットリバーの帰りにジョアンと出逢ったなら僕とも縁があるよね。」


 「いやっ、全くねーな、1mmもねーよ。てか、ウィルはマイケルの面倒だけ看とけよ。それにマイケルの双子の妹リズや下に弟も居るんだろ?つか嫡男のセドリックは無事なんだろうな。兄の娘エミリアが寡婦に成らないようにウィルも願って於いて遣れよ。」

 「一応はセドリックも無事だよ、知らない間に昇進して中佐に成って居たけどね。そう言えばエイム公爵の嫡男フレデリックは戦果を挙げているらしい。敵味方共に過酷な戦術を執るのでアイスマンって呼ばれているそうだ。」

 「ああー、1つだけフレデリックの報告書を読んだよ。有刺鉄線を利用した合理的な方法だと俺も思ったよ。まあ、囮を使うとかは甘いと思ったけど。」

 「僕は思うんだがエイム一族ってヤバい奴の代名詞なのか?エイム公爵を筆頭に。」

 「ふふ、ウィルの伝言は無事に兄へ伝えて於くよ。」

 「冗談に決まってるだろ。あー、コホン、それにマイケルはデイジーが面倒を見ているしね、ジェロームが言った通り父親として見守って行くよ、だからマイケルは大丈夫。」

 「チッ、やっぱりデイジーはウィルの陰謀か。ディックはウチの使用人を不足が無いように就けてる筈だし、可笑しいと思ったんだよ。」

 「ふふっ、僕はジェロームのように即物的な女の子の紹介の仕方はしないからね。先ずは互いが好き合って呉れてからの話しになるけどね。」

 「そう言うのを白々しいって言うんだよ、ウィル。年頃の男女を四六時中一緒に居させたら、余程の事が無い限りは好き合うさ。特にマイケルなんて外に出る機会は無いんだし。」

 「うん、順調に仲良く成って居るよ、ジェローム。此れも僕なりの親心さ。」

 


 そう言って、ウィルは整った顔に無駄な色気を滲ませて、俺へ優雅な笑みを浮かべた。

 俺は61歳過ぎたジジイにそんな色気は不要だと思うんだよ、ウィル。

 全くさー。

 息子マイケルとジョアンの友情に無自覚で無粋な邪魔をするウィル。


 ジョアンと違って、マイケルは気楽に女と知り合うチャンスもないから、ウィルのフォローも判るけど、でも此れって、俺がジョアンに娼館の子を紹介したことに対する対抗意識だったり?

 未だに俺になんだかんだとライバル心を燃やすウィルだし。


 俺はウィルの想いを訝しんでいると、北部連合共和国のヤング大統領からの召喚状をクロードが慇懃な態度で俺に届けた。

 マジか、面倒な、、。






  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



   アリロスト歴1917年 9月

 


 

 グダグダと俺はウィルに愚痴を零しつつ、ウィルやクロード達と一緒に許可された蒸気船でホワイトスワンハウスが或るクリストン特区を目指した。

 アカディアから流れる川を下って行き、蒸気船を降りてからウィルに案内されて、俺はホワイトスワンハウスの迎賓室へと入って行った。

 此れが2度目の会談に成るけど、ヤング大統領は相変わらず強く冷静な光を持った焦げ茶色も瞳を真っ直ぐに向け、シンプルだけど質の高いグレーのスーツ姿でバイタリティー溢れる挨拶をして来たので、慌てて俺もカメリア式挨拶を返した。


 ヤング大統領に促され楓で造られたアームチェアーへと俺は腰を降ろし、対面へ座ったヤング大統領の話しを待った。


 「北カメリアの住み心地は如何ですか。」

 「ええ、快適ですよ。(召喚状を使った唐突な呼び出しさえ無ければ。)」

 「それは重畳。所でエイム公爵からc・エイム子爵は、外交及び政治には一切関わって居ないと聞いているが、念の為に来て貰ったのだ。なんでもグレタリアン帝国は南部の者達にイラド方面へ軍を出すように要請したとか?」

 「先ず、私は連合国の国民に成ったので爵位呼びは不要です、ヤング大統領、どうぞジェロームと。それと兄からの報告は全くその通り。ロンドに居た頃から政治への関りは在りません。其処は優秀な兄の役割なので。その話は、此処に居るウィル、コホンっ、ウィリアム・ベラルド伯爵から噂話として聞かされたばかりです。」

 「、、、そうか、ジェロームは南部が参戦すると思うかね?」


 ヤング大統領の両眼は俺を真っ直ぐに捉えて、逃げは許さないと言う意思を伝えて来た。

 俺は今後やジョアンの事を瞬時に計算し、そして諦めてヤング大統領へ答えを返した。


 「私も連盟国の情報は殆ど持ち得ないので想像レベルですけど、好景気に沸いている現状では議会は要請を否決するでしょう。」

 「もしグレタリアンから南部からのコットンや農作物を規制すると脅されたら?」

 「此の苦しい現状で流石にグレタリアンからその脅しは無いと思いますよ。まあ、連盟国の議会も納得する何らかの利権を得れれば、連盟国もベルガーガ総督府職員の救助に動くでしょうけど。」

 「イラドの植民地の割譲か、、、。」

 「それか穀物の関税を下げると言うモノですね。どちらにしろグレタリアンも議会を通さないと実行出来ないので、ヤング大統領はグレタリアンの本会議を注視していれば分かります。」

 「ふむ、そうか。それはそうとジェロームは此のクリストン特区かヨークへ住む気はないかね。」

 「ふふっ、ロンドの街暮らしに飽きていたみたいで長閑なデルラの暮しを満喫して居る所です。暇に飽きたら住む事にしましょう、ヤング大統領。」

 「困ったな、私も人員不足でね、任期中に作って於きたい制度も或るんだよ。例えば有能な女性も大学へ通えるようにとかね。反対が多くて現在は棚上げ状態だよ。」

 

 「それは、まあカリント教の教義にも反すると思われる方も多いでしょうね。うーん、先ずは女性が大学の敷地内に当たり前に居るようにして観るのは如何ですか?都市部の大学の敷地内に女学校を建てて、家政教育を主体で学ばせて、週に1度位の割合で雑学と言う形を取り数学や科学の講義もする。花嫁教育と成れば、反対する人々も減るでしょう。如何ですか?」


 カリント教って女は男へ頭を垂れて、賢き男の言う通りにするべきって教えが在って、考えるのは男の役割ってのが基本だったけど、まあ内戦で北カメリアも戦死者が多くて人員不足。

 で、元々は皆グレタリアン人なので社会システムとかも色々グレタリアンと同じように成って居る。

 つう事で有産階級の子女は幼い頃から北カメリアでも教育漬けなのだ。

 女子も3歳頃から言語を学び、5歳頃から家庭教師を就けられ勉強三昧の日々だったりしている、より良き所へ嫁に出す為に。

 有能な女が目立たない理由は、ただ発揮する場所が無いだけで、それなりに居ると思う。

 俺が珍しくビビった鉄仮面セーラは、ある意味自分で道を切り開いた特異な女でも或る。

 統計学つう学問を産み出し、グレタリアンで女性初の王立研究所の会員に成った。

 まっ、場所さえ用意されたならば自然とその有用さは理解されると思うんだよな。

 俺との相性は別として。


 問い掛けに応える形で、俺はそんな話をウィルも交えて、ヤング大統領と和やかに歓談し終えて、時間に成り帰宅しようと立ち上がった。



 「此れからも時折り私の話し相手に成って呉れ。またホワイトスワンハウスから招待状をジェロームに送るよ。」



 俺はグレタリアンの生臭い政治の話から逃げ出して北カメリアへ来たのに。

 北カメリアへ来ても臭気の元と関わらないと行けないのか。

 アカディアへ帰る蒸気船の中、忌々しいウィルが良い顔を作って、俺に微笑みかけて来たので、蹴り飛ばしたのは言う迄も無い。

 コレって絶対アドベンチャー野郎なウィルの所為だ。

 ああ、無情。

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