カメリアン・スピリッツ
アリロスト歴1917年 7月
「日に当たった方が良いから」と医学生のリオンに言われて、庭に生えているホワイトオークの巨木に出来た木陰で俺とマイケルは氷の入ったベリージュースをカランと音をさせて飲んで居た。
円形の白いガーデンテーブルには綺麗なグリーンのチェック模様のテーブルクロスが掛けられ、風で飛ばないように、クロスの裾には可愛い星型の重りが就いていた。
ホワイトオークの木陰の下で、俺とマイケルは向かい合って座り、右隣りにはデイジーが座り、左にはリオンがひっそりと腰を降ろしている。
首の中頃で切り揃えている金の髪が、風で煽られるたびに細い白い手で左耳へと掛けて、少しハニカミ人差し指で頬を掻いて、俺の目を見て若草色の瞳を細めて微笑む。
こんな所も父親のウィリアムにマイケルは良く似ている。
あー、でもウィリアムはハニカム事はしないか。
何時の間にかデイジーはマイケルの隣の席に座るのが当り前で自然な事に成っていた。
綺麗なマイケルの隣に居ても、明るくて可愛らしいデイジーは見劣りする事なく、こうして2人揃って居るのが普通であるような光景に思える。
微かに切なさが胸の奥で過るけど、その切なさは何であるかを俺は未だ知らない。
でも、ポスアード大学からデルラのロッジへ戻る度に、少しずつ活動範囲が広がって行くマイケルを見て知れるのが、俺には嬉しい。
たたマイケルが制覇するには、ロッジ側に或るオーク林を囲む庭は、とても広くて未だ未だ難しそうだけど。
「グレタリアンの戦争は中々終わらないね、ジョアン。」
「うん、あっ、でも凄い旅行会社の経営者が居るよ。戦争を間近で見ようというツアーを企画したってジェロームが教えてくれたんだ。」
「そんな、私は怖ろしいわ、ねぇマイケル。」
「ふふっ、僕は行けないから大丈夫だよ、デイジー。でもジョアン、兵士の人達は不愉快に成りそうだね。新聞に載っていた被害者の多さに僕は吃驚したよ。」
「うん、何でも軍需物資を運ぶ序にツアー客も乗せて行くらしいよ。」
「へぇー、父上が良く行っているイラドには、僕も行きたいけどね。」
新聞に載っている数字は過小なんだよ、マイケル。
ジェロームが話す「楽しい戦争講座」での数は、何処の街が滅んだのだろうかって位に多い。
戦時中は軍の士気を高める為に政府は情報を操作するし、各新聞社も戦時協定を結んでいるので報道が制限されるモノなんだよって言ってジェロームはあの綺麗な笑みを浮かべた。
「でもジョアン、そもそもグレタリアンは、なんで今回の戦争を始めたのだろう?」
「うーん、、、と、あっそうだった。同盟国のトルゴン帝国をルドア帝国から助ける為だったハズだよ?ミック。で、ルドア帝国は兵が凄く多いからモスニア=フロラルス帝国の協力を頼んで戦って居て、プロセン連合王国が参戦する迄は有利に進んでいたとジェロームに教えて貰った。」
「あー、そうだったね、ジョアン。戦争が始まった頃、父上から聞いていたのを忘れていたよ。新聞の載っている記事は、僕が驚く様な戦場の情報を日々届けて呉れるから、ソッチへ意識が行ってしまいがちになるね。そう言えば、ジョアンは余り新聞を読まないな?」
「う、うん。俺ってバンエル王国とプロセン連合王国の戦争が勃発しそうな時に、グレタリアンの軍学校へ行かずに北カメリアに滞在することに成っただろ?自分の意思じゃ無いけど、逃げるみたいな形だったから、グレタリアンに少し罪悪感みたいなモノがあってさ。それにミックが読んだ話を俺に聞かせて呉れるだろ。ソッチの方が俺には分り易いし。」
「そうか、、、。でも僕はジョアンがデルラに居て呉れたから、こうして出会えたんだ。それって僕には嬉しい事だよ。勝手な言い方だけど。」
「ううん、俺もミックに出会えて嬉しい。それにカメリアに移ってポスアード大学で学ばせて貰えて良かったよ。ロンドに居る頃は進学する心算なかったからね。」
「ふふっ、そう言えば、エイム公爵家から来ていた賑やかな6人は、バカンスに戻って来ないね。」
「あー、今は電力会社で6~9月の夏休み期間を使って、働いているらしいよ。元々は、そちらの勉強をしていたみたいだし。」
「遊び感覚でトーエン・ビレッジに電気を通した子達だものね。」
「うん、ジェロームは放牧中だから好きに遣らせておくって話してた。」
「ジョアンは懐かれて大変そうだったけどね、ふふ。」
カラカタと氷がぶつかり合う音をさせて、デイジーが光に輝くグラスを新しい陶器のコースターの上へと、小さく可愛らしい手で俺とマイケルの前へと置いた。
美しいカッティングを施された輝度の高い透明なグラスに薄紅色の冷えたローズティーが注がれ、砕いた氷が2つ浮かんでいた。
ジェロームは余り大量生産された物を好まないので、19世紀前半に作られていた透明度の高いクリスタルガラスと呼ばれるテーブル・ウェアーを日用使いしていた。
「ノルセー伯爵と違って、俺って余り拘りとかねーし。」
何かの時、ファッションについてウィリアムと話して居てジェロームは、そう言っていたけど、煙草1つにアソコまで資金と手間暇を掛けるのを知っていた俺は「そうなのか?」と、大いなる疑問を持ってしまった。
それからジェロームの持つ物が気に成って俺はジェロームを見ていたけど、拘り捲くりだった。
コットンはイラドのマリドから、ウールやシルクは拘りの男と著名なノルセー伯爵の所から仕入れ、ジェロームがデザインした物を本邸に連れてきている人に作らせたりしていた。
ジェロームが欲しいモノが出来ると大変なのだ。
主に周囲が。
「クロード、そろそろ新しいペンが欲しいな。」
ジェロームのその一言を聞くとクロードは本邸へ行き、エイム公爵に電信を送る。
クロードがコッソリ「今頃エイム公爵様の配下に居る者達が大わらわだろうな」と、言って俺に教えてくれた。
ジェロームを溺愛しているエイム公爵はジェロームが望んだ物を調達する時、最高の品質を配下というか、使用人に探すように命じると言う。
美しくて少々傲慢なジェロームは、こうして作られていた。
同じ貴族であるマイケルやウィリアムを見ていると、センスは良いけどジェローム程の拘りは無いように思えた。
当然ジェロームのロッジにマイケルもウィリアムも滞在しているので私物以外はジェロームが、と言うより本邸に居るディックが用意しているモノなのだが。
寮に居る時の俺のように既製品のパジャマや部屋着は流石に着用していないけど、ウィリアムが殆どをイラドで調達して、マイケルに渡しているようだ。
暑い夏に着るイラドのコットンは、柔らかで風通しが良さそうな草木色の優しい色味がマイケルに似合っていた。
そう言えばサラリとした手触りだった此のテーブルクロスもイラド綿だった。
まあ、ウィリアムに良く似て、綺麗で整った容姿のマイケルは、何を着ても素敵に見えるんだろうけど。
「あのね、僕は元気に成れたら将来イラドへ行ってみたいんだ。其処で父上が話してくれたイラド特有の植物や鳥たちを描いてみたいんだよ。」
そう言って若草色の瞳をキラキラと輝かせて、俺を見詰めた。
整った白い頬を薄い朱に染めて、艶の或る金の髪が7月の風に煽られ、舞って陽の光を浴びて黄金へと変わる。
右隣りに座っていたデイジーはロビンが持って居た薄いベージュのカーディガンを受け取り、立ち上がってマイケルの細い肩へと掛けて上げていた。
金色の眉を寄せて、マイケルは面倒臭そうにデイジーから掛けられた、そのカーディガンを羽織り、俺に向き直って照れ臭そうに微笑んだ。
「寒く無いか?ミック。何か感じたら俺に遠慮なく言って呉れよ。」
「ふふ、此の気温で寒い訳が無いだろう。4月と5月に少し興に乗ってスケッチして居て、その2回程熱を出したから、デイジーが過剰に心配し過ぎているんだよ。それに明日、ジョアンは僕と乗馬してくれるんだろ?だから念の為に羽織っただけだ。心配しないで。」
「うん。判った、でもミックは無理するなよ。」
「勿論、折角ジョアンが夏休みで戻って来ているのに寝込むなんて勿体ない事はしないよ。」
夏の日差しの中で生気に満ち溢れ青々とした葉を茂らせ、俺とマイケルを強い日光から守って呉れるホワイトオークの木陰で、明日、俺がマイケルを馬に乗せて何処へ行くかを2人で話し合った。
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アリロスト歴1917年 8月
夏休みの間、朝はハスキーとグレーに強制ランニングをさせられた後、相変わらず俺のヘボいナイフ術をクロードが懲りもせず教えてくれていた。
何時まで経っても巧く成らない俺に「意識の問題だ」って、クロードの指導が入る。
何か遭った時に対処出来るのは自分自身だとクロードは静かに宣うが、俺はナイフで格闘しなくては成らないような、そんな危険な生き方を選ぶつもりは無いのだけど。
将来、トーエン・ビレッジのハイマン・トーエン村長の考え方が好きだから、俺は卒業したらトーエン・ビレッジへ住もうと考えていた。
村長も子供達の基礎教育の教員に成って欲しいと言っていたし、ジェロームも俺が望むなら「良いよ」って了承を貰えていたし。
俺は如何も大学の同期生みたいに研究論文を発表して成果を残したいとか、その内、地元の政治家に成って中央に行くって言う欲求が湧かないのだ。
『目指せフロンティア』って言う、カメリアン・スピリッツが足りないと、友人のアーベル・ルイスに言われた。
いや、俺はカメリア人では無いし、西部へ土地を貰いにも行かないし。
て言うか、ベンジャミン・ヤング大統領に言いたいのは、俺も教授に学んで知ったが西部は農地に如何考えても向かない。
余り豊かでなかった人たちが移動して行って、ほぼ空白地が無くなったらしいけど。
つう訳で、殆どの学生が将来の為に、夏休みはヨーク市へ顔繋ぎに行くらしいのだけど、俺はマイケルやジェロームとゆっくり過ごしたくてデルラへと戻って来ている。
まあ、皆が知識エリートに成ったら、俺のように使われる人間も必要だろうと言い訳をして。
「ジョアンは考え方まで俺の友人だったジャックに似ているな。」
そう言ってジェロームは整った美しい顔を僅かに緩めて、嬉しそうに微笑んだ。
容姿は全く似ていないらしいけど、俺の声や話し方がジェロームの友人ジャックに似ているそうだ。
良く眉間に皴を寄せていたから、顔付はハスキーに似ている、と言ってジェロームは、俺の耳に馴染む甘く低い声で、友人のジャックについて楽しそうに語った。
ジェローム、、、。
ハスキーのあの顔は、濃い茶毛の模様の所為で眉間に見えるかも知れないけど、顔付とは別だから。
俺はコリー犬のハスキーに似ている、と言われる見たこともないジェロームの友人ジャックを、気の毒に思った。
友人のジャックの事は色々と事情があるので、俺とジェロームの秘密の話しだと念を押されたけど。
ジャックの事を話すジェロームは、宝箱から大切に取り出して、俺にソっと宝物を見せるように語って呉れる。
とっても怖がりだった事や優しい癖に冷たい振りをする意地っ張りな所とかを楽しそうに話す。
この時は、クロードにも部屋を退出させ、俺とジェローム2人でジャックの物語へと入り込むのだ。
まあ、ジェロームが友人ジャックの話をする時は、何か気分を変えたい事があった時なんだけど。
そんな事を想い返して居るとクロードがナイフの柄で俺に頭をコツリと叩いた。
「真面目に遣りなさい、ジョアン。」
「ええー、でも。」
と、文句を言おうとすると足首からクロードの蹴りが入り、俺は濃く茂った芝生に腰を突かされた。
「イテー。」と喚く俺にクロードは右手を差し出し、俺を立たせて溜息を吐いた。
「私の代わりにジェローム様に仕えるのはジョアンには無理ですね。はぁー。」
「当たり前の事を言わないでよ、クロード。それにジェロームも望まないよ、そんな事。」
「好き嫌いがはっきりしているジェローム様に気に入られているジョアンならと思って居たのですが、中々に儘ならないモノですね。」
「うん?クロードは辞めるの?」
「いえ、私は死ぬまでジェローム様にお仕えする心算ですが、歳も歳なので私の後継者を考えて居たのですよ。しかし此処まで戦闘の才能が無いとは。」
「あのね、クロード。ジェロームがクロード以外の側近を置く訳が無いだろう?俺もジェロームの傍に居るのがクロード以外とか想像出来ないし。」
才能が無いと言われたのにはカツンと来たが、事実なので仕方ないと諦め、俺は素直にクロードへ思って居る事を告げると、表情を変えないクロードが黒い目を細めて、手についた埃を落とし出していたナイフを片付け始めた。
「そうですか、一応は息子も呼んでいたのですが、ジェローム様はお気に召さない様で。ルーサーが私の息子で、リオンがトマスの息子なのですよ。」
「えええーーーーーーー。」
その日、俺はクロードが、クロード・カーバンクで、トマスが、トマス・ドーセットだと知った。




