パーフェクト・サプリメント
アリロスト歴1917年 5月
昨年、挙国一致体制で議会を乗り切ったグスラン内閣だけど、如何も兵が足りなくなったようで、グレタリアン全土へ21歳以上40歳迄の健康な男性全てに出兵命令を出した。
1915年に北カメリアの内戦被害状況を知って、『総力戦マジはヤバイっ!』つうて、ロンド・ポスト新聞へ記事が掲載されていたのが懐かしい。
矢張り、人が記憶出来る期間とは、短いモノなのだろう。
此の事をある程度予測していた兄は、厳選した約100家の直系である次男以降の者達を、デルラの南西部に或る「療養施設」と言う名の保養地へ配下ーズに放り込ませた。
貴族家の親や親族は、本来なら嫡男を軍から逃がしたかったけど、流石に今回の総動員政策で、仮にも貴族と名乗っている嫡男を、貴族の本分である戦争から逃がす訳にも行かないので、安全策で次男以降の者を療養させたのだ。
頑張って嫡男を戦役からリリースした家もあるけどな。
元々グレタリアンは、貴族家が他のヨーアン諸国より少なくて、スチュアート家が皇帝に成る前は千にも満たなかった。
それが先代、先々代で貴族家を増やし、今は3千少しに増えた。
まあ、スチュアート2世、3世にも考えが合ったのだろうし。
て、言っても他の国々の貴族家は1~3万家位で、広大なルドア帝国は約20万家もある。
この頃、領土の拡大が著しいプロセン連合王国は国が増えた所為で5万家以上に成った筈、確か。
貴族って軍事力だからなー。
まあ、今は昔の話であるけどさ。
そんな少ない貴族で頻繁に戦争を起こすグレタリアンは、準貴族制度ってものを創り出し、貴族の特権は与えないけど、領地とかを与えて軍事や政治を行って貰ったのだ。
まあ、貴族が減ったのは王様と貴族が血みどろの戦いを30年間も続けた所為なんだけどな。
でもって今もそうだけど軍属で戦って居るのって、殆どが準貴族つうかジェントリーって言う一応は支配階級な人達だった訳だけど、此れだけ多くの人達が死傷するって案外とヤバい。
軍人が減るのも大変だと思うけど、政治関係者や上級官僚や司法関係者や地方の役人とかも消えちゃうんだよな。
現役の政治家も基本は軍属なので、役職を辞任して戦場に行ってるからね。
上院は議員を辞めれ無いし、下院は議員を辞めずに戦場へ。
何が大変かって準貴族の子弟ってインテリジェンスがバリ高なんだよ。
その損失ってマジ大変だと思うんだよ。
まあ、資産階級の人達の教育レベルも今は高いけどね。
此の大戦が終わったら、グレタリアン社会はドラスティックな変革を遂げるかも知れないな。
俺はそう思い至って、クロエに手紙を書いた。
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アリロスト歴1917年 6月
バザーから戻って、下宿112Bの真鍮の扉を開いて玄関ホールへ入り、迎えに出て来て呉れたメイドのアニタに買い物袋を渡して、私は一階に或る談話室の扉を開いて、安楽椅子や寝椅子に座って此方を振り向く息子のニックや夫のルスランを見て微笑む。
ロンドの街から若い男性や働き盛りの男性が居なく為り、所用で足早に歩く女性達の衣服は、色味が地味な簡素なプリント柄のコットンワンピースやシックな白い長袖のブラウスと足首が見える長さのロングスカートに、丸みを帯びた小さな帽子に肩までの長さの髪をカールした子達。
そして紺や藤色のシンプルなワンピースに小さな帽子のベールを降ろし、確りと後ろで結上げた未亡人らしき達が通りを行き交っていた。
意図している訳では無いのだろうけど、近所や身内で戦死した人達の報が溢れていて、女性達も華やかに着飾る気には成れないのかも知れない。
大戦が始まって、まだ二年と言うべきか、もう二年と言うべきか。
工場での生産が色々と縮小した所為で、初めは日用品の品不足にとまどったけど、今は北カメリヤや南カメリアや南プリメラからの輸入品で節約しながら賄えるように成った。
全体的に消耗品も含めて割高だけど仕方ない。
現在の労働力は武器弾薬工場や兵士への軍事物資作りへと割かれているから、不便な事も多々ありますけど、戦場で命を賭けている人達の事を考えると文句は言えません、はい。
私はジャックが考案した簡易冷蔵庫で冷やした麦茶をグラスに注いでニックやルスランの前に置く。
「お帰りサマンサ、そして買い物お疲れ。わたしが買いに行っても良かったのに。」
「ただいま、ルスラン。良いわよ、丁度私も安くなっていた夏用の服を見たかったし。」
「お帰りなさい、母上。あのー、僕もマルシェ夫人のパーティーへ参加しないと駄目ですか?友達と行きたい所が或るのですけど。」
「只今ニック。駄目よ、直前に断るなんて失礼な事をしては。どうせニックの行きたい所ってメクゼス博士の論文について話し合う広場でしょ?それこそ大学で遣りなさいよ。」
「今回はグレン・ギブトン男爵やロバート・カスタット議員も演説をするのです、母上。」
「それとニックが約束を違えるのは、別の問題よ。諦めてねニック。」
「はぁー、でも母上、どうせお見合いですよね?」
「うーん、少し違うわね。顔合わせ会みたいなモノよ。だから私はニックに誰と話しなさいとか付き合いなさいとかを言ってないでしょう?ニックは気楽に過ごせば良いのよ。」
私は、グラスを右手で持ち、すっかり青年の顔へと成長した夫似の息子ニックを眺めて、静かに冷えた麦茶を飲んだ。
殆どの人達の予想通り、ニックは夫のルスランとソックリな美男に育った。
母親の私が言うのもなんだけど、ロンドでは珍しいプラチナ・ブロンドの髪に薄いアクア・ブルーの瞳と言う整った容姿で、パブリック・スクール時代には不埒な先輩からのセクハラに悩んでいた位だった。
魂友。
ソウルフレンドとかソウルメイトと言うのは、流石に恥ずかしい歳なので、「タマ友」って内心で呼んでいる。
その魂友であるジェロームこと緑藍の忠告を受けて、速攻でスクールを休ませて勉強をさせて卒業させ、フォック大学へと入学させた過去が或る。
入学前に緑藍にニックは美形だから喰われるかもよ?って忠告は受けてたんだけど、そんなフィクションみたいな事は起きないわよって、軽く往なして居たら、ニックの貞操は危機的状況だった。
それからはニックが初めにSOS出したジョアンとの文通が続いている。
ジョアンとニックは、それ程仲が良いイメージを私は持ってなかったので「何故ジョアンにヘルプを?」って尋ねたら「ジョアンは助けて呉れそうに思えた。」との答えだった。
男の子同志って、私には分からない何か通じるモノって或るのかしらね。
でも、そのお陰でエキサイティングなフィールドスポーツに、ややトラウマがあるモノの、ニックも平穏に暮らせている。
ジョアンと緑藍には感謝しかない。
で、まあ男も見惚れるイケメンに育ったニックを婚活肉食獣と化したパーティーへ参加させるのは、正に女性との関りを学ばせる為、私も心を鬼にして、、、。
ふふっ、半分くらいは本音ですよ。
女性を傷付けず、往なせる男に成る為の実地訓練。
こういうのは習うより慣れろなんですよ。
もう半分の理由は、婚約者や恋人が戦死した方が多くて、社交自体がお通夜の会みたいに成ってる所が多かったので、此れは何とかせねば!って思ったんですよね、私。
自論なんですが、しょぼくれた人には、しょぼくれた相手しか現れないし、歳のリミッターを考えて仕方なくしょぼくれた人と婚姻したら、しょぼくれた人生を送るって思って居るんです。
私とかは、疲れたなーっと思ったら、夫のルスランを見れば、「イケメンだ」って元気に為るし、昔なら右に美少年の緑藍が居て、左には美青年ジャックが居たりして、落ち込む暇がない位、ハッピーで眼福な日々を送り、いつもマッスル元気な私だったり。
イケメンは女性に取って正義です。コレ絶対。
そんな訳で我が家のイケメン第二位の息子ニックを社交の場に連れて行って、辺垂れている若い女性達にイケメンオーラをパワーチャージさせている。
美形男子は、パーフェクト・サプリメント!
きっと元気に成れる筈よね。
ニックも、もう少し愛想が良いとナイスなんだけど。
でもって、我が家のイケメン第一位の夫ルスランに、この話をするとニコニコ笑って「うん、わたしも良いと思うよ。サマンサの遣る事は何時も楽しいね。」って同意してくれています。
「でもニックが女好きに成って、ジェロームや昔のパトリックみたいに成ったら如何する?」
って、尋ねて来たので「ノー・プロブレム」とルスランへハンドサインで合図して見せた。
だってニックには、幼い頃から私の好きだった純愛小説を読み聞かせて、ハート・ウォーミングな純愛の英才教育をしているモノ。
ピュアなニックは緑藍やパトリックのような爛れた大人には成りません
新しく用意した白い陶器のコップに、冷えたローブヒップティーを白いポットから注いでいると、談話室の木製の扉が開き、ミッシェルが勢いよく緑藍からの手紙を私に届けて呉れた。
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アリロスト歴1917年 7月
ロビンから届けられた書類と手紙をライティングデスクに置いて、俺は煙草を片手に文字を目で追う。
北カメリア北部連合共和国に置ける景気はイケイケドンドンってな感じで、株は買えば高くなって儲かるって状況だった。
俺の保有している株って殆どが兄からの貢ぎ物。
ここら辺はジャックに就けられていたディックが処理してくれていた。
貧困域の数字もあって仕方の無い事かも知れないけど移民や工場労働者等のブルーカラーには、その恩恵と言うモノを未だ手にしていないけど、それを言えば先進国であるのに二極化しているグレタリアンはどうだ?って話になるものな。
取り敢えず、インフラ整備やヨーアン諸国への輸出品などの製造業で、移民達や元プリメラ奴隷たちを労働者として殆ど吸収していた。
ヨーアン諸国にイラドからの輸入が不安定に成っていた為、綿製品や羊毛など南部の得意だった輸出材も北部でも増産が行われるそうだ。
でもって、俺の苦手な蒸気自動車も増産されたり、高炉や強大な滝でダムを建設し発電所から電力を引いて電力会社も州ごとに開業予定で、化学工場や機械工場も次々と出来て、その為の投資も呼び込んで居たりと、グレタリアンが戦争している間に、ヨーアン諸国の金融屋や資本家達が南北の北カメリアに集って来ていた。
つうか、お前等は働き過ぎだ。
何事も急ピッチで創り上げないと死んでしまうと言う病なのか。
計画されてから完成する迄の時間の短さに、俺は驚くより呆れ返った。
こんなスピードで物を作ってたら、、、予想される事を想うと俺は溜息しか吐けない。
北部こそ貴族が必要だと思うわ、俺。
そして書式形式が変更された書類には、この前の戦況報告の続きが届けられていた。
北フロラルスにあるソルットで、プロセン連合軍をグレタリアン協合軍が包囲する形で始まった戦い。
~協合軍~
グレタリアン軍約22万人、モスニア=フロラルス軍約8万人、オーリア軍約11万人、計41万。
~連合軍~
プロセン軍約24万人、元ランダ軍約7万人、元ギール軍約1万8千人、ハンリー軍約10万人、計42万8千。
で、まだ勝敗がついていないとか?
いや、もうソルットの闘いって、此れで勝敗を決めて良くないか?
此れ以上、此処で戦う意味が分からない。
戦略的に、此の場所はフロラルスの首都へも、プロセンの重工業地帯へ続く道だとか、抑えて於きたい場所なんだろうけど、死傷者の数が可笑しいモン。
そういや、グレタリアンが実験段階の戦車を初めて投入って、但し書きをして在ったけど、若しかしてグレタリアンお得意の自爆とかはしてないよな、まさか、ははは、、、。
そして、西部戦線では塹壕を掘って、長く困難な戦いを連合軍側も協合軍側でも続けていたけれど、前回は使い方をマスターしていなかったプロセン軍が、今回は毒ガスを協合軍が居る塹壕へと使用した。
報告書も地獄の様相を呈して来た。
記録や報告係の君達も一度セインのメンタルヘルスへ行って診て貰った方が良いよ。
報告書の後半は、殆ど感想文になってたからさ。
プロセン海軍が旧ランダ国と組み、島国グレタリアンを干上がらせるぞと始めた海上封鎖だけど、初めの頃こそグレタリアンも戸惑ったけど、流石に海賊の末裔グレタリアン。
艦隊を組んでプロセン掃除を済ませた。
この戦い位だよね、グレタリアンの白星。
イラドの報告はウィルが帰国してからに成りそうだ。
さて、最近は俺も忙しかったからジョアンと晩餐を摂れなかったけど、今夜は牡蠣を仕入れていたとコックのサニーが言うから、久し振りゆっくりとジャガイモのウォッカと一緒に、ジョアンと共に焼き牡蠣を食べよう。
ジョアンには強いジャガイモのウォッカは未だ早いかな。
俺は、ライティングテーブルに広げてあった書類を纏めてクロードへ渡し、ジョアンを呼ぶようにと頼んだ。




