表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロングロング  作者: くろ
2/85

腐レンド



  アリロスト歴1911年 7月




 エイム家当主の兄からプレゼントだと手紙が届いて1ヶ月後、俺が拾った野良猫ジョアンが微妙な表情をして俺の前に現れた。

 6年前に130cm位しか無かった身長が、俺より8cmも高く成っていた。

 少しムカつく。


 淡いベージュの髪を短くスポーティーに切り揃え、涼し気な薄い水色の瞳をし若々しい容姿でこのロッジへと訪れた。

 18歳だから若々しいのは当然か。

 昔と同じように嫌そうな顔をして砂糖ミルクを飲むジョアンが面白い。


 『嫌いだから砂糖ミルクは要らない!』


 ジョアンが俺にそう告白する迄、砂糖ミルクを飲ませ続ける俺の楽しみは継続させよう。



 初対面で威圧され兄に恐怖していたジョアン。

 兄は努力の甲斐あってか、ジョアンとコミュニケーションを取れるようになったと報告が在った。

 「兄と会いたくない」位しか、自分の望みを言わなかったジョアンを想い出し、此のアカディアのデルラで過ごす間に俺は愉しみつつ、ジョアンの気持ちを解すことにした。



 まあ、兄のエイム公爵からプレゼントと言うより、兄も気に入っているジョアンを軍学校へ行かせたく無くて俺の元へ寄こしたのだろうと推測した。

 死傷者が多くなるのでヨーアン諸国同士の戦争は抑制的だったけど、オーリア帝国に端を発した株価暴落から来る不況はダラダラと続き、そしてプロセン連合王国で風聞に寄り株価が又も暴落。

 特にプロセン連合国は広範囲で在った為に色々な国々の矛盾つうか問題が噴き出し、ソレを収めるのは軍事行動つう慣れた手法で解決しようって訳である。


 でもって利益を出せなくなった資産家階級がプロセン連合王国を自国のバンエル王国へ引き込み、社会システムも変えようとしていたりしてる。

 バンエル王国の一番の原因は資産家階級への増税案だったりするのだけど。

 うーん。

 バンエル王国の王もねー、建築や芸術好きは分かるんだけど、俺から見ても桁が違う城を建てたり劇場を作ったりして、資金が足りなく成って資産階級へ増税しようとしたりと、グレタリアン帝国なら王が処刑されるレベルだよ。

 つう訳でバンエル王国の有産階級は、プロセン連合王国に「ヘルプ」と泣きついて行ったのだ。

 昔の規模の力が有ればオーリア帝国へ泣きついたと思う。



 それに俺や兄がジョアンを軍へ行かせるのを留めようとしているのは、何も戦争の意義だけの所為じゃなく、現在は武器の技術レベルが上がって殺傷能力がバツグンなのだよ。

 おい、死ぬだろ!ってレベル。

 武器だから当たり前?

 だって俺は普段、人助けなんかしないんだぜ。

 その俺が気紛れでもテリトリーへ拾って来た野良猫ジョアンは、簡単に死んで欲しくは無いって思うじゃん。

 相変わらず俺に懐いては呉れねーけど。

 俺にしては優しくしてるのに、、、解せぬ。




 さて、女も男も見境なしに喰いまくっていたパトリック・ウォーゼン子爵、俺が呼ぶ時は『パト』。

 自由主義のフーリー党所属の下院議員で、舞台脚本家、今は慈善家で劇団レナード・ホーム主催。

 ジェローム探偵事務所へ面倒な事件を次々と持ち込む呪われた男だったパトも、天使レナードに浄化され、今はレナード教本尊の夢の実現の為に、同じくレナード信徒の妻ディオナと共に活動している。

 身も心もレナードに捧げているパトとディオナ夫婦は、清らかな白い婚姻でハッピー・ターンをエンドレスでこれからも踊るだろう。

 幸せそうで何よりだ。


 嫁は下衆く投機で稼ぎ、その稼ぎを天使レナードへ寄進。

 パトはレナードの望みを聞き、議会で法案化し、貧困層の児童救済に勤めている。

 相変わらず天使レナードの為にパワフルに動き回っているパトの活動報告に、俺も頭が下がる思いだ。

 360度の変化に皆は驚きを隠せない。

 うん。

 あはは、元に戻ってるって?

 実の所、パトの性格は何一つ変わって居ないのさ。

 思った相手に全力投球。

 愛に生きる姿は、昔と全く変わらないんだよ、パトは。


 「困ったことがあったらジェリーへ相談しに北カメリアまで行くよ。」

 「お断りだよ、パト。」

 「ジェリーが俺に酷い。」


 6年前にロンドでそんな別れの挨拶をしたけど、万が一パトが来た時の為に俺は聖水を用意している。

 俺の前に顔を見せた途端に聖水をパトへ()ち掛ける心算だ。

 新たな土地では新たな清め、此れ常識。



 そんなロンドで清められているパトの話は兎も角として俺のソウル・メイトのクロエは現在53歳、夫ルスラン54歳と共に下宿112Bの女将をしているグランマだ。

 クロエの本当の名前はサマンサ・ブレード。

 俺と同じで1700年代後半を生きて、死んだと思ったら神の呪いか悪魔の祝福か、この世界のロンドで再会した腐れ縁な仲。

 今は消えてしまったが友人のジャックもそんなソウル・メイトの1人だった。

 クロエというのは前世のフロラルス王国での名前だ。

 他の人が居る前では「サマンサ」と此のグレタリアンでの名で呼んでいる。

 でもって俺を前世の名「緑藍」って呼ぶ人間が此処、アカディアのデルラには誰も居ない。

 最も俺を緑藍て呼ぶのは、クロエとジャックだけなんだけどね。


 そんなクロエの長男ニックは13歳に成り全寮制のパブリックス・クールへと入っている。

 全寮制なのでニックが下宿112Bを留守にしている事を、クロエは俺への手紙で寂しがっていた。

 俺は、ルスランによく似て美少年になったニックが、寮でエロい目に遇わないかを心配している手紙を綴りクロエに送ったら、「緑藍なんて死ねば良いのに。」って、返信が来た。

 ええー。

 俺ってニックの心配していただけじゃん。

 実際に俺、つうかジェロームの身体は寮生活でエロい目に遇ってたんだし。

 大体ルスランと同じプラチナ・ブロンドって希少だから寮でも目立つと思うぞ。

 全く人の心配を無碍にして。

 ()レンドはイケる口だとクロエは言っていたのに、矢張り実の息子は別口か。


 そして次男のダリウスは、金髪でルスランに良く似たアクアブルーの瞳をした元気過ぎる子だった。

 俺はダリウスに、走るか喋るかどちらかを選んで下宿112B内を過ごして欲しいと、密かに願っていた。

 あの2階へ上がる螺旋階段を4歳の頃に転がり降りた猛者(モサ)である。

 クロエに言わせると落ちては、いないらしい。

 11歳の今は少しは落ち着いたのか、クロエに尋ねたいような尋ねたく無いような。

 

 でもってルスランが絶対に嫁に遣らんと言っているミッシェルだけど俺は要らない。

 俺が知るミッシェルはルスランが2歳の幼女化したとしか思えない容姿だった。

 プラチナ・ブロンドに透明なアクア・ブルーの瞳、正にミニチュア・ルスラン。

 つうか、ルスランの血がスゲーな、おいっ。

 クロエ要素が全く感じられん。

 流石、ルドア皇族の血は濃いのもあるけど強力だよね。

 友人のジャックがニックの顔付はクロエ似だと言っていたけど、俺には分らんかった。


 ルスランは髪結いの亭主成らぬ下宿屋の亭主で、のほほんと暮らすかと思いきや、クロエがニック懐妊以降、クロエの代わりに商会経営を遣ったり、俺がジェローム探偵事務所を遣っている時は経理を熟して呉れていた。

 意外と出来る元皇太子だった。

 いやー、皇太子の能力に経理は不要だと思うけど、クロエの教育の賜物なんだろう。

 

 まー、クロエってビジネス・ジャンキーつうか労働中毒というか。

 何もしてない、そこそこ教養の或る若い淑女を見るとタイプライター講座始めたり、ボーっとしていた有閑亡命元皇太子に経理を叩き込んだり、兎も角も暇な人間に労働させるのを生き甲斐にしている節が或る。

 俺が有閑貴族でまったりして居られたのは(ひとえ)にクロエの雇い主だった兄のお陰だろう。

 兄がクロエと下宿112Bの大家として契約した時に、「俺の望む事は最大限叶えろ」と命じて呉れていたお陰だ。

 ソレが無ければ俺は探偵として、延々と失せ物探しと尋ね人探しをクロエに遣らされていた気がする。


 そんなクロエが応援してるロバート・カスタット議員が「女性にも選挙権を」と訴え始めた。


 「流石ロバート・カスタット議員ね。」


 と、クロエは御満悦。

 まーね、看護婦たちが軍に従軍して行く時代だからね。

 国の為に戦う騎士だから選挙権が或るんだとは、言えない時代に成ったもんな。

 つうか女性だけじゃ無いけど、彼が望んでいるのは。

 納税した全ての国民へ選挙権をって話から、納税している女性にも選挙権をって成った。

 此れに呼応するように労働者や農家、女性達の支援がロバート・カスタット議員へと沸き起こった。


 この報告をエイム公爵家配下(ハイカ)ーズから受けて、兄が滅茶苦茶に嫌な顔をした。

 あの整った顔の眉間の皴を思い切り深くして、眉根を寄せた。

 つう事を兄の補佐官クラークからの報告から知った。

 いや、兄は女性の選挙権が嫌なのでは無くて、議会で否決された時の騒動を考えて苛立ったのだと思う。

 流石に一気にロバート・カスタット議員の望みを叶えるのは難しいと思うけどさ。


 


 そして俺のグレタリアン流の男友達セインは矢張り多忙だった。

 つうか、俺がロンドに居る時は、セインて仕事をセーブして居たんだなと改めて知った。

 薄々は、そうじゃないかなと俺も思っては居たんだ。


 約10年前に起きたパンデミックの時、医師としての仕事を熟している内にセインは自分の使命みたいなモノを感じたと言うか自覚したんだと思う。

 セインの場合、著名に成りたいとかじゃ無くて苦しんでいる人を癒したいのだろうな。

 どうしようもなく荒れていた俺というか、ジェロームに関わって来てくれていたお人好しだから。


 いやマジでセインと縁が切れてしまう前に、ジェロームの中で俺が目覚めて良かったと思う。

 損得無しで心底ジェロームを心配してくれていたセインて偉大だと思うよ。

 ジェロームはセインを嫌っていたみたいだけど、それが俺には判らない。

 まっ、貴族以外を知らなかったジェロームにはセインの善意や優しさは通じなかったんだろうな。

 ジェロームの周囲には居なかったし。

 セインみたいに直接的に愛情を示して呉れる人間て。


 兄もジャックに性格を変えられるまで、感情を他人に伝えるなんて事を考えない人だったし、俺もどっちかというと其の気質が強いから、好意とか嬉しさとかプラスの感情を人に伝えるのは、今でも苦手だ。

 セインと居ると比較的ソレがスムーズに出来るんだよな。

 それに俺はキラキラと輝くセインの飴色の瞳を見ていると嬉しく成るんだ。

 だから人の好い俺のセインを騙して困らせた怪盗バートにイラっと来ていたんだ。

 別に奴を許した訳では無い。

 怪盗バート事、ウィリアム・ベラルド伯爵。

 

 金庫室へ穴を掘る為、安全な立場を必要としたからって、人の好いセインを騙して友達の振りをして、金塊奪ったらトンズラして、あの頃セインは婚姻して居たから夫婦でヤードからしつこい事情徴収されるし、新聞記者から追いかけ回されるし、銀行の信用不安が起きてバート不況とかに成ってセインが勤務していた病院は潰れるし。

 あの頃のセインの不幸は大体が怪盗バート、(つま)りウィリアム・ベラルド伯爵の所為なのだ。

 

 その事実を俺がロンドを発つギリギリに本人自らジェローム探偵事務所へバラしに来る性格の悪さ。

 遣って呉れるぜ、ウィリアム。

 何処までも俺をライバル視しやがって。

 

 もう思い続けて居たジャックの存在なんてウィリアムの記憶には欠片も残ってない癖にさ。

 オマケに俺の兄とウィリアムの間で罪に問われない取引成立しているし。

 俺は頭にきてウィリアムへ告げた。



 「二度と俺のセインに手を出すなよ。」

 「ははっ、ジェロームは面白い冗談を言う。僕は一度たりともワート博士に手は出していませんよ。それに僕も相手を選ぶ権利はありますから。」


 俺は思わずウィリアムのヒラメ筋へ素早い蹴りをお見舞いした。

 するとウィリアムが何時の間にか手に持って居たパルテの戦乙女っぽい石膏のレプリカが落ちて、ジェローム探偵事務所の固い床で砕けた。


 「てめーーぇ、怪盗バート、俺の戦利品を壊したな。」

 「ふふっ、何時も此の事務所へ来る度、キャビネットに飾られていたパルテの戦乙女のレプリカが気に成っていたんですよ。どの道、僕が作って贈ったモノでしょ?さて、気に成っていた物も壊れたので僕は清々しました。ではジェローム探偵、良い旅を。」

 「覚えてろ、いつか仕返しをしてやるからなっ!怪盗バートっ!」



 白々しい笑顔を作った後、ウィリアムは衣服を調え完璧な仕草で礼をして、ジェローム探偵事務所の黒い扉を開いて、優雅な足取りで出て行った。




 そんなムカつく怪盗バートとの出来事を兄の手紙を読みつつ俺は思い出していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ