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ロングロング  作者: くろ
16/85

ジェラシー


   アリロスト歴1916年   7月




  ジェロームが本邸と呼んでいる白い大きな豪邸の庭園は様々な花々で彩られているが、奥に或るロッジ周辺は大きなオークの樹々が好き彼方此方に生えて、芝生の上に思い思いの木陰を描き出し、風が吹く度に濃い緑の影が若緑の芝生の地で揺れていた。

 澄んだ空気の中で夏の日差しを浴びて、俺の目に映る光景は萌える様々な緑で覆われる。

 その眩い緑の中を俺はマイケルとウィリアムとデイジーとで散策して、赤茶色の煉瓦の道を歩き、セッティングされていた真鍮の白いガーデンセットのある場所へとゆっくりと辿り着いた。


 「お疲れミック。疲れてない?」

 「うん、平気だよ、ジョアン。この大きなホワイトオークまでは父と幾度か来ているから心配しないで。」

 「ふふっ、ジョアン、平気そうな口振りで話しているけど、マイケルも外に出始めた当初は筋肉痛で騒いで五月蠅かったんだよ。」

 「それは、、、っ、父上。でも今はもう平気ですから。」

 「そうか、ふふっ。まあ、マイケルも頑張ったからな。夏休みにジョアンを吃驚させるって。」

 「うん、驚いた。でも俺は嬉しいよ、ミックと外を一緒に歩きたかったし。」


 俺は、部屋の窓からの風景だけじゃ無く、マイケルには外へ出て木々や幾種類もいる鳥の姿をその目に映して、あの精密な絵を描いて欲しかったんだ。

 それに俺と同じ景色をマイケルにも見て欲しかった。

 あのブルージェイの青にマイケルも俺と同じ様に心を奪われた事を知って、とても嬉しかったんだ。


 其処へデイジーがトマスが運んできたメイプルシロップの炭酸割を俺達の前へと置いて行った。

 デイジーとはあの後に俺が気不味くて顔を会わせ辛かったから、マイケルの部屋へ訪ねるのを遠慮していたら、彼女が俺の部屋へ訪れて、「私は気にして居ないので今まで通りにマイケルと会って欲しい。」って言われたので、俺も極力気にしないようにした。

 何となくだけどデイジーってマイケルを好きなんじゃないかと思った。

 まあ、マイケルは男にしては華奢だけど、首の中程で切り揃えた煌めく金の髪で、澄んだ若草色の瞳をした整った容姿だから、若い女性なら時めくだろうな。

 なんだか少し切ないけど、まあ俺には恋愛するのが未だ早いって事なんだろう。

 俺はマイケルの後方で可愛らしく微笑むデイジーを見ながら、甘く弾ける炭酸水を口に含み、そう独りで納得していた。


 「ジョアンは来週ナディアに行くんだろ?」

 「はい、そうです、ジェロームの好きな管弦楽団がヴィルマリー市で公演をするそうなので、俺はそれのお供です。」

 「そう、、、ジョアンも愉しんで於いで。」

 「は、はい。」


 ウィリアムは深緑の瞳の左目を瞑った後で、ニヤニヤとした笑みを浮かべて俺を見た。

 ウィリアムにはバレているんだろうなー。

 俺達が娼館へ行く事を。

 マイケルに、何をしにナディアに行くか聞かれたらどうしようとジェロームに訊いたら、さっきのアンサーをレクチャーされた。

 でも本当にジェロームは音楽会へも行く心算(つもり)だったようで、俺の分のパンフレットも用意してくれていた。


 「そう言えばジョアンの友達でプロセンの大学院へ卒業後行くって子は、大丈夫?グレタリアンとトルゴンの戦争にプロセンが参戦しただろ?」

 「あー、ルイスか。でも北カメリアと戦って居る訳でも無いからね。幾ら何でも3年後には終わっているだろ。だけどミックは兄上が参戦して居るんだろ?そっちの方が心配だよ。」

 「そうだけど、父上が僕たちが心配しても状況は好転しないから、どっしりと構えて待って於けって。」

 「ああ、此れはセドリックの貴族としての義務だからね。指揮する者が居ないと兵も動けないし、今回は当主自ら参戦されている家も多い。お陰で士官の年齢層が高いけどね。」



 左に流している短い金の髪をウィリアムは左手で掻き上げて、目尻の皴を増やし深緑の瞳を細め、優しく綺麗な笑みを浮かべて、カランとグラスの氷を鳴らし甘い炭酸水を口にした。


 マイケルがウィリアムから政治の話を聞くのが楽しいと言った意味を俺は先日やっと理解した。

 だってウィリアムはマイケルに戦争の話をする時もそうだけど、俺に話していたようなヤバい裏情報や気分が悪くなって情けない気持ちにさせる派閥闘争の話とかを全くしないのだ。

 俺がウィリアムに、その事について軽く抗議すると、俺と知合うまでマイケルは外の世界へ全く興味を向けなかったそうだ。

 俺と知り合って5年経ち、やっと外へ興味を向けだした今、マイケルを失望させたくないのだとウィリアムが珍しく真面目な口調で語ったのだ。

 うーん、まあ知るのは何時でも出来るか。

 俺だってジェロームやウィリアムの「楽しい戦争講座」で知った話だし、それが事実かどうかを確かめた訳じゃ無いからな。

 ジェロームも講義した後、偶に気が向けば俺へ忠告していた。


 「あくまでもコレって俺やウィルの推測だから、これを真実として捉えたら駄目だよ。結局は自分の目で見て確かめないとジョアンに取っての事実は分からないからね。」


 こう言う謎掛けみたいな忠告をジェロームは俺にしてくる。

 時々だけど、ジェロームは何か別の事を俺へ話したいのじゃないかって、この頃思うんだよな。



 その後、ウィリアムはグレタリアンの出兵人数や3ヵ所の戦闘地域や大まかな戦況状況を俺やマイケルに伝えた。

 フロラルス王国の国境沿いから東西に戦線が伸びてプロセンとフロラルス及びモスニアで激しい戦闘に成っているそうだ。

 そのお陰もあってグレタリアンの兵の損耗はプロセンが参戦した割に予測より少ないらしい。

 淡々と語るウィリアムの言葉は死傷者数を俺やマイケルと同じ人であることを忘れさせた。


 そしてマイケルやウィリアムと別れて自室に戻り、着替えながら話を想い出して居ると、その人数の多さに俺は愕然とした。






 

   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 

  アリロスト歴1916年    8月




 ジョアンとの晩餐を終えて俺が消えたジャックへ徒然日記を書いて居るとの白熱ガス灯に照らし出された艶の或るオークの扉が開き、何処か不機嫌な様子でウィルがツカツカと俺の聖域に入って来て、ライティングデスクの向に在ったアームチェアーにドカリと腰を降ろした。

 いつも白々しいイケメンスマイルを浮かべているウィルにしては珍しい事だ。


 「如何したんだ?ウィル。なんかウイルらしくないな。」

 「いや、マイケルが今日ジョアンと一緒に乗馬したんだ。」

 「らしいな。ジョアンも楽しかったと言ってたよ。マイケルがジョアンが乗っていた馬にウィルも協力して乗せて遣ったらしいじゃないか。ウィルの力強さにジョアンも感心していたよ。」

 「そうか。別にジョアンとマイケルが一緒に乗馬するのは良いんだ。」

 「うん。で?ウィルが不機嫌に成っている原因は?」

 「もしかしたらマイケルはジョアンを好きなのかもと思ってね。」

 「いやそりゃー友人同士だから好きだろうさ。ウィルも嫌いな奴と友人には成らんだろ。」

 「そうじゃ無くてだな。今日の夕食の席で、乗馬した時に感じたジョアンの胸襟や腹筋、上腕や下肢の筋肉の素晴らしさを話すマイケルの表情や声に、色が混じっているように見えたんだ。頬とか紅潮させているし。」

 「それって乗馬をするのは初めてで、マイケルも楽しくて気分が高揚して居たんだろう。其れの何が問題なんだよ、ウィル。」

 「いやジェロームは実際にマイケルの様子を見て居ないから。僕は男同士は矢張り不健全だと思うんだよ。あー、別にジェロームの性癖を否定する心算はないし、他の人達のそう言う関係は別に良いんだ。ただ僕の身内が同性フレンドへ対してディープなスキンシップは、、、、。」



 そう言ってウィルは珍しく歯切れの悪い言い訳を始めた。

 それってマイケルへのジェラシーだよな。

 恐らくジョアン以外の男となら、マイケルがグレタリアン式友情を育んでも、ウィルはこんなに不機嫌に成らないだろう。

 ウィルは自分の好意を自覚して居ない分、より一層ジャック・ラブの頃より面倒臭さが増したな。

 かと言っても、ウィルにジョアンへフォーリンラブな想いを自覚させたら、面倒臭さがダブル・アップしそうだ。

 だって、兄とウィルって愛情表現が似てるし。

 俺の煙草を当たり前のようにウィルは燻らせて、迷走しつつブツブツ呟いていた。

 思考の瞑想じゃなく迷走なっ!

 ココ大事、テストに出しまっ、、、。



「て、言うかウイルは考え過ぎだ。万が一マイケルがジョアンに好意を持ったっとしても、ジョアンはその気に成らないよ。少なくとも今の所はね。それにジョアンは女の方が好きだし。」

「あー、うん。鼻血事件もあったし、来週にはジョアンも娼館へ行くもんな。」

「鼻血事件て、事件にして遣るなよ。ジョアンも恥ずかしがってるんだから。つう訳で息子の成長を微笑ましく見守って遣りなよ。恋愛だけは片方の想いだけじゃ如何(どう)にも成らんからな。」

「ああ、そうだな。僕もどうかしていた様だ。マイケルがジョアンの事を嬉々として語るのを聞いて、不安で胸がモヤモヤして取り乱したようだ。」

「ははっ、クロード、バーボンを用意してくれ。水割り用も頼む。」

「畏まりました。」


 俺はクロードにそう頼み、ライティングデスク置いたジャックへ徒然日記を閉じて引き出しへ仕舞い、何時ものマホガニーのテーブルへとウィルを誘って歩いて行った。


 「そういやジェロームは、ロッジに白熱灯をつけないのか?」

 「まあね、発電機と蓄電地は本邸に置いてるしな。俺の友人みたいにガスを嫌ってオイルランプに固執するよりはマシだろ。」

 「ヨークじゃ夜でも明るい白熱灯が灯り、蓄音機からレコードの音楽が流れている時代なのに。このロッジだけは80年代のロンドだな。ジェロームのロッジより本邸の方が未だ現代的だ。」

 「良いんだよ、俺は此れで。」

 「実はジェロームはロンドに帰りたがっているとか?向こうにセインやサマンサも居るし。」

 「ソレは無いかな。まあサマンサの料理は確かに恋しいけどさ。どうせセインは必死で負傷者を治療して居るんだろし、俺が向こうへ行って気を使わせたくないからね。」

 「ふっ、そう言えばジェロームに伝えるのが遅くなったな、おめでとう。シルビア・エイム公爵夫人が懐妊したね。」

 「ええー、誰も俺に報告しに来なかったぞ。しょうもない法案が通たことは報告しに来るのに。兄は67歳で父親かよ。確かシルビアは24歳だった筈だけど。」

 「先日、ロンドへ戻った時にエイム公爵に紹介されたけど、シルビア嬢って何者なんだい?髪色は違うけど若い頃のジェロームにそっくりだった。あの容姿ならジェロームを溺愛していたエイム公爵が夢中になる筈だよ。」

 「ははっ、、。」

 「やっぱりジェロームの娘だったのか、シルビア嬢は。」

 「ふふっ、それは言わぬが花だよ、ウィル。」

 「まー、勿論、僕は誰にも言わないけど。そうか、ジェロームも子供が居たんだな。僕はジェロームって男色だと思っていたよ。前回、僕に良い娼館を紹介してくれって言ったのはジョアンの為だと思ったし、一緒に出掛けたのはジョアンの気持ちを軽くするためだと考えてたよ。」


 「あのなー、俺って男色家では無いんだよ。男とか女とかの枠で決めて無いだけで。まあ、だから他に子供が居るかも知れないけど、それは俺は知らないから分んないよな。それを言ったらウィルも隠し子が居そうだよね。結構な浮名を流していただろう。」

 「ふふっ、それは適当にって奴だよ。不義理はしていない心算(つもり)だから問題は起きないよ。」

 「表沙汰に成らないだけで、案外グレタリアンて庶子が多いと思うんだよなー。って、俺が言えた義理じゃないけどね。」

 「まー、美しい第二夫人を持つのも有産階級のステイタスだからね。公式で無い場所には紳士が連れ歩いていたよ。カリント教の新教徒でない宗教の人達の方が其処ら辺の節度はあるよね。」

 「嫌なステイタスだな。別にカリント教は浮気がオッケーな教義じゃないのにな。」

 「でもジェロームも北部では気を付けないと、聖書第一主義な純教徒が多いから、性に関しては不寛容な州も幾つかあるからね。国教会から異端と言われてグレタリアンから追放に成っただろ?その一団だから厳しいんだよ。」

 「ああー、運命論を受け入れている方々か。それでウィル、アカディア州は如何なんだい?」

 「新教徒だけど純教徒では無かった筈だ。」

 「はぁー、良かったよ。グレタリアンでは兄やセインの娘オリビアに迷惑かけないように気を配っていたからな。デルラではセインと気儘に暮らしたいんだよ。」

 「結構セインは周囲に頼られているから中々コッチヘ来るのは難しいだろう。役職を頼まれても断っては居るようだけね。衛生外部役員だからセーラ女史やヒース議員にも医療的なチェックは頼まれ続けて居るし。」

 「くそっ、ダブル・アイアンめ。」

 「ふっ、いつも言うよね。それ。」

 「そう、自分の意思を梃子でも曲げない鉄の女セーラと、表情筋が固定されてピクリとも動かない鉄仮面ヒース。2人揃うとクラッシュ・アンド・クラッシュが起きて、周囲の精神が破壊される。ビルドして行くのはセインみたいな医師たちだからな。衛生委員会は医師や医学生の屍で動いているんだよ。マジでムカつくよ。俺のセインを勝手に使ってさ。」


 「でもお陰で都市部に置ける衛生法は完備されて来ているから、青い疾病のパンデミックみたいな事は置き難く成った筈だよ。勲章授与をセインは固辞したみたいだけどね。」

 「あー、生真面目だからなセインは。北カメリアに移住する心算だから断ったんだろうな。つうか、ウィル、俺のセインを気楽に呼び捨てにしてんじゃねーよ。ウィルだけは確りとセインにドクターを付けろっ!」

 「はぁぁぁー、ジェローム、男の嫉妬は見苦しいよ。」


 

 おい、ウィル。

 お前にだけはその台詞を言われたくねーんだよ。

 良い歳をして無自覚に息子マイケルへジェラシーの炎を燃やすウィルにはなっ!

 気取って薄いバーボンの水割りを飲む忌々しいウィルの笑顔に、俺は溜息を吐いて焼けるような琥珀色のバーボンを口に含んだ。

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