サンダーボルト・ショック
アリロスト歴1916年 6月
俺は朝の刻み煙草のブレンドを愉しみながら終え、お気に入りの紙に刻み煙草を巻きながら『私が街を歩けば、、、、。』とロンドで観たオペラの1節を小さく鼻歌混りで歌う。
夏の風がデルラに吹き始めて、もう直ぐジョアンが戻って来るのを報せるようで、ソレも在って俺はこの所、機嫌が良い。
ロンドの社交界で、ノルセー・スタイルと言うシックな装いで、一世を風靡した伊達男のノルセー伯爵の趣味が、恋人に自分が調香した香水のプレゼントだと聞いた時は「キザだな」つうて俺は一笑に付したけど、まあ分らん事もねーなと、刻み煙草の僅かな香りが混じり合うハーモニーの心地良さに納得するこの頃。
そのオサレなカリスマの弟子としてパトやスチュアート4世も居たんだよね。
パトは、ああー、熱心な天使レナードファンとして、スチュアート4世へ天使レナードが望む世界を作る為に、傅いていた。
今は、北カメリアの南部で忙しく天使レナードの為にファン活動中だと風の噂ってか電信情報。
ノルセー伯爵は、スチュアート4世の推しをバックに、自分で作った劇団の地方巡業で、せこく稼いでいる。
でもって、ロンドとモスニア帝国の都市ドリードでノルセーブランドの香水屋を作り、コッチでもせこく稼いでいる。
その稼いだお金はノルセー伯爵を飾る、拘りの逸品へと消費されている。
ある意味此れもハッピー・サイクルなのかも知れない。
さて周囲に美貌の側近を侍らせて、自他ともに認めるイケメン皇帝スチュアート4世が総司令官として海軍の軍艦に乗って居るらしいのだけど、案外プロセンの海軍もグレタリアンに負けない蒸気設備と戦艦を強化してるから、ヤバくね?
軍服を着せるコーディネーターとしてノルセー伯爵が付き、スチュアート4世とキャッハウフフな時を過ごして、親衛隊を待たせガチ切れさせていたと聞いてるから、船が沈んでも助けて貰え無そうだ。
そんな若干の懸念事項を兄からの報告で俺は知る。
注意事項として、側近の中でスチュアート4世とエロい仲は従者キースだけだと兄は記していた。
俺へ、その情報を必要だと考えた根拠を兄に問い質したい。
兄からの報告書を片手に、俺は珍しくベリー果汁の炭酸割を口にしてシュワシュワと口中が刺激されるのを愉しんでいると、クロードが慣れた仕草でオークの扉を開いて、胡散臭い細い中年の男、(、てっ、言っても俺と同世代に見えるけど)を窓が並び明るい応接用の椅子へと案内した。
ナユカ国に或るナディア州からフロラルス人の客が来ると兄から言われていたんだけどさ。
何この胡散臭い笑顔。
全く兄も付き合う相手を考えろよ。
ああ、考えてるから此の胡散臭そうな人間なのか。
シルビア・ラットンと結婚してから、グレタリアンとは関係ない所で、兄の行動が活発化してる件。
会ったことも無い俺の娘シルビアが兄に何か唆してるのか?
薄く巻の強い短い栗色の髪に、高く薄い鼻と小さな二重の琥珀の瞳が小さな顔へバランス良く配置され、濃い緑のジャケットを品良く着こなした細身の中年紳士。
形の良い艶の或る薄い唇の両端を上げて微笑み、挨拶をして来た。
やっぱり胡散臭い。
『シャルル・ペリール』伯爵だと言う自己紹介を俺は受けた。
「どうぞ、お座りください、ペリール伯爵。」
「いえ、c・エイム子爵、私はモスニア帝国からフロラルスを追放に成った身ですので、ただのシャルルとお呼びください。シャルロと呼んでくださっても嬉しいですが。」
「ふふ、では私もジェロームと。エイムと言う家名で呼ばれると兄の顔が思い出されるので。それで私の元へ訪れたご用向きは?兄は何も説明なしにシャルルの来訪を告げただけですので。」
「そうですか。では私が追放された理由をジェリーはお聞きで無いと?」
こいつ、サラッとジェリーって、俺の愛称を呼びやがって。
「ええ。」
「そうですか。一応私から話しておきましょう。モスニアの皇帝レオンハルト3世には誤解されてしまいまして。今回の戦争に際して、フロラルス王国として動く事も、モスニア帝国の為に為ると考えて、バンエル王国とハンリー王国と内密に交渉していたのですよ。」
「いや、それは駄目でしょう、シャルル。フロラルス王国の宗主国はモスニア帝国なのですから、そんな事をされたら、、、あっ、ああーっ、若しかしてプロセン連合王国が急にフロラルス王国の国境を超えてテルシへ侵攻したのは、その所為じゃないでしょうね。シャルル?」
「レオンハルト3世もそう誤解していますが、元々プロセン連合王国はフロラルス王国を得たくて機会を窺って居たのですよ。其処で運悪く裏切り者の部下の所為で私の交渉がバレて、プロセン連合王国の口実に使われただけで。」
「て言うか結局はシャルルの所為ですよね?」
「まあー、表面的に聴けばそうですな。」
「確り聞いてもそうですよ。で、シャルルは、どんな交渉を?」
「ええ、バンエル王国では親戚の息子を、ハンリー王国では第3王子を戦争が終わってプロセン連合王国が負けたら、国王に戻れるようにフロラルスが後押しすると。」
「まあ、外交の実権を持たないフロラルスが後を押しても難しいと思うけどね。それでシャルルが得たいモノは何だとバンエルとハンリーに言ったんだよ。」
「はい、いずれフロラルスの独立が叶ったら、国際会議で承認をして貰えるように、賛成側に就いて欲しいと頼んだ居たのです。決して私欲の為では在りません。」
「つーかフロラルス国内でモスニア帝国から独立したいって人間は多いの?」
「いえ、知る限りでは、私を含め数名です。しかしこの侭ではエル王家自体が世界から忘れられ、モスニア帝国の自治州に成ってしまうと。1828年に併合されフロラルスは国際社会で存在を示す事も出来ない侭で忘れ去られてしまう、そんな事が、、。」
「あのさー、シャルル。俺は昔の文献を読んで其処ら辺を調べたけど、モスニアとの併合を望んだのはエル王家自体だよ。全く面倒な事を。でもシャルルはそんな罪を冒したのに良く無事だったね。」
「はい。仲間の力を借り何とかグレタリアンへ脱出後、既知を得ていたデニドーア外務卿を頼り、その後エイム公爵に引き取られて、今ジェリーの前に罷り越して参りました。」
「参らなくても良かったのに。ハァーっ。」
兄は面倒に成って此の胡散臭いシャルルを俺に放り出したのかも。
嫁のシルビアとイチャラブしている邪魔をされない為に。
つうかジャック事、アルフレッドが死んでから、モスニア帝国の天才皇帝レオンハルトと弟のエル5世達が話し合って、アフルレッドの遺志を受け継ぐために、今の体制を組んだと推測出来る。
ジャック事アフルレッドは、この世界で意識を覚醒し、自分が死んでからの歴史を知って、娘を2人も変態レオンハルトの嫁にされたとギャーギャー五月蠅かったけど。
まあ、俺とジャックとクロエ事サマンサは1700年代後半に神か悪魔に意識を転生させられ、1820年代に一度寿命を迎えて、今度は1884年のグレタリアンでロンドに或る下宿112Bで3人同時に意識が再び覚醒した。
俺は、ジャックやクロエの言う日本と言う世界での記憶は殆ど残って居ないけどね。
でもって俺は真龍国の緑藍として前世では散々グレタリアンと戦い、クロエもフロラルスから移住した陽の本でグレタリアンに攻めて来られ、ジャックもアルフレッド王太子として頭痛の種だったグレタリアンを嫌って居て、3人とも嫌いなグレタリアンへ送り込んだ神か悪魔を呪いつつ、今世はプレイベートを愉しんで生きて行こうと3人で決めていた。
まあ、繊細だったジャックは童貞の侭で此の世界をドロップ・アップしちゃったけどな。
そして目の前に居る、此のフロラルスの元外務官だった胡散臭いシャルルってオッサンが、何を企んでいるかは知らんけど、面倒は勘弁して欲しいんだよな。
もう直ぐジョアンも返ってくる時期だし。
さっきの俺への説明も2か所程、誤魔化して居るしなー。
幾ら嫁のシルビアとイチャラブしたいってだけでも、兄が考えなしに俺の元へ送り込んでくるとも思えないし。
此れはアレだな。
フロラルスの事だし、ウィル案件だろう。
俺よりもフロラルスの内情に詳しいから、おっさんシャルルの対応も考えて呉れるだろう。
「それでシャルルは今後、どのように過ごされる心算なのですか?」
「はい、エイム公爵は如何も私が邪魔なようなので此の侭グレタリアンに帰る訳にも行かないので、暫くは北カメリアで過ごそうかと思っております。」
「そう、兄から何か注意事項を受けている?」
「ええ、グレタリアンと関わり合いは無いモノとし、北カメリアでは移民として過ごすようにと。」
「ふーん、でも北部はプロセンと縁が深いからシャルルも都合が悪いよね?」
「いいえ、大丈夫です。私の顔を知る者も居ませんし、名も変えて生きて行けますので。」
「まあ、今は何処も猫の手を借りたいほど人手不足だから、要領の良さそうなシャルルならソコソコ上手い具合に生きて行けそうだね。それと、くれぐれも兄の忠告は守った方が良いよ。」
「そんなそんな、ではジェリー、今日は私の為に時間を取って頂きありがとう御座いました。」
「ああ、まあ、気を付けて。」
「はい、ありがとうございました。では、失礼いたします。」
そう言うとシャルルは静かにウィングチェアーから立ち上がり、丁寧な礼をしてからクロードに誘われて、艶の或るオークの扉から優雅に出て行った。
俺は立ち去ったシャルルを見送った後、何時もの東側に置いてある臙脂色のベルベットを張ったアームチェーに歩いて行き、腰を降ろした。
そしてマホガニーのコンソールテーブルの上に置いてある銀色のシガレットケースから煙草を一本抓み、口に銜えて擦った燐寸で火を点けた。
俺は深く煙を吸い込んで、シャルルの胡散臭い容姿を煙と共に肺から吐き出した。
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アリロスト歴1916年 6月
期末試験を終え、俺はやっとデルラのロッジに戻り、ハスキーとグレーから手荒い前足連続殴打の挨拶を受けて、トマスに救い出されて真鍮の扉を開けて、懐かしい玄関ホールへと入った。
螺旋解散を駆け上がり2階の自室へ荷物を置き、早速マイケルの部屋へと向かった。
白い木製の扉をノックした後、マイケルの「お帰り」の声を聴いて俺は扉を開き中へと入った。
「ただいまー、マイケル。それとデイジー。」
「お帰り、ジョアン。」
「おかえりなさい。」
窓から差し込む光がマイケルの動いて揺れた金の髪をキラキラと輝かせた。
近くに居たデイジーが俺を見て愛くるしい笑みを浮かべている。
簡素なグレーのお仕着せがデイジーの明るい笑顔を際立たせていた。
あれ?
デイジーってこんなに可愛い女の子だったっけ?
「ジョアン、椅子に座ったら?如何したんだい?ぼーっとして。」
「あーいや、うん。有難う。」
「ベリージュースが有るので持って来ますね。マイケルとジョアンさんは炭酸で割りますか。」
「僕は氷だけで良いよ。」
「あっ、俺は炭酸を。」
「ふふ、はい。」
そう言うとデイジーは元気よく白い木製の扉を開いて外へと出て行った。
「どう?学校生活は順調?ジョアンは忙しいみたいだけど。」
「俺ってあんまり勉強が向いて無いのかなー。レポートや小テストの復習とかで時間が足りなく成って、土曜日に帰って来れなく成って御免な、ミック。」
「それは良いよ。僕も午前中は家庭教師が就くようになって、午後からは絵を描いたり、今は父が居る時に1階に降りて行って部屋へ戻る練習をしたりしていて、それなりに忙しくしていたからね。後は、暇な時に父が世の中の動きを教えてくれるようになったんだ。それが僕には、ちょっと嬉しい。」
そう言って、マイケルは俺から視線を外して、頬を僅かに赤らめて若草色の瞳に喜色を滲ませた。
うへーぇっ。
ウィリアムが話す「楽しい戦争講座」のレクチャーが嬉しいのか。
俺はムカムカして胃が悪くなるのに。
これが、ジェロームの言う感じ方は人それぞれって奴なのかもな。
その時『ガチャリ』と背後で扉の開く音がした。
俺は思わず振り返ると銀のトレイに氷の入った2つグラスにベリージュースと炭酸を入れた瓶を持ってデイジーがゆっくりと部屋へ入って来た。
俺は重そうにトレイを持つデイジーを見て立ち上げり急いで側まで行き、その銀色のトレイを持とうと両手を差し出すと、簡素なお仕着せのエプロンドレスの上から、柔らかな彼女の膨らみに触れてしまった。
「きゃーっ。」
悲鳴を上げたデイジーは反射的にトレイを落として、グラスや氷、そしてベリージュースがリノリウムの床へと落ちて散らばり、赤紫色の液体が広がって行った。
俺の心臓はバクバクと音を立てて脈打ち、思わず触れてしまった右の掌にまで心臓が移ってしまったように感じた。
おかしい。
女性の胸に触れるのは、これが初めてじゃないのに、此の激しい動悸と眩暈は何だろう。
雷に当たった事は無いけど、これってサンダー・ボルト・ショック??
「おいジョアン、鼻血、鼻血、、。!!」
そう言ってマイケルが俺に駆け寄り、コットンのタオルを俺に当てて、他の使用人を呼び、俺の手当てと部屋の掃除を言いつけるのだった。




