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ロングロング  作者: くろ
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アイル・ビー・バック




    アリロスト歴1916年 3月




 プロセン語で出されたレポートを仕上げる為に、図書館で借りたプロセン史の本を左手に持ち、俺は溜息を吐いて寮へ向かって100年前に建てられた(いか)めしく古い構内の通路をトボトボと歩いていた。

 トンと背中を誰かに叩かれて振り向くとプロセン語の講義で一緒のアーベル・ルイスだった。

 ルイスは、涼し気なアクアブルーの瞳に、ライトブラウンの短く柔らかい髪を右から分けてスッキリと左右にセットしていた。

 白く高いカラーを確りと首元で閉め、上質なグレーのウールジャケットとそれに合わせたベストとトラウザーで爽やかな表情をし、品の良くアーベル・ルイスは俺の前に立っていた。

 その爽やかなルイスの左腕にはビーバーで作ったオーバーコートが掛けられていた。



 「学校で溜息を吐くなんて、ジョアンに何か悩み?」

 「うん、まーね。でもルイスには関係ない悩みだから気にしないでよ。」

 「僕はジョアンの友人の心算だったから、その台詞は傷付くよ。」

 「ははっ、御免。いや、この調子だと夏休みまではデルラに帰れないと思ってさ。ルイスは優秀だろ?だから俺みたいに週末も勉強する必要が無いんだろうなと思っていただけなんだ。」

 「そうでも無いよ、ジョアン。僕も週末は寮で勉強している。卒業したらプロセンの大学院へ行きたいからね。でも毎週末ジョアンがデルラに帰るのは大変そうだったから、僕もその方が良いと思うよ。月曜日のジョアンは少し疲れて見える時もあったから。」

 「はは、そうかな。」



 俺が疲れて見えるその月曜日は、ジェロームから「楽しい戦争講座」のレクチャーを受けた翌日だからだ。

 そうルイスに俺は言いたかったが、プロセン連合王国にあるティンゲ大学院を目指している彼に、ジェロームのレクチャーしたポイズン塗れのプロセン国の話は流石に出来なかった。

 大体(だいたい)がジェロームとウィリアムの俺への話はヤバ過ぎて口に出せない事ばかりだし。


 俺と同期生であるルイスは、今でこそ気楽な口調で話してくれるけど、仲良く為って俺が年齢を告げると、ルイスは途端に緊張して丁寧に話し出すから参った。

 あの頃は俺が22歳でルイスが18歳だったから仕方ないけど。


 そんなルイスの家はハイオ州で蒸気自動車の部品工場を営んでいる。

 内戦の所為で比較的安全だったポスアードの親戚の屋敷に避難し、其の侭ポスアード大学へ入学したのだ。

 数学や化学が得意なルイスへ質問して俺は偶にルイスの化学のノートを写さして貰って居た。

 俺の場合は農学なので主に肥料としての化学を教えられているので、基本は同じでもルイスの講座とは可成り違うのだ。

 ルイスの得意な分析学って面倒臭いよな。

 借りていたノートの走り書きについて俺が尋ねると、落ち着いていたアクアブルーの瞳が輝いてルイスが考えている新たな素材を熱く語り説明してくれた。

 有難うルイス。

 でも俺には理解出来ないんだよ、御免なルイス、俺って馬鹿で。


 俺はルイスと(いか)めしい構内を抜けて、若い緑に彩られた楡や紅葉などの落葉樹が植えてある石畳を、まだ柔らかな春の日差しを浴び、将来について話しながら、歩調を緩めてゆっくりと寮へと戻っていった。







     ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




  アリロスト歴1916年 4月





 あれからパトはデルラからロンドへと戻り、天使レナードを説得し嫁のディオナと一緒に北カメリアの南部へと視察に来て、ロンドよりも酷い浮浪児の在り方に心を痛め、天使レナード御一行は南部へ移住する事を決めた。

 流石は呪われた男パト。

 もしや呪いが天使レナードに浄化され、祝福の男へとチェンジしたのか。

 天使レナードの為なら何でも成し遂げてしまえるパトに、勧めた俺も感心した。

 まあ銭ゲバ嫁のディオナの素晴らしい財力のお陰だけどな。

 天使レナードの熱烈なファンクラブは、パトを筆頭とし嫁のディオナも果敢に北カメリア南部で布教活動へと邁進していくのだろう。

 つってもパトはフーリー党議員だし、嫁のディオナは名前だけだけど資産家バクナン家の後継だしって事で国籍はグレタリアンの侭である。

 パトは教育担当相は辞任出来たのだけど、今の微妙な議員数割合でなんとか議会を廻していたグラスン首相に慰留され、議員を辞める事は出来なかった。



 そのフーリー党のグラスン首相は、ルドア帝国とトルゴン帝国の戦争には参戦したくない様だったけど、議会の下院上院の参戦決議を受けて渋々グレタリアン軍を派兵した。

 保護国を守るとか何とかいう理由をつけて。

 当然、ぬらりひょんデニドーア外務卿がモスニア帝国を巻き込んだのは言うまでも無い。


 その保護国つうのも以前はトルゴン帝国が併合していた王国や公国で、グレタリアン帝国が独立運動を唆し援助していた国々なんだから俺は呆れて言葉も出ない。

 昔、友人のジャックと話していたグレタリアンの自爆と言う奴だ。


 過去、ルドア帝国を南下させたくないのに、南に大きく広がっていたトルゴン帝国に或る諸国を独立させてゆき、トルゴン帝国の力を削いだ挙句にルドア帝国の南進を招いたと言う笑えない話。





  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




  アリロスト歴1916年 5月



 そして、参戦を嫌がっていたグラスン首相の恐れていた通りに5月に入り、「同盟国ルドアの為」とプロセン連合王国がトルゴンとグレタリアンとモスニアに宣戦布告し、隣国のポーラン国から入り、ルドアと共同戦線を張るようだ。

 そう淡々と右隣の席でウィルが語って、俺が丹精込めて作った煙草を当たり前のように口へと銜えて、マッチで火を点けた。


 「でも今回は珍しく議会の意見に僕は賛成だよ。ジェロームは不服みたいだけど。」

 「別に不服は無いさ。内海の航路をルドアに押えられたら東の海への航行権をルドアに握られるからな。俺が不満なのは、そんな分かり切ったことを忘れて、20数年前から時間を掛けてグレタリアンが、阿保みたいに同盟国だったトルゴン帝国を弱体化した事にさ。」

 「それこそグレタリアンは、小さくしてトルゴン帝国を呑み込む心算だったのかもよ?ジェローム。」

 「はっ、馬鹿々々しい。」

 「その計画を立てていた時は、此処までイラドと南カメリアに手こずる等と軍務や外務、外商相も思って居なかったんだろう。フロラルスとモスニアの19世紀の遺産だね。クックック。」


 ウィルは楽しそうに喉の奥で笑って、クロードの淹れた香ばしい珈琲を美味しそうに口にしていた。

 目尻の皴を深くして深緑の瞳を細め、人好きのする笑顔を作る此の忌々しい元盗賊ウィルは、基本的はフロラルスの為に動いている。

 今は兄と取引をして、兄の伝書鳩を遣っているけどな。

 俺もセインとクロエ、その周辺の人達以外は基本的に如何でも良いのだけど、今回の戦争は俺の息子や知り合いの縁者が多く出兵していた。

 流石にクロエの息子は若いから参戦しないけど、選挙権が得られる21歳~41歳までの男が徴募されている。

 ジョアンを北カメリアに逃がしていた兄はグッジョブだよ。


 「ウイルだって嫡男のセドリックが出征して居るんだろ。笑っている場合じゃないだろ?」

 「それはそうだが僕が悩み込んでも事態は好転しないだろ?僕はエイム公爵に依頼された居たグレッグ出版社の移転を手伝わないとね。一応はヨーク州へグレッグの面子を運び終えてはいるけど。」

 「ええー、もう来たのかー、早いなウィル。1月の終わりに俺が手紙を出して今は5月の初旬だよ。」

 「まあ、エイム公爵に言われて閉めて引っ越しの準備は終えていたからね。ふふっ、ジェロームは田舎に引っ込んでいるからロンドの目紛(めまぐ)るしいスピードを忘れたのかい?」

 「かもなー、ウィル。まっ、決して戻りたいとは思わないがね。」


 俺は銀色のシガレットケースから抜き取った煙草を口に銜えると、ウィルがシュっと音を立てマッチを擦り、右隣りから身体を寄せて俺が咥えた煙草の先端へと火を点けた。


 「北カメリアは如何するんだろう。北部と南部の同盟国が戦争を始めたし。」

 「ああ、どちらもヨーアン諸国の争いには関わらずに中立を守るらしいよ。まだ戦争に参加出来る程は北部の連合国も、南部の連盟国も国内が整っていないだろう。」

 「まあ、ウィルの話を聞く限りでは南部のアンソニー・デイビット総統も冷静そうな人でもあるしな。ヤング大統領も落ち着いた人だったし、もう暫くは北カメリアで戦争は無いな。今の内にジョアンには遣りたい事を見付けて呉れると良いんだけどな。」

 「おぅー、ジェロームが父親みたいな発言をしているよ。」

 「うっ煩いよ、ウィルは。」

 「ふふっ、ジェロームは探偵に成りたかったから探偵に成ったのかい?」

 「うーん、成り行きかね。でも、俺には合っていたと思うよ。軍人や司法関係者よりはな。」

 「じゃあ、それをヨークで遣って見ないか?デルラは良い場所だけど、ジェロームには長閑過ぎて退屈だろ。ヤング大統領もヤードのような組織化された機構を作り造りたいそうなんだ。」

 「ふーん、作れば?俺は俺で忙しい。例えば、今ウィルが吸っている俺の煙草作りとかな。」

 「ふふふ、悪いね。まあジェロームが作る此の煙草は格別だけどね。セインがデルラに来るのを待って居るんだろうけど、当分は難しいよ。戦場には出ないけど、傷痍兵の治療の助っ人としてセーラ病院で働いているみたいだし。何もせずに此の田舎で有能なジェロームを遊ばせているのは勿体ないって、僕は思うんだよ。セインが来れるって解るまでヨークで過ごして見ないか?」


 なんでウィルはこんなに熱心に俺をヨークへ誘うのか。

 、、、答えは簡単過ぎる。



 「なー、ウィルも俺と一緒にヨークへ来るのか?」

 「いやぁー、それは無理だろ。マイケルの事が心配だから僕はデルラで滞在させて貰うよ。此処ならエイム公爵からの電信も本邸で直ぐに解るからね。」

 「つうか、ウィルはジョアンと過ごしたいだけだろうが。でもって何時もジョアンの側にいる俺が邪魔なだけだよな?何が「有能なジェロームには」だっ!本当にウィルって、昔から遣り方が変わんないな。ウィルはその好きな相手を囲い込む癖を直せ。」


 あっ、ヤバいかも。

 ジャックを囲い込んでいた記憶はウィルに無いのだった。

 まあ、言ったモノは仕方ないか。

 適当に誤魔化そう。

 それにしてもウィルも芸がない。

 ジャックに貢いでいた白檀の香りをジョアンへ毎年誕生日にプレゼントするなんてさ。


 

 「な、何を言ってるんだジェロームは。僕にそんな気は全くないよ。息子の友人に変な感情を抱く訳はないだろ?僕はジェロームと違って、そう言う趣味は無いんだ。変な言い掛かりは止めて呉れよ。」

 「ふーん、なら良いんだ。流石にウィルが幾らイケ爺でも、60歳の相手を若いジョアンにさせるのは、俺も気が引けるからね。ふふっ。」

 「誰が爺だ、ジェローム。全く碌でもない事を言うね。ふぅー。」



 ウィルは大きく息を吐き出した後、ギラリと深緑の瞳を光らせて、此の数年ほど隠していた獰猛な眼差しで俺を捉えた。


 「ジェローム、冗談でもそんな事をジョアンの前で言ってみろっ!」

 「はいはい、悪かったよ。ウィルはその殺気を抑えなよ。クロードが思わず構えただろ。クロード、新しい珈琲を淹れて来てくれ。」

 「、、、畏まりました。」

 「全くジェロームは飛んでもない。」

 「それはウィルに其の侭、返すよ。」

 「ふっ。」

 「ふん。」


 俺とウィルは互いに瞳を会わせて静かに微笑み合った。

 友人のジャックが消えても、ウィルの俺へのライバル心は、ジョアンが現れた事で又も再燃したのか。

 ホントさ、ウィルの好きな者に対する独占欲は、俺にはまじで面倒臭い。

 過去も現在もウイルはウィルで、獰猛な獣だったよ。



 アイ・ウィル・ビー・バック。

 アゲイン?

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