ブルージェイ
アリロスト歴1915年 12月
クリスマス休暇で俺はポスアード街からデルラにあるロッジへと戻った。
11月頃から多忙に成って此処ここ1ヶ月は帰宅出来なかったけど、12月に成りやっとロッジに戻ると庭で俺はハスキーの熱烈な前足連続殴打の歓迎を受け、その光景をグレーから嫉妬の目で見詰められ、トマスに出迎えられて逃げるように真鍮の扉から玄関ホールへと入っていった。
部屋に戻った後、明るくなったマイケルに帰宅の挨拶を済ませ、それから俺は螺旋階段で一階に降り、左の通路を歩いて艶の或るオークで造られた扉を開くと、懐かしカカオの香りが微かにした。
暖炉の近くに置かれた深い臙脂色のビロードが張られた安楽椅子に、厚手の青いガウンを羽織ったジェロームが深く腰を降ろして座り、俺をその美しく整った顔で出迎えてくれた。
「お帰りジョアン。ふふっハスキーの歓迎を受けたみたいだね。元気そうで何よりだ。」
「ただいま、ジェローム。ええ、とても手荒く。防寒用の皮のコートに足跡を確りと付けられました。それを見たグレーの目がちょっと怖かったですけど。」
「女の子に妬かれるとはジョアンも隅に置けないね。クロード、ジョアンに暖かい砂糖ミルクを。」
「あ、あのっ、出来れば俺も珈琲をっ!」
「ふっ。あはははっ、やっと言ったねジョアン。」
「えっ、?ええ?」
「実は苦手だっただろう?俺はジョアンが自分の口で砂糖ミルクを断るのを待って居たんだよ、ふふ。」
「そんな知って居たんですか?ジェロームは俺が砂糖ミルクを嫌がって居るの。」
「うん、まあね。毎回ジョアンが眉を顰めて本当に嫌そうに飲んで居たからね。」
「そ、そんなー。」
性格の悪いジェロームは無理して砂糖ミルクを飲んでた俺を見てきっと愉しんでいたに違いない。
ジェロームは優しい人だと思い始めていた俺の心はシュルシュルと萎んでいった。
其処にクロードが、ベージュ地に水色の猫を描いたマグカップに淹れた香ばしい薫りの珈琲を俺の前に或るテーブルへ静かに置いた。
ジェロームは俺に珈琲を勧め、自分でも濃紺と金の彩色を施した磁器のカップを右手に持ち、美味しそうに珈琲を飲んでいた。
そしてジェロームは俺に大学での生活の様子を尋ねたり、必要なモノの有無を訊いたりしてくれた。
その耳に馴染むジェロームの甘く低い声は、懐かしくて何処か温かで俺はホームに戻れたと実感し、安堵感にホッとした。
「やあ、帰って来たんだねジョアン。お帰り。」
「ウィル、コッソリとジョアンの背後に立つな、突然ウィルに声を掛けられてジョアンが驚いているだろうが。」
「ど、如何も、ただいま戻りましたウィリアム。」
ウィリアム・ベラルド伯爵は気が付いたら真横や後ろに居たりして時々俺を驚かせる。
どうやって歩いているのか俺には判らないけど音もなく近寄って来るのだ。
そして「ウィル」と呼ぶようにと俺に幾度も頼むけど、今の所は「ウィリアム」と呼び捨てにするのだけで精いっぱいだ。
幾ら何でも22歳の若造の俺が59歳のウィリアム・ベラルド伯爵を愛称呼びとか無理だ。
「そう言えばヨーク州やシルベニア州や他の破壊された州の再建が急ピッチで進められていたよ。蒸気の工作機械が有るから早いね。このアカディア州も西南の方は戦闘で可成り建物は破壊されていたけどポスアードの街は被害が無かったからジョアンも良かったな。」
「はい。ゴシック調の建築物は素晴らしいので壊されずに済んで良かったです。」
「まあポスアードの街並みはグレタリアン植民地時代に作られたモノだから緑の多いグレタリアンを歩いている気分に成るよな。しかし其れで内戦後なのに景気が良かったのか。」
「そうだな、工場や再建工事へ内戦前失業していた人間や新たに受け入れた移民達を全員を雇用しても人が足りない状態だからな。軽作業に女性を雇用しよう言う事に成ったらしいよ。」
「なし崩し的に連合国のベンジャミン・ヤング大統領が2期目も選ばれ続投でどうなる事かと思ったけど、北部の経済的には先ず先ずだね。景気が良いと国内も落ち着くから良いだろう。ジョアンを安心して大学へ通わせられるよ。」
「問題が在るとしたら北部に或る工場の多くがプロセンの資本が入って居る所かな。今はモリアーニも入って来ているけど。」
「外国資本なんて規制すればいいのに。」
「そこはホラ、自由党だから無理でしょう。経済には極力国の権力を加えないと言うのがモットーだからね。モリアーニは鉄道会社と電力会社へ投資したみたいだよ。」
「がっちり地味に稼ぐよな。兄が作った絶縁処理したケーブル会社でも大儲けしているのに。つう事は南部はグレタリアン企業か。」
「そうそう、工場も此方で作っている様だよ。北カメリアは資源も豊富だし自由に使える土地も有るからね。関税の問題も有るから途中までは南部の工場で作って、グレタリアンで商品を完成させるらしいよ。グレタリアンで労働組合を嫌がっていた資本家とかが南部で新たな生産販売ルートを作るかも知れない。」
「、、、はぁ。切ねー。」
「そう言えばジェローム、ルドア帝国がトルゴン帝国へ再度侵攻をしたよ。」
「ええー、前回トルゴン帝国に侵攻した時、首都と周辺地域と、グレタリアンとモスニアが保護国とした領土以外を殆どルドア帝国に割譲されたじゃん。此れ以上トルゴン帝国が領土を失ったら滅亡するぞ。宗教も全然違うのに如何する心算なんだ?」
「まあ、元々がルドア帝国は多民族国家だし。同盟国のプロセン連合王国が次々とヨーアン大陸で領土を広げているし、それに触発された軍や正教会そして特殊な枢密院が領土拡張を望んでいるんだろ。」
「つう事はルドアは東に進むつもりだよな、ウィル。」
「うん、で、プロセンは南下してフロラルス王国へ侵攻する心算だろ。その前に隣接した東南に或るオーリア帝国を平らげる心算かも知れないけどね。」
「ヤレヤレだよ、ウィル。プロセン連合王国はヨーアン大陸の中南部全域、ルドア帝国は北東部全域を手中に収める気なのか。」
「まあそう巧くは行かないよ、ジェローム。」
「まーね。そうだな、ウィル。」
ジェロームとウィリアムは、淡い金糸の胸元迄ある髪と艶やかな短い金色の髪を、大きなフロラルス窓から入って来る日差しに煌めかせ、ジェロームは整った顔の唇の右端を微かに上げ綺麗な笑みを浮かべ、ウィリアムは澄んだ深緑の瞳を細めて優し気な微笑を作っていた。
俺は知っている。
ジェロームとウィリアムがこういう作られた美しい笑みを浮かべる時は、大抵が碌でもない企みを考えている事を。
主に俺に対して。
その後、テーブルの上にヨーアン大陸の地図が開かれ、俺は2人からルドア帝国がトルゴン帝国へ侵攻していく意味を聞かれ、そしてトルゴン帝国を得た結果の利益等を質問されて、「楽しい戦争講座」の時は過ぎゆく。
デルラに来る前、軍人に成りたいと考えていた俺だけど、あの頃の自分を殴って遣りたい。
俺は将来、戦争と関わらない仕事に就くぞっ!
「楽しい戦争講座」を綺麗な笑顔で、ジェロームとウィリアムが俺に講義する度、そう固く誓うのだった。
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一階に或る談話室で俺は、マイケルとデイジーと執事見習いのロビンとメイドのマリン達と、明日の為にクリスマスツリーの飾り付けをしていた。
マイケルは其処だけ一足早く春が来たような若草色のカーディガンを羽織ってベージュのコーデュロイのトラウザーを穿き、細い首簿中程で切り揃えられた金の髪を左耳に掛けて、澄んだ若草色の瞳を楽しそうに輝かせて、クロードが持って来たモミの木にティンセルやガーランドを飾り付けていた。
俺もツリーの上の方へオーメンとを1つずつ付けていった。
実はツリーを飾り付けてクリスマスを迎えるのが俺には初めてで少しテンションが上がっている。
ミューレン爺とのクリスマスは、祈りを捧げてサマンサ夫人が作ったクリスマスプティングやターキーを共に食べるのが通例で、絵本に載っていたような事を俺も遣れるのが嬉しくてワクワクしていた。
ジェロームは、まあジェロームなのでクリスマスを祝ってはいない。
俺の誕生日を25日にしたも忘れ難いだろ?とジェロームは言って、25日にはミューレン爺の所へ高級菓子店『青い鳥』の宝石箱のようなチョコレートボックスと誕生日カードをプレゼントとしてセインが届けてくれていた。
俺がデルラに引っ越してきてからもジェロームとクリスマスを祝って居ない。
そう、クリスマスでは無くて俺の誕生日を祝って呉れるのだ。
午後からのクリスマス・パーティーには参加せず、ディナーが終わってジェロームの部屋に俺が顔を出すと「誕生日おめでとう」って祝って呉れるのだ。
そして銀の懐中時計に銀色の万年筆と銀のタイピンや銀のカフスを毎年1つずつジェロームから俺の誕生日プレゼントとして渡してうれた。
でもって俺からジェロームに誕生日プレゼントを贈ろうとすると、「俺からの賃金で無くてジョアンが自分で稼げるようになるまでは要らない」って言われるし。
未だ未だジェロームに誕生日プレゼントを俺が返せるように成るのは遠いなぁと思って、銀のティンセルをモミの小枝に飾り付けつつ、俺は小さく息を吐いた。
「もう飾る小枝が無くたったね、ジョアン。お疲れ。」
「ホントだ、ミックもお疲れ。ずっと立った侭だったけどミックは疲れてない?」
「うん、全然平気だよ。僕はこういうの初めてだから楽しくって。良い歳をして見っともないよね。」
「へぇー、ミックもなんだ。俺も初めてでテンションが上がったよ。後は焼き菓子が出来たら食べながら飾ろうよ。」
「ええ、お菓子はキャンディケインをもう一杯飾ってるよ?ジョアン。」
「でもミック、何となくお菓子は一杯の方がクリスマスっぽい気がしない?」
「でも父はそんなに食べないと思うし、僕もディナーを食べるならそんなに入らないし、ジェローム子爵は今年もクリスマスパーティーには参加しないのだろう?それなら菓子籠に入れた侭にして、何時もみたいに使用人の皆に持って帰って貰おうよ。」
「そうか、うん、そうするよ。そう言えば今年はデイジーも参加するんだよね。」
「「はい」、「うん」」
「そうんなデイジーとミックが同時に返事しなくても。」
「ふふ、タイミングが合ってしまったな。デイジーは父の知人から預かったお嬢さんだから、ディナーに呼びなさいって言われたんだ。」
「す、済みません、お気を遣わせて。あのお邪魔でしたら私は、、、。」
「ううん、邪魔じゃなよ。なっ?ミック。」
「んー、うん、ジョアンも良いみたいだしデイジーも気にせず参加してよ。それに此処は僕の屋敷じゃないしね。」
「はぁー、ミックは。言い方を考えろよ。でもホントに参加してよ、デイジー。何時も俺とミックとウィリアム・ベラルド伯爵の3人での食事会だったから、人数が増えてくれるのは俺も嬉しいよ。」
「は、はい。有難う御座います、ジョアン様。」
「あのー、様は止めてよ。俺って、ただの庶民だから様付けで呼ばれると首筋がムズムズ痒く成るんだ。でもベラルド伯爵の知人て言うと若しかしてデイジーも貴族なの?」
「いえ、いえ。」
「もうジョアンは。貴族の娘が雑用とかする訳が無いだろ?」
「はい、ベラルド伯爵は家の店に良く来てくださる常連なのです。」
「デイジー勤めているのは嫁入り修行の一環だそうだよ。」
「はぁ、女の人は大変だね。でもミックなら無理とかは言わないだろうから勤めやすいと思うよ。って言っても貴族で知ってるのってミックとベラルド伯爵とエイム公爵とジェローム位だけどね。」
「ふうっ、エイム公爵を知ってるってだけで凄いよ。でもまあ此処のメイドに教わるなら良い勉強に成るかもね。ベラルド本邸の使用人よりレベルが高いから。」
「へぇ、違うモノなんだね。」
「僕は出歩け無いから此処と家しか知らないけどね。父から聞いた話だと、グレタリアンでは随分と前から雇用契約って言う形で使用人を雇う事が定着しているから、他のヨーアン諸国より主人と使用人の関係はドライらしい。だからこの屋敷の使用人たちのように、主人の気持ちを察して動くって人は少ないし、貴重なんだよ。流石はエイム公爵家って思ったよ。」
まー、あのエイム公爵を前にしたら大抵の人はイエス・マンに変えられるだろうなと俺は思った。
俺とマイケルとでエイム公爵の再婚話で盛り上がって居ると、デイジーが晩餐前の着替えに席を立った。
俺とマイケルは顔を見合わせて、「着替えなくても良いよね。」っと互いにラフな日常スタイルを確認し、頷き合って此の侭で晩餐室へ行くことにした。
「そうだ。ジョアンに渡そうと思って居たんだ。前に自分のお金が稼げるようになる迄はプレゼントの遣り取りしないって言ってただろ。此れは買った訳じゃ無いから貰ってよ。」
マイケルがそう言って持って来ていた本を開いて、俺に1枚の栞を渡して呉れた。
それは青く塗った固い厚紙に金色で輪郭を取り描かれた美しいブルージェイと言う鳥の絵だった。
実際のブルージェイは、樹々の緑に停まると鮮やかな青さで目を引く鳥なのだが、俺はまだ一度しか見た事が無い鳥だった。
その艶やかな青さが印象的でブルージェイを見た後、その興奮をマイケルに伝えた事が在ったのだ。
その栞の鮮やかな青さはあのブルージェイを見た時の感動を其の侭に呼び起こした。
こんな素敵なプレゼントを貰って俺はなんとマイケルに言えば良いのだろうか。
「お誕生日おめでとうジョアン。僕と出会ってくれてありがとう。」
「、、、俺の方こそ有難う。嬉しくて、、、なんて言って良いのか。本当に有難うミック。一生の宝物にするよ。」
「ふふ、ジョアンは大袈裟だよ。気に入って呉れたなら、また作るよ。そんなに手間は掛からないしね。」
「でも、やっぱり俺の宝物だよ。有難うミック。」
「うん、どういたしまして。父がジョアンに誕生日プレゼントを渡すのを見ていて、僕もずっと渡して祝いたかったんだ。丁度、僕の部屋から見える樫の木に留まって居たんだ。それで慌ててスケッチしたんだよ。本当に綺麗な青だったからジョアンが感動したのも分ったよ。」
「へへへ、良かった。ミックにもブルージェイの青を見て貰えて。」
俺はマイケルに断りを入れて、一度自分の部屋に戻り、その青い栞を机の奥へ仕舞って在った宝箱へと入れた。
俺はその幸せな気持ちの侭、クリスマスの晩餐会をマイケルとウィリアムとデイジーと4人で和やかに過ごした。




