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ロングロング  作者: くろ
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野良猫、拾い主と再会ス



 実は俺の事って余り書く事は無かったりする。

 俺の気儘な拾い主ジェロームの気儘で優雅っぽいお話である。







 俺の拾い主、事ジェロームは1905年に1度俺の人生からフェイドアウトして、6年後の1911年に俺が北カメリアのアカディア州デルラにある彼の屋敷へ鬼のエイム公爵とセイン・ワート博士の手紙を持って行った時から始まる。







   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


   アリロスト歴1911年   7月




 俺は1904年、チェスタの駅でジェロームから暴力的にロンドのブレード通り112Bへと連れ去られ、否応なく砂糖を山ほど摂取させられる日々を送って居たら、唐突に拾い主のジェロームが北カメリアへ行く事が決まり、何時の間にか俺はミューレン爺の煙草屋へ引き取られ育てられた。

 余りジェロームとの生活の記憶が俺には無い。

 タダ綺麗で強くておっかないと言う刷り込みが行われたのだと俺は15歳くらいで気が付いた。

 その後フォック・プレイベート・スクールで13歳から17歳まで過ごし、卒業したので士官学校へ志願して自活を目指そうとしたら、エイム公爵から呼び出しを受け、北カメリアへ行けと命じられ今アカディアに居る。


 夏なのに涼しいジェロームの新居は駅から馬車で約1時間も掛かる田舎で、広い森林の隣を走る道を抜け、開けた牧場の傍の木で造られた囲いの中に、北カメリア特有の白いコロニアル・スタイル建築の大きな屋敷があった。

 土地が広大な所為なのか北カメリアの建築物も森も田園も疲れる位に大きい。

 デッカイ犬と従者のクロードに出迎えられて屋敷に入ろうとすると、「コッチだ」と言われて広い庭を奥へ進むとロッジのような別の建物があり、鈍色の真鍮の扉を開いて入って行くと玄関ホール。

 そこから左の通路を通り、オークの扉を開くと20畳ほどの部屋に、書棚やチェスト、テーブルや椅子を並べ、東側に大きな暖炉が在り、その傍で広い寝椅子に、だらしなく寝転んだ見栄えだけで言えば、飛び切り綺麗な細身で小柄な男性が居た。


 俺の拾い主ジェロームだ。

 44歳位って聞いてたけど俺より少し年上にしか見えない。



 「お久しぶりです、ジェローム子爵。ジョアンです。」

 「おー、マジでジョアンが来たー。つうかジェロームで良いって言ってるだろ。3回以上は言ってるんだから、いい加減に覚えてよ。」

 「は、はい、済みません。あのー、エイム公爵とワート博士から手紙を預って参りました。此れです。」


 そう言って俺は何時の間にか背後に立っていた従者のクロードに二通の封書を渡した。

 銀の小さなトレイに封書を乗せ、ペーパーナイフと共にジェロームが座る近くのテーブルへと置いた。

 わっ、クロードって何時の間にペーパーナイフを持って居たんだ?

 器用な手つきでジェロームはサクサクと二通の封書を開封し、手紙に目を通し始めた。

 淡い金糸の髪を左肩で緩く捻じって纏め、赤と黒の糸で編み込んだ不思議な紐で結び、相変わらず綺麗に整っているその表情を変えずに、手紙を読み進めていた。

 こういう所は兄のエイム公爵ソックリだ。

 流石は兄弟である。

 60を過ぎたエイム公爵は淡い金糸の髪に白髪が混じり始めたけど、相変わらずビリビリする覇気で、出来れば余り会いたくない相手だけど、俺をミューレン爺に紹介してくれた人で、オマケに学校へ一杯寄付金を入れて呉れる人なので、シーズン中はタウンハウスへ挨拶へと伺っている。


 「へぇー、兄の手紙に書いてるけど、ジョアンは軍学校へ入る心算なの?」

 「はい、軍なら医療もお金を払わなくて学べるそうですし、他にも学べる事が多いそうなので。」

 「学費は送って在ったのにジョアンは大学へ行けば良かったじゃん。軍なんかに入ったら直ぐ死ぬよ。つうか志願兵とか止めなよ、折角、珍しく俺が野良猫を助けてやったのに。」

 「いやーでも、俺も成人したし、ミューレン爺やエイム公爵に恩返しも考えないと。」

 「恩なんて返さなくて良いよ。全くさー、うん?おう、そうだ、ジョアンに恩を返して貰おう。今日から俺のペイジボーイな。クロード、ジョアンの部屋を用意して。」

 「はい。」

 「あ、あの俺は此の侭、ジェロームから返事を貰ったらロンドへ帰ろうと。」

 「うん?恩返しをするんだろ?頑張ってよ、ジョアン。」

 「え、えーとペイジボーイって何をすれば?」

 「そうだね、先ずはセインの話を聞かせてよ。今年のバカンスもセインは来れなかったから。」

 

 「えーと、ワート博士は、、、。」

 「うーん、ワートって姓を呼ぶのは、ジャックだけにしたいな。ああ、ジャックって俺の友人なんだけどね。だからジョアンもセインと呼ぶ事。本人が居ないから呼びやすいだろ?」

 「え、と、今セインは医院と依頼されているセーラ病院で診察を手伝い、そして従軍する軍医見習の人に衛生管理や処置の仕方を教えていて。それにオリビア嬢のパーティーへの付き合いもしなくては成らなくて。後はヒース議員の通訳というか医療を余り知らない人への説明会にも参加しないと駄目なようです。首相からの議員に成る推薦は断って居ました。議員に成る気は無いそうです。」


 「ふうっ、セインてば、少し忙しく成っただけだとしか書いて無いけど、今年来れなかったって事は、矢張り大変だったんじゃん。はぁー、デバーレイ首相も大変だろうけど、此れ以上俺のセインに負担を掛けないで欲しいよ。でもどの道、来年はフーリー党が勝ちそうだモノなー。やっぱり自由化は止められないか。そうだジョアン、ロンドで選挙権獲得の運動は活発?」

 「ええ、労働組合が出来て、立候補者も用意していました。来年はスターリバールやチェスタで議席を取りそうだと新聞に載っていましたよ。」

 「そっかー。俺ってこっちに居る時はグレタリアンの新聞は偶にしか読まないからなー。ジョアンが船を降りたポスアードの街だとグレタリアンの新聞も気楽に入手出来るんだけどさ。難点はポスアードは蒸気自動車に乗っている人間が多いんだよ。俺は馬か馬車が良いからなー。」

 「そうなんですか。ロンドでは馬車の数が減りましたよ。乗車中は大変だけど、地下鉄だと安いし早いから庶民は地下鉄に乗りますからね。でも北カメリアは、街で蒸気自動車を走らせても良いんですね。グレタリアンは市街地へ蒸気自動車の乗り入れが禁止されてるから。」

 「ヤダヤダ。蒸気自動車も嫌だけど地下鉄も嫌だ。俺はロンドには帰らないぞ。しかしオリビアか、もう23歳に成るな。あんまり選り好みしていると直ぐに婚姻適齢期過ぎるけど、って、結婚してない俺が言っても駄目だな。」

 「思うんですけどセインの周りって色男が多過ぎる気がするんですよ。ルスラン氏にパトリック議員、ウィリアム伯爵、それにエイム公爵やジェローム。オリビア嬢の目が肥えて来ると思うんですよね。後はブレード地区の住人も何と無く美形が多い気がします。」


 「ブレード地区はうーん、兄の趣味だな。まあ甘々な父親のセインが居るから、オリビアも焦らなくて良いけどさ。おう、ジョアンを立たせた侭だった。その向かいのアームチェアーに座ってよ。」


 俺はジェロームに言われた通りにテーブルを挟んだ手前の席へと座った。

 おー、ジェロームってこんなに話す人だったんだ。

 問答無用で蹴られるイメージしか残っていないや。


 「ロンドと比べてこっちは冷えるだろうジョアン。」

 「はい、この時期に肌寒くて吃驚しました。」

 「空気は綺麗で美味しいんだけどあ。あっ、クロード、ジョアンに砂糖をタップリ入れたホットミルクを入れて遣って。クッキーにジャムポットも持って来て。」

 「はい。」

 「ジョアンは好きだったよネ、砂糖ミルク。」

 「えっ、あ、は、はい。」


 ジェロームにジッと見詰めらると少年の頃の癖で、俺は本当の事が言えなくなる。

 俺、其処まで砂糖ミルクが好きな訳じゃないのに。

 ジェロームは忘れているんだ、きっと。

 自分が飲めと命じて俺に砂糖ミルクを与え続けていた事を。


 綺麗な白い指を動かして銀色のシガーケースから煙草を取り出し、薄く整った唇に銜えてマッチで火を点け煙を吸い込み、テーブルに置いた手紙を取りもう一度読み始めた。


 「うん、ジョアンやっぱり軍に志願するのは止めた方が良いよ。どうせジョアンの事だから何もせずに軍学校へ行く気だろ。今からだと下手すると来年には参戦させられる。オーリアとモスニアと組んでプロセンとルドアと戦うなんて死にに行くようなモノだ。」

 「しかしプロセンに攻められて危ないバンエル王国は王妃様の国ですよね?俺が参戦しても非力だけど、其処で助けに行くのはグレタリアン民として当然だと思います。」

 「はぁ、ジョアンは誰にそんな教育されたのだろうね。良いかいジョアン、コレって基本は内戦つうか革命なんだよバンエル王国のさ。其処へプロセンが入り込みバンエル王国を取り込もうとしているだけ。其処で取り込まれるとオーリア帝国の弱体化が更に進むのでプロセンと戦う事に決め、モスニアに協力を要請してる状態。ルドアも参戦しそうだからグレタリアンも参戦する心算(つもり)なだけ。バンエル王国の為でもグレタリアンの王妃の為でも無いから。」


 「でも、グレタリアンも戦うのは一緒ですよね?俺もロンドへ戻ったら、友達と陸軍学校で半年ほど学んで志願する心算で。」

 「教師か友達にジョアンは何か言われたんだろ?全く仕方のない野良猫め。」



 ブツブツと俺に「下らない」ってジェロームは文句を言う。

 だけど俺に取っては大切な事なんだ。

 俺って11歳迄の記憶が無い。

 年もジェロームに聞かれた時に『11ペンス』って、書かれた値札を見て答えただけで、正直年も判んない。

 寄宿学校で同室の人間から俺はグレタリアン人では無くてルドア人だと言われて、それから寄宿学校ではルーニーって呼ばれる様になった。

 虐められたりはしないけど、どっかで侮蔑の響きを感じる事も在る。

 でもルドア人て言われても俺にルドアの記憶も無いし、ミューレン爺や下宿112Bの皆やセイン一家もブレード地区の皆は良くしてくれる。

 俺も皆が好きだし、ルスランは好きな物を一杯作ってそれを俺の記憶にすれば良いって教えて呉れていたから、俺の心の中では何時の間にか俺はグレタリアンの人間に成っていたんだ。

 でも寄宿学校ではルドア人て言われる。

 如何したら良いのかと先生に尋ねたら、外国人でも軍人に成りグレタリアンの為に働けば認めて呉れると言うわれた。

 他国の人間でも軍人として認められ、今はグレタリアン貴族に成った人も居ると教えて呉れた。


 ジェロームに恩返しをしたいって言うのは本当だけど、記憶の無い俺はハッキリとした自分を作りたいんだ。

 皆に認められるって言うよりは、ミューレン爺やルスランに認めて貰いたいんだよね。

 ジェロームには余り期待して居ない。

 『くだらん』

 って、終わらさせるのが俺にも判るし。

 拾い主であり恩人でもあるジェロームは取っ付き難くて、俺は苦手だったりもする。

 やっぱり初対面で急所突きと鉄拳制裁の所為かな、此れって。


 俺はクロードが淹れてくれたジャリジャリと舌に砂糖を感じながら、甘過ぎるホットミルクをチビチビと舐める様に、クリーム色地に水色の猫が描かれたマグカップから飲んで居た。


 「でも、まっ、ジョアンは俺のペイジ・ボーイに成ったから軍学校へは通えないけどな。ふふん。しかし野良猫の癖にでっかく成りやがって生意気。今は身長が何cmあるの?」

 「えーと177㎝です。もう少しで180です。」

 「くそっ、昔は俺よりも小さかったのに。でもってジョアンはフツーに見られる容姿しているから、恋人とかは出来た?」

 「そ、そう言うのは居ません。」

 「ええー、だらしない、でも丁度良かったよ。恋人が居たら離れ離れにさせるのは可哀想だもんな。此れで俺も心置きなくジョアンに此のアカディアで暮らして貰える。でもさ、あのチッコイジョアンの背がそれだけ伸びったって事は、砂糖ミルクの効き目があったのか。うぐっ、俺も飲んで居れば良かった。ミルクは飲んでたんだけどな。」


 うーん。

 砂糖ミルクのお陰なのかな?

 でも拾われて1年後ミューレン爺に引き取られてからは砂糖ミルクは飲んでないんだよな。

 ジェローム探偵事務所で甘過ぎる砂糖ミルクを飲まされるのが苦痛に成ってたから、ミューレン爺の食卓で砂糖ミルクを出され無くてホッとしたのを俺は想い出した。


 その後、珈琲を飲み乍ら俺に寄宿学校での生活を聞いたりして、俺は同級生の寮弟(ブラザー)に成っていることを告げると何故かジェロームは大受けしていた。

 3年前までは俺の方が背が低かったから弟に成っただけなのに。


 サッパリ大受けする意味が分からない。

 

 やがてクロードが俺の部屋の準備が整ったと言って迎えに来たので、たっぷりとマグカップに残した砂糖ミルクを置いて、急いで後ろを就いて行った。




 「ジョアン、何をしてもしなくてもジョアンはジョアンだからな、無理するな。」



 部屋から出ようとした時に、俺の背中へジェロームの耳に馴染む甘く低い声が追い掛けて来た。

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