◯・魔術の洗礼
翌朝、目が覚めるとラリッサは既に朝食の準備をしてくれていたようだった。テーブルにはパンや目玉焼きなどが並んでいる。
コップに水を入れてくれたのだがコップを見ると魔法の練習がしたくてウズウズしてしまう。
そっと手を添えて意識を集中すると、コズミンが鳴いたので俺は我に返った。
危ない危ない、これは朝食の後にしよう。食卓で練習する癖がついてはいけない。
視線を感じ、顔を上げるとラリッサがジト目でこちらを見ている。
「そんなに焦らなくても魔法は逃げませんよ」
バレたか! 反論の余地無し。俺は黙って朝食を食べることにした。
食事が終わった後、早速魔法の特訓をしてもらうべく今日は首都ヴァリアセントから出てすぐのところにある空き地にやってきた。ここなら誰にも迷惑かけないだろう。
魔法も剣術も四級から一級までは初歩中の初歩であり、初段からが本番らしい。ちなみに最高位は九段でラリッサは剣術二段、魔術四段の実力だ。剣術が発展しているラプリアセントで魔術四段を持っている者は数少ないという。ラリッサは凄いなと思った。
特訓が始まった。まずは魔力の流れを感じることが大切らしい。
目を閉じてゆっくりと深呼吸して瞑想をするのだというのだが、やはり直ぐには感じ取れないものだ。
剣術でいうと素振りをしているような状態なのだろうか? 何度も繰り返しているうちに少しずつ魔力の流れを操れるようになってきた。
「ルギーさん、そろそろ火の粉や氷の粒を出してみて下さい」
言われた通りにやってみる。火の粉をイメージすると手のひらの上に小さな火球が現れ、氷の粒を出すと目の前に氷の結晶が落ちた。
「おお!」
成功だ。これは楽しいなと思った俺はそれから何度も繰り返したのだが段々と疲れてきたので休憩することにした。ラリッサは感心したような目でこちらを見ている。
「すごいですね! もうここまで出来るなんて。二級相当だと思います」
彼女の言葉を聞いた俺は俄然やる気が出てきたのだが、いいところで疲れてしまってもどかしい。
休憩を終えると今度は水の球を手のひらに出現させる練習だ。これは昨日のコップの水をイメージして何度も繰り返した。
するとうまくいったのか、拳程度の大きさの水球が現れた。コズミンが肩で小躍りして喜んでいる。
「本当に飲み込みが早いですね。まるでティケウルフの子供のような吸収力です!」
「ティケウルフ?」
「はい! ティケウルフは白くて美しい狼さんなんですよ〜〜。小さい頃から魔法の練習をして」
「またラリッサさんが話始めちゃいましたねコズミン」
「あっ、すみません! つい夢中になってしまって。その狼さんはですね……」
(いや続けるんかい)
その後、ラリッサがティケウルフの幼少期について語り始めた中、俺は練習をしていたのだがイメージが邪魔され、頭の中が無邪気に遊ぶ狼だらけになってしまったので慌てて話を遮る。
「あ、狼の幼少期の話は大丈夫です!」
俺の言葉にラリッサの動きが一瞬止まった。
「はい、では青年期の話をしますね」
そう言うと彼女はまた語り始めた。違う、そうじゃない。
止まらなさそうにないので雑に相槌を打ちながら練習を続けた。
休憩を挟みつつ昼食の時間まで練習を続けた結果、指から電撃を放つことが出来るようになった。コズミンはというと小さい羽で必死に羽ばたいておりコズミンなりに自主トレーニングを行っているようだ。
「もう戦闘用の攻撃魔術の域まで達していますね!」
ラリッサは目をキラキラさせながら喜んでいる。俺は照れ臭くなって頬を掻いた。
「ありがとうございます。でもまだ火や水は攻撃に程遠いですが」
「なるほど〜。ルギーさんはどうやら雷の扱いに長けているようですね。長所をさらに伸ばすのが良いと思いますよ」
「そうですか。ではもう少し練習してみます」
「その意気です! でもそろそろ昼食にしましょう。続きはまた午後に」
その後家に戻った俺達は昼食を食べることにした。今日のメニューは野菜のスープとパンだ。一口食べたがとても美味しい。
「ルギーさん、魔力の上限も増えた頃だと思うのでそろそろ魔力供給石を装着するといいかもですね」
俺は迷宮で手に入れた水色の魔力供給石を取り出した。
「でも装着には再建者など特別な存在の力を借りる必要があるのですよね?」
「ええ。ルギーさんは既に一級相当の力を持っていますので、魔力供給石を身につけても大丈夫でしょう。陛下も再建者ですがそのような雑務には応じない方ですので、自然神トリスリフ様の所へ行きましょう。彼女は王国の東側にある山々を管理している再建者です。とっても優しい女神様なんですよ」
自然神トリスリフ。彼女もまた、ヘルドロスのように強大な力を秘めているのだろうな。俺は期待に胸を膨らませながら登山に備えこの日は休むことにした。
翌日、気分の悪さに驚いた。吐きそうである。
朝食の準備をしていたラリッサに聞いてみると、「魔力を使い過ぎると寝ている間に急速に回復するのですが最初は気持ち悪くなったり身体が重くなるんですよ。今日は安静にしておいた方が良さそうですね」と言われた。
一日中家で休ませてもらうのも悪い気がするが、ヘルドロスに勝利した男が吐きましたなんて大恥をかくのも嫌だな。
「今日は山登りの準備をして明日から登山に行きましょう」
と言い残し、彼女は家を出た。
いくら王国が平和だとはいえラリッサは騎士なのだ。何日もサボるわけにはいかないのだろう。
そう言えば俺も一応騎士の端くれだった事を思い出し、慌ててラリッサの後を追った。
「ルギーさん、どうしたんですか?」
「いえ、自分も一応騎士の端くれなので。身体が重いくらいで休めませんよ」
「そうでしたね。では端くれさん、一緒に頑張りましょうね!」
あ、端くれは否定してくれないんだね。了解です。
道中、鍛冶屋のルドーにも挨拶して騎士団に到着した。
騎士団に入ると緑鱗軍団長シラーが赤鱗軍団長セシナードと立ち話しており、俺達に気付いたシラーが声をかけてきた。
「ルギー君にラリッサか。調子はどうだ」
「順調です! 明日にもルギーさんを自然神トリスリフ様の所へお連れしようかと思いまして」
「そうか、気をつけてな。そうだラリッサ。ちょっと手伝って欲しいことがあったんだ」
ラリッサは数名の団員と共に別室へと向かった。俺は邪魔になると悪いので騎士団を見て回ろうかと思っていると緑鱗軍団長セシナードが話しかけてきた。
「ルギーさん、妹と仲良くしてくれてありがとうございます。面倒見はいいんだけどちょっと変わった性格をしていてね。迷惑をかけていなければいいんですが」
「そ、そうなんですね。いや、こちらこそお世話になっていますので」
と、俺が返すとセシナードは何か思い出したように言った。
「あ、失礼。私はこれから騎士団の会議に出席しなければならないから失礼するよ」
セシナードは足早に去っていった。
人がいなくなり静まり返った騎士団は少し寂しい。とりあえず、うろうろすることにした。立入禁止の場所はないとは思うが一応見張りが立っている部屋に近付くのはやめておこう。
「君、もしかしてルギーか?」
後ろから声をかけられたので振り返ると赤い鎧を着た騎士が二人立っていた。一人は四十代くらいの男で鋭い眉をしたいかにも強そうな見た目をしている。
もう一人は緑色の目をした二十代くらいの男で知的で繊細そうな印象を受けた。
「おはようございます。はい、ルギーという者ですが」
「やはりか」
二人は顔を見合わせると小さく頷いた。そして四十代くらいの男が握手を求めてきたので応じることにした。
「私はラインヴァディム。赤鱗軍の副団長を陛下より拝命している。こっちは従卒のハインツ君だ」
「宜しくお願い致します。私はハインツ・ロードネブナンドです」
二人が自己紹介をしてくれたので俺も返すことにした。
「ルギー・ドライリアムズと言います。転移者です」
俺がそう答えると二人の顔が一瞬で引き締まった。
「噂通り、転移者だったか」
「陛下に打ち勝った転移者。これは心強いですねラインヴァディム様」
二人が口々にそう言ったので俺は困惑したがどうやら転移者の事はみんな知っているようだ。
「今日は何かお探しですか?」
ハインツが聞いてきたので俺は答える。
「そうですね、特にやることが無いのでぶらぶらしていたところです」
「ほほう、徘徊騎士か。私らも似たようなものだがね。暇なら話でもどうかな?」
ラインヴァディムにそう言われた俺は断る理由もなかったので了承した。三人で騎士団にあるテラスに向かうとハインツが紅茶を入れてくれた。
「どうぞ」
ハインツが紅茶をテーブルに置いたので俺はお礼を言ってからお茶を飲んだ。
「ルギー、君の特殊能力についてだが、君ならこの世界を救えるかもしれないな」
「一体どういう事ですか?」
俺が聞くと彼は神妙な顔で話し始める。
「今は安定しているように見えるが近い将来、再び戦争が起こる。他国に住まう再建者や帝国、ゴルデの軍隊などが攻めてくるだろう。もちろん犠牲となるのは一般人だ」
ラインヴァディムの言葉にハインツも続けた。
「ルギーさん、貴方はこの世界の真実を知りたいですか?」
俺は戸惑いつつも首を縦に振った。
「教えてください」
「そうだな…………まずは君が信用に値する人間か見極めたい。先に私の質問に答えてくれ」
「分かりました」
俺の返事にラインヴァディムは続けた。
「ヘルドロスを破ったその力を君は完全にコントロール出来ているのか?」
全てコズミンによるものだが、どうやら俺の力と勘違いしているらしい。
「いいえ。自分でもまだよく分かっていません」
「ではまだその時ではないということだな。ルギー、君にはもう少しこの世界に順応してもらう必要がありそうだ。それは君の為だけではない。この世界が助かる可能性を上げる為にもだ」
「そのつもりです。魔力供給石も装着したいと考えています」
「そうか、では魔力供給石の装着を急いでくれ。君は自然神トリスリフの所へ行くのだろう?」
「はい、明日にでも出発します」
全ての質問に答えると、ラインヴァディムは頷いて言った。
「魔力供給石を装着し、魔術と剣術の腕を磨いて一流の騎士になったらもう一度ここを訪ねて欲しい。私は午前中、大体テラスにいる」
彼らは紅茶を一気に飲み干し、去っていった。
「ピィ〜」
先程の真面目な空気に緊張していたのかコズミンがすり寄ってきた。
「ああ、コズミンもお疲れ様」
「ピィ!」
頭を撫でると嬉しそうにしている。ヘルドロスに勝てたのはコズミンの力によるものだ。俺も力をつけないといけない。
それから間もなくしてシラー団長が戻ってきた。
「待たせてすまなかったなルギー。入団させたはいいが君を騎士団の即戦力として使うのはやや不安が残る。いくら才能があっても基礎が出来ていないのではな」
「はい。仰る通りです」
(ストレートに言うなぁ)
「そこでだ、君にはヴァリアセント魔術剣術学院に入学して貰うことにした。その名の通り剣術、魔術を教える場所だ。ヴァリアセント王国で唯一の学校であり、貴族の子女から庶民まで幅広い階層の者が在籍している」
「構いませんけどいつからですか?」
「来週からだ。寮にも入れるから丁度良いだろう」
それからシラー団長に学院について色々説明を受けた。学院に入学する前にある程度魔術と剣術を学んでおく必要があり、入学試験でその力を試されるらしい。
「君はもうすでに攻撃魔法を扱えるようだな? だったら魔術の方は問題ない。明日、魔力供給石を装着したらセシナードから剣術を教わるといい」
「分かりました」
「ピィ」
俺が頷くとシラー団長も納得して帰っていき、交代にセシナードとラリッサが戻ってきた。
「あれ? ルギーさんどうしたんですか?」
「ええとですね」
先程の事を話すと彼女は「シラー団長ったらせっかちですね」と笑っていた。
「丁度学びたいと思っていたので願ってもない機会です」
「お兄様、腕がなりますね」
「そうだね。あ、シラーさんから聞いているとは思いますが入学試験まで剣術は私が教えますね。魔術はラリッサから教わってください」
「はい」
「まずは剣術に関してですが、剣術は魔術と違いスキルに頼りすぎないことが重要です。あくまでも剣の技術を向上させて戦うという事を忘れずに」
「分かりました」
「とりあえず体力と筋力をつけましょう。これから毎日走り込みから始めますので頑張って下さいね。手は抜きませんので」
「はい!」
相槌を打つのがやっとだった。
セシナードさんって優しそうな雰囲気の割に剣術になると人が変わるようだ。でも楽しみだな。