◯・絶景
魔法と魔術は同じ意味で使えるようですが語呂が違うので使い分けています。魔術と言ったほうがすごみがある
「ピィ! ピィーー!!」
翌日、コズミンの元気な声で俺は目を覚ますとぼんやりと天井を見つめた。そうか、昨日からこの家で暮らす事になったんだと思い出しベッドから起き上がると着替えを済ませた。
昨夜は疲れすぎて家の探索も満足に出来ていなかった。もし知らない人や魔物が隠れていたら……というのは冗談だが安心して過ごすためにも各部屋をチェックしておきたい。
一通り見て回ったがうん、無駄な広さだ。生活感もまるでなくこの家はしばらく使われていなかったのだろう。
庭に出てみると綺麗な芝生に手入れされた花壇もある。もしかしたらラリッサが世話をしているのかもしれない。少なくとも植物の魔物ではないようだ。
ホッと胸を撫で下ろすと家の中からコズミンが興奮気味で鳴く声がした。
慌てて戻るとコズミンが大きなイチゴを持って俺のところへ飛んできた。
「ピィ! ピィーー!!」
甘い良い香りがイチゴだ。爆発はしなさそうだが食べていいのだろうか?
そんな事を思っていると、ふと窓の方から視線を感じたので顔を振る。
そこには青い目をしたドラゴンがいて、こちらを見ていた。
「あれは……」
俺がそう呟くとドラゴンはフレームアウトした。同時にぱたんと何かが落ちたような音がする。慌てて窓を開け周囲を見渡すがドラゴンの姿は無く、代わりに禍々しい紫色の手帳が散らばっていた。
俺はそれを拾い上げるとパラパラとページをめくり、あるページで手を止めた。
『ヘルドロスを破りし転移者』
その記事には俺の事が書かれていた。
『先日の決闘でフギンという転移者がヘルドロスに勝利。彼はただの転移者のようだけど注目すべきはドラゴン様の方。ドラゴン様はヘルドロスの攻撃を防ぎ…………』
手帳に書かれていた内容の大半はコズミンを褒め称えるものだった。しかし内容が内容なだけに俺の頭には早口で熱弁するあの人が浮かんだ。とりあえず今日会ったら聞いてみるとしよう。
コズミンはというと上機嫌にイチゴを頬張っている。おそらくさっきのドラゴンが持ってきたものだろう。
俺は手帳を閉じると街へ繰り出した。ラリッサさんには騎士団へ行けば会えるはず。土地勘はないが一際大きな建物があり騎士団以外の何ものでもないぞという威張り散らしたオーラを放っている。
道中、色んな店を見ながら歩いていると鍛冶屋の前で渋いオヤジと目が合った。
「おい坊主、見ない顔だな」
オヤジはそう言うと無遠慮に肩を叩いてきた。
「大人なんですが」
俺がそう呟くとオヤジは豪快に笑い始めた。
「ガッハッハ! 剣すら握った事ないよってツラしてるじゃねぇか。坊主、俺はルドー・ウォルンダー。王都一の鍛冶職人だ覚えとけよ〜」
ルドーと名乗った男はどう見ても鍛冶屋以外に見えない風貌だ。俺は慌てて挨拶を返すと通りがかった騎士が俺の顔を見て立ち止まった。
「貴方は、陛下に勝利したルギー様ではないか!!」
あれ? もうそんな呼び方されるの?
「こんなところでお目にかかれるとは光栄です。あの、宜しければ今度私と手合わせ願います」
そう言うと騎士は去っていった。
一連のやり取りを見ていたルドーは吹き出した。
「坊主、何歳かは知らんが騎士団をごっこ遊びに付き合わせるとは何処のお坊ちゃまだ?」
どうやらルドーは先日の戦いを知らないらしい。説明するのもダルいので、俺は適当に返事をしてその場を立ち去った。
それからすぐに騎士団の本拠地と思われる場所に到着した。外観は西洋風で入り口には二人の騎士が立っている。
「あ、貴方は……。ここで少々お待ちを」
二人が何やら小声で話し始めると、後ろからドタドタと足音が聞こえたので振り替えるとルドーがいた。
「坊主、さっきは悪かったな。おちょくってしまったお詫びに弟子の失敗作である斬れない剣を贈呈しよう」
ゴミじゃねぇか。俺は心の中で呟きながらも、断わると面倒くさそうなので受け取っておく事にした。
「あっルギーさん!」
そこに救いの女神が現れた。
「ラリッサさん!」
俺が彼女の名前を呼ぶとルドーは首を傾げる。
「おや、ラリッサお嬢ちゃんと知り合いかい」
そう言いながらもニヤニヤしている。何なんだこの人は……。
「そうですけど?」
不機嫌な態度で答えていると、彼女は慌てて俺を引っ張り、騎士団へ押し込んだ。
ゴミの剣をもらった事だし一応ルドーに礼を言おうとしたが、奴は俺を指差しながら腹を抱えて笑っていたので辞めた。
騎士団内部は想像と違っていた。
質素で最低限の家具と武器が並んでいるだけだ。
ルドーに押し付けられた斬れない剣を腰に差し俺はラリッサの案内で騎士団長の部屋に通された。
「失礼します」
ラリッサがそう声を掛け中に入ると、凛々しい顔つきの女性が出迎えた。この人が騎士団長か?
「はじめまして。貴方がルギー君か? 私はシラー・ネレア。緑鱗軍団長だ」
青紫色の髪をしたシラーからは闘争心のようなものが全身から滲み出ているように感じた。彼女は女性なのだろうが今日会った男性騎士より風格がある。
「はじめましてルギーです」
俺も一応挨拶を返したがまだ警戒されているのか固い表情をしていた。
「あの……」
俺がそう問いかけるとシラーの表情が豹変した。目は鋭くなり、まるで獲物を狙うように俺の一挙手一投足を見逃さない様子だ。
「ふむ、ラリッサの言っていた通り本当にただの転移者なのか……?」
何かブツブツ言っているがとりあえず俺の事を疑っているのは分かった。
「あの、俺何かしましたか?」
俺がそう言うと彼女はハッとした様子になった。
「ごめんね。騎士団長なんてやってるとどうしても人を疑ってしまうのよ」
シラーは少し困ったように笑いつつ頭を下げたので俺も釣られて同じように頭を下げる。場の空気画柔らかくなるとラリッサが本題を切り出した。
「シラー団長。今日はお時間を作って頂いてありがとうございます。ルギーさんの入団について……」
「そんなに畏まらなくてもいい。私の前だからと言って気を張らなくて大丈夫だ」
そう言って微笑む姿は凛々しくも美しかった。そういえばシラーはラリッサにとって憧れの人だったな。
「えっと、それじゃあ……」
ラリッサがそう言うとシラーは満足げに頷き話を促した。
「ルギーさんなんですが私としては騎士団に入れたいのですがどうでしょうか?」
シラーは少し考えるような素振りを見せた後口を開いた。
「そうだね、問題無いと思う。再建者に通用する力を持っている人間は希少だ」
俺は驚いた。あんなに警戒されていたのに随分あっさりと認めるんだな。そう思っていると彼女は続けて喋り出した。
「貴方を見て確信した。他の転移者とは違う存在だってね」
「特別だって事ですか?」
俺が問いかけると彼女はため息をつき、そしてゆっくりと語り始めた。
「転移者は確かに特別な力を授かる。でもその力を使って悪事を働く者もいるのだ」
なるほど、だから俺にあんな態度を取ったのか。
「貴方からはそんな危険な力を感じないし何より……」
彼女はそう言うとラリッサに視線を向けた。俺が首を傾げているとシラーは真剣な表情で続けた。
「私は戦争から人々を守りたい。殺戮はもううんざりなのだ。私達が変えていくしかない。今の世界は間違っている」
シラーの言葉には強い意志を感じた。俺がこの世界に転移した理由か。
コズミンのどんな攻撃も吸収する力があればもしかすると可能かもしれない。自分のやるべき事が見えた気がする。俺は騎士団入りを決意した。
「自分も力で解決するやり方は間違っていると思います。ヘルドロスは対話に応じず力でラリッサさんもろとも消そうとしました。是非協力させて下さい!!」
シラーと固く握手を交わした。ラリッサは少し心配そうな表情だったが俺の目を見て納得したようだ。
「ありがとう、これから宜しくな」
シラーがそう言うと俺もよろしくお願いしますと言って頭を下げた。
それから俺とラリッサは騎士団本部を後にしたのだが……。
「どうしてルドーさんがついてくるんでしょうか?」
俺が睨むと彼は豪快に笑ったあと説明を始めた。
「ガッハッハ! いやなに坊主に頼みたい事があってよ」
何だろうと不思議に思っていると彼が続けて言った。
「とある鉱石を採掘して欲しいと、ラリッサお嬢さんに依頼して欲しくてな」
目の前にいるんだから自分で頼めばいいだろ。あ、まさかこのオッサン。
「ルドーさん、まさか女性と話せないのですか?」
「何言ってやがる。んなわけねぇだろ。ただ、煙たがられててな」
でしょうね。で、採掘して欲しい鉱石の名前は【アイゼナ】というらしい。希少な石であるらしいが胡散臭い。
「そうですね、ルギーさんにはまともな剣が必要ですし、一緒に採掘に行きましょうか」
ラリッサがそう言うと、オッサンは嬉しそうに喜んだ。
「やったぜ! やっぱり俺の目に狂いはなかったな! 坊主は交渉人に向いている。じゃあすぐ出発するぞぉ」
俺が「え、今すぐ行くの?」と呟くとラリッサも戸惑いつつも同意していた。
出発する前に鍛冶屋に戻ると、ルドーに貰った斬れない剣をぶん投げておいた。
「あれっ、いらねぇのかい? 些細な攻撃を防げる可能性はあるぞぉ」
ルドーは今にも吹き出しそうな顔で尋ねてきた。これまで些細からは程遠い攻撃に晒されてきた俺にとっては盾にすらならない。
「要りません、斬れない剣なんてただのゴミです」
俺がそう言うとルドーは豪快に笑う。
「ガッハッハ! 坊主言うじゃねぇか気に入ったぜ!!」
なんか気に入られてしまったようだ。早く依頼を達成して帰りたい……。
度重なるダル絡みのせいで移動だけで数時間かかってしまった。やっと目的地に辿り着いたのだが……。
「ここですか? 何も無いですけど」
目の前には切り立った崖があった。岩肌から鉱石が取れそうだがどう見ても人間の力じゃ無理だろこれ。ルドーをじろりと見ると彼は目を逸らした。
「ガッハッハ! ちょっと厄介なところにあってだな。まあ女も鉱石も俺からは逃げたがるもんなのよ」
ルドーがそう言うとラリッサは急に詰め寄り罵倒した。
「ちょっと、私は鉱石じゃないですからね! ふざけるのもいい加減にして下さい」
「あー、すまん坊主。鉱石の採掘をお嬢さんにお願いしてくれねぇかな」
二度手間感凄いな。ラリッサは埒が明かないと思ったのか深く息を吸い込んだ後、右手を前に出した。
「魔の力よ。イカズチとなりて眼前の障害を打ち砕け!!」
彼女が詠唱すると岩肌に雷が直撃し轟音とともに崩れ去った。
「ふぅ……。これで採れますよ」
ラリッサがそう言うとルドーはポカンとしていたがすぐにいつものガハハという大きな笑い声を上げた。
「流石ラリッサお嬢ちゃんだぜ!!」
ルドーはツルハシを片手に崩落した岩肌から鉱石を掘り始めた。どうやらこれがアイゼナのようだ。
数十分後、ルドーが額に浮かぶ汗を拭いながら言った。
「これだけあれば充分だ! まあ絶景を見られなかったのは残念だが」
「見かけによらず風景も楽しむんですね」
俺がそう呟くとルドーは豪快に笑いながら背中を叩いた。
「ガッハッハ! 俺は景色にはうるさい男でな。だが絶景は絶景でも別の絶景だ」
彼はそう言うと採掘したアイゼナを眺めているラリッサの方に目をやった。
「登るかと思ったら魔法をぶっ放しちまうとはなぁ。なあ、お前も男なら分かるだろ。本当の絶景の意味が」
言いたいことは分かるが頷くことは出来ない。俺がリアクションせずにいるとまた豪快に笑った。
「ガッハッハ! いいかよく覚えておくんだぞ。視線というものは自然なものだ。悪いのはスカートを履いて上る女であって……。ぐわぁぁ!!」
ルドーが言い終わる前にラリッサの鉄拳制裁が入った。自業自得だな……。
「目標は達成しましたし、もう帰りますよ!」
ラリッサはアイゼナをバッグに詰めて足早に立ち去ってしまった。ルドーが泣きながら後を追いかけて行ったので俺も帰ろうとしたのだが、ふと崖の上を見ると綺麗な夕焼けが広がっていた。
「ピィ!」
「そうだな。帰る前に少し眺めていきますか」
俺が呟くとコズミンは嬉しそうに鳴き、肩から頭に飛び乗ってきた。
「コズミンにも家族はいるのですか?」
コズミンも俺の頭越しに夕焼けを見ていたのだが特に答えず、俺の髪を引っ張ったり噛み付いたりするだけだった。
「痛っ! どうしたんですかコズミン」
コズミンは怒ったように鳴いたあと、ペシペシと頭を叩いてきた。なんだか分からないが怒られてるような気がするので謝った。
「悪かったって……。コズミンの一番の理解者はこの自分ですからね」
それを聞いたコズミンは満足したようにフワっと頭から降りた。
それにしても魔法か。俺にも使えるのかな?
試しに散らばっている小石に向かってラリッサがやったように右手を前に出した。
「魔の力よ。イカズチとなりて眼前の障害を打ち砕け!!」
すると小石が振動し始めパチっと火花を散らした。俺は驚きと興奮で頭が真っ白になったがそれ以上に高揚感が込み上げてくるのを感じた。
これが魔法か、凄いな。練習すればさっきのように岩肌を破壊したり出来るのだろうか?
俺が悩んでいるとラリッサ達が戻ってきた。何やら揉めているようだ。
「ルドーさん。もう二度と依頼は引き受けませんからね!」
「だから悪かったって言ってるじゃねえですか」
などとやり取りしている声が聞こえるが、巻き添えを食らうと面倒なので仲介するのはやめた。
「ごめんなさいルギーさん、置いて行ってしまって。帰りましょうか」
「こちらこそすみません。帰りましょう」
帰り道でルドーから剣をいくつか作って自宅まで送り届けてくれることを約束してくれた。お礼の言葉を述べたのだが、ルドーは気にした様子もなく豪快に笑っていた。
「ガッハッハ! 鉱石も採掘出来たし騎士団とも仲良くなれた! こんなに嬉しいこたぁねえぜ!!」
そんな調子なので俺はもう突っ込むのをやめて家に帰ることにした。
だが王都は広すぎて自宅の場所すら覚えていない。
「ラリッサさん、家ってどこでしたっけ」
俺がラリッサに尋ねると彼女は呆れたように笑っていた。
「もう、しっかりして下さいよ……」
先導するように歩き始めたので俺は彼女の後を追った。
しばらくして、やっと家が見えてきた。
「道案内ありがとうございました。もう迷わないようにしますね」
彼女はキョトンとした顔でこちらを見ていた。
「何言ってるんですかルギーさん、家はもっと先ですよ」
え?! そうなの? どこも似たような建物ばかりで見分けがつかない。
「あの、ルギーさん。案内の次いでというのも変なのですが、迷惑じゃなければ私も泊まっていいですか? あまり家には戻りたくなくて」
いや断る選択肢無いじゃん。元々俺の家じゃないしな。
「もちろん構いませんがその前に何か食べていきませんか?」
俺の提案にラリッサは嬉しそうに微笑んでいた。
「フフ、そうしましょう! 近くに美味しいお店があるので案内します」
ラリッサは俺の手を引っ張った。俺も釣られて歩き出したが、あることに気づいた。
「あの、ラリッサさん?」
彼女に声を掛けると彼女は不思議そうに振り返った。
「どうかしましたか?」
「ずっと奢られてばかりというのも悪いので、明日から仕事を紹介してくれませんか」
彼女はポカンとしていたがすぐに笑い出した。そんなに面白いことを言っただろうか? 少し恥ずかしい。
「ルギーさんは本当に面白いですね。貴方はもう騎士ですよ。それに今日だってルドーさんの依頼を達成したじゃないですか」
彼女はそう言って俺の手を引き続けた。確かにそうなのだが実際俺は何もしてない。おんぶに抱っこされているようで自分が情けなく感じるのだ。
案内されたのは裏路地にある小さなお店だった。
「ここは私の行きつけでしてね、中でもオムライスが美味しいんですよ」
彼女はドアを開けるなり元気な声で挨拶をした。
「こんにちはマスター! 二人お願いします!」
彼女の声に反応しカウンターの中から一人の男性が顔を覗かせた。髪を後ろで縛り、無精髭を生やしていた。見た目は四十代くらいだろうか? 彼はラリッサの顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。
「いらっしゃいラリッサちゃん。珍しいなぁ、今日はお友達も一緒かい?」
「はい、この方はルギーさんといって騎士団の新しい仲間なんです。ルギーさん、こちらはここのマスターのグレイさんです」
ラリッサに紹介されて俺は軽く会釈をした。するとグレイは嬉しそうな顔をした。
「そうかいそうかい。ラリッサちゃんにも友達が出来て嬉しいなぁ。僕はグレイって言うんだ。よろしくなルギー」
見た目はいかついが普通の人のようだ。こういうちょっと小汚い店が美味かったりするんだよな。
「よろしくお願いします。今日は私の奢りです!」
ラリッサが俺の背中を押しながらそう言ったので俺は彼女に感謝を伝えつつ席についた。
「じゃあ、オムライスを二つお願いします! ルギーさんもそれで良いですか?」
特に食べたい物もなかったので了承した。
オムライスが出来るまでラリッサに魔法の事を聞いてみた。
「ラリッサさん、自分にも魔法が使えるようなんですがより強力な魔法を扱うにはやっぱり魔力供給石を装着しないといけないのですかね?」
「ルギーさんもう魔法なんて使えるようになったのですか?」
「はい、小石から火花が散る程度ですが」
「三級クラスといったところですね〜。あ、でも魔法を学んでいない人がいきなり狙った場所に発動出来ただけでも凄いんですよ!」
「そうなのですか?」
ラリッサはそういうと、手のひらの上に空のコップ乗せた。
「魔法というのはイメージが大切なんです! 『水の力よ。湧き出でし水となり、姿を現し給え!』」
するとコップが水色に光り輝き水の球が浮かび上がったかと思うと、次の瞬間には弾けて容器を水で満たした。
「おお……」
俺は感嘆の声を上げた。凄いなこれは。
「まあこんな感じですね!」
ラリッサは少し誇らしげに胸を張った後照れ臭そうに笑った。
「水の力よ。湧き出でし水となり、姿を現し給え!」
俺も真似をしてみることにしたのだが全く上手くいかない。コップが振動するだけである。するとコズミンが肩から乗り出しラリッサが水で満たしたコップを凝視した。
「ピィ!!」
するとコップの水が凍結し、その勢いのままテーブルも凍結した。
ラリッサは驚きのあまり後退りする。
「無詠唱な上にテーブルまで凍らせた?! コズミンさんって一体……」
コズミンの方を見るとドヤ顔でこちらを見ていた。俺の護衛対象は守る側より強いのね。
対抗心が湧いたのかラリッサも詠唱を開始した。
「魔の力よ。炎となりて氷の力を打ち消し給え」
するとコップの中に火球が現れ氷が水になる前に一瞬で蒸発させた。ラリッサはコズミンばりに誇らしげな顔をしているが、レベルの違いに俺は少し落ち込んでしまった……。
だがこのままではいけないと思い立ちもう一度チャレンジすることにしたのだが結果は同じだった。やはりコツがいるのかもしれない。ラリッサの助言を求めることにした。
「なんかコツとかないですか?」
「そうですね、やっぱりイメージが大事ですかね?」
イメージか……。難しいな。だが不思議と魔法を使ったときの高揚感が残っているのでまた使ってみたいと思った俺は懸命に練習することにした。
するとしばらくしてコップに小さな水球が現れた! 成功したのか?!
「ピィ!」
コズミンも嬉しそうに鳴いているし成功だと信じたいのだが。ラリッサの顔を見ると微妙な表情をしていた。なんで? 不安になった俺がラリッサの方を見ると彼女は困ったように笑った後、口を開いた。
「もう二級クラスの技術を習得するなんてすごいですね。私はそのレベルに達するまで何年もかかりました」
ラリッサに言われ俺は心の中で喜んだ。しかし、彼女はすぐに真剣な表情戻った。
「でも魔法を使うと魔力を消費してしまいますし疲労感もあるので多用は避けた方が良いですよ。今日はここまでにしておきましょう」
と言って彼女は俺の手からコップを奪い取った。俺としてはもっと練習したいのだが……。コズミンも残念そうだ。
そんなこんなでオムライスが運ばれてきた。
「お待たせ! 冷めないうちに食べちゃってくれよ! って何があった?!」
テーブルが凍結していたらそりゃまあ、そうなるわな。
グレイが驚きの声を上げながら詠唱すると凍結していたテーブルの氷が蒸発した。
「あー、すみませんグレイさん。ルギーさんに魔法を教えていまして、気付いたらこんな事に」
「ははは! ラリッサ先生の授業は厳しいなぁ」
グレイが笑うとラリッサも笑っていた。
「私は厳しいですよ〜〜、でもルギーさんはすぐ覚えてびっくりですよ」
「お、ルギーさんは素質があるようだなぁ。ならしっかり食べて体力をつけないとな!」
グレイはそう言うと厨房に戻っていった。
「さぁ、頂きましょうか」
ラリッサがスプーンを持ったので俺もオムライスを頂くことにしたのだが……これはなかなか美味いぞ? 卵のふわふわ感にデミグラスソースが絶妙なハーモニーを生み出している。さらに鶏肉のジューシーさとトマトの酸味が良いアクセントになっているではないか! あっという間に完食してしまった。
「ご馳走様でした」
手を合わせる俺の様子を見たラリッサが首をひねっていた。
「ルギーさんはどこで育ったんですか? 食材に感謝する風習があるなんて……ふふふ」
ラリッサは一人で笑っていたが俺も何故料理に対しこんなにも感謝の気持ちが湧いているのか分からなかった。でも美味しかったのでまた食べたいなと思った。
するとラリッサも俺を真似るかのように手を合わせながら礼を言う。
そして支払いを済ませてもらい店を後にすることにした。
帰り道、少し疲労感を感じてふらついた。魔力を消費すると本当に疲れるようだ。
そのままラリッサの案内で無事家に戻る事ができた。
辺りはすっかり暗くなり人の往来も少なくなっており、ラリッサは申し訳なさそうにしている。
「すみません、お店で長居してしまって。日が暮れちゃいましたね」
「いえいえ、こちらこそ美味しい食事だけでなく魔法まで教えて下さってありがとうございますラリッサ先生」
感謝の気持ちを伝える彼女は嬉しそうに笑っていた。
「先生だなんて照れますね」
そう言いつつも満更でもなさそうだ。
「じゃあ今日はもう寝ましょうか。明日からまた魔法の練習をしましょうね」
ラリッサは家の中に入ろうとしたのだが何かを思い出したかのように振り返った。
「あ、忘れていました! 昼間の仕事の報酬!」
彼女はそう言って銀貨を二枚手渡してきた。俺はお礼を言い受け取ると家の中に入った。
「そういえばこの家ってラリッサさんの別荘か何かですか?」
「騎士団に入ったお祝いに両親から貰ったんです」
「あれ? お兄さんからではなかったのですか?」
「両親の事はあまり言いたくなくて。あ、仲が悪いとかじゃないですからね!」
嬉しそうに話しているが、両親という言い方に違和感を感じた。
少し気まずくなってしまったので、深くは聞かないことにした。
ラリッサはお風呂に入ると言う事だったので俺はリビングで待っていることにした。コズミンも疲れたのかソファの上で丸くなっている。
しばらくすると彼女に揺さぶられ目が覚めた。どうやらソファーで座ったまま寝ていたらしい。
ラリッサの寝間着姿を初めて見たのだが、全体的にヒラヒラしていてとても可愛らしいデザインをしていた。
「ルギーさんもどうぞ」
とタオルで髪を拭きながらラリッサが言ったので俺もお借りすることにした。脱衣所は広く立派な鏡があったので顔を確認すると少し眠そうにしていた自分の顔が映っていた。
人差し指を差し出して魔法を唱えるフリをしたり、剣を抜く素振りをしたりした。
途中で馬鹿らしくなり浴室に入るとラリッサが使ったであろう石鹸の香りが漂っていた。
湯船に浸る。とても気持ちが良い。
謎の稼働音が聞こえるがお湯も魔法の力で温めているのだろう。
俺が風呂から上がると彼女は既に寝室に入っていたようで姿が見えなかった。リビングに戻ると目覚めたコズミンが俺を出迎えてくれた。そう言えば手帳のことをラリッサに聞きそびれたが特に探している様子もなかったため、彼女のものではないのかもしれない。何はともあれ眠いので俺も寝ることにする。
寝室は複数あったがどうも落ち着かないのでソファで寝ることにした。
「では、おやすみなさい」
「ピィ!」
コズミンと挨拶を交わした後眠りに就いたのだった。
2024/02/19
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