◯・荒野の影
今週も2話投稿できました。
割とギリギリ。
---翌日---
まだ夜も明けきらない頃、宿の外で飛び交う怒号に起こされた。
俺達四人は寝ぼけ眼をこすりながら外に出ると、村の入口付近で火柱が上がっているのが見える。
「おいおっさん、どうやら向こうから来たようだぜ。あいつら早くね? もう少し寝かせろよ」
テラがぼやく中、ラリッサは驚いた様子で口を開いた。
「こんなに朝早く来るとは……急ぎましょう!」
俺達は尻込みするボルベルトを連れ現場に向かった。
村は予想通り混乱していた。火柱の付近には三十人程が武器を片手に、一塊となって村の入口に陣取っている。
「あれ全員ヘイエンラーですか?」
俺はラリッサに尋ねた。
「はい」
ラリッサは平然としていた。騎士である彼女は面倒事に慣れているのだろう。
「おい眼鏡のおっさん、交渉役なんだからしっかりしろよ」
とテラが声をかけるとボルベルトは何度も頷くが俺達の後ろに隠れて出てこない。
火柱の前でフードを目深に被った男が周りを見渡して声を張り上げる。
「おいおいどうなってんだぁ? 騎士団がクソメガネを護衛しているとは聞いてねぇぞ」
男はリーダー格のようだった。明らかに他の連中とは雰囲気が違ったのですぐに分かったが、それ以上に周りが騒がしくてよく聞き取れない。
「あいつがリーダーですか?」
ボルベルトに尋ねると無言で頷いていた。両手で魔力供給石を持ち、脚はガタガタ震えている。
「おいお前ら! それっぽっちの魔力供給石だけで解決できると思ってんのかぁ?」
リーダーが叫んだ瞬間周囲のヘイエンラーが一斉に騒ぎ始めた。騎士達も苛立っているようで今にも大乱闘が始まりそうだ。このままでは埒があかないと判断したのかラリッサが前に出て交渉を始めた。
「代表者の方とお話させて下さい」
「お? おお?! クソメガネじゃなくて可愛い嬢ちゃんが来るとは予想外だぜ!」
フードを脱ぎながら男がラリッサに歩み寄る。短髪で目つきの悪い男だったが、口元はだらしなく笑っている。
「魔力供給石が必要なのでしょう? これで見逃してやってはくれませんか」
とラリッサが答えると男は笑ったまま顔の前で手を振った。
「交渉は嫌いなんだよ。わかる? もう面倒臭えから全員皆殺しでいいよなぁ?!」
「野郎共やれぇぇええええッ!!」
男は突然声を張り上げた。
(ラリッサさん、懲らしめてやりなさい! とか言ったら怒るかなぁ)
ヘイエンラーが武器を手にして一斉に突進してくる。ボルベルトはもう戦意喪失だ。
「やっぱりこうなるのか。チィ!」
テラが松明を取り出したかと思うと突撃してくる敵をぶん殴って倒した。
(そういう使い方?!)
「怯むな! 数ではこっちの方が上だ」
リーダーが鼓舞するとヘイエンラー達は倒れた仲間を蹴り飛ばして我先にと襲い掛かってきた。俺達はそれぞれ身構えるが、それよりも早く目の前に巨大な氷の壁が出現する。そして氷壁の向こうにテラの姿があった。
「おいおっさん、交渉失敗だ」
壁の向こうでテラが叫んでいる。
「ここは俺に任せてあんたらは逃げな。ヘイエンラー相手にこの壁は長く持たねぇからよ」
「いや自分は……」
言い掛けた所でラリッサが俺の袖を引いた。
「行きましょう。交渉は決裂しました」
そう言って走り出したラリッサを追いかけていくと氷壁が溶け、テラが飛んでくる火球をかわしていた。
「テラさん! 逃げて下さい」
俺は叫んだ。
「おい君達、テラが戦っている間に逃げるぞ」
ボルベルトが走り出そうとすると数人のヘイエンラーが行く手を阻んだ。その内の一人には見覚えがあった。昨日絡んできた男だ。男は手にナイフを握りしめて笑っている。ボルベルトは目を大きく開き動揺しているようだった。
「おいおい逃さねぇぜ」
「ヘイエンラーとの交戦は避けるように言われていたのですが仕方ありません」
ラリッサがため息交じりに呟くと剣を引き抜き男に向かって斬り掛かった。
「悪いですが、あなた達と遊んでいる暇はないんです」
ラリッサの一撃を男はナイフで受け止めるが受けきれずに地面に叩き付けられる。同時に男の背後で別の男が宙を舞ってドサリと落ちる。テラだ。
「こうなったらしかたねぇ。騎士団も手を貸してくれ!」
結局ヘイエンラーとの戦闘は避けることが出来ず、騎士団も巻き込んだ形で撃破することに成功した。
ラリッサは息切れもせず残ったリーダーと対峙している。ボルベルトは怪我はなさそうだが息が荒い。
「クソッ、今回は負けを認めてやる」
リーダーの男は苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てるように言った。
「だがな! 次はぜってぇーぶっ殺す! 覚えてろ!!」
捨て台詞を吐いてリーダーは去る。そう思った瞬間だった。
「ぶっ殺されるのはお前だ」
突然リーダー格の男が膝から崩れ落ちたかと思うと、その背後から赤いローブの男がゆらりと現れた。
「てめぇッ!」
リーダー格の男が怒り心頭の様子で立ち上がるが、拳の一振りで吹き飛ばされ気を失うのだった。
「お前、どういうつもりなんだよ」
突然現れた赤ローブの男に対しテラは警戒心をむき出しにしている。
「父親に対してお前とはなんだ。口が悪いな」
赤ローブはテラを無視してボルベルトに向き合うと謝罪の言葉を口にした。
「悪かったな。改めて交渉をしよう」
「あ、ああ……、魔力供給石を渡すからこれまでの事は水に流してくれないかね」
とボルベルトが答えると赤ローブは乾いた笑い声を上げた。どうやらこの長身の男がボスのようだ。よく見るとうっすら白髪混じりの髪で中年くらいだろうか、顔に深い皺を刻み、目にはどこか悲し気な色を浮かべていた。
「俺はヘイエンラーの代表、ウェリウスだ」
赤ローブが名乗るとテラは目を細めた。
「お前、ヘイエンラーの親玉になったのかよ」
「愛しの我が娘、テラよ。元気そうで安心した」
ウェリウスがテラの肩をポンポンと叩く。
「誰が娘だ! ふざけんなよ!」
と言いながらもまんざらでもなさそうな表情のテラは俺達をチラリと見て笑った。
「もう交渉なんて必要ないだろ。さっさと石を持って消えろよ」
テラがそう言うとラリッサが頷いたので、ボルベルトはウェリウスに向き直り魔力供給石を渡した。
ウェリウスは魔力供給石を受け取ると懐にしまいフードを深く被った。
「もう二度とそのツラ見せんなよ」
テラが呟くとウェリウスは手を振りながら去っていった。その背中からは哀愁が漂っていたような、そんな気がした。
その後、村で大騒ぎを起こした俺達はジピィティピという噛み倒しそうな名前の村長に呼び出され、足止めされてしまった。
話し合いは終わり、やっと出発出来ることになったが村では多くの民家が燃えてしまった。後ろめたさを感じつつ俺達は村を後にした。
ボルベルトはというと山の精霊の使いと思い込まれているためか村長に引き止められ、引き続き村で生活をする道を選んだ。
「あんな野郎でもヘイエンラーをまとめるだけの力があるんだな。人は見かけによらねえな」
とテラが言う。俺はギザヘボ村で会ったテラの父親の事を思い出していた。
「テラさんのお父さんはヘイエンラーのボスになっていたんですね」
何気なく俺が言うとテラは気まずそうな顔をした。
「そうさ、祖国を捨て、家族まで捨てた正真正銘のクズだ」
俺は何と声をかけていいか分からず押し黙ったが、沈黙に耐え切れなかったのかラリッサが口を開いた。
「テラさんは帝国で生まれたのですよね」
それを聞いたテラはさらにバツの悪そうな表情をした。
「悪いかよ……」
「いえ、どんな過去を持っていようともテラさんはテラさんです。だからその……、自信を持って下さい」
ラリッサの励ましの言葉にテラは目を丸くし、そして大声で笑った。
「ははっ! お前よくそんな臭い台詞言えるな!」
とラリッサの肩をバンバン叩いているが彼女は少し頬を赤らめているように見えた。俺もラリッサの言葉に救われていた。生まれや環境に負い目を感じる必要なんてないのだから。
それらかしばらくして荒野に到着した。ここからエンラーピッドと呼ばれる危険地帯に入る。
荒れ果てた荒野だというのに前方に多くの人が集まっているのが見えた。ラリッサがその人だかりに向かって手を振ると、こちらに向かって近付いてきた。
「ラリッサさん、彼らはヘイエンラーじゃないですよね?」
俺はラリッサに尋ねたが彼女はホッとした表情を見せている。
「いえ……あの者達はグレイヴュール団です。荒野の用心棒ですよ」
グレイヴュール団に女性は入団出来ないらしいので仕方ないのかもしれないが、皆人相が悪くいかにも悪党という風体だった。ヘイエンラーと対して変わらないように見える。
「今日は知った顔が勢ぞろいですね」
ラリッサによると今日集まった者達は騎士団と仲が良く、よく顔を合わせるそうだ。
「ようお客様さん、馬車なら準備できてるぜ」
ガラの悪い男達の中から代表格らしき男が前に出て言った。何が馬車だよ、馬ですらない。
どうやら荒野はこのゴルデに乗って移動するのが基本らしい。ゴルデと言えば北国ルーンナッドの兵器だが鹵獲でもしたのだろうか。
「それは良かったです」
ラリッサは安心したように答えた。
「それじゃ、荷台に乗ってくれ」
俺達が荷台に乗り込むとゴルデはゆっくりと動き出した。俺が孤島で見たものとは違い車輪のようなものがついていて、それを回転させながら進むようだ。
ふと、テラが居ないことに気が付いた。
「あれ? テラさんは」
「テラさんなら村へ引き返しましたよ。彼女、いつもこうなんです。別れ際の空気が嫌いらしくていつの間にか帰っちゃうんですよ」
とラリッサは笑う。なるほどテラらしいと言えばそうだが、彼女が居なくなると途端に心細くなってきた。
「あはは、大丈夫ですよ! テラさんが居なくても騎士団がいます。ラプリアセントまで守ってあげますからね」
ラリッサは俺の不安を吹き飛ばすように笑った。成る程、これもいつもの事なのか。
「ゴルデのスピードでもラプリアセントまで二日かかります。今日の目的地は荒野にある集落ですから到着するまで休んでて下さいな」
「じゃあ少し仮眠を取らせて頂きます」
地面は荒れ果て所々に大きな岩があったりするが、揺れはそこまで酷くない。
毛布があったのでそれを借りて横になる。
「おい起きろ、着いたぞ」
と肩を揺すられて目を開けると俺達の馬車は集落の側に停まっていた。男達が忙しそうに動き回り何やら準備をしているようだ。ラリッサも荷物を持って立ち上がったので俺も後に続く。
自然豊かなギザヘボ村とは違って枯れた木々と荒れ地に佇む集落はどこか不気味な雰囲気を感じた。
「ここは無人の集落だが夜になると魔物が出る。なるべく家から出ないようにな」
そう言って男達は空き家に荷物を運んでいった。俺は言われた通りに頑丈そうな家の中に居ることにした。すると騎士たちもそれぞれ家に入り、しばらくすると笑い声が響いてきた。
「ふう、やっとフカフカの布団で眠れますね〜〜」
ラリッサが背伸びをしながら家に入ってきた。どうやら彼女は俺と同じ家に泊まるようだ。
「ピィ〜」
コズミンも安全だと分かり安心したのか家の中を冒険している。
「ゴルデの旅は快適でしたけどやっぱり屋根のある家が一番ですね」
ラリッサはそう言って窓際に寄りかかり外の景色を眺めた。窓の外には広大な荒野が広がっていて遠くに枯れた木々が見えるだけだった。二人でぼーっとしていると外から賑やかな声が聞こえてくる。どうやら夕食にするようで団の皆が用意をしているようだった。
やがて香ばしい匂いが漂ってきて、グレイヴュール団が大きな鍋を運んで来てくれた。
「待たせたな、熱いうちに食ってくれ」
鍋には具だくさんのスープが入っていた。ゴルデに乗って長時間移動した後の夕食は格別だった。俺達は夢中で食べた後、男達にお礼を言ったが彼らは手をヒラヒラさせて去って行った。グレイヴュール団はぶっきらぼうで言葉数は少ないものの悪い人ではないのかもしれない。
気付けば夜はふけていた。窓からはうっすら明かりが差し込んでいる。
「ルギーさん、コズミンさん、そろそろ寝ましょうか。私はあなたを護衛しないといけないのでしばらく起きてますね」
ラリッサがベッドに腰かけてコズミンを撫でている。
「そうですね、眠くなってきましたし」
俺はそう言うと布団に潜った。
目を閉じていると突然何かが家の壁をドンッと叩いたような音がして飛び起きそうになる。どうやら外の魔物の仕業だと理解はしたものの、とてもじゃないが眠れない。そこでラリッサと雑談でもしていれば気も紛れると思い話しかけた。
「ラリッサさんのような凄腕の騎士にも憧れる人はいるものなんですか?」
「憧れている人……ですか。緑鱗軍団長シラー・ネレアは私の憧れる騎士の一人です」
「肩書だけでも凄そうですね」
少し考えるそぶりを見せた後彼女はさらに続けた。
「シラー団長は皆から英雄と呼ばれていて私もあの人のようになりたいと思いました。だから今の私があるのはその人のおかげですね」
「なるほど、ラリッサさんにとっても英雄なんですね」
「はい! シラー団長は料理の腕は絶望的なんですけどそれすら活かして……」
と言いかけたところで彼女はハッとした表情になり少し頰を赤らめた。どうやら失言に気付いたらしい。そこで俺はすかさず話題を変えた。
「ええと、ラカワノン山にドラゴンっていますか?」
「あ、はいい〜いますよ! 魔眼を持つアルノイド・ドレイクというドラゴンさんがいるそうです」
ラリッサは表情をパッと明るくして聞いてもいないのにドラゴンについて語りだした。失言から逃げたいのだろう。俺も詮索なんて野暮な事はしない。
「実はラカワノン山でドラゴンに遭遇したのですよ」
「え?! 本当ですか!!」
「殺されるかと思いましたがドラゴンさんは俺に危害を加える事なく見逃してくれました」
「伝説のアルノイド・ドレイクが……信じられません。ルギーさんは凄いですね」
疑うかと思ったがラリッサは尊敬の眼差しを向けてくる。それからしばらく俺達はドラゴン談義に花を咲かせていたのだが疲れからか睡魔に襲われ始め瞼を開けていられなくなった。コズミンが俺の肩に戻って来るのが見えた気がする…………。
気が付くと窓から朝日が差し込んでおり外からは団員達の声が飛び交っていたので朝を迎えたことを知った。
起き上がると肩から毛布がずり落ち、コズミンも目を覚ました。ラリッサの姿はどこにもない。
だが突然「魔物の襲撃だ!」と外から男の声がしたので俺も外に出た。
昨日と違って慌ただしい集落の様子に驚いているとグレイヴュールの団員達が武器を手ににしていた。
「お客さんを護衛するんだ! 気合い入れろよ!!」
グレイヴュールの団長らしき男がそう言うと団員達が一斉に声を上げた。
襲撃者は人間に酷似しているが生気がなく、誰かに引っ張られているかのような奇妙な動きをしている。
手の甲に埋められている赤い魔力供給石が発光しており、まるで石に操られているかのよう。
団員と騎士が戦っているが押され気味だ。
「魔法石を装着している腕を切り落とせ!」
団員の一人が叫ぶ。ラリッサが魔物の腕を次々と切り落とすと、人型の魔物は崩れるように倒れ消滅していく。
「くそ! こいつらどれだけいんだよ!」
グレイヴュール団が悪態をついて魔物の剣をかわしている。気付けば魔物の大行列が出来ている。
「数を減らさなきゃ撤退も出来ない」
団員が焦った表情でそう叫んだ時、突然俺の肩に乗っていたコズミンがピィと鳴くと魔物達が一斉に倒れていく。
「これは……」
コズミンの力なのかは不明だが魔物の腕に嵌められている石の光が失われている。
「何が起きたんだ?」
団員や騎士達も動揺している。ラカワノン山の時のように派手に光をぶちまけなかったからか、コズミンに注目している人間は誰も居ない。
「お客さん、荷台に乗り込んでくれ。今日は嫌な予感がする……すぐ出発しよう」
俺は言われるがまま荷台に乗り込んだ。
「怪我はないかお客さん?」
と、団員の一人が騎士に話しかけている。馬車に乗り込んでようやく気付いたのだが若い騎士の何人かは震えているようだった。その尋常ではない怯えようを見てラリッサも心配になったのか優しく声を掛けていた。
しばらくしてゴルデは走り出し荒野を駆け抜けていく。
遠くに橋のような建造物が見えてくると、ラリッサが口を開いた。
「あの橋を渡ればラプリアセントです。ルギーさん、ここまでくれば安全性です」
彼女はそう言うと目を瞑った。
「うーんっ!」と伸びをして凝り固まった身体をほぐす。俺の肩に止まっていたコズミンは荷台から身を乗り出し景色を眺めているようだった。
それにしても橋よ、いくら大陸間を繋いでいるにしても長過ぎる。
「この橋は一体どれくらいの距離続いているんだ?」
俺がぼやくとラリッサはうっすら目を開き答えた。
「暗くなるまでには渡りきれますよ。それにしても昔の人ってよっぽどやることが無かったのでしょうか。こんなにも長い橋を造っちゃうなんて」
「人間が作ったのですか?」と聞こうとしたがラリッサが寝息を立て始めたので言葉を飲み込んだ。昨夜、あまり眠れなかったのだろうか。
俺は遠くに聳える灯台のようなものを眺めながらこれから訪れる国への期待感を抱いていた……。
ラノカワン編は終了です。というかラノカワン編と言うほどか? という気もしなくありませんが行き当たりばったりで書いている部分もあるので今後の展開次第ではラノカワン編Part2になる可能性も濃厚です。
2024/02/19
誤字脱字を修正。引くぐらい多かった(汗