◯・開闢の咆哮、視線の果てに綴る一瞥
週末に2〜3話まとめて投稿できれば良いと思っていますが、
1日2時間程度の執筆であるため停滞する可能性あり。
心地良い細波の音が聞こえる。
海の匂い、それから吹き付ける風が頬を掻く。
五感を刺激するリアルな夢だ。
もう少し、この夢心地を堪能していたい……。
しばらく眠っていると、ブーンという聞き慣れない機械音のようなものが耳元で響いた。
薄目で確認するとそこには天井……ではなく晴天の空が広がっていた。
まだ夢の中にいるのか?
俺は体を起こそうと手をつくがその感触は布団のそれではなくザラついている。
何かがおかしい。いや正確には何もかもおかしい!
俺の目の前には海が広がっていた。広い砂浜、背後には瓦礫。
真横には、大自然に似つかわしくない魔法陣のようなものがぼんやり光を放っている。
魔法陣の光は弱く、不思議だなと思った刹那に消えてしまった。
状況が理解できない。悪夢を見ていたのは覚えているが夢の内容はおろか自分が何者であったかすらわからないのだ。
少なくとも、砂浜で寝る趣味はないはずなんだが……。
混乱していると背後の瓦礫の山が音を立てて崩れた。
俺は一瞬目を疑った。瓦礫の隙間から人間の手らしきものが見えるではないか!
その手は勢いよく瓦礫を吹き飛ばし、身長二m以上はあろうかという大男が出てきた。
彼は上半身裸で、剣闘士を彷彿とさせる兜が印象的だ。
男はたじろぐ俺を見つけ、一歩踏み込むと砂が宙を舞った。
「貴様、ジェルドワではないな? ふむ……」
男はそう言うと短い沈黙の後、納得するように頷き俺に両手を差し出してきた。
「貴様は命の恩人だ。転移者なんだろう? そちらの文化を尊重し、握手といこうではないか」
男は突然、友好的な態度で話しかけてくれた。間違ったことをいうと豹変しそうで怖いな。素直に聞き返すのがいいだろう。
「転移者?」
「そうだ。貴様のように突然別の世界から転移してくる者を転移者と呼んでいる。まあ、このバドワスト様を今まで幽閉していたのも転移者だがな」
「それは……大変でしたね」
「ああ。だが貴様のおかげで再び自由を手に入れた」
俺の頭上に疑問符が蝿のように飛び回っていたが、少し理解できた。
どうやら俺がこのおっさんを解放したらしい。さっき見た魔法陣と関係あるのだろう。だとすれば封印されるような危険な存在を解き放ってしまったということになるが。
バドワストは今にも飛んでいきそうな勢いで遠くを見ている。他に話ができる人間がいればいいのだが動物の気配すらしない。彼に聞くしかないのだろう。
「あの、バドワストさんはこの世界の住人ですか?」
「そうだとも。ジェルドワという天才的な転移者がいてな。殺し合いができる良い世界があると聞いて楽しみにしていたのだが魔法陣に細工がしてあったらしく、退屈な空間に236年もの間、幽閉されてしまったのだ。ちなみに、この格好が正装らしい」
「そうですか」
突っ込みたい箇所は幾つかあるが奴が普通の人間ではないのは明白だ。当たり障りのない修正だけしておこう。
「一般的に、握手は片手でするものだったと思います」
「それは失礼したな。では恩人よ、去る前にアドバイスをやろう」
「はい、何でしょう?」
「この島は間もなく攻撃を受ける。転移初日で死ぬのも笑い話としては最高だが、逃げるか留まるか直ぐに決断した方がいいぞ」
そう言い残すと大男は光に包まれ、次の瞬間には居なくなっていた。
あれが恩人に対する態度か? 戸惑いながらも島に使えそうなものはないか探索する事にした。
バドワストの有り難くない助言を真に受けるのであれば、瓦礫しかない辺鄙な島を襲撃する物好きがいるということになる。脱出する方法を考えなければ。
しばらく海岸を歩き回って流木をいくつか集めた。気付くと俺は船を作ろうとしていた。しかし人工物らしきものはまったく手に入らず、船を作る知識も持ち合わせていない。自分の無能っぷりに落胆しつつも足掻くしかないのだ。
それから10分くらい経過した頃だろうか。
作業に疲れ、凝った首を上げると遥か彼方に四つの点が浮かんでいることに気が付いた。
その点は段々と大きくなっている。こちらへ接近しているようだ。
先程の助言が脳裏を過ぎる。襲撃者か?!
周囲に逃げ込める自然の遮蔽物は見当たらない。あるのはバドワストが吹き飛ばした瓦礫の山だ。
俺は瓦礫の陰に身を隠すことにした。
物体は島の上空まで到達すると停止し、キュイイインという高音を発した。
物体の形状は明らかな人工物で、鳥でも空飛ぶ魚でもない。
瓦礫の隙間から飛行物体を観察していると、突如硬度を下げ、スロープから六本腕の巨人が複数体降りてきた。
生物ではないそれらは周囲を確かめることもなく、ゆっくりと近付いてくる。
奴らの目的は瓦礫だったのか? 崩れる前は何だったのか、あの裸超人に詳しく聞いていれば良かったのだが。
移動する機会を伺っていると突如目の前に黒光りする細い何かが落ちてきた。
それはカマキリのような見た目をしているが黒く、カマの代わりにレーザーが出そうなイカす武器を持っている。
しかも、大きさは人間程あり俺の知っているカマキリさんではない。
特徴的な逆三角形の顔には赤く光る目があり、明らかにこちらを捕捉していた。
こういう時は投降すべきだろう。もし銃口を向けられたら先手必勝だ。撃たれる前に投降する。
カマキリは見える範囲だけでも五匹はいる。こちらに気付いていながらも最初に目の合った一匹を除き、瓦礫を調査しているようだった。
唯一俺に熱い視線を送ってくれるガン見カマキリさんが、突如機械音声のような声を発した。
「魔力供給石 未装着 驚異度 1」
抑揚のない声が波風と共に大海へ吸収されていく。
するとカマキリは向きを変え遠退いていた。
驚異度1とは俺のことらしい。放っておいても害はないから見逃されたというわけか。
なら動いても良さそうだ。
奴らの邪魔をしないように辺りを探索していると、徐々に薄暗くなってきた。
気付けばカマキリ達も大型の飛行物体に乗り込み、高度を上げ始めていた。命は助かったが食べる物も何もない島に置き去りにされたのでは行き着く先は同じだ。
そう思った矢先、大型の飛行物体から強烈な光が発せられた。
バチバチと、飛行物体に未知のエネルギーが集まっているような感じがする。
逃げないとまずい。直感が呼びかけるも空腹と絶望感から足が動かない。
よく分からない世界で謎の最期を迎える。何の取り柄もない、俺らしい散り樣だ。
ここに来る前、何してたんだっけ。
夢ではないこの感覚。一体何だったんだろう。
思い出した……。俺は人生に、絶望していたんだった。
違う世界があればいいなとか、よく妄想してたっけ。
成功したんだ。けど、転移先でもこれかよ。
カマキリは魔力供給石がどうとか言ってたっけ。
魔法の概念があるなら、ドラゴンとかも住んでいるのかな。
一目見たかったなぁ。
謎の飛行物体から轟音と共に眩い光が発せられると、俺の意識は飛んだ。
2024/02/19
『俺』が「オレ」になっていたので修正しました