断罪された伯爵令嬢ですが真実の愛に出会えました。この愛を大切にして生きていきます!
ざまぁはないです。(ざまぁを楽しみにされた方はすいません...!)
私が犯した罪は許されないものだった。
しかし、貴族なら誰でもやっていることでもあった。
そして大半が冤罪だった。
ではひとえに、手を出した相手が悪かったのだろうーー。
「エレノア嬢。」
かつて私に愛を囁いた憎い男がやってきた。
この男ーーアレンはーー今や国王陛下である。そんな国王陛下が私が捕らえている寂れた離宮まで来た。
ご苦労なことだ。
「......。」
どうせ私は殺されるんだろうな、と思った。
私はこの男の愛する人の命を狙ったのだ。
仕方がない。
心残りなのは優しい父と弟だ。
捕まる前に家とは縁を自分で切ったが、それでも風評被害に遭っているだろう。
この男は自分の愛する者を貶めた人間を許すような奴じゃない。きっと我が家は...想像もできないほど大変な目に遭っている。
私が手のつけられないわがまま娘で、家族はみんな私に困っていた、そういう噂はしっかり流したけど、どうなるんだろう。どうか、どうか、幸せに過ごしてほしい。
目の前の美形は静かに私を見つめる。
「恩赦の話が出ている。」
「.........。」
静かな私に衛兵が殺気立つ。
「私とリリアンナの結婚による恩赦だ。条件付きだが、この離宮から出してはやれる。」
「......条件とは?焼きごてなどとおっしゃるのでしたらどうぞ、一思いに殺して下さい。」
「お前の名前を奪い、他人とした上で、私の側近と結婚してもらう。それが条件だ。」
「...それは、今までの監視付き生活とさして変わりませんね。わかりました。...それが罰であるなら受け入れます。」
「罰ではない。ただ、決定事項だ。」
私の夫となる人は、穏やかそうな顔をした伯爵家の次男で、この男の側近。優良株だ。
本人も私との結婚に異存はないらしい。
おおかた愛人がいるか、世間に大っぴらにできない性癖があるかの2択だろう。
私の立場は限りなく弱いのだから。
「お初にお目にかかります。」
私は丁寧に一礼した。
正直怖かった。どんな目に遭うかわからない。
私は彼に殴られても、殺されかけても、もう、逃げられない。私に今人権はないのだ。
「怖がらなくて構わない。俺は基本王都にいる...君は領地で静養するといい。」
これは愛人の方だな。
彼らは王都でイチャコラして、こっちは飼い殺すわけだ。
まあそちらの方が都合がいい。構わない。
「急で悪いが、向こうに行って欲しい。馬車も御者も用意してある。」
性急な人だ。
私はほぼきのみぎのまま追い立てられた。
長い長い石道を馬車が走る。
私は昔のことを1人思い出していた。
私はど田舎の伯爵家に生まれた。
うちの家は家格も低くて、田舎だから蔑ろにされがちで、いつも災害援助は最後だった。隣国からの侵略を防ぐ要所なのに捨て駒みたいな扱いで、悔しかった。
だから王都の高位貴族に近づき、うちの家格を上げるために学園に入った。正直学園に通う必要はなかったのだ。
しかし、私の優秀さを見せつけ、王都とのコネを得、伯爵家の重要性を伝えなければならないと必死だった。
毎日のように人が死んでいく学園で生き残るのに必死で、そしてせっかくここまでしているのだから王都で婚約者が欲しいと思ってしまった。
私は伯爵令嬢だ。
公爵家なんかは無理だけど侯爵家や伯爵家、勢いのある子爵家あたりに嫁げると思った。
家名を知らない、と侮辱されていた日々で、私はある男に庇われた。少し調べれば彼は侯爵家の人間で、王都でも広く活躍しているそう。
私の結婚相手としてうってつけだった。
私は当時アレン・エドルガーと呼ばれていた彼に近づいた。
そして何より私は彼が好きだった。
温厚で。優しくて。大人で。
彼が私と付き合ってくれた時、自分の努力は報われたと思った。今までの勉強。忍耐。令嬢としての淑やかさ。
私は伯爵令嬢として上位に食い込む必要があった。
そのためには、誰かを追い落とさなければいけなかった。
だから私は王都で築き上げた全てを使ってとあるご令嬢を陥れようとした。そのご令嬢は王の側室となる予定らしい。もう2度と歴史の表舞台には出てこないのだから、ちょうど良かった。
けれど............私は失敗して捕えられてこのざまだ。
世間で言うざまぁをされている。
相思相愛だと思っていた男に裏切られ、罪を詳らかにされ、離宮に押し込められた。
そして結婚をさせられ、今、遠い土地へ護送されている。
私は私のしたことの報いを受けているだけだった。
私が愚かだった。
あの男は私よりも酷いことをしているはずなのに正当化されて捌かれなかった。
結局はこう言う話だーー身の程を弁えろ。
それだけだ。
もう私の心は生きていないと思う。
もしかして、自死を望まれているのだろうか。
こうやってじわじわと追い詰められるよりも、毒杯を賜ったり、処刑される方がマシだった。
「奥様。」
私につけられた屈強な護衛騎士が外から声をかけてきた。
「はい。」
私はただ返事する。
「行き先まではあと数時間かかります。休憩なさいませんか?」
「そうしましょうか。」
私は平坦な声で答えた。
私はもう殺されている。
そこは草原だった。だだっ広い草原に布を敷いてもらい、腰を下ろす。
すかさず渡された爽やかな味のする飲み物を飲み干した。
「あの...毒味は、なさらないので...しょうか?」
おずおずと問うてくる侍女にイライラする。
「結構よ。事前に解毒剤を飲んでいたら毒味など意味がないもの。」
毒味を任せるほどお前たちを信頼してはいない、と言外に伝える。
「あ...失礼いたしました...次は毒味をしてからお渡しいたしますので...。」
私はため息をはいた。
「結構だと言っているでしょう。私のために侍女を殺すのは忍びないわ。」
アレンーー思い出すのも苛立つーーやつが私を殺そうと仕掛けている可能性がある。やつは手段を選ばない。最愛の人を守るためなら何人でも殺す。
異常なのだ、やつは。
そして私はやつの逆鱗に触れた。
逃げれば逃げるほど犠牲が増えると考えるのが自然だろう。
誰かこの苦しみから私を救ってくれ、と思うけど。
そんなリスクを犯してくれる人はいないと思う。
そんなリスクを犯してくれるような人と、関係を築けなかった。私は淡白な人付き合いをしていたから。
ビジネスライクだったから。
因果応報、と言う言葉がある。
身から出た錆、と言う言葉がある。
せめて。
潔く。
死にたいものである。
びゅう、と冷たい風が吹いた。
先ほどとは異なる能面のような侍女が私に話しかける。
「奥様。体を冷やします。馬車にお戻りください。」
「ええ。」
私はやっぱり平坦な声で返事した。
1人馬車に揺られていると段々眠くなってきた。これが一服盛られた結果なのかそれとも私の問題なのかわからないけど、どちらでもよかった。
何も気にせずただ眠る。
眠りの世界でだけ私は幸せに浸ることができる。
ガタン、と馬車が止まって目をあけた。
周囲は真っ暗だ。だいぶ長い間寝ていたのかもしれない。
馬車が止まったのだから私に声がかかるだろう、と思って待っていたけど、一向に声がかからない。不審に思って外に耳を澄まして見た。私は結構耳がいいのだ。
「エレノア嬢は寝たか?」
「はい。安らかにおやすみです。」
「それは良かった。では、手筈通りやれ。」
思い出した。この声は婚約者の声だ。馬で私に追いついてきたのだろうか。
たぶん、私を殺すために。
私は罪人なんだから、嫁にするメリットが一つもない。殺せるタイミングで殺しちゃいたいと考えても全くおかしくない。
ルドルフ・シャノン。伯爵家次男。私を殺す男。
私はその名を呟いた。
恨みはないが赦すつもりもない。
事実としてその名を覚えておいてやる。
ーー私の婚約者よ。
つくづく私には男運がないらしい。
見事誰かの最愛になっているご令嬢たちが羨ましいよ。
私は目を閉じた。
かちゃり、と鍵が開けれる音。早まる鼓動と震えそうになる肩を理性で抑える。
自分に向けられているであろう剣を見たくなるがグッと堪えて姿勢を保つ。
とん、と人が入ってくる。
あと2、3歩で、死ぬ。
一歩。
二歩。
衣擦れの音。
ーー死を恐れることなかれ。
貴族たるもの、いつでも潔くあれーー
愛する私の故郷。
愛する私の家族。
永遠にさようなら、この世界.........。
そこで意識を失った。
「.......で、......なのか?.........、ふむ。しかし、......。」
「いえ.........。旦那様、......に、酷では。」
誰かの話し声だった。
それに気づいた時、私は自分が生きていることに気づいた。
「お目覚めか、エレノア嬢?」
「あ...、ル、ルドルフ、こほっ、」
「気が回らなくてすまない。無理に言葉を発しなくていい。」
目覚めた私の視界に入り込んできたルドルフ・シャノン、私の婚約者は枕元の水差しから私に水を注ぎ、てずから飲ませた。
その時初めて水が甘いということを知った。
「ルドルフ様、ありがとうございます。」
私は目を伏せ気味に礼を述べた。
「ああ、構わない。それよりも手荒なマネをしてすまなかった。一応君には一回死んでもらわないといけなかったからね。君が寝てる間に君の存在を抹消しておいたよ。」
「え...。」
声を失った私に噛んで含めるように彼は説明し始めた。
「アレンは君を赦したが...君はこれからも汚名を被って辛い思いをすることになる。それはわかるな?」
「はい。」
そう。それも仕方ないことだとわかっていた。
それが報いだと。
「だから俺が“エレノア”を殺した。君はここに着くまでの間に馬車の事故に遭って死んだんだ。」
「そんな無茶な...。もし陛下にことの次第がバレたら、ルドルフ様もただではすみません。」
「アレンには伝えてある。」
「え...。」
あの男が。
私を許すか?
「君の家の窮状を見逃していたのは王都貴族側のミスだ。君のしていることは未遂であるし、次にこのようなことがないように厳しい処罰は必要だが、君にそこまで負わせるつもりはない。それがアレンの考えだ。」
「そんな...。」
「君がエレノアとして生きていくことはできないが、エレノア以外の別の戸籍を用意してある。戸籍上の家族と会えるように手配したから会ってみるといい。」
急に言われても、そんな。
あっさりと言われて、どうしたらいいかわからない。
「旦那様。」
「ああ、来たか。」
音もなく近づいてきた燕尾服の男......おそらく上級使用人だろう...がルドルフ様に耳打ちした。
「君の家族が来たらしい。私は席を外すから、ゆっくり語らうといい。」
「家族、とおっしゃいますと...。私を養女にしてくださる方ですか?」
「っ、そうだよ。」
「私は人にお会いできる格好をしておりませんが...?」
暗に非常識を指摘する。
「まあまあ、会ってみるといい。」
ルドルフ様と入れ違いに人が2人、部屋に駆け込んできた。
「姉上!」
急いで立ち上がった私にタックルをかまし、私をベットに逆戻りさせた犯人はどこの子供かと思えば、私の弟である。
「ウィル!?」
思わず弟の愛称を読んでしまって急いで言い直す。
「ウィリアム様。」
私は弟をひっぺがしてゆっくり歩いてきた弟の保護者ーー父を見る。
「カールトン伯爵。一体何事ですか。」
私は務めて冷静に呼びかけたと言うのに.........カールトン伯爵は.....父はただ、突っ立って。黙って。
涙を流していた。
「エリー...。」
王都に出てから久しく呼ばれていない愛称が呼ばれた。
お父様......。
私は一度この人達との縁を書類上、完全に切っている。
なぜなら私は前王の毒殺事件の容疑者にされていたから。
新しい王が犯人探しを取りやめたおかげで私は何もなかったが、もし犯人探しに力を入れていたら今頃拷問で生きてなかっただろうとおもう。
もう2度と家族とは呼べないはずだった2人を見つめる。
「しばらくこの部屋には誰も近付きません.....どうぞ、心ゆくまで、ごゆっくり。」
ルドルフ様がドアを閉め、足音が遠くなっていく。
「エリー、エリー...こちらを向いて。」
「は、はくしゃ、」
父が私を抱きしめたから。
私は最後まで言葉を紡ぐことができなかった。
大きく感じていた父が。
今では小さくて頼りなく見える、はずだった。
父を頼りなく感じて。
これからの未来のために、王都に行ったはずだった。
なのに父の背中は大きくて。
温かくて。
昔私の頭を撫でた時のように私を撫でるから。
私は涙を堪えられなくなってしまった。
「お父様、と、呼んでいんだよ、エリー。」
父の掠れた声に堪えられなくなった私は父にしがみついた。
「お父様...お父様...!」
父の手が私を宥めるように動くたびに、私は嗚咽を漏らした。
しばらく経ってだろうか、弟がおずおずと声をかけてきた。
「姉上、どうしたの?悲しいことがあったの?」
弟は伯爵家を継がすために養子にした子で、私とはかなり歳が離れている。まだ5歳のこの子には、今回の話は難しいだろう。
「ええ、そうなの。」
私は肯定するだけにとどめておいた。
ひとしきり今までのことを話してから、私はカールトン伯爵家の娘、エリー・カールトンを名乗ることになった。
そしてお父様と、2度と表舞台に立たないことに決めた。
「エリー。お前が帰って来れたのはルドルフ様のおかげなんだ。お前の後を追おうと思っていた私を説得して、陛下に掛け合って今の形に収めてくださった。彼に感謝を伝えてくれないか?」
「もちろん、よ、お父様...?どうして私に?」
「本来私はお前に合わせる顔がないんだよ、エリー。お前の罪を晴らすことも、全て私は諦めたんだ。冤罪だろうと気付きながらも、相手が悪かったのだ、とね。私は...。私は......、嘆く前にやるべきことをやらなかったんだ。ルドルフ様はあんなにもお前を助けるために駆け回ってくれたと言うのに......!」
「.........お父様がなさったことは当然だわ。私は陛下に捕らえられたのよ...?諦めてくださる方が、安心よ。ね、お父様。私はお父様を愛していますから...お父様が私を信じてくださって、受け入れてくださっただけでいいのです。」
「エリー...エリー......。」
深く皺が刻まれた顔。苦悩に満ちていた。
父は伯爵家当主だ。私を守り、弟を守り、領民を守り、隣国の侵略に備えなければいけない。
1人の人間に乗せるべきではないたくさんの重荷が父の背中には乗っていて、それが父の皺を深くさせている。
それがとても悲しかった。
王都に行ったのに。
結局父の皺を増やすだけになってしまった自分が呪わしかった。
元の家族を取り戻しても。
私がルドルフ様と婚約していると言う事実は変わらず。
私はルドルフ様のお膝元で暮らしている。
「エリー、おいで?」
にこりと微笑んだ顔は。
私が拒否することを全く許さないことをこの2週間で学んだ。
「基本的に王都にいるんじゃないんですか。」
ぼそっと呟いた声は聴かれていたようで、ルドルフ様は笑みを深めた。
「俺が王都にいた方がよかったか?」
「い、いえ。そのようなことは。」
この男はとんでもない男だ。
私のことを最愛の姫などと宣い、かまい倒す。しかも一向に飽きる気配がない。
今もそうだ。
私が近づけば私を抱き抱えて膝に乗せる。
私は彼のお膝元(比喩ではない)で暮らしているのだ。
そして私が抱え上げられれば餌付けされる。
「すみれの砂糖菓子だ。好きか?」
「.........はい。」
「よかった。」
素直に答えるのが嫌でしばらく黙ったのに、ルドルフ様が普通だから自分が恥ずかしくなってしまう。
大人に、ならなければ。
彼に与えられるものに対しての成果を出せるようにならなければいけない。
「エリー。」
「はい。」
ルドルフ様が私の目をまっすぐみつめた。
「一生幸せにしてやる。辛いことも悲しいことも取り除いてやる...だから、君の人生を俺にくれ。」
こんな私を...この人は...。
好きにならない方がどうかしている。
こんなにも真摯に私を救い出してくれた。
明日を生きる希望が芽生えたのは彼のおかげだった。
彼は何よりもの真実の愛を私に示してくれたのではないか。
私はそれをただ信じて、頷けばいい。
ただ誠実に、彼と日々を歩んでいけばいい。
そう思わせるものが彼にはあった。
「私の人生全てをあなたに捧げます。」
全て捧げようじゃないか。
全てをかけて彼の愛に報いたい。
恋なんかじゃない。
これはただ、愛が真実なのだ。
汚い貴族の中で。
策略と暗殺に塗れた日々の中で。
彼だけは信じられるのだ。
なんと嬉しいことだろうか。
なんと素晴らしいことだろうか。
彼からの愛を向けられる相手が私だったなんて、なんて素敵なのだろうか。
どんな努力だってしよう。彼のためになるのなら。
どんな屈辱も笑顔で流してしまおう。彼のためなら。
これは私に与えられた真実の愛だ。
ーーその日は快晴であった。娘の顔は晴れ晴れとし、彼の花嫁となることを心から喜んでいた。
私はきっと間違っていたのだ。きっとこれすら彼の筋書き通りに違いない。
彼が娘を今も愛してくれていてよかった。
彼の執着は負担になるかもしれないが......しかし娘を救ったのだから。
彼にとって私など娘の心を掴むための駒に過ぎないのだろう。構わない。あぁ、構わない。
幸せにしてくれ...エリーは大事な大事な私の娘。
幸せになってくれ、エリー。
エリー・シャノン。
彼女は地方分権の制度確立に大きく貢献したと言われているが、王国宰相ルドルフ・シャノンの妻であったと言う以外知られていない。
当時の王妃が残した日記には、エリー・シャノンという女性が夫に溺愛されており、その溺愛度合いは王国一だという一文が記述されている。王はかなりの愛妻家だというのだから、宰相一家の仲睦まじさが伺えるものである。
エリー・シャノン。
謎多き偉大な女性である。
手に取っていただきありがとうございます♪
橘みかんと申します。
ブクマ・ポイントをつけてくださる皆様、いつもありがとうございます。誤字報告、本当にありがたいです。よろしくお願いします。
今回の作品は、「その優しさを私にむけてほしかった、と思っていたのですが...事態は私にご都合主義でした」に出てくる女の子のお話です。
シリーズにしておりますのでそちらも読んでいただけると嬉しいです♪
2023/11/13誤字を訂正しました。報告ありがとうございます。いつも本当に助かっています。
感想ありがとうございます。皆様と感想欄を通して繋がっているのがとても嬉しいです。