07 四人の男達のそれぞれの思い。
・元第一王子のため息
・グリゴリアは聖女ルリィに心から感謝している
・アンサーレッツ辺境伯は聖女ルリィに驚く
・ハルロイ辺境伯は聖女の力がここまで高いと知らなかった
四人の男の話です。
★☆★ 元第一王子のため息 ★☆★
ジャイカル国では北の方でも冬でも雪がちらつく事がひと冬に数度あるだけで、雪が積もるのは何年か何十年に一度あるかないかだ。
だからといって夏が暑すぎることもなく、過ごしやすい国だ。
小麦は年に二度収穫でき、畑の実りも豊かで、食べ物で困ることのない、素晴らしい国だと思っている。
だが、ドボイ子爵家が豊かかと言われるとそうではない。
何と言っても領地が狭い。
四方に山がないため、狩りができず、肉が手に入りにくい。
毎食出てくるのは野菜の煮たものに、野菜の炒めたものばかりだ。
畜産をすればいいと解っているが、その畜産をするにはどうすればいいのか分からない。
領民は新しいことに手をだすのを嫌がる。
保証をしてやればいいのだろうが、その保証がどの程度必要なのかが解らない。
国王となって国を動かすことに比べると、ドボイ領のような小さな領土くらい、なんとでもなると思っていた元第一王子であるが、ブルータスは己の思い違いに今、苦労している。
第一王子であった時は女に苦労することなど無かったのに、今は嫁に来てくれる相手が見つけられない。
今まで関係を持った相手にも声を掛けたけれど、気位ばかりが高い元王子の子爵家に、嫁ぎたいと思う女はいなかった。
このままでは私は独身のまま、人生を終えることになってしまう。
高望みはやめて、子爵家や男爵家の二女以下の令嬢に向けて今日も婚姻の打診を送った。
けれど、酷いところは返答もしてこないし、返ってくるのは、残念ながら・・・から始まる手紙ばかりだ。
領民も私の行いを知っているため、私を見る目が厳しい。
王城で私の側近をしていた者達も、ドボイ子爵となった途端に掌を翻した。
子爵家に付いて来てくれる者は誰もなく、執事ですら、元々ここの執事をしていた者なので、意思の疎通が叶わない。
収入と支出の細かい、いや、根本的なことが解らない。
第一王子として真面目に教育を受けていなかったことが、今になって悔やまれる。
今日も私と執事の両方がため息を吐きながら、執事に一から教えてもらっている。
執事は元王子のくせに、こんな事も解らないのか?と首を傾げる。
私に子爵家の才すら無かったことを知った。これではとても王になどなれる筈がないことを知った。
ふとルリィのことを思い出し、あの女さえ要らぬことを言わなければこんなことにならなかったのにと恨み言を考えたが、子爵程度の執務もこなせないことを思い出し、ルリィに感謝すべきなのだと気がついた。
私の母は平民の聖女だったらしい。私は教えられていなかった。いや、教えられていたが、聞いてはいなかったのかもしれない。
母はいつも敬われて、傅かれていた。
母には元平民だと思わせるようなところはどこにもなく、何の瑕疵もない王妃としても母としても素晴らしい人だった。
子供の頃、母に溺愛されいつも母は私の側にいてくれた。弟たちには一線を引いた態度なのに、私には違った。
母は私が子爵となると決まった時、私に謝った。
「ごめんなさい。わたくしがブルータスに幼少の頃から王家の人間としての教育をしていなかったために、あなたを王子失格の子供にしてしまったわ」
「どういう意味ですか?」
「わたくしは元は平民だったから、わたくしが両親から与えられた愛情のままに育ててしまったの。陛下にそんな育て方をしたら、王家の正しさを持った子供に育たないと言われたのだけれど、わたくしはあなたが可愛くて仕方がなくて、つい手元において、可愛がり過ぎてしまったの」
「平民の子供と王家の子供ではそんなに育て方が違うのですか?」
「違うわ。ランベルトは直ぐにわたくしの手から取り上げられたの。あなたとランベルトでは違うと解るでしょう?」
私が一番母に愛されていると思っていた。
母とランベルトの間には愛がないように見えていた。私は私が母に特別愛されていたからだと思っていたことが違ったのだろうか?
「母上はランベルトと私なら、私の方を愛していたんですよね?」
「わたくしは、わたくしが産んだ子に優劣はありません。どの子も皆、同じだけ愛しています」
「嘘でしょう?!私とランベルトでは全然態度が違いました!!」
母は私をいつも抱きしめ、惜しみない愛を与えてくれていた。
ランベルトとはほとんど接触がなかった筈だ。
「陛下に、ランベルトにはブルータスのような子育ての仕方をされては困ると言われました。わたくしはただ与えられるだけの愛をあなたに与えてしまいました。わたくしがそんな育て方をしてしまったために・・・我儘な子にしてしまいました。全て母であるわたくしが悪いのです。本当にごめんなさい」
母は私を抱きしめて泣いて謝っていた。
母の愛が私を駄目にしたというのか?
「違います。母上のせいではありません。私が、自分を驕ってしまったことが問題だったのです」
母のせいではないと何度も伝えたが、私と他の兄弟との違いに気がついて、やはり母のせいだったのかもしれないと、責任転嫁した。
父は始めから私に国王となる資質はないと思っていたのだろうか?
私は第一王子だから私が国王になると思っていた。母からの寵愛も私にあったし。
私がランベルトのように辺境伯になっていたら、正直なところ、何もできずにいるのではないかと思う。決して認めたくはないが。
父上が、私に辺境伯を任せることなど、考えもしなかっただろうと思う。
そう考えると、私を王太子にする気はやはり無かったのだと思った。
そして、子爵程度の領主の才すら無かったことにがっかりして、またため息を吐き出した。
★☆★ グリゴリアは聖女ルリィに心から感謝している ★☆★
聖女ルリィに初めて会ったのは妻のフルールの妊娠が解った翌日だった。
教会に回復魔法を掛けに誰か来て欲しいと頼んだら、来てくれたのが聖女ルリィだったのだ。
私には細かい説明はなかったが、聖人、聖女が私の家に来ることを嫌がったのだろうと、想像がつく。
妻は伯爵家の娘で、教会に所属できる程度の聖女だったけれど、魔力量はさほど多くなく、聖女の中でも底辺だったのだろうと思う。
フルールは己の力の無さを受け入れていて、出来ることをコツコツと熟す、真面目な聖女だった。
時折訪問する教会で、お茶を出してくれたのがフルールで、私は一目で彼女に恋をした。
私の独り善がりではなく、フルールも私に恋をしてくれた自信があった。
何度か教会を訪問して、フルールと言葉を交わして私の恋心を伝えた。
私の思った通り、私が恋に落ちたあの瞬間に、フルールも私に恋をしてくれていた。
運のいいことにその当時、私はまだ婚約をしていなかった。
聖女の能力が高い相手が気に入らなかったので、のらりくらりと婚約から逃げていたのだった。
陛下に相談したところ、互いに思い合っているのなら、婚約を認めると言ってくださって、私達の婚約は結ばれた。
それから結婚までが大変だった。
私は陛下の弟だったため、もっと聖女の力が強い相手と婚姻を結ぶべきだという者達に反対されたのだ。
ジャイカル国は変な国で、聖人、聖女の力さえ強ければ平民であっても、王家の者との婚姻が推奨されるのだ。
陛下は一蹴してくださったが、皆の不満はフルールへと向かった。
上位の聖女で私と年齢的にも釣り合う者達から、フルールが虐められていたと後から知った。
それを助けてくれたのは聖女ルリィだった。
聖女ルリィは当時まだ十歳の子供だった。
聖女ルリィは陛下へ「聖女フルールが要らぬ気苦労をしているため、王城で匿うか、婚姻を早急にしていただきたい」と言ってくれたのだった。
私とフルールは王族では考えられないほど、婚約から最短で婚姻へと至った。
準備も何も足りていなかったが、所詮末弟。
陛下の一声で末弟らしい規模の結婚式が執り行われた。
陛下が私の下へとフルールを連れて歩いてくださったことは今でも目に浮かぶ。
新たな防衛線の辺境伯へは、私から陛下にお願いした。
公爵では、フルールへの当たりが強かった事が一番の理由だが、ランベルトが西の領地を引き受けると言っていたので、聖女ルリィがランベルトの妻となると、見越してもいた。
ランベルトは聖女ルリィに長い間、恋していたから。
聖女ルリィはフルールが妊娠してからは週に一度、フルールの具合が悪い時は毎日、治癒魔法と回復魔法を掛けに来てくれた。
聖女ルリィ以外の聖女が来てくれたことはなかった。
時間のある時には一緒にお茶を飲んだり、食事をしたりして、聖女ルリィとは仲が良くなっていった。
フルールの陣痛が始まると、聖女ルリィはすぐに駆けつけてくれ、フルールと子供に治癒魔法と回復魔法を掛け続けてくれていた。
ルーズベルトが産まれると、二人に回復魔法を掛けた途端にその場に崩れ折れるほど魔力を使ってくていた。
ルーズベルトは標準より少し小さく産まれてしまったせいで、体の弱い子だった。
ルーズベルトが産まれてから三ヶ月間、ルーズベルトの心配をしなくていい日まで、聖女ルリィは毎日通ってくれた。
「ルーズベルト様が治癒魔法を受け付けなくなったので、もう心配はいらないと思います」
と聖女ルリィに言われた時、私達夫婦はどれほど感謝と歓喜に震えたことか。
私は窓の外の敷設された道を見て、聖女ルリィへの感謝は未だ返すことができず、溜まっていくばかりだ。
第一王子のブルータスと婚約すると聞かされた時は、私は本当に心配した。
ブルータスは聖女ルリィより二つ年上だったが、王子としての教育もままならなず、王子としては頼りのない、我儘な王子だという印象が強かった。
心配していた通り、ブルータスの噂は良いものがなく、私とフルールは聖女ルリィのことを本当に心配していた。
戦争に行かされる事になったと聞いたときも、真っ先に反対の声を上げた。
聖女ルリィは陛下からの勅命を淡々と受け止め、出発していった。
聖女ルリィのその顔に憂いはなかった。
長い戦いの中、聖女ルリィの安否確認だけは欠かさずしていたけれど、何の手助けもできない己の力の無さを嘆いた。
私ができたことは、よく食べる聖女ルリィに食材を送り届けることだけだった。
戦場から帰ってきた聖女ルリィは子供っぽさが抜け、厳しい世界を知った凛々しい少女へと変貌していた。
聖女としての自覚と力が溢れ出していた。
報奨の場で明かされた事実に皆驚いた。
私達が心配せずとも聖女ルリィは地位と幸せは自分の力で掴み取っていた。
聖女ルリィはランベルトの妻になり、防壁の上を西から東へと進んできていると噂がたっていた。
十年以上かかると思っていた防壁を、一人でたった数ヶ月で完成させてしまい、生活と防衛に必要な道も息を呑むほど短い時間で敷設してくれた。
私は聖女ルリィに、この感謝をどう返していけば良いのか解らない。
★☆★ アンサーレッツ辺境伯は聖女ルリィに驚く ★☆★
フルベルトは聖女ルリィについてほとんど知らない。
知っているのは、今までの聖女と比べても能力が高く、ブルータスの婚約者だったことくらいだろうか。
情報でなら聖女ルリィのことは知っている。
ブルータスの愚かな行いにも文句も言わず黙って言うことを聞いていて、子供ながらに感情を抑えることをよく知っていた。
戦争に送られると聞かされた時には流石に反対した。
十三歳、そんな歳で人の生き死にに関わる戦場などという酷い場所に送られることに、私は恐れを抱いた。
戦場でどれほどの心の傷を負うのだろうかと、心配した。
王都から出発した騎士から雑兵に至るまで、誰も欠けることなく全員無事に帰ってきた時には驚いた。
戦争に行った聖人、聖女の能力の高さに驚いたのだ。
暴露された事実にも驚いたが、聖女ルリィの強かさにも驚いた。
黙ってブルータスの言うことを聞いていただけではなく、最高のタイミングで、意趣返しをして、自由を勝ち取った。
私の聖女ルリィへの評価は引き上げられた。
聖女ルリィが防壁を西から物凄い速さで完成させている。と聞いて、私は大げさだな、と思った。
聖女ルリィとせっかくの言葉を交わす機会だと思い、防衛ラインに来てみれば、川の上に防壁が作られているところだった。
ほんの数秒で川の上に無から有を生み出し、防壁が作られた。
私は本当に驚いた。
こんな規模の土魔法を使える人間を見たことがなかった。
そのまま直ぐに聖女ルリィに会えると思っていたら、護衛騎士達に明日になると言われて、翌朝もう一度防壁へと向かった。
聖女ルリィが私が昇るための階段を作ってくれて、私は防壁の上へと上がることができた。
堅苦しい挨拶をしようとしたので、固辞したが、言葉を発する度に堅苦しくなっていくのには笑ってしまった。
是非とも聖女ルリィが防壁を作るところが見たかったので聖女ルリィが腰掛ける馬車の側で見ていると、土魔法を使った途端、私はその凄さに驚いて、気を失っている聖女ルリィを見てまた驚いた。
大丈夫なのかと護衛騎士達に何度も聞いた。
「目が覚めたらお腹をすかせているので、食事の用意をお願いしてもいいでしょうか」と尋ねられ「当然、用意させる」と約束した。
聖女ルリィが目覚めて、食事の量を見てまた驚いた。
私の三倍の量を食べたのではないだろうか。
その後、聖女ルリィは入浴をして騎士や工事関係者達に治癒魔法と回復魔法をエリアヒールと言って一度に全員の治癒魔法を使っていた。
その場に五十人以上はいただろう。
私もその場にいたので、治癒魔法と回復魔法を体験した。
些細な不調がすっかり治ってしまい、まるで二十歳の頃のように元気になった。
昼食もまたすごい量を食べて、防壁の上へと上がっていった。
私は下から防壁が出来る様を見ていた。
何度見ても驚く。
土魔法使い達に強度の心配はないのかと聞くと「岩よりも硬い防壁になっています」と聞かされてまた驚いた。
防壁が東まで完成したと聞いた数日後、屋敷の窓から外を何気なく眺めていると、瞬きすると道ができていた。
砦からアンサーレッツ邸までの道、王都へと向かう道、各屋敷へ行く道までもが敷設されていた。
聖女ルリィは規格外が過ぎた。
★☆★ ハルロイ辺境伯は聖女の力がここまで高いと知らなかった ★☆★
メキシアに攻め込まれたのは朝早くだった。
兵を集めているのは砦から見えていたので、私達も防壁の下に兵を集めて、開戦がいつになるかと待ち構えていた。
防壁があるため、簡単には攻め込まれることはないが、ハルロイの騎士だけではいずれ足りなくなる。
メキシアで人が集められ始めた頃から陛下へは密に連絡を入れていたので、開戦から二日で王都からの増兵と物資が送られてきて、聖人、聖女までもがたくさん来てくれた。
聖人、聖女達は重症だった騎士や兵士を瞬く間に治していき、聖女ルリィは欠損した腕までも治してみせた。
聖人、聖女のお陰で、こちらの士気は上がり、メキシアの士気は日に日に下がっていった。
メキシアがどんどん下がっていき、他の防壁を守っている者達も押し返していることを聞いて、私は攻め込む決断をした。
味方に攻め込むことを伝え、夜が明ける前に一斉に防壁の向こう側へと降りた。
驚いたことに聖人、聖女達も最後尾とはいえ、メキシア側へと降り立ち、怪我人をどんどん治療していった。
私達はどんどん北上してメキシアを攻め取っていった。
最後はメキシアの騎士や兵士は背を向けて逃げ出していった。
どんどん攻め入りメキシアに深く食い込んだところでメキシアが敗北の旗を上げた。
旗を挙げられた以上これ以上攻め取ることができなくなってしまったことが口惜しくてならない。
聖人、聖女のお陰で、運悪く心臓を一突きされてしまった者以外の死者はなく、怪我人すらもいなかった。
聖人、聖女達が力を使いすぎると気を失うことには驚いたが、その能力の高さには感服した。
聖人、聖女がいなければ、ここまで攻め取ることは叶わなかっただろうと思う。
戦場にいた全ての者に感謝されて、聖人、聖女は王都へと帰っていった。
第一王子殿下との婚約破棄に驚いたが、直ぐにハルロイ領へ寄ってくれて、平民達にまで治癒魔法と回復魔法を掛けて回ってくれたことには、本当に感謝した。
背中が曲がった老人達の背が真っすぐ伸び、元気になったことに感動した。
聖人、聖女たちの食欲は知っていたが、聖女ルリィの食べる量は格別だった。
私は嬉しくて、沢山の食べ物を用意した。
「治療が終わったようなので、次の村へ移動します」 そう言って聖女ルリィは旅立っていった。
またいつか来てくれるかな?と聖女ルリィが来てくれることを心待ちにした。
その機会は意外と早くやって来て、第二王子殿下に連れられて、防壁側からやって来た。
第二王殿下から新しい防壁の守り手になることと、聖女ルリィが第二王子殿下の妻になると聞かされて、私は小躍りするほど嬉しかった。
王都は遠いが、新たな領地はハルロイから近い。
メキシアがまた兵を挙げたら、防壁の向こうへと食い込むことも可能になる。
何時か、メキシアを食いつぶす時が来るかも知れないと私は思った。
それが私が元気なうちだったらどんなに良いだろうかと夢を見た。
次話からはランベルト視点になります。
ちょっと女々しい感じになってしまいました・・・。