甘いものを食べて脱走したお嬢様の話。
「ここかしら、追放された勇者のメンバーが経営しているというカフェは」
いかにも高貴そうな振る舞いをしているお客さんがカフェにやってきました。
その佇まいはお客さんというよりはお客様、いやお嬢様というべきです。
「惚けてるのかしら?」
「あ、すみません。それであってます」
「では失礼して、フェルゼナをいただけません? あと、適当な紅茶を」
「フェルゼナですね、かしこまりました! ……ところで適当な紅茶とは?」
「適当なものでいいわ」
「は、はい」
なんていうか、怒らせると怖そうです。
適当と言ってはいますが、妥協はできません。
まずはフェルゼナを用意します。
フェルゼナとは、フルーツとナッツを内側に挟み込んだパイのようなもので、焼きたてが美味しいデザートとなっています。
サクサクの生地にひんやりとしたフルーツ。そしてナッツの味わいを合わせたその味わい。それは人気なデザートとして親しまれる特徴あるものなのです。
適当な紅茶……はなかなか思い浮かびません。
私が好きなブレンドティーでいいかもしれません。材料費を変にしなければ、それなりの価格で用意できるはずです。
しばらくの時間を経過して、フェルゼナとブレンドティーをお嬢様にあげます。
心の中お嬢様と呼んでるのは、その方がそれっぽいなと思ったからです。
「いただくわ」
「わかりました」
感想をのんびりと待ちながら、お嬢様が食べるのを見つめます。
「なるほど、ここはこういう味わいなのね」
「美味しいですか?」
「えぇ、なかなかの味。こういうのも好みだわ」
「気に入ってもらえてなによりです」
次は冷たい紅茶に手を伸ばします。
味わった瞬間、彼女の表情が変わります。
「こっちの味わいはフェルゼナに合わせたのかしら?」
「はい、ちょっと苦みがあるのを用意しました」
「うん、組み合わせがいい。素敵よ」
「ありがとうございますっ」
こういう高貴そうな人に褒められるのは悪い気はしない。
むしろ、嬉しくってちょっと飛び跳ねたりしそうだ。
穏やかな時間を過ごせているみたいで、私も満足だ。
「はぁ……」
ですが、美味しいものを食べても気が晴れない部分があるみたいで、お嬢様はため息を付いてしまいました。
「あの、どうかしましたか……?」
「家の問題。だけどまぁ、美味しいものを食べさせてくれたし、教えてあげる」
重い口が動いていきます。
「メイドが楽しみにとっておいたフェルゼナを食べてね、家に帰れない状況になっちゃったの」
「……それは」
なんていうか彼女にも落ち度があるのではないだろうか。少しだけそう思ってしまいます。
楽しみなものをとられてしまう哀しみは計り知れません。
「その目! その目は辛いわ!」
「ですが、流石に良くないと思います……」
「わかってるわよ! けど、小腹空いてたし、その、メイドが私用にとっておいたかとかわからなかったから仕方なかったの!」
「わからなかったなら、仕方がないかもですが……その、飛び出たんですか?」
「飛び出たわ」
「えっ、何も言わずに?」
「えぇ、メイドがかんかんになってるの怖いもの」
「……それはよくない状況なのでは」
「でも、帰りたくないわ」
……なんていうか、我儘気質なのかもしれません。
ですが、このままにしておくと大変なことになるのは容易に想像できます。見るからに高貴そうな衣装を着てますし、身分も高そうですから。
「帰るべきだと思います」
「どうやって?」
「その、どうにかフェルゼナを用意して、帰りましょう!」
「有名店のフェルゼナよ。無理だと思うわ。いつも売り切れてるし」
「……それは」
購入できないのも仕方がないというものなのかもしれません。
ですが、このまま不和を貫かせてしまうのもよろしくないです!
「精神誠意真心こめて、作りましょう!」
「え、私が?」
「はい、作るべきです! そうした方がメイドさんにも気持ちが伝わるかと!」
私の提案に対して、お嬢様はそこまで乗り気ではないみたいです。
なんででしょうか……
「私、料理なんてしたことないわ」
「えっ」
「だから、作れるわけない」
なるほど、浮かない顔だったのはそれが理由だったのです。
それならば、やるべきことは簡単です。
「……でしたら、協力しましょう!」
「それってどういう」
「このツィア、精一杯お手伝いします!」
そう、教えてしまえばいいのです。
ここに来たお客さんはいつか勇者様の手助けになってくれるかもしれません。
だからこそ、私は協力を惜しまないのです。
「い、いいの?」
「困っている人を助ける! これは勇者様の教えですからっ」
「ありがとう……やってみるわ!」
そんなこんなで、お店の活動は一旦中断。私とお嬢様のお料理が始まったのです!
「焼き色を付けるのが難しいわ」
「焼きすぎにならないようにするんですよ」
「なるほど」
下地をしっかり整えたり……
「フルーツはどう挟めば?」
「均等になるように調整すればよいかと!」
「どうして?」
「見栄えと美味しさを両立させるためです!」
「勉強になるわね」
盛りつけを教えたり……
「ナッツってどうして必要なの?」
「風味ですね。あるかないかで結構違うんですよ?」
「そういう細かいところを知るのも大切なのね」
「そうです! それが大切なんですっ。勇者様にデザート用意した時も、この細かい点を褒められたんですよっ」
「なるほど、家のメイドもこういうところを意識してるのかな?」
「きっとそうですよっ」
フェルゼナの形をしっかり整えた後は、料理をすることの心構えについて共有したりもしました。
同じものが何回もできるかはわかりません。ですが、お嬢様は立派にデザートを完成させることができたのです!
「これで、謝れば許してくれるかしら」
「わかりませんが、きっとうまくいきます!」
「そう願いたいわ。あっ、今日はごちそうさま。美味しかったわ」
「機会があれば是非再びっ」
「考えとくわね」
そういって去っていくお客さんのお嬢様。
無事に仲直りできたらいいのですが、どうなのでしょう。
少しの時間、私は待つしかできませんでした。
後日のことでした。
「これは……手紙?」
カフェのポストに手紙が入っていたのを確認した私は、その内容を読んでいきます。
どうやら前やってきていたお嬢様からの手紙みたいです。
『あの後、無事に仲直りできたわ、ありがとう』
『メイドは食後のスイーツのフェルゼナを食べたことよりも、勝手に私が出ていったことに対して怒ってたわ……』
『心配だったと泣かれちゃったりもした』
『けど、私たちで作ったフェルゼナを味わってからは笑顔になって、喜んでくれた』
『帰る場所があるって素敵なこと。そう、心から思えたわ』
「よかったですっ」
これにて一件落着。そう思いました。
そして、最後の一文字で少し考えます。
「帰る場所……」
このカフェが帰る場所になるのなら、どれだけ幸せだろうかと。
みんなの憩いの場にしていけたならば、帰る場所になるのでしょうか。
日の光が眩しい午前。そんなことを考えていました。




