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「この街で最後だね…。」
「アオイの活躍で予定よりも3ヶ月程早く終わるよ?」
浄化の旅に出て半年と少し経過し、聖女一行は浄化の旅の最終目的地へ到着し、瘴気の沼へ向かう前に休憩をしていた。
「ねえトリス…?」
「どうかした?」
「早く終わったら、早く王都へ帰らないとダメなのかな?」
「どうして?」
「王都に帰ったら、旅の成功を祝われるらしいんだけど、騎士さんたちが噂してたの…。」
「噂?」
「『凱旋パーティでロイター殿下と聖女様の婚約を発表するんじゃないか?』って…。」
「アオイ、大丈夫だよ?」
「ふぇ?」
「言っただろ?信じて。って。」
「でもっ!?」
「俺がお前を誰にも渡さない。」
向かい合わせに座っていたはずのトリスが彼女の横に座り、優しく抱きしめた。
「トリス…?」
「アオイ、俺は…」
コンコン。とドアがノックされ「聖女様、ノートル卿準備が整いました。」と言われしまった。
トリスは名残惜しそうに碧衣から身体を離す。
「アオイ、続きはこの浄化が終わったら。行こう?」
「う、うん。」
真っ赤な顔の碧衣は「落ち着けー」と自分に言い聞かせながら部屋を出た。
* * *
浄化したい場所へ向かうも、今回は思うように前に進めないでいる。
「何だか、他の場所よりも瘴気が濃い…?」
「アオイ、すまないが魔力増強とかいう魔法を俺に掛けてくれないか?」
トリスが碧衣にこっそりと伝える。トリスでも手こずっているのだ。
彼女は「わかった。」と言ってから彼に手を翳した。
「もしかしたらアオイには自分の身は自分で護ってもらうことになるかもしれない…。
魔物が強くなってきて、騎士や魔法師たちでは大変になってきている…。すまない…。」
「平気。いざとなったら逃げるから!」
「気をつけろ。」
それから更に一時間程進んだ所に漸くドス黒い沼が現れた。
「浄化している間、聖女アオイ様をお護りしろ!」
トリスの声に皆の気持ちが引き締まる。
「お願い!元の綺麗な場所に戻って!」と碧衣が祈り始める。
「アオイ!危ない!」
トリスの声が碧衣の耳に届いた。だが、集中力を解くことは出来ない…
「うっ…!」
「アオイ!!」
碧衣は急激な痛みに襲われた。だが、彼女は浄化を続ける。トリスが何度も声をかけても、必死に祈り続ける。
そんな彼女の祈りが届き森が再生していく。
碧衣が目を開けて辺りを見渡す。
「よかった…これで…この国は救われた…」
碧衣は意識を手放した。
* * *
「えっ…嘘…でしょ?」
碧衣は目覚めた。
現実世界の自宅のベッドで…。
「私の部屋…だ…。えっ…、そんなの…嫌だ…、嫌だよ…、
トリスに…会いたいよ…」
碧衣は泣きながらトリスの名前を何度も呟く。
どうして、元の世界に戻れたのか全くわからない…
だが、トリスがいない…。その事実だけが碧衣に重く伸し掛かる。
「トリス…私、トリスのこと…。」
碧衣は泣き疲れたのか再び目を閉じた。
* * *
(碧衣が消えた後の異世界)
瘴気が浄化された。喜びを分かち合おうとトリスは碧衣に近づく。
すると急に碧衣が光に包まれる。その光は聖女を召喚したときのものに似ている。
「アオイ…?」
光が収まると碧衣の姿がない。
「アオイ!?はっ!?どうなってるんだ!?」
慌てるトリスと状況が見えない騎士や魔法師たち。
「ノートル卿、何が起きたのです?」
「アオイが!アオイが光に包まれて消えたんだ!」
「聖女様が!?」
「アオイ…まさか、元の世界に…?」
「ノートル卿、過去の聖女様はどなとも元の世界に戻ったとの記述はありません…」
「だが、召喚したときと同じ光が彼女を包んだのは間違いない…」
「と、兎に角辺りを探します!」
しかし捜索も虚しく、碧衣は見つからずトリスたちは落胆した…
「アオイが居ないこの世界に何の価値があるというんだ…
生きていても無意味だ…
伝えたいことも伝えたられなかった…
アオイ…俺はお前のことが…」
そう言うと、トリスは全ての魔力を放出してから意識を手放した。
* * *
「やっぱり、現実世界のままだ…」
目を開けるもそこにトリスの姿はない…。
「大学…行かなきゃ…」
碧衣は重い腰を上げて準備をする。
(大学)
「異世界転移がいっそのこと夢であったら良かったのに…」と考えながら講義室へ向かっていると、部屋の前に一人の男性が立っていた。噂になっている新しく来た教授だろうと碧衣は思った。
「あの、大丈夫ですか?」
碧衣は男性に声をかける。
「ああ、すみませんね…講義室が合ってるか確認をしてまして…」
男性は扉から視線を外し碧衣の顔へ視線を移すと固まった。
碧衣も男性の顔を見て固まる。
「アオイ…?」「トリス…?」
ふたりの声が重なる。
男性は碧衣がトリスと呼んだ瞬間に彼女を抱きしめた。
「アオイ!本当にアオイだ!」
「ほ、本当にトリスなの!?」
碧衣も彼の背中に手を回す。
「どうして、この世界にトリスがいるの?」
「俺のスキルのこと話てなかったよね?
俺のスキルは転生。一度だけ自分の望みに近い形で転生が出来るんだ。」
「何そのチート…。」
「近い形であって望み通りにはいかないんだ。
俺が望んだのは『アオイの傍で生きたい。』だった。だから、俺がこの世界に転生できたんだと思う。」
「トリスにまた会えて嬉しい!」
「俺もやっとアオイに会えて嬉しいよ。
* * *
(トリスタンの研究室)
「改めて、俺の今の名前はトリスタン·ヴォッシュ。」
「ヴォッシュ教授?」
「間違ってないけど、君にそうは呼ばれたくないな?」
「ふふ。でも、トリスタンはそのままだったのね?
あっ、改めまして、私は橘碧衣です。」
「碧衣って漢字、綺麗だね?」
「そう?」
「あの時は漢字なんてわからなかったからね。」
「そうだね。」
「さて碧衣、最後の浄化の前に話していたことを覚えている?」
「う…ん。」
「さっきも抱きしめてしまったから、わかっているかと思うけど…」
トリスは碧衣の手を握る。
「俺は碧衣が好きだ。前世でも今世でも。」
「私もトリスが好きだよ。」
碧衣はトリスの手を握り返す。
「碧衣…。」
「トリス…。」
碧衣が目を閉じると彼女の口唇にそっとトリスの口唇が触れた。
* * *
お互いに幸せを噛みしめた後に、トリスは碧衣に話をした。
「えっ!!じゃあ、トリスって王子様だったの!?」
「そう。第二王子だったんだよ。
ロイターが先祖返りで王位を継ぐのは決まっていたからね。だから、その後に産まれた俺は王弟とノートル女公爵の子どもとして育てられたんだ。魔力もあったし。」
そしてトリスは万が一のスペアとして執務の一旦も担っていたのだ。
「そうだったんだ。」
「あのまま、碧衣があの世界にいて王都へ帰ったら俺が正体を明かして、君に告白するつもりで準備をしていたんだ。まあ、碧衣があの場から消えたことでスキルを使うことを決めたんだけどね。
君がいない世界になんの価値もないと思ったから…。」
トリスは碧衣を抱きしめる。
「これからは遠慮なく君を愛することができるから、覚悟するんだよ?」
甘く蕩けそうな声が碧衣の耳に届く。
「ひゃ、ひゃい!」
「はは。やっぱり碧衣は可愛いな。」
その後、碧衣はトリスにドロドロに甘やかされながら人生を過ごすことになったのだった。
完結です。
ちょっと中途半端な終わり方ですみません…。
お読みいただきありがとうございました。