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異世界に召喚されてから3ヶ月程が経過した。碧衣はほぼ毎日魔法の訓練を積んでいる。
「アオイ様、順調ですね。」
「トリスタンさんの教え方が上手なのです。
さすがこの国の最強魔法師様です!」
「そんなことはございません。」
「謙遜ですか?」
「私はまだ不肖の身ですよ。」
「いやいや、魔法の実力に関してはご両親を凌駕すると聞いてますよ?」
ノートル公爵家は魔法能力が高ければ女性や次男、三男でも当主となる。現当主は女性だ。
王弟がノートル女公爵と婚姻して、そのふたりが育てたトリスタンは建国以来の逸材ではないかと言われている。そんな彼から魔法を教わった碧衣の上達は凄まじかった。
そして聖女特有の魔法に関しては文献から考察したり、トリスタンに意見を聞きながら、会得できるようになっていた。
「両親は両親ですし、あのふたりとは戦歴で差がありますから、私はまだまだですよ。」
「そういうものですか?」
「はい。そういうものです。」
「さて、今日はこれ位で…」とトリスタンが訓練を切り上げようとしたときだった。
「アオイ、ここにいたのだね?」
「うぅ…。王太子殿下、ご機嫌よう。」
王太子殿下が訓練場にやってきたのだ。
「アオイ、何度も言っているだろ?私のことはロイターと呼んでくれ?」
「すみません…。ロイター様…。」
「君に名で呼ばれるのはとても嬉しいからね。
それよりもアオイ、今日の訓練は終わりかい?なら…」
「王太子殿下、申し訳ありませんが、アオイ様は休憩をなさっているだけにございます。」
「そうなのかい、アオイ?」
「はい。少し集中力が切れてしまったので。」
「殿下、また執務の休憩時間に離れてきたのですか?」
「少しならいいではないか、トリスよ。
アオイ、君が訓練終わりなら茶でもと思ったのだが仕方あるまい。また晩餐で会おう。失礼するよ。」
嵐の如く去っていくロイターの背中を見つめ、碧衣は気づかれない様にため息をついた。
王太子でもあるロイターは極度のナルシストである。自分は選ばれて当然!というスタンスの人物だ。なので権力と見目だけが望みの御令嬢たちには人気らしいが、大臣や側近たちからのは評判はイマイチらしい…
元々、大嫌いな人に似ているから最初からロイターのことを嫌いな碧衣にとって、時間が空けば自分の元へやってくる彼は邪魔でしかない。
本当にあの人嫌い!苦手!何で来るのよ!?ナルシスト王子め!と碧衣は心の中で毒を吐く。
「トリスタンさん、庇ってくださってありがとうございます。」
「いいえ。ですが私が休憩と言ってしまったので、もう少しここにいる必要がありますね?」
「本当ですね…。そうだ!トリスタンさん?」
「何ですか、アオイ様?」
「この前、勉強していた聖女特有の魔法の一つなのですが、枯れた花を戻すというものがあるそうなのですが、実験することは可能ですか?」
「可能と思われますが、何せ王宮ですので手入れが行き届いているので花を用意するのに時間が…」
「そう…ですよね…。」
「アオイ様、枯れた花を戻すことができるのであれば、種から育てることも可能なのではありませんか?」
「可能性はありますね!」
碧衣はウキウキしている。現実世界にいたときと花屋でバイトする位に花が大好きで、花を復活させる魔法を見つけたときは戻せるならば!と思っていたからだ。
トリスタンが鉢植えと種を持って戻ってきたので、早速魔法を掛けてみる。彼女が鉢植えを手にして慈しみながら「早く咲いてね?」と祈った瞬間に光に包まれ、大輪の花が咲きはじめた。
「やった!トリスタンさん、大成功ですね!」
「はい、アオイ様、素晴らしいです。」
侍女たちも拍手を送っている。
「ふふ。嬉しいな!こんな綺麗な花が咲くなんて…。あっ、私、前の世界でも花がとても大好きで…」
「知っていますよ?」
「えっ?私、トリスタンさんに話したことありましたか?」
「いいえ?ですが、毎日部屋にお迎えにあがると必ず花瓶を眺めて慈しんでおりましたので。この訓練場へ来る途中でも花を眺めておりますし。
アオイ様が花を慈しむその姿はとても美しいのです。」
そんな姿を見られていたのかと思うと途端に恥ずかしくなってしまった碧衣。
その様子を侍女たちはニヤニヤと見ている。
「トリスタンさん、またからかってます?」
「至って真剣ですよ?」
トリスタンは美しい所作で碧衣の手を取り甲に触れるか触れない程度に口唇を落とした。
「と、トリスタンさん!?」
「貴女は自分が美しい存在なのだと自覚する必要がある。俺がそれを教えるから、覚悟して?」
急に一人称が俺になり、今まで敬語だったのに口調を崩したトリスタンに碧衣はノックアウトされ気絶したのだった。
「アオイ様!?」
「「「聖女様!?」」」
* * *
(碧衣が気絶した直後…)
「ノートル卿、聖女様に何を?」
侍女のひとりがトリスタンを見やる。
「アオイ様はご自分の美しさを理解していないので、私が教えて差し上げようかと?」
「はあ…ノートル卿、聖女様は純真無垢なのです。
自分が美しいとは微塵も思っておられないのです。私たちがどれだけ褒め称えても身近な人物からの称賛は社交辞令だと思われています。
そんな聖女様にノートル卿のような素敵な殿方から間近で何か言われたら倒れるに決まっています。」
「以後、気をつけよう。さて、アオイ様を運ぶから部屋へ戻るぞ?」
そうして碧衣一行は部屋へ戻った。
* * *
「アオイ!昼食を一緒にどうだろうか?」
いつものように訓練しているとロイターがやってきて開口一番に告げられる。
「ロイター様、ご機嫌よう。」
「ああ、それで、昼食を一緒に食べてくれるよね?」
決定事項かよっ!と心の中で突っ込んでからロイターの後ろを見ると側近たちが疲れ果てていた。
「ロイター様、後ろの側近たちの顔が青ざめておりますが、まさか執務を放り出したのですか?」
「食事くらいは自由にしてもいいだろう…?」
「ロイター様、王太子殿下ともあろう御方が執務を投げ出すなどいけません。私のいた世界では『働かざる者食うべからず』という言葉があります。私も食べるために真剣に働いておりました。ですから、中途半端はせずにしっかりと終わらせてから、また誘いにいらしてください。」
「私の誘いを断るのは君位だよ…?」
「そうなのですか?不敬でしたか?」
「いいや。君は私の特別だから、不敬には問わないよ。では、執務を終わらせてからまた誘いに来よう。」
ロイターが去っていくのを確認してから碧衣は盛大なるため息をついた。
「何なの…本当無理…」
「聖女様、大丈夫でしたか?」
「はい…。あの、どうしてロイター様はちょこちょこ私の所へ来るのでしょうか?」
「そ…それは…ですね…」
侍女たちは言葉に詰まっている。
「何か知っていることがあるなら、教えてください!」
「申し訳ございませんが、私たちから申し上げることはできないのです…。
ノートル卿でしたら、お答えできるかと…。」
「トリスタンさんが?」
「はい。」
今日の訓練はトリスタンは休み。だから訊ねるとしても明後日以降になるだろう。と碧衣は思い侍女たちに「困らせてごめんなさい。」と謝罪した。