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宜しくお願いします。
「ふぇっ!?こ、ここ…何処なの…?」
彼女の名前は橘碧衣、二十歳の大学生のはずだったのに、帰宅して玄関を開けようとしたら急に身体が光に包まれたのだ。
光が落ち着いたと思った瞬間に辺りを見渡す。すると日本人では有り得ない髪色や瞳をしている人たちが沢山いることに気がついたのだ。
そんな驚きを隠せないでいる彼女に黒髪の青年が近づいてきた。
「はじめまして、聖女様。
私はこの国の王子である…」
「きゃぁー!!」
碧衣は急に叫んだかと思えば、気を失ってしまった。
「おい!聖女様が倒れたぞ!医師を呼べ!」
倒れた後、彼女は聖女専用の部屋へと運ばれた。
* * *
「うっ…うーん…。」
碧衣は窓から射し込む光で覚醒し始める。
「聖女様、お目覚めですか!?」
「!!」
『聖女』のワードに碧衣は完全に目が醒めた。
彼女の目の前には、黒髪の青年ではなく銀髪の青年がいた。
「ああ!よかった!丸一日眠られておりましたよ?」
「あ、あの…ここは…?」
「そうでしたね。ご説明…の前にお水はいかがですか?」
彼は水さしから水を注ぎ碧衣にコップを差し出した。
「ありがとう…ございます…。」
彼女は本当に喉がカラカラだったのか、すぐに水を飲み干した。
「聖女様、大丈夫ですか?」
「あの、昨日もですが聖女様ってどういうことですか?」
「ご説明させていただきますね。まずは自己紹介から。
私はノートル公爵家のトリスタンと…」
「ちょ、ちょっと待って!こ、こうしゃくって貴族の偉い階級のことですよね!?」
「はい。ここは聖女様の世界とは異なる世界にございます。えっとですね…、ああ!『オトメゲーム』とやらの世界観に似ていると、数百年前の聖女様が仰っていたと語り継がれております。」
「数百年前…?」
「どうやら聖女様の世界とこの世界の時間軸は異なっているそうで、ここで数百年前の聖女様であってもあなた様と同じ時間軸におられた可能性はあると伝えられています。」
「ごめんなさい、私ったら、ノートルさん?の自己紹介を途中で…。」
「構いませんよ。それよりも私のことはトリスタンと。」
「トリスタンさん?」
「はい。私はノートル公爵家の次期当主として、昨日聖女様がお会いになった黒髪の王太子殿下の護衛を務めております。」
「昨日の人、王太子って…偉い人だったんだ…」
「ときに聖女様、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あっ、はい。私は碧衣、橘碧衣です。」
「アオイ様ですか。素敵なお名前ですね。」
「ふぇっ!?」
トリスタンの言葉に碧衣は頬を赤らめる。
「からかってます?」
「いいえ?本気ですが?」
「うぅ…。トリスタンさん話しの続きを…。」
「そうでしたね。アオイ様はこのノルバス王国に聖女として召喚されました。
聖女とは、聖なる光で民を癒やし、瘴気を祓う者とされております。この王国では100年に一度、異世界から聖女を召喚する儀式を行っております。
そして、今回アオイ様が召喚されました。」
「うーん…。異世界転移ってやつね…。
ってことは、私も何か魔法みたいな物を使えるのでしょうか?」
「聖女のみが使える魔法があると記録が残っております。」
「あまりゲームはしなかったのよね…。あっ!もしかして!?」
『ステータス、オープン!』
ゲームを余り知らない碧衣が思いついたようにそう唱えると眼の前に画面が開いた。
「わあ!凄い!」
「アオイ様のステータスには何と?」
トリスタンが聞いてきたので碧衣は画面を読む。
「えっとですね…。職業…聖女、属性…全属性?」
「何と!全属性持ちとは!」
「トリスタンさん、全属性って凄そうなのは何ですか?」
「この国では貴族も平民も大なり小なり魔力を持って生まれます。しかし、属性は基本的には一人にひとつなのです。王族や王族の血が入っている者は複数持つこともありますが。」
その後、碧衣はトリスタンからこの国の現状や聖女、魔法について教えてもらった。
「アオイ様、答えにくければ答えなくてもいいのですが、昨日殿下を見て悲鳴をあげて気を失われたことに何か原因があるのですか…?」
碧衣はギクッとした。言えるはずがない…。
大嫌いな人にそっくりだっただけです。なんて…。
「えっと…そ、そう!余りにも殿下?が美しくて!」
「そうでしたか。」
「私、綺麗すぎる人が苦手で…。派手な感じの人は特に苦手と言いますか…。」
「なるほど…。」
コンコン。とドアがノックされて侍従が入ってきた。
「トリスタン様、聖女様と共に謁見を。」
「わかった。アオイ様、これから国王陛下に会っていただきます。」
「ふえっ!?こ、国王!?で、でも私こんな格好ですよ!?」
「聖女様のお着替えのご用意は出来ております。」
メイドが入ってきて準備のためにトリスタンは部屋を出た。
「さあ聖女様、時間がありませんので…」
「な、何をする予定ですか!?」
「すぐに済みます!」とメイドたちは碧衣の服を脱がそうとする。
「ふ、服くらい自分で脱げますよ!」
「聖女様は恥ずかしがりやですね?僭越ながら私が魔法でお身体を綺麗にさせていただきます。」
メイドのひとりが碧衣に手を翳すと、光に包まれ碧衣は身体の不快感がなくなっていくのを感じた。
「す、凄い!魔法だ!」
「ふふ。さあ、こちらに着替えて準備は終わりです。」
「こ、これ…は?」
「「聖女様の正装です!」」
白地に細かな刺繍が施された衣装がそこにはあった。
着方がわからない碧衣は渋々メイドの手によって着替えを済ませた。
部屋にトリスタンが戻ってくると彼は頬を染めながら「アオイ様、とてもお似合いですよ?」と言った。
* * *
「国王陛下、聖女アオイ様をお連れしました。」
謁見の間に入る前にトリスタンから国王が入ってきたら頭を下げて、許可があるまではそのままでいてほしいと言われていた碧衣。
「聖女アオイ殿、顔をあげてくれ。」
国王の厳かな声が響く。碧衣は緊張しながら顔をあげる。
「儂はこの国の国王ジークハルトだ。今一度、聖女殿の名をきかせてくれ。」
「はい。私は橘碧衣といいます。橘が家名です。」
「此度はいきなり我が国に召喚したこと詫びる。
トリスタンから話を聞いたと思うが今、王国内は瘴気で溢れている場所がいくつかあるのだ。
そこを周って瘴気を祓ってもらいたいのだ。」
「あの、質問なのですが…?」
「ああ。何だ?」
碧衣は疑問を口にした。
「私は魔法を扱うことができません。その瘴気を祓う聖女特有の魔法のこともわからないです。」
「そうだな。だが、普通の魔法の使い方ならばそこにいるトリスタンから教わればよいぞ?なあ、トリスよ?」
「はい、陛下。不肖トリスタン·ノートル、聖女アオイ様の魔法の指導、全力で務めさせていただきます。」
「頼むぞ、トリス。アオイ殿の魔法の進行具合で浄化の旅の計画を建てていくことにする。」
「承知しました。」