ラスト
赫い閃光が私のすぐ隣を横切った。
私は目の前の敵をしっかり目に据えて、攻撃を見切り、避ける。
何時もと同じように…。
【赫の女王、セレゼア】それが今の私の敵だ。
この世界に赫の毒を振り撒き、不死と異化を蔓延らせた張本人。人を超え、亜神となった存在。
私は奴を殺すために、今まで争いを続けてきたのだ。
「はぁっッ…!」
接近し、剣を交わし、攻撃を避けては魔術で追撃する。
「……我が泥濘の眠りを…覚まさせた罪は重い…。」
奴が低い、唸るような声で喋りながら、奴の手に持った細いロングソードに紅の呪いを迸らせ、赫の斬撃を放ったのが見えた…隙が生まれた。
私は奴の攻撃の合間を縫うようにして懐に潜り込む、奴は間合いを取ろうと後ろに下がるが…
「そんなこと許す訳ないだろう…!」
足底に魔術障壁を発生させ、それを起点に飛び込み…奴の胸に剣を突き立てた。
ザクッ…何度も経験した肉を貫き、引き裂く感触を得る。深く、深くへと刺しこみ、二度と蘇らないよう、確実に死へ至らしめる為、心臓を貫く。
「ご…ぽっ…」
奴の声にもならない断末魔を聞けば、勝ったことを確信した。
「遂に…遂にだ…。」
ゆっくりと剣を抜き取ると、奴の赤い血がべっとりと付着している。
遂に…私の悲願は叶ったのだ。
喜びを噛み締めながら、この世界を作り替える力…玉座の裏にある【赫のクリスタル】の元へと向かう。
「……綺麗だ…。」
その赤く大きな結晶は、毒々しい色合いながら、神聖さを感じさせるものだ…美しい、ため息が出るほどに。
悲願達成の瞬間だ、私は手を伸ばし、赤いクリスタルに触れ、世界を変えるのだ。
「っ…ぐ…?」
刹那…腹部に犯しな感触が走った。それを見れば…腹部が剣に貫かれている。
理解できない、奴は確実に殺したはず…劈く様な痛みが身体に走り、身体から血液が溢れ出ている。それは
現実感が無く、まるで人が刺されたのを見ているかのようだ。
「…お前に世界を変えさせはしない。」
背後から声が聞こえる…男性の声だ。何故存在に気づけ無かった?
ずるり…と剣が引き抜かれる、血液が抜け出ていく、魂が昇っていく。
遂にここまで来たというのに…私の命は道半ばで潰えるのか。
悔しい…ここまでの悔しさを感じたのは始めてだ。
腐ったこの世界に生まれ、女の身でありながら戦いに身を投じた。
全ては世界を変えるため、幸せを得るために。
黄金騎士も、黒き龍も、巨大な魔獣も、氷の巨人も、鋼鉄の石くれも、赫き女王も、全てこの手で屠ってきたのだ。全ては…悲願、世界の再構築を達成する為に。
私は運命に見放されたのか…薄れゆく意識の中で、ちらりと、私を刺した存在を見る。
全身鎧で身体を覆った男だ…目は見えないが、蔑むかのような視線を私に向けているのはわかった。
「……何故……わたし…を…殺した……?」
死を目前にしながらも、私はそれを聞くしかなかった。
「…お前には資格がない。」
男は言った。そうか…私には資格が無かったのか…。その言葉は妙に納得できた。資格が無い…ならば、これまでの争いは無意味だったのだろうか?
「……最後に……1つ…教えて…くれ…。…私の…争いは…無意味…だったの…か?」
「……。それはお前自身が決めることだ。」
随分と酷な事を言うものだ、私はもう死ぬのだ。いつ、私の戦いを省みて、意味を付けることが出来よう。
あぁ…もう喋れそうも無い、意識は闇に堕ちていき、死は既に目前にまで迫っている。
熱かった傷も、既に冷たくなり、身体から熱が抜け落ちていく。
もう…終わりか。虚しい人生だった…。
「……せめて来世では、もっと良い人生を送ることだ。」
意識が闇に堕ちる直前で、そんな声を聞いて、私は命を落とした。