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大賢者お前を追放する!

作者: 松島 雄二郎

「大賢者お前を追放する!」


 麗しき剣王アリエルの高らかな宣言が私へと突きつけられる。酒場の喧騒がピタリと止み、やじ馬気分の視線が集まってきた。……まずいな。


 自慢ではないが私のメンタルは豆腐だ。じつにヘルシーで女性にも人気がありそうというユーモアではない。硬度が豆腐だ。子供にも簡単にぐちゃぐちゃにされる自信がある。目の前で泣かれたら私も泣いてやるぞ。


 私は人前が苦手だ。人の注目を集めるのが大嫌いだ。恩師もまさか母校の教壇に立ちたくない理由がこれだったとは思うまい。まずいな混乱している。


 びしっと指を突きつけているアリエルも私が反応しないから困っているではないか。


「聴こえなかったのか? 大賢者カッセルお前を追放する!」

「理由を聞かせてくれ」

「そんなものは自分の胸に手をあてて聞いてみなさいよ!」


 私の胸にそんな機能は付いていないのだが……

 仮に私の胸が勝手に懺悔を始めたとしたらすぐに冒険者を引退する。そして入院する。かなり深刻な病であることは疑いようもない。……まずいな混乱している。


 追放? 大賢者と呼ばれる私が追放? もしや私は知らず知らずの内に何かやらかしたのだろうか……?


「すぐに思い当たる理由が見つからないのだが……もしやイビキがうるさいというあれか?」

「すぐに思いついてるじゃない! たしかにすごいイビキよね、森中の魔物が集まってきたのにはびっくりしたわよ!」

「待ってくれ。だがイビキならマイ枕を持ち歩けば解消できる!」


「そうなの?」

「ああ。そもそもイビキとは落ち込んだ舌根が気道を圧迫して起こる生理現象だからきちんと体に合った枕選びで解消できる。隙間風を聞いたことがあるだろう? 簡単に言えばあれと同じ現象が起きているだけなんだ」


「まぁイビキが原因ではないのだけど」

「そ…そうか」


 ふりだしに戻ったな。いったい何が原因で追放されるのだ……?

 答えに迷う私の前にチームメンバーである女神官が進み出てきた。いつも優しげな微笑みを浮かべる彼女までもが私の追放にサインしたという事実が地味に痛い。


「本当にわからないんですか?」

「すまない。率直に言ってくれ、私はいったい何をやらかしたんだ?」


「……治療術は神官の領域です。言ってしまえば治療はわたしがチームにいる存在意義なんです。なのに大賢者様がホイホイ治療しちゃうからわたしの存在する意味がないんです。わかります!? 何もしてないのに報酬を貰うのって本当に苦しいんですよ!? 陰で報酬泥棒とか言われてないかとハラハラしてるわたしの苦悩が大賢者様にわかりますか!?」


「すまない! 今後は控えるから許してくれ!」

「神官のわたしを差し置いて村人から葬儀を頼まれている大賢者様を見ている時のわたしがどんな気持ちか考えたこともないですよね! ターンアンデッドも祝福も葬儀もやられたらわたしどーすればいいんですか!? 荷物持ちですか!?」


「しかし荷物持ちをする必要はないんだが……」

「ええそうですね、大賢者様にはアイテムボックスがありますもんね」


 時空間系統魔法を修めている私には亜空間収納がある。これがあればかさばる素材や旅の荷物も簡単に持ち運べる。……正直この魔法だけでも私を残留させる価値があると思うのだが。

 はっ、まさか!?


「まさかマジックバッグを手に入れたのか!?」

「いやマジックバッグなら其々持ってるじゃないか。去年大賢者がてきとーに作ったからあげるって配ってたやつ」

「そうだったな」


 女魔導師の的確なつっこみでいやな事実が発覚した。過去の私の余計な行いが私自身の必要性を下落させていたのだ。あの頃はなぜか刺繍に凝っていて色々縫っては配っていたんだった。


 女魔導師が私の豆腐メンタルを追い詰めるようなじと目をしている。私はいったい彼女にどんなひどいことをしていたのだろうか……?


「今までのパターンからいくと私の攻撃魔法に出番を奪われている事実に不満を抱いている?」

「自覚があるのならやめてほしい」

「鋭意努力する」

「他にもある」

「なんだ?」

「あたしが長年かけて作り出したオリジナル魔法を一目で完コピするのはやめてほしい。思わず奇声を発しながら実家に帰りかけた」

「以後気をつけよう」

「伝説の大魔法の多重詠唱もやめてほしい。ダイレクトにあたしの心を折りに来たのかと思った」

「それも気をつける。他には?」

「大賢者、本当にわからないの?」


 こいつダメだみたいな目をされている。なんだ、いったい何が原因で私を追放しようというのだ?


 この絶え間ない緊張感に私の心はもう限界だ。豆乳になってしまう。別に豆乳に偏見があるわけではないが私はミルク派だ。コーンフロストに豆乳をかける奴の気が知れない。


「……頼む、私を追放する理由を教えてくれ!」


 私は頭を下げた。恥も外聞もなく頭を下げた。六つ七つ年下の女の子へと頭を下げた。追放されたくないからだ。


 考えてもみてくれ。世間一般的に27歳といえば中々の大人だ。そんな大人が明日からフリーエージェントなのだ。かっこわるいにもほどがある。


『キャハハハハ、あの人大賢者なのにクビになったんだってー』

『マジうけるー』

 なんて陰口を耳にした瞬間家にひきこもる自信がある。半年くらい出てこないぞ。豆乳が豆腐になるまで何年かかると思う? 一日もかからないな。


 まずいまずいまずい。これまで豆乳を下に見るような発言を繰り返してきたが私のメンタルは豆乳より確実に低い何かだ。固まるまで半年だ。もう何らかの発酵食品としか思えない。発酵食品はダメだ、くさい。……まさか私は臭かったのだろうか?


 二年だ。二年も共に冒険をしてきた。時には背中を預け合い、共に知恵を凝らし、大冒険の日々を送ってきたんだ。絆のようなものを感じたことも一度や二度ではない。いきなり解雇なんて言われても納得できない。

 だから情けなくも頭を下げている!


 剣王アリエル、女神官、女魔導師の冷たい視線を浴びているだけで一杯一杯だ……

 苛立ちから舌打ちをする剣王アリエルが私の胸ぐらを掴みあげてきた。


「本当にわからないの!?」

「すまない……!」

「大賢者カッセル、あなたにはもっと相応しいところがあるって言ってるのよ! だって、だってあたし達剣王の集いとか調子こいた名前使ってるけど低ラン冒険者だし!」


 ん……?

 どういうことだ?


「あなたを必要としている人はたくさんいるの。あなたみたいなすごい人はあたし達の子守りなんてやってちゃいけないの! Sランクチームとか勇者チームとかそういうところに行きなさいよって話なの!」


「わたし達も努力はしました。でもカッセルさんを知れば知るほどついていく自信もなくなったんです」

「大賢者あなたはもっと自分に見合ったレベルのチームに行くべき」


 ど、どうやら追放というよりも叱咤激励だったようだ。壮行会だ。そうならそうと言えばいいものを……

 しかしそれはそれでまずいぞ……


「わ…私はお前達と冒険していたいんだ!」

「なんでよ!?」

「わ…私は……私は……」


 これだけは言いたくなかった。私は27のおっさんだ。世間一般的に言えばまだまだ若い方かもしれないが27はおっさんだ。だから言えば絶対に引かれる。


 私はこれまで頼りになる年上のメンバーというポジを堅守してきた。年下の女の子達を時に導き、時に盾となる兄貴分的なポジショニングを心がけてきた。そんな男がまさか七つも年下の娘に―――


「私は好きなんだ。アリエル、お前が好きなんだ!」

「へ?」


「27のおっさんにいきなりこんな事を言われても困るのはわかっている。でもお前が好きなんだ。そもそも魔法大学の教授を蹴ったのも冒険者になったのもお前に近づきたかったからだ。ナンパなんて恥ずかしいマネできないから冒険者になったんだ!」


 あぁ最低だ。墓場まで持っていくつもりだった秘密を暴露しているんだ。最低の気分だ。

 在学中に聖都まで侵攻してきた魔王ドノヴァンを撃退した功をもって大賢者の称号を得た光のカッセルなんてとんだ名前負けだ。


 私は光の大賢者なんて大それた男ではない。私の根っこは研究室に万年引きこもってるコミュ症の変人学生なんだ。一目惚れした女の子に声をかける勇気もなくて、たまたまチムメン募集してたのに乗っかっただけで二年も告白できなかったヘタレだ。


 まことに光の大賢者ならもっとさらっと言えたさ! でも現実に私はいま逆ギレ気味に告白している。しかもムードも花束も用意してない。吊るしあげの場での告白だ。最低だ。


 ああああああああああああああああ! もぉぉおおおおおおおお!


「クッソ恥ずかしいな、恥ずかしいだろ。七つも年下の子に惚れたのが理由で冒険者になったなんて情けないだろ!? でもな、私はお前と一緒にいたいから他のチームになんか行きたくないんだ! わかったか!?」


「……あぅ、恥ずかしいな」

「だろうな! 私も恥ずかしいぞ!?」


 勢いで告白してしまった。本当に恥ずかしい。

 赤面するアリエルを可愛いと思ってしまう自分の気持ち悪さで泣いてしまいそうだ。


 ……

 …………

 ………………沈黙が重い。


 完全にやらかした。もう後戻りできない。後戻りしたい。最低だ。プルプル震えているアリエルにかける言葉もない。勇気は全部使い切った。向こう50年分の勇気だ。残りは来世に期待するしかない。


「あたしもっ―――あたしも好き!」

「な…んだと……?」

「あたしもカッセルが好き! 二年も一緒に戦ってきたんだよ。背中を預け合って一緒に大冒険してきた頼れる人を好きにならない理由がある!? ないよね!?」


「いやそんなの私に同意を求められても……」

「好き! だからあなたを追放しなきゃいけないの。あなたには栄光の未来があるの。あたしと一緒にいちゃいけない人なの!」


 この後も私達の主張は徹底的に食い違う。


 アリエルは私が正当に評価される場所に行けと譲らない。私はアリエルと一緒にいたい。昔こういう演劇を見たことがある。あの時はなんてバカな連中だと笑っていたものだがまさか自分がこんなやり取りをするハメになるなんて想いもしなかった。


 喧々諤々言い合いを重ねていると女魔導師が挙手する。


「ねえ、二人の関係って冒険者仲間とはちがう形じゃダメなの?」

「どういう」

「意味だ?」

「お前ら結婚しちゃえよ」


「「へ……?」」



◇◇◇◇◇◇



 あの追放ドタバタ騒ぎから一年が経った。


 冒険者を引退した私は聖都の魔法大学で教鞭を執っている。研究職寄りの教師業というわけだ。相変わらず人と接するのは苦手だけど家庭を支えるために奮起しているのだ。


 アリエルは冒険者を続けている。私は彼女の夢を支えるために食事やお弁当の用意をしたり、もっぱら家事に力を入れている。


 私は教師。アリエルは冒険者。お互いに同じレベルの職場に留まるのは難しいけど、同じ家で夫婦として共に人生を歩むのは簡単なことだった。


 冒険者になる理由を聞かれた時はいつもこう答えていた。

 幼い頃に絵本で見た冒険譚に憧れて。こういうもっともらしい理由だ。……正直な話をすると私は冒険者になりたかったわけではなく、彼女の傍にいたかっただけなんだ。


 今夜もアリエルの披露する冒険譚を楽しみながら懐かしいあの頃の夢を見る。私が途中で筆を置いた冒険の日々はいまも彼女が続けている。


 彼女は絵本に出てくる伝説の英雄になんてなれないかもしれない。でも彼女の語る冒険譚は私のお気にいりだ。

 剣王アリエルの冒険をいつか私達の子に読ませてあげたい。そう思ってナイショで日記に書き留めている。バレたら恥ずかしがりそうだからまだ秘密だけどな。


「ねえカッセル、次の連休だけど」

「わかっている。あの湖畔にいこう、私達が出会ったのあの湖畔でピクニックだ」


 私の冒険の日々は今も続いている。アリエルと共に過ごす人生という名の長い旅路に筆を置くのは、もっとずっと先の話になると思う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 仲が良いパーティだなぁ(白目 [一言] 剣王なのに低ランクw
[気になる点] 「筆を置く」は、いわゆる『文筆』に関して使う表現かと。 主人公氏が、例えば自身の冒険譚や人生史的な物などを文章化する趣味を持っていて、それを途中で書き終える(止める)ことに対しての表現…
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