自分の道
翌朝、サンディはマイヤーに連れられ歩いていた。何処に向かっているかは分からないが、方向は市街地の方だった。
「何処に行くのか聞かないのか?」
「どこだっていい。」
そもそもこれまでの恩で何をされても構わないと考えるサンディはこの先の行き先にある程度の予想が付いていても反感は無い。
即答はその表れ。それをなんとなくでも分かっているからマイヤーは虫の居所が悪い。
「これから俺は、お前を行政非認可の闘技場へ連れていく。金持ちのただ一時の行楽の為に休みもなしに命を懸けて闘うクソみてーな場所だ!!」
吐き捨てるような気持ちの悪さをマイヤーは言葉にする。それをサンディは眉ひとつ動かさず真っ直ぐに聞いて受け止める。
ずっとマイヤーは前を向いたままだ。言葉は続く。
「身形の汚ねえガキを大枚はたいて傭兵として買う物好きのいない限り、お前は死ぬまでそこから出られねぇ。」
それでもサンディは表情を変えない。マイヤーの言葉に力が籠る。
「育て親の形見は取られ、安値で売られ、お前は一生ただの鉄剣だけをその手に握る事になるんだ!!」
その光景を思い浮かべたサンディは奥歯をキュッと噛み締める。何となくだがサンディはマイヤーの思いに勘づいていた。しかし、サンディにとって今できる直接の恩返しは売られる事ぐらいしかないと知っていた。だからこそ耐える。たった三日間、その恩はとても返しきれない。
マイヤーの声は雑音が混じる。
「ザンディ......お前の道はぞの闘技場の入口までだ!!バラバラになった、シスターも、テメェのがぞくも探しに行けない!!他人から奪うことしか出来なかった俺よりも最悪の結末だけだ!!」
サンディは自分の頭が、顔が、体が、頬が熱くなるのを感じる。これ以上は言葉はなくても、もう伝わっていた。
サンディは聖剣の鞘を左手に取り、右手に柄を取る。
やっとマイヤーは後ろを振り返った。俯いた顔は決して目元を見せまいとしていた。見える口元はフルフルと震え笑っていた。
マイヤーは自分の前で初めて聖剣を鞘から引き抜く。
「そう言えば、初めて見せるな。俺の聖剣、『夜闇紛れの聖剣』だ。」
刀身の周りにはその名の通り夜の闇を切り取ったような刃を隠す黒い霧がまとわりついていた。
「これで最後だ。お前を売り飛ばす前に一丁、いくらで売れるか査定してやるよ。かかってこい!!」
「マイヤー......」
頬をなぞる何かの感触を感じながら、剣を鞘から引き抜く。早朝の薄暗さを現れた刀身が上書きしていく。
マイヤーは目を見開く。
「んだよ。ちゃんと抜けんのかよ。売り飛ばしとけば良かったぜ。」
マイヤーは嬉しそうに赤い痕のついた顔で笑う。
「俺は家族を探す。その為に売られる訳には行かない!!二度と出れないとも言われれば尚更だ!!シスターの形見の聖剣を手放すなど考えられない!!安い鉄剣なんて振りたくない!!だから......!!」
歯を食いしばる。奥歯がギリギリと鳴る。
「俺の聖剣、オリジナル『七曜の聖剣』が一、『日の聖剣』でアンタを切る!!」
抜き放たれた輝く刀身は火よりも眩く、朝日の様に光を放っていた。
その熱量に、サンディの頬を伝う涙の雫はすぐさまに乾いた。
お互い一直線に真っ直ぐ距離を詰め、刃どうしがぶつかる。
決着は早かった。サンディの日の聖剣が夜闇紛れの聖剣を両断し、そのままマイヤーを切りつけた。大きく袈裟斬りにされ大量の血を流したマイヤーは仰向けに倒れた。
「サンディ......初勝利......だな。」
初勝利の余韻など無い。剣を鞘に仕舞うと、乾いていた涙は溢れ出した。
「少ないが、餞別だ。持ってけ。このまま俺が持ってても意味が無い。行け!!俺に負けたお前はここまでだ。」
「う、ううぅあ!!」
グスグスと嗚咽が止まらない。
「あり、が、とうマイヤー......師匠!!」
一瞬マイヤーは不意をつかれた驚き顔を浮かべたが直ぐに額に脂汗を浮かべた何時もの荒々しい、それでも何時もより素直な優しい笑みを浮かべた。
「チックショウ!!なんで負けたのに死ぬのに!!一タウも残さず奪われたのに!!なんでこんなに俺は喜んでんだよコンチクショウ!!」
短い間だが、二人でただただ泣き続けた。そして涙が枯れてきた頃、マイヤーは体に力が入らなくなったことに気づいた。
「じゃあな、サンディ。お前の道は幸せに溢れていろよ。」
「マイヤー!!マイヤああ!!」
マイヤーはふっと力が抜けるように笑いながら逝った。
その後マイヤーの遺体は貧民街の外れの人目につかない茂みの中に埋めた。
「師匠、あんたの聖剣って脆いんだな。」
土に埋まったマイヤーの亡骸に真っ二つに折れた聖剣を突き立てた。