1章-6
僕がそう呟くとセラは机の下から這い出てきた。
思っていたよりも背が低い。頭のてっぺんが僕の肩ぐらいまでしかない。
「……今なんといった」
「え、いや何も……」
「私は忍者だ。1km先の話声も聞こえる」
忍者すげー! と思ったが、さすがに嘘でしょ。
セラは耳に装着していた小さなイヤホンのようなものを取り外して見せた。
「これ、超高感度収音装置。人の話声だけピックアップしてくれる」
思っていた以上にハイテクな忍者だった。
「いいか、私は変態ではない。貴様も好きな嗜好品の一つや二つあるだろう。それが私の場合美少女の脚だったというだけだ!貴様にもわかるだろう。この造形美!質感!肌ざわり!ぬくもり!こればかりは変わりがきかないのだ」
とても熱く語っているが、内容は美少女の脚についてである。
彼女は重度の脚フェチのようだ。
「それでこいつは何者だ?」
マッチと紹介された男がノヤに聞いた。
「うーん、なんか記憶がないみたい。名前はエールだよ。私が命名しました!」
「ほーん?記憶がない?怪しいなぁ」
「まあまあ、人出不足だし仲間は多い方が良いよきっと」
「……まあいいぜ。こんな世界で人間とバトってもしゃーねーからな」
「そうそう、楽しくいきましょ!」
ノヤはくるっと僕の方に向き直った。
「というわけで、しばらくここにいてもいいよ」
「ありがとう……ございます」
その後少しこの施設の説明をすると、ノヤは仕事が残ってると言ってどこかへ出かけて行ってしまった。
マッチやさくら、セラも用事があるようで、それぞれ去っていった。
僕だけがテーブル席に取り残された。
深いため息をつく。ここは一体どこなんだ。
まあ、地図の座標上では間違いなく秋葉原なんだろうけど、僕の知っている秋葉原ではない。この辺の地上がどうなっているのかわからないが、おそらく廃墟化しているのだろう。
僕がいるヨドバシもエレベータは起動しておらず、地上へつながる階段はセメントで固められてしまっていた。さっき聞いた説明では、最上階のフロアにはドラゴンが住み着いているらしい。それ以外の階はノヤ達ディグアウターが探索しつくして何も残っていないとのことだった。
家電量販店がまるでRPGゲームのダンジョンだ。
「Hey」
いきなり背後から声がして驚いて振り返る。
声がした方に視線をやると、先ほどマノハと紹介された男が立っていた。
「マノハさん……でしたっけ」
「そうだ。マノハだ」
マノハは低い声で答えた。
外見から外国人かと思っていたが、どうやら違うらしい。
「お前、記憶がないそうだな」
「まあ、そうですね」
「興味深い。詳しく聞かせろ」
「えっと、目が覚めたら線路に倒れていて……」
「その話はさっき聞いた。俺が知りたいのはお前が知っていることだ」
僕は僕が知っている東京の話を彼にした。
とりとめのない長い話になってしまったが、彼は時折端末に何か入力しながら僕の話を聞いていた。
「一つ分かったことがある」
僕が話し終えると、彼は目頭を押さえながら言った。
「え、何ですか?」
「お前は説明が下手だ」
うっ、確かにそうかもしれない。
「すみません」
「ジョークだ。気にするな。これを見ろ」
マノハはさっきまで操作していた端末の画面を僕に見せた。
画面には東京スカイツリーの写真が写っている。
「スカイツリーがどうかしたんですか?」
「そう、こいつが鍵だ」
マノハは画面をスクロールして写真の下に書かれた記事を表示した。
そこには『東京ユグドラシル完成 建設会社から運営会社に引き渡し』と書かれていた。
「スカイツリーなんてものは存在しないんだ。ここにはな」