1章-4
「僕は………誰なんでしょう」
確かに不思議なことが多い。崩壊していると気づけるのは崩壊前を知っているからだ。もともとこうだったという記憶を持っていながら、自分に関することは忘れている。
僕が立ち止まっていると、先を歩いていた彼女が戻ってきた。
「あ、なんかごめんね。怒ってるわけじゃないんだよ」
彼女は申し訳なさそうに言った。
「ただ、少しうらやましいなって。あなたがどこから来たのかわからないけど、ここじゃないどこかを知っているのはとても幸運なことだと思うの」
そうか、彼女は生まれた時から地下で暮らし、モンスターに怯え、それでも脱出することができない牢獄で暮らしてきたのだ。東京という名の牢獄で。
「だから、帰れるといいね。あなたの場所に」
彼女はへへっと笑った。
「そうだ、何か聞きたいことある?町につくまでの間教えてあげるよ。もしかしたら何か思い出すかもしれないし」
「ありがとう。君は優しいね」
「でしょー?」
何故か自信満々に彼女は言った。
「じゃあまず名前が知りたいかな」
「あ、言ってなかったっけ。私はノヤ。ディグアウターやってるよ」
ノヤって言うのか。ちょっと変わってる名前だな。ここではこういう名前がスタンダードなのかもしれない。
「ディグアウターってなに?」
「うーん、地下道や地下路線を歩き回って使える物を探したりしてる。地上の建物にも時々潜るよ。さっきはちょうど良い建物無いかなって調べてたの」
トレジャーハンターに近い感じなのかな。
「地上はどうしてああなってしまったの?」
「いろんな説があるよ。でも、お父さんは「真実を知る世代の人達はみんないなくなった」って言ってた」
真実を知る世代?いなくなった?
てことは誰もわからない?
うん、とりあえず考えるのやめよう。考えてもわからん。
「じゃあ、あのでっかい木は?」
「でっかい木?東京ユグドラシルのこと?」
「多分それ。そんな名前なんだ、あれ」
「あれ、もともとは木じゃないんだよ。確か電波塔だったかな?」
「電波塔ってことは人工物ってこと?」
「そう、元々は大きなタワーだったんだけどその外壁に植物が生えてああなったって聞いたよ」
「へぇ」
東京で電波塔といえば東京スカイツリーが有名だが、まさかあの巨木が元々はスカイツリーだった?
「でもあそこは竜の住処になってるから。時々探索に行くディグアウターもいるけど、近づけずに戻ってくるの。何かありそうなんだけどね」
僕もいずれ見に行ってみたいな。竜とは遭遇したくないけど。
そんな話をしているうちに、隣の駅に着いた。この駅は先ほどの駅よりも大きい。だが目的地ではないらしい。
「この辺は上野って呼ばれていたみたい。ここにも町はあるよ」
「町って地下にあるんだよね」
「そうだよ。駅がそのまま町になっていたりみんなで協力して新しく掘削したり、ずっと昔に閉鎖された地下通路を再利用したりしてるの」
僕も記憶がないだけで、そういう町で生まれ育ったのだろうか。
ノヤとぼくは上野を通りすぎて、さらに先へ進む。
「そう言えばあなたって自分の名前を覚えてないんだよね」
「うん」
「あなたって呼ぶのもなんか違和感あるし名前決めようよ。とりあえず思い出すまでの間はそれを名乗ればいいよ」
「確かにそうだね。そうするよ」
名前は重要だ。普通な感じがする名前がいいな。どんな名前にしようか。
「なにがいいかなぁ。そうだ!エールなんてどう?」
エール!?なんか想像の数倍お洒落な名前が来たぞ。似合うかなぁ。なんか痛々しくないかな。
「オッケイ?」
ノヤが聞いてくるので僕は頷いた。
「よーし、よろしくね。エール!」
「よろしく……」
違和感がすごい。ちょっと恥ずかしい。