1章-2
あまりのサイズ感に圧倒される。もはやCGか何かにしか見えない。一体なにがあれば東京の真ん中にあんなものが出現するんだ。
近くまで行ってみたいが、直線で10kmは離れているのではないか?気軽に歩いて行ける距離でないのは確かだ。
僕が、世界樹に圧倒されていると、一瞬空が暗くなった。なんだ?鳥でも飛んでいるのか?空を見上げると黒い影がちょうど上空を旋回しているところだった。かなり高いところを飛んでいるようだが、それでも大きく見える。あんな鳥は見たことない。翼は大きく長く、しっぽのようなものが見える。
「まさか、ドラゴン?」
いやいや、そんなまさか。ゲームじゃあるまし。
だが黒いそれはだんだんとこちらに近づいてきているように見える。まるで猛禽類が獲物を捕食するときのような動きで。
僕はとっさに近くのマンションのエントランスに駆け込んだ。直後、ズシンと衝撃。振り向くと、そこには映画の中で見たようなドラゴンがいた。もはや現実とは思えない。CGなんじゃないか?「―――――――――――――――――!」
ドラゴンが空に向かって口を開き、一鳴きした。
轟く咆哮が大気を揺らして、ガラスが悲鳴を上げる。まだ割れていないのが奇跡だ。
いやいや、現実だよこれ。
きょろきょろしている。僕を探しているのだ。
冷汗が噴き出す。駆け込んだマンションはエントランス入り口がガラス張りになっているタイプで外から見えだ。しかし、オートロックの自動ドアがあり、そこから奥に進めない。
操作盤を触ってみるが、やはり電力供給はされていないみたいで動かない。隠れたつもりが袋の鼠だった。
どうしよう。外に出ようと動いたらすぐにバレそうだ。ここの柱の陰でやり過ごすしかない。
だが、ドラゴンはよほど飢えているのか、しつこく僕を探し続けているようだ。
意を決して飛び出すべきか僕が悩んでいると、ドラゴンは突然何かを見つけたようで、走りだした。
僕がいる場所とは関係ない方へとドスドスと音を立てながら走っていく。意外と走るのも早い。
などと観察している場合ではない!
とりあえずあんなものが闊歩している地上は危険だ。建物内ならとりあえず隠れられるだろうか。
ドラゴンが向かった方向とは反対方向にとりあえず進む。この辺りはやつの縄張りなのかもしれない。早く脱出するのが吉だ。
とは言っても、僕このあたりの土地勘無いんだよな。このあたりというか、記憶がないので知っている場所なんてないのかもしれないが。
町名や駅名を見ると「見たことはある」気分になるが、実際歩いてみても見覚えは無い。
左右をよく確認しながら慎重に進むが、どうやらさっきのドラゴンはどこかに行ったようだ。空を見上げても影はない。
暫く道を進んでみるが、やはり廃墟ばかりで人影は見当たらない。本当に東京が廃墟になってしまったのか?それとも、この地域だけ放棄されたのか?
できれば後者であってほしいが、今のところどちらとも言えない。
この通りに立ち並ぶ廃墟は比較的綺麗に見えるがとにかく緑の侵食が凄い。マンションなんかはベランダ側が完全に蔦に覆われていて、ちらっと見える室内も何かの植物が生えているようだ。
窓ガラスは殆どの家が割れている。
暫く歩くと、再び大きな交差点にたどり着いた。
そこには無数の車が停められたまま放置され、朽ちていた。
歩道橋は中間部分が折れて落下してしまったようだ。階段の部分だけが今も変わらない。
信号機は傾いていたりランプのついている部分がなくなってしまっている。
そしていずれも緑に覆われていた。
緑に溢れているのに生物の気配がない。鮮やかなのに生気がない。不気味だ。
辺りを見渡すとコンビニの廃墟を発見した。自動ドアは開いたままになっている。
僕は試しに中に入ってみることにした。
けして広いとは言えない店内。よくあるコンビニって感じだが、棚に商品は一切なかった。昔、僕の住んでいた町で大地震が起きた事があった。その時買い占め騒動もあったが、その時でさえこうはならなかった。ガム一個すら残されていないし飲み物も空だ。店内は荒らされたという雰囲気ではないし、そこまで汚れてもいない。
「ここで何があったんだ?」
何かこの地域に起きたであろう出来事のヒントが無いかと思ったのだが。
ここにいても仕方がないので、コンビニの外に出た。
まだ日は高い。そういえば、今何時なんだろう。自分の左腕を見てみたが、腕時計はしていなかった。まあいいか。そのうち分かるだろう。
その時だった。
再び空が陰ったのは。
つんざくような咆哮が轟いた。
思わず身が縮こまり両耳を手で押さえる。
ヤバイヤバイヤバイ
上を見上げると、やつが凄まじい速度で降下してくるところだった。さっきのドラゴンだ。間違いない。
まだやつの縄張りを抜けたわけじゃなかったんだ。きっと上空から探し続けていたんだろう。
コンビニに逃げ込もうかとしたとき、「こっちだ!」と声が聞こえた。
僕ではない誰かの声を久しぶりに聞いた気がする。
声の方に目をやると地下鉄につながる階段から人影が覗いていた。
「走れ!早く!」
誰かが手を振っている。全力でそこを目指して走る。
すぐ近くで咆哮。でも耳をふさいでいる場合ではない。
階段に走りこんだら、そのまま手を引っ張られた。
「うわっ」
勢いあまって数段転がり落ちる。
とても痛いが、今はそれどころではない。
慌てて体を起こすと、直ぐ目の前でドラゴンと目があった。
「うわあ!!」
地下鉄入り口に首を突っ込んでいる。
幸いにもドラゴンは頭が大きすぎて、狭い通路に引っ掛かり、これ以上進めないようだ。
走りこんだ時に手を引っ張ってもらえなかったら、あの牙にやられていたかもしれない。
「安心して、こいつ火は吹かないから。これ以上は入ってこれないの」
そういわれてすぐ脇に人が立っていることに気が付く。
「初めて見る顔ね。あなたもディグアウター?」