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悪役沼には嵌まりたくない!  作者: 一味芥子
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評価・ブクマありがとうございます。


 余り良い手も思い浮かばないまま、日数だけが過ぎていく。



 ナーシャ達が出国してからもう2ヶ月が過ぎた。

 既にナーシャ達の船はエディに襲撃され、皇国の公認私掠船にベルナールが奪われたという報がボーランより内密に齎されていることだろう。


 その間にやった事と言えば、買ったシルクを王都の母に送り、何度かアーユルヴェーダを試した事と、サジェ語を勉強し始めた、というぐらいか。


 学園では異なる宗教の言語を習得する機会は無かった。


 教師を雇おうにも、専門家が滅多におらず、結局アーユルヴェーダを施術してもらっている間にマニラと会話を交わして学習するという、随分と間怠っこしい事をしている。

 それでも簡単な意志疎通は出来るようになってきたのは、まだ良い兆候だと思うことにする。


 そして、何度かマッサージを続けていると、次兄の奥方であるシャーロットがアーユルヴェーダに興味を持ち始めた。


 貴族という者は、使用人に裸を見られていることに慣れている。慣れていないのは言葉の通じない者に体を触れさせる、という行為だ。


 しかしアンナカメリアがマッサージを受けた後は髪の艶も肌の艶も数段良くなっているという事に気が付いたシャーロットは、私も施術を受けてみたいがサジェ人と接するのが不安だと、アンナカメリアに零した。


 その機会をアンナカメリアが逃す筈もない。


 では一緒にやってもらいましょう、とシャーロットにマニラ、アンナカメリアにもう一人を付け、寝台を並べて施術すると、一回の施術でシャーロットは、アーユルヴェーダの虜になってしまった。


「まるで天へ登るような気持ち良さよ。アンナカメリアさん! 貴女、これを何回も受けていたのね!」


 肌艶の良くなったシャーロットが興奮気味にアンナカメリアに語る姿は、見ているアンナカメリアも嬉しくなるほどだったが、それで終わると思っていたアンナカメリアの目測は大幅に外れることになる。


 そこから、義姉の動きは素早かった。


 客人が宿泊する時にはすかさずアーユルヴェーダを奨め、一緒に施術をして貰い、客人を虜にする。

 虜になった客人達の中にはマッサージをしてもらいたいが為だけに、エストレイアの館を訪れる者がいたとかいなかったとか。

 中継ぎはアンナカメリアの役目だったので、下手をすると一週間位、毎日マニラを館に通わせていたと思う。


 ついでに、義姉は晩餐の席でアンナカメリアが買ったガラスの皿を使用し、モハード家を紹介するという手際のよさを発揮する。


 アンナカメリアも、毎度同じ皿では変化がないだろうと、いくつかの食器を購入してみれば、同じモデルの商品が売れていく始末。


 注文を受ける度に、カリファはロイヤリティとして、アンナカメリアに宝石の原石を渡すのだが、ロイヤリティという言葉の使い方を間違っているのではないか? と思わなくもない。

 今のところ原石そのままの姿で残しているのだが、宝飾店に渡せば恐ろしい加工代と共に、王妃が持つものよりも素晴らしい出来映えの品物が返ってくるのだろう。


 因みに母の動きも素早かった。


 送ったシルクはランドルの中でも最高級と名高い産地の物にも引けを取らず、王都で注目を浴びたらしい。


 ランドル内で一級品の物に引けを取らない質だというのに、経費は半額以下。カリファの元に注文が殺到するのは自明の理だ。

 海軍大将の妻が他国の品物を購入し、あまつさえそれの広告塔になるとは、という批判もあったそうだが、母は笑顔で『ワタクシは、良いものと思ったものしか身に付けませんわ』と宣ったらしい。


 文句が有るならエストレイアへいらっしゃい、と告げられた者達が馬鹿正直にエストレイアに来てみれば、待っているのは義姉シャーロットのアーユルヴェーダおすすめ攻撃と晩餐で出てくるサジェの食器攻撃。そして出てくる真打ちカリファ。

 思わず財布の紐も全開にする恐ろしい三段構えだ。身内ながら敵には絶対に回したくないと思ってしまう。


 カリファはあまりの売上高に笑いが止まらなかったらしい。


 アンナカメリアは最初のきっかけを作ったに過ぎないが、モハード夫妻は随分とアンナカメリアに恩を感じている。

 これは、多少の無茶も聞いて貰えるのではないか? そんな期待を持っても無理はないだろう。


「お嬢様のお陰で、ランドル内での販路は開けました。是非とも御礼の品を献上したいのですが。お嬢様自身がお求めになるものは、有りますでしょうか。出来る限りの融通を効かせてもらいますよ」


 カリファにそう切り出され、とうとう機が来たとアンナカメリアは笑顔を浮かべる。


「では、シレール家の奴隷を購入することは可能ですか?」

「奴隷……ですか」

「ええハイグラム皇国のエディ・ロペス率いる『海の女王』から買い取った奴隷ですわ。アッシュブロンドの男と銀髪の二人組。銀髪の方は女性ですが、男性と偽っている可能性もあります」


 まさかアンナカメリアから、奴隷を購入したいという言葉を聞くとは思っていなかったのだろう。

 戸惑うカリファに対し、不可能であるのなら無理強いはしません、と断ってからアンナカメリアは事情を説明する。


 アンナカメリアが指定した二人はランドルの者だと言うこと、そのうちの片割れはランドルの第三王子ベルナールだということ。

 王子か奴隷落ちしているのは公表出来ず、秘密裏に処理せねばならぬ事。

 金額はどれだけ掛かってもいい、アンナカメリアとしては、ベルナール殿下を取り戻す事を第一に考えている等。


 色々と話は盛ったが、間違ってはいない。


 ランドル人でなくとも、アンナカメリアがベルナールの婚約者であることは、ランドルに腰を据えているなら耳にしているだろう。

 そして、王都の貴族達を相手に商売をしているのなら、アンナカメリアの悪評も耳にしているだろう。


 それでも、カリファは頷いてくれた。


「分かりました。出来る限りの融通は効かせると言ったのは私の方です。サジェの人間は約束を違わない。お嬢様の望みは必ず叶えましょう」


 その言葉の通り、半月後にはシレール家の者がエストレイアの館を訪れる。



 件の二人を連れて、アルダ・シレールがエストレイアの舘を訪れたのだった。




 流暢なハイグラム語で褐色の少年は尋ねてくる。


「お嬢様のお望みは、この二人で確かか?」


 まさか、その場に二人を連れてくるとは思わず、何の準備も出来ていなかったアンナカメリアは、素顔を晒したまま、ええ、と答えるしか無かった。


 連れ出された二人は、アンナカメリアの顔を見て、信じられないという顔をしている。


 アンナカメリアとて想定外だ。

 一般的に考えて、奴隷の身分である者達をそのままの姿で、貴族に面通しするとは思わないではないか。


 垢汚れた麻の上下に身を包み、肌も汚れで赤くなっている二人。髪は艶を無くし、ボサボサだ。ベルナールはそこに伸びた髭が加算されている。

 けれど、二人の瞳は相変らず輝きを失っていない。

 あの夜の森で別れたままの強さを保っていた。


 内心激しく動揺しているが、面には出さず、二人のとりあえずは無事な姿を確認しながら、アルダに問いかける。


「この二人に傷一つ付けてはいないでしょうね?」

「奴隷紋は入れたけどな」

「奴隷紋ですって?! 何ということを!」

「所有者の印がなかったら、どこの物かって解らないじゃないか」


 何を当たり前の事を言っているんだ? という、顔をする十二才。

 この奴隷達は本来は王族だと知らない故の強気。とても怖い。


「どこに入れたのです。今すぐにでも消さなければ」

「鎖骨の下だ。目立つ所だから、手っ取り早い」


 アンナカメリアはその場で叫び出したい気持ちをぐっとこらえた自分自身を偉いと思った。

 自分で自分を誉めなければやっていられない。


 ベルナールは兎も角、ナーシャはドレスを着用する身分となる。デコルテに、奴隷紋。アンナカメリアの顔が青ざめる。


 使用人に確認させると確かにあった。ドレスでもネックレスでも隠しきれない微妙な位置。正直言って卒倒しそうになった。


「貴方……何という愚かな事を……所有の証ならば首輪でも付けて置けば良いでしょうに」

「諸経費を出来るだけ削るのが我が家の方針なんだ。装飾品を付けさせるよりも、焼き印を入れた方が早くて安い」


 実に商人の家らしい理屈だ。奴隷を再び売る機会があるとは思ってもいなかったのだろう。

 いや、通常なら一度売買が成立してしまえば奴隷の一生は所有者のものとなる。所有者が移り変わるというのは、よっぽど難ありの奴隷か、器量が良い奴隷なのかという話になる。


 だから、第三部のサジェ編の内容は、その身分から脱却するための試行錯誤を繰り返しつつ、この少年に絆される所もありつつ、結局はこの少年が改心して二人を手放すまでの話だったはずだ。


 それが何年掛かるか解らないから、アンナカメリアが現時点で介入したのだが。


「で? この二人をいくらで買い取ってくれるんだ?」


 クソ生意気なクソ餓鬼様はそう宣ってアンナカメリアの意識を現実に戻した。


「二人合わせて300でどうです」

「500だな」

「310」

「500」


 アンナカメリアは譲歩したというのに、アルダ・シレールは一歩も譲る気がない。それだけ二人を気に入っているのか、アンナカメリアの足元を見ているのか。

 それでも、負けられない戦いがここにはある。


「他家の奴隷紋が入っている、言わば傷物を500で買わせるの? 私が一言言えばお前は今すぐ捉えられ、監獄行きよ」

「正当な買い物をしたっていうのに、なんで俺が罪に問われるのさ」

「それは、この方が、この国の第三王子だからよ」


「……は?」


 アルダがベルナールの方に顔を向ける。今はボサボサの髭面でかつての王子様然とした表情は見られないが、それでもベルナールは悠然と頷き「ベルナール・ロペス・ランドルだ」と名乗りを上げた。


「オウジサマが何で奴隷市場で売られてるんだよ! 普通なら城に連行されて国の交渉カードになるだろ!!」


 ベルナールに指を指して絶叫するアルダ。その気持ちは痛い程解る。けれど大声は出さないで欲しい。

 いくらこの国の言葉で話していないとは言え、誰が聞いているか解らないのだから。


「だからお前は何も知らないという形で、私のいうお値段で快く二人を譲ってくれればいいのです」

「いや、それとこれとは別だ。こいつら高かったんだぞ。少しぐらい色を付けてもいいだろ。ここまでの旅費と飯代を合わせて450。それ以上は無理だ」


 少しは怯むかと思ったが、流石商人の息子。簡単には折れてくれない。


「350」

「……440」


 アンナカメリアは溜め息を一つついて、お願いする。


「この買い物は、私個人の独断ですの。国からの支援も一切受けておりませんので、もう少し下げてもらってもよろしい?」

「どうせ後から国に請求するだろ」

「しませんわよ。独断で、秘密裏に行っておりますのに。請求するにしても、何故お二人が貴方の奴隷になっているのが分かったのか、を説明するのは骨が折れますもの」

「何故分かったんだ?」

「敢えて言うなら女の勘です」

「勘か、それは商人には説得力があるが、納得出来る説明をするのは難しいな。けど、こちとら商売で来てるんだ。お貴族様からは盛大にふんだくろうって思うのは間違ってないはずだろ?」

「それを貴族の目の前で言いますか」

「あんたはモハードのパトロン様だ。シナールにも甘い汁を吸わせてくれよ」


 十二才とは思えぬ下卑た笑いを浮かべてくる。大人顔負けの笑顔を、少年が浮かべる事例には何回も遭遇しているので気圧される事もない。むしろ、アルダの場合は可愛いとすら思えてくる。


「甘い汁……ねぇ……」


 顎に指を当てて暫し考える。


「お前、ランドル語を勉強する気はありますか?」

「なんで」

「甘い汁を吸いたいなら、青田買いすれば良いのでは、と思ったまでです。学園への紹介状を一筆したためましょう。四年間拘束されますが、ランドルでの”お友達”は増えますよ」


 アルダはそんな代償を与えられるとは思っても居なかったようだ。アンナカメリアとしても、贔屓にしているモハード家を裏切る事もなく、穏便に済ませる事が出来る素晴らしい案だと思う。


「販路は奪う物ではなく、自ら開拓するのがサジェの商人ではなくて?」


 にこりと笑顔を浮かべて首を傾げれば、ぐっと言葉を詰まらせたアルダ・シレール。




 かくして、ナーシャとベルナールの身柄はランドル金貨350枚で手を打たれたのだった。




ストックが切れたので、更新は不定期になります。

出来る限り毎日更新を頑張っていきたいと思いますので、今後もお楽しみいただけたら幸いです。

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