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ジャンカルロの葬儀の日は晴天に恵まれた。
招待客はほぼイグレシアス家の親戚だろう。家族連れが多い中、令嬢が侍女を連れているとはいえ、一人で参列しているアンナカメリアに不躾な視線が集まって、予想外の囁き声を生んでいた。
「エストレイア侯爵のご令嬢だ。ベルナール殿下の婚約者が何故ここに」
「他の同級生は来なかったのか?」
「最期の別れを告げに来るのがあのお嬢様だけとは……ジャンカルロとどのような関係だったのだろう」
「密かな恋仲であったのではない? そうでなければわざわざ唯一の参列者とはならないでしょう」
といった会話が耳に入ってくるのだが、いいえ、単に王家からの命令でやってきただけですと声を大きくして反論したくとも、聞き耳をたててはしたないと言われるだけなので、黙っているしかない。
同級生がいないのは驚いた。
せめてジャンカルロと教科書の貸し借りした仲の友人ぐらいは来ているかとばかり思っていた。かなり浮いている自覚がある。
本当に何故、学園において、ベルナールを挟んで恋敵になっていると噂されている者の葬儀に、アンナカメリアが参列しなければならないのか。
ベルナールの代理の役目は婚約者ではなく、王族の誰かを寄越せばいいのではないか?
その方が、イグレシアス家にとっても箔が付くし、王族が来ても十分なもてなしが出来る筈。
何故、家格を落として侯爵令嬢を招待するのか。
しかも、学園から一人だけ。
いくら生徒代表としても、無理がなかろうか。
まぁ、全ての原因はどう考えても一人しかいないだろう。
そんな事をつらつらと考えながら、イグレシアス伯への挨拶を果たす為に乗り気はしないが顔をさなければならない。
けれど、イグレシアス伯の隣に立つ、その原因の顔を見て、ほっとしている自分がいた。
今日は流石に男性の喪服を着ていた。
喪服だから当たり前だが、装飾が一切付いてない服装だからこそ、父親似の甘い顔が引き立っているようにも感じられる。
詳しい年は、そう言えば聞いていなかった。けれど、変声期半ばの少年と言うことは、十歳から十三歳ぐらいか。
アンナカメリアは今年の秋に十八になる。
記憶の中よりも結構年が離れていたのだな、と思うと同時、に原作登場時は一桁の年齢であったにも関わらず、既に腹黒さを隠していた事を思い出してしまった。
今は余計な事を考えずに、目の前の人物に集中しなければ。
憔悴しながらも笑顔で対応しているイグレシアス伯は、ヘンドリックと同じ髪の色と、ナーシャと同じ瞳の蒼色をしていた。
「イグレシアス伯爵。はじめまして、エストレイア家の娘、アンナカメリアと申します。本日は生前ジャンカルロ様と親交の厚いベルナール殿下の代理として参りました。ジャンカルロ様の安らかな旅立ちをお祈り致します」
「ありがとうございます。エストレイアというとあの海軍の」
「はい、父は海軍の将を勤めております」
イグレシアス伯は目を見張り、アンナカメリアの顔をまじまじと見ていた。
無理もない。父と同じ黒髪に翠の目をしているとは言え、似ている要素と言えば、目尻のつり上がった目元ぐらいなもので、それもよくよく見ないと分からないと言われる。
しかし、流石は女誑しのイグレシアス伯だった。
「確かに、将軍に目元が似ていらっしゃる。殿下に心を寄せられるだけではなく、貴女のような美しい方に、見守られて逝くとはジャンカルロが羨ましい限りだ」
顔つきはほぼジャンカルロが将来大きくなれば、こんな顔になるだろう、という甘いマスクをしている。しかし、笑った顔は大きく印象が違う。
目尻に皺を浮かべて笑うイグレシアス伯の笑顔は一目見ただけで、心を奪われるご婦人が続出すると評判だが、ヘンドリックは相変わらずそつのない笑みを浮かべている。
「葬儀まではまだ時間に余裕があるので、よろしければその間、ジャンカルロの弟ヘンドリックの相手になってやってはくれないだろうか」
イグレシアス伯がヘンドリックの背中を押し、アンナカメリアへの挨拶を促した。
「はじめまして、エストレイア嬢。私はジャンカルロの弟、ヘンドリックと申します。この度は兄の葬儀にご足労いただき、ありがとうございます」
知っている声を聞いたせいか、緊張がほどけ、体が自然体になるのを自覚する。
知らず知らずのうちに心細く感じていたらしい。
「はじめまして、ヘンドリック様。アンナカメリア・エストレイアと申します。ベルナール殿下とも仲の良かった方ですもの、本来ならばベルナール殿下が足をお運びになられるのですが、生憎病が完治されるまで時間がかかるとのことで、私が代理として参列する事になりました。殿下からもくれぐれもよろしく頼むと言伝を承っております」
「過分なお言葉、ありがとうございます。兄も喜んでいることでしょう」
白々しい挨拶を交わし、ヘンドリックの案内で教会へと向かうこととなった。
隣に並び、歩を進めながら
「何故、私だけ招待したのです。何故か親戚の方々には私とジャンカルロが恋仲だったという憶測が飛び交っているではないですか」
と、小声でヘンドリックを詰れば、
「学園のジャンカルロを知る者達には、兄があのジャンカルロではなかったと気付かれても良いと貴女はおっしゃる?」
と、肩をすくめて悪びれもなく聞き返された。
その答え方に眉をひそめる。
「……同じ顔なのでしょう?」
「病で苦しんだあれは、もう……別人ですよ」
苦笑と共に吐き出された呟き。その横顔は泣きそうなのを堪えている子供の様にも見えた。
「お兄様の事は、好きでしたか?」
「どうしてそんな事を?」
突然の質問に面食らったように、足を止め、こちらに顔を向ける。
「お聞きしてはいけませんでした?」
「いえ。ただ、その様な事を聞く程、僕のことに興味をお持ちになってるとは思わなかったものですから」
その台詞に怯みかけるが、ここはきっぱりと「単なる好奇心です」と告げるのが正解だろう。
まだ会って二回目で、興味を持つもなにもない。ただ、疑問を口にしただけで何故そう言われなければならないのか。
もしかして、ヘンドリックはアンナカメリアに好意を寄せているのか、と考えて、あり得ないと思い直した。
そんなフラグ立つところなど、いくら記憶を掘り起こしてもなかった筈だ。
ヘンドリックは、少し考えて、ようやく答えを吐き出した。
「好きでしたよ。ジャンカルロがいたから、僕はこの家で自由に過ごせていました。彼がこの家で息をする方法を教えてくれたんです」
歩きながらヘンドリックは、ぽつぽつとジャンカルロの事を語るが、思い出をなぞらえていると言うよりも、そこにあった事実を確認しているように見える。
「兄として、十二分に僕を導いてくれました。勉強で分からないことがあれば家庭教師に聞くよりも、ジャンカルロに聞く方が分かりやすいから、何度も聞きにいきましたね」
「彼が母に可愛がられている姿を見るのは逆に哀れでした。何度も可哀想と憐れまれ、一挙手一投足を監視されていた」
「ジャンカルロは──」
ヘンドリックから見たジャンカルロの話を聞いている中、彼は一度も兄から愛されていたと言わなかった事に、気付いているだろうか。




