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悪役沼には嵌まりたくない!  作者: 一味芥子
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評価・ブクマありがとうございます。頑張って続けたいと思います。

 ベルナールとナーシャが学園から姿を消して、一週間。学内の者達が二人の不在を訝し始め、いくつかの噂がちらほら現れだした頃に、ジャンカルロ・イグレシアスの訃報が(もたら)された。

 死因は原因不明の病であり、感染する可能性があるので、葬儀の参列は出来る限り控えていただきたい、という意向が廊下に掲示されている。


「あんなに元気だった小猿が病死……?」

「いや、考えてみろよ。ここ一週間ベルナール殿下も見てなかっただろ。もしかして、殿下も同じ病に罹っていらっしゃるのでは?」


 後ろの席の男子達が囁きあっている会話に思わず聞き耳をたててしまう。


「そういえば、殿下は城に帰って療養してるって話聞いたな」

「確かに。学園にいるよりかは、城の方が医者もいるし、安心だろう」

「卒業式までには完治するといいけど」

「単位は修得済だし、後は卒業を待つばかりだと言うのに、なんでこのタイミングであいつも死んでしまうんだか……殿下が聞けばどう思うだろう」

「殿下……大丈夫だろうか」


 彼らは純粋に殿下の事を心配していた。

 男子生徒らにベルナールは慕われていたのが伺える。ジャンカルロも小猿と呼ばれているが、悼む気持ちはあるようだ。

 彼等にとって、ベルナールとジャンカルロはセットで認識されており、二人が並んでいることが当たり前の風景だったことが伺いしれる。


 実際はナーシャが入学した初っ端にベルナールに女とばれてしまい、他の者達に女とバレないようにベルナールが守っていたという結果なのだが、そこには、アンナカメリアが入り込む余地はなかった。


 背後の会話を盗み聞きながら、そんな事を思い返していると、隣に立つ女子が話しかけてきた。


「エストレイア様、(わたくし)おかしな噂を耳にしましたの」


 ハスキーな声、名前も覚えていない娘の顔には、アンナカメリアの反応を楽しもうとしている嘲りの色が浮かんでいた。

 婚約者そっちのけで、殿下は男を侍らしていると口さがない者達が言っているのをアンナカメリアは把握している。そしてその噂を聞いて、アンナカメリアに見下した態度を取る者が少なからず存在する事も知っていた。


「そう。内容がどのようなものかは知らないけれど、私は興味ありません」

「まぁ、婚約者のお話なのに、冷たいお方ね。だからベルナール殿下もイグレシアス様を愛していらっしゃったのね」


 挑発に乗れば相手の思う壺だ。それにベルナールがナーシャを愛しているのも事実。


 失恋の傷は癒えていないとはいえ、傷口に塩を塗り込まれて喜ぶ趣味もない。手短に話を切り上げる。


「ええ、そうなのしれませんね。では、次の授業の準備がありますので」


 そして、彼女の側から離れようとしたアンナカメリアの腕を貴族の令嬢とは思えない力で掴まれた。そして人混みから外れた所まで引きずり出され、空き教室に押し込まれる。


「貴女、何を!」

「少しだけ、ほんの少しだけです。私とお話して下さいませんか。エストレイア様」


 教室の中には二人の他に気配はない。彼女は物理的な危害を加える気はないようだ。


 しかし、何かがおかしい。


 笑顔を向けているのに目が笑っていないからか?

 令嬢の身では有り得ない力を持っていたからか? 二人きりになった途端、お嬢様言葉がなりを潜め、少し砕けた口調になったからか?


 違和感だらけの存在だからか、おかしいと思っいても、それが確信に至る程のものでもなく、もどかしさを感じるのみだ。


 ダークブルーの瞳、青みがかった黒髪に、下がった目尻の下に黒子がある娘。身長は同じ位だろうか、ほんの少し彼女の方が高い。

 学園を四年間過ごしていて、こんな顔の女子生徒は見たことがなかった。


「話を聞かせるだけならば、こんな乱暴な方法でなくとも良かったのではなくて?」

「いえ、私にはこの時間しかありません。今を逃せば、しばらくは家の事で手一杯になりますでしょうし、その前に貴女にどうしてもお聞きしたい事があったのです」

「聞きたい事?」



「一週間前の夜……殿下とジャンカルロが失踪した夜、貴女は何をなさっていました?」



「え……」


 咄嗟に声が出なかった。

 そんなアンナカメリアの反応に、彼女は口角を更に引き上げる。


「おかしいと思っていたんです。ジャンカルロが死んだ日に偶然二人が姿を消したなんて有り得ないでしょう。特にベルナール殿下は腐ってもこの国の第三王子だ。生徒代表として模範的な生活を求められている方が卒業二週間前に失踪するだなんて、誰かが何かを告げたに違いない」


 その何かを告げた人物がアンナカメリアだと確信して、狙いを定めてきたと、その目が言っていた。


「エストレイア様、貴女はお二人に何を告げたのです?」


 ダークブルーの瞳に見つめられ、身がすくむ。

 背筋が凍り、呼吸さえも支配されてしまったような感覚に捕らわれる。まるで肉食獣を前にした小動物の気持ちだ。

 未来の第三王子妃として、一応最低限のマナーは叩き込まれている。人嫌いだとしても、それをおくびに出さず、人に気圧されないようにと堂々とした態度は身につけている筈なのだが。


 今、アンナカメリアは明らかに同年代の令嬢に気圧されていた。


「お待ちなさい、貴女は何者です」


 震える声で尋ねる事が精一杯。

 何故、ジャンカルロが死んだ日に二人が失踪したと知っている? それは、アンナカメリアとイグレシアス家の者のみ知り得るものだ。しかしイグレシアス家には年頃の令嬢など居なかったはず。考えられるのは、イグレシアス家が雇った何者かだが……。


「ああ、申し訳ありません。自己紹介が遅れました」


 彼女は自らの髪を乱暴に掴み、それを外す。

 鬘と同じ色の短い髪が現れた。途端に令嬢の顔つきが少年のそれに見えるのは髪型の効果なのか。

 ああでも、ダークブルーの瞳の光の怪しさはずっと変わっていない。

 少年は先程よりも少し低い、変声期特有の掠れた声で名乗りを上げる。




「僕はヘンドリック・イグレシアス。一週間前に死亡したジャンカルロの弟です」



 アンナカメリアは心の中で絶叫した。




やっとタイトルの悪役が出てきました。

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