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悪役沼には嵌まりたくない!  作者: 一味芥子
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一年近く放置してすいませんでした。

「何を言うか小娘が!」

「大体名誉と言うべき誉も持たぬ者が図々しい」

「将来の王子妃としての自覚すら持たぬようだ」

「自国の利益を省みず、ハイグラムと通じようとするその気概。到底真似は出来ませんなぁ」

「そのような気概を持つからこそ、殿下に捨てられたのでは」


 アンナカメリアから向かって左手に座る貴族達から次々と非難の声が飛ぶが、涼しい顔を玉座に向けていた。

 先日至近距離で特大級の雷を食らったばかりなのだ。それに比べれば、貧弱な貴族達のヤジなど鳥の囀り……いや、それは可愛すぎる。蝉か? いや、蛙だ。蛙の鳴き声と大差ない。

 ゲコゲコと仲良く大合唱している声に対し、彼女が何の反応も示さ無いので余計に彼等は苛立っているようだ。


「ハイグラムへと繋がりを持ったのは、父君の協力があったからでは?」

「小娘が一人で繋がりを持つとしても限度がありますからな。あながちそれも間違いではないでしょう」


 事実無根のとるに足らない話だが、聞き捨てならない声が上がる。

 顔は動かしてはならない。表情も変えてはいけない。ここで何かしらの反応を見せてしまえば、それは事実として認められてしまう。

 視界の端に捉えたのは、青筋を立てながら事の成り行きを見守る父の姿。もの凄い勢いでアンナカメリアを睨んでいる。父が睨むべき相手は、向かい側で声を上げている貴族達なのだろうが、自身は何も出来ないからといって代わりに娘を射殺すような目で睨まないでほしい。

 ──まぁ、そのお陰で少しは冷静になり、周囲に視線をやる程度の余裕は出てきたが。

 父の隣のイグレシアス伯は、彼の隣に座る男性に何かを耳打ちしている。耳打ちされた男性は耳打ちされた内容を書き留めているようだった。

 声を上げている貴族達は王弟であるクンツァイト大公の派閥の顔が多いように思う。

 当の大公本人は沈黙を貫き、目を伏せていた。派閥の者達の非難の声を止めようとはしない。それどころか耳を済ませて聞き入っているように見えた。

 大公にとっては蛙の鳴き声も小鳥の囀りに聞こえるらしい。

 時折、隣の席に座る者に耳打ちされ、ベルナールと同じアッシュブロンドの髪が揺れる。

 ベルナールへの恋心は終わったこととして片付けられたと思ったが、やはりまだ未練が残っているのか、それとも血筋が濃いせいか、同じ色を見かけるとついつい目が追ってしまう。

 こちらに視線を向けた顔は、ベルナールと同じ色彩を纏っていても、似ても似つかない神経質そうな険しい顔をしていたが。

 向けられた視線があまりにも辛辣なものであったので、アンナカメリアは思わず視線を逸らしてしまった。

 その様子を見た誰かが、嘲りの声を上げる。


「ベルナール殿下の御心が手に入らなかったから、今度は大公殿下に色目を使うか。卑しい小娘に大公殿下が手を差し伸べると思うなど、烏滸がましい」


 流石に、今の台詞は聞き捨てならない。ブチリと堪忍袋の緒が切れた音が頭の中で聞こえた。


「今のは、誰がおっしゃったのでしょうか」


 アンナカメリアの鋭い声に、先程まであれほど鳴き喚いていた蛙の大合唱がピタリと止まる。


「私言いましたわ。後程名誉毀損で訴えさせていただくと。確かに私個人の名誉など、各々方が仰る通り、あって無きようなものではあります。ですが、このような謂われない誹謗を無責任に放つ方が、普段どの様なお仕事をなさっているのか察するに余りあるというもの。私に対する発言を聞くに、余程『素晴らしい討論』を繰り広げていらっしゃるのでしょうね。明日からは父が議会に参加した日は、最高級のコニャックとチーズを用意して待とうと思いますわ」


 小娘の皮肉に、会議場が殺気立つ。

 前世でも国会討論を見ていると、人の揚げ足を取るだけで、肝心の議論は遅々として進まない、という事は良くあった。法案一つに対して答弁中の議員にスキャンダラスな質問を投げかけ、その返答をあげつらうよりも、建設的な質問をすればいいのに、と思ったことがままある。国民に対してのパフォーマンスにしても、もう少し何かあるだろうと思っても、ニュースで取り上げられるのはそう言った醜聞の方が多い。耳目を集め、番組の視聴率も上がるからだ。

 それに比べて今の場は設定された時代が時代だ。

 それ以上にまともではないというのは覚悟していたが、成人したばかりの娘に対して大の男が、それも国の中枢を担う貴族が、寄ってたかってその様な発言をするなど、考えもしなかった。

 これが国政と言うのならば、お粗末すぎる。よくぞこれでまともに国として機能していたものだ。


「そして、それを止めようとは為さらない方の、政に対する無関心な様子にも失望いたしました。好き放題に『ただの小娘』に対し、中傷を投げかける事が『忌憚のない意見』と言うのならば、私は──」

「その辺にして差し上げましょう、エストレイア嬢。国の経済の低下を、成人して間もない女性一人に押し付けようとする者達の戯れ言など、逐一聞き入れては貴女の麗しい耳が穢れます」


 突如、イグレシアス伯がアンナカメリアの台詞を遮る。

 イグレシアス伯は柔らかな声を発するが、針の様に鋭い視線を受け、アンナカメリアの怒りのボルテージがしゅんと萎んだ。

 萎んだと当時に、イグレシアス伯の声が届かなかったから何を口走っていたかを悟り、背筋をゾッとさせる。


『私は恥知らずの王家の一員とならずにいて良かったと心から思います』


 危ない。イグレシアス伯のアシストが無ければ、そのままアンナカメリアの発言は瑕疵として記録され、婚約破棄を言い渡されていただろう。

 今回の論点は『婚約破棄』か『婚約解消』かだ。

 王家側に瑕疵があるなら、婚約解消となるが、アンナカメリア側に瑕疵がついたとなれば婚約破棄となり、棄てられた令嬢の末路は修道院か後家しかない。そしてアンナカメリアの身内も社交界でまるで犯罪者のような扱いを受ける。母や義姉が、社交界で爪弾きにされるのは、何としても避けなければならないはずだった。


「イグレシアス伯、ありがとうございます」

「貴女は興味深い方ですから」


 小声で感謝の言葉を口にすれば、何とも意味深な返答がきた。

 底の見えない笑みを浮かべて見せるイグレシアス伯に、ヘンドリックと同じ笑顔を浮かべるとは、やはり親子なのね、と見当違いな感想を浮かべた。





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