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悪役沼には嵌まりたくない!  作者: 一味芥子
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 疲労が溜まっていたというのに、寝付けない夜を過ごして、いつの間にか朝になっていた。途中途中で意識が無くなっていたので、実質的な睡眠時間は約三時間ぐらいかと思うが、そんな短時間でも体が軽い。若いって凄い。


 朝食を終え、父と共に城へ向かうと、思っていたのだが、城とは別の建物に連れて行かれた。ランドルで売上一位を誇るデイリー新聞社の社屋らしい。その前で二人を出迎えたのはイグレシアス親子だった。


「イグレシアス伯、本日は宜しく」

「ええ、エストレイア大将。此方こそ宜しくお願いします」


 握手を交わす父とイグレシアス伯。

 アンナカメリアの召喚に合わせ、何らかの密約でも交わされたのだろうか。

 しかし、当事者であるアンナカメリアはともかく、息子のヘンドリックがこの場にいる理由とは一体とアンナカメリアは内心首を傾げる。


「お久しぶりです。アンナカメリア嬢」

「おひさしぶりね、ヘンドリック様。お元気にされていらっしゃいました?」


 不思議に思いながら挨拶を交わせば、ヘンドリックの声が変声期も終わり、落ち着いた声になっていた。そして身長もアンナカメリアよりもまた高くなっていることに気付く。


「あら、貴方背が伸びたのね」

「ええ、成長期ですから」


 そう言って、いつもの目を細め、口角を上げた笑顔になった。ジャンカルロの葬儀の時と顔の造形はそこまで変わっていないのをその笑顔で実感する。


「そう。以前も大人びていらっしゃいましたけれど、また一段と格好よくなられましたね」


 思わず近所のオバサン目線でお世辞を言ってしまうのも仕方ないだろう。

 ヘンドリックはそんな事を言われるとは思ってもいなかったのか、少し目を見開いた。そしてじっとアンナカメリアの顔を見て、言葉を漏らす。


「貴女も美しくなられました」

「そうかしら」

「ええ、何かはればれとしたお顔をなさっていますよ」

「……そうかしら?」


 何も言っていないのに、昨日の今日で何も伝わってないはずだというのに、ベルナールと和解したことを指摘されたような気がして冷や汗をかく。

 慌てて話題を変えた。


「そう言えば、何故此方に?」

「今日は父が貴女に会うと聞いて付き添いでやってきました。父は何をするのか解らないので見張りですね」

「まぁ」


 もしかしなくとも、イグレシアス伯がアンナカメリアに不埒な事をしないかと心配してくれたのだろうか。息子にそれだけ信用されていない父親というのも、凄い事だ。父も居るのでそのような心配は無用の筈だが、他の点で心配されているのだろうか。

 子供達の会話を見ながら、父が「ああ、そう言えばイグレシアス伯、お伝えしたい事があります」とイグレシアス伯に話しかける。


「解りました。一度中に入ってからお話をお聞きしましょう」


 そして、イグレシアス伯の案内で一同はとある一室に通された。大部屋に向かい合わせでそれぞれの机が並べられている。その端に布型のパテーションで仕切られた一画があり、ローテーブルと向かい合わせのソファが設置されていた。まるで前世の職員室みたいな配置だ。

 机に向かっている者達は服装をみる限り平民だろうか。手紙を書いたり、タイプライターを叩いたりとせわしない。

 イグレシアス伯の顔を見た瞬間に顔をひきつらせていたような気がするのは気のせいだろうか。

 二人掛けのソファにエストレイア父娘、ローテーブルを挟んでイグレシアス親子がそれぞれに座る。


「落ち着きのないで申し訳ない。現在資料の整理に応対室を使用しておりまして」

「機密事項に関わるものであるのなら、一般人の目に触れさせられない。致し方ないでしょう」


 父はあまり気にしてはいないようだが、人の往来や、タイプライターの音、長い紙を動かす時にたてられるベラベラという音は、貴族令嬢の身には馴染みが無い。

 静かな場所で話をする事に慣れていたアンナカメリアにしてみれば、ここで彼らに求められる答えを提供する事が出来るのか、そちらの方が気になって緊張してくる。


「さて、エストレイア大将」


 女たらしで有名な顔面の魅力を最大限に引き出した笑顔を見せながら、イグレシアス伯は話を切り出した。


「お話をお聞かせ願いますでしょうか。昨日の夜にそちらから頂いたお手紙以上のネタが有ると?」

「ああ、今朝クレマンから聞いた話だ」


 と前置きして、昨日アンナカメリアが長兄に話した内容をそのまま父はイグレシアス伯に伝える。これは、機密事項ではないのだろうか。こんな一般人が出入りする新聞社でする話ではないだろうに。しかし、父の声は部屋の音に上手くかき消されたのか、誰も気にかける余裕がない。


「それは興味深い……」


 顎に手をやり、イグレシアス伯はそう呟いた、が。


「しかし、国際的に使用されている海図であれば、サジェでも秘匿されているのでは?」


 その言葉を聞いて、アンナカメリアの冷や汗が吹き出る。


「サジェの商家が持っているのを見た、というのは、そのサジェの商家がハイグラムと通じていたという可能性があるのか」


 しかも父も同意した。

 まずい、適当に言ったはずだというのに、このままでは言われもしない罪をカリファ達に被せる事になる。彼等からのアンナカメリアの信用も失ってしまう。アンナカメリアもせっかくの厚意を無碍にするどころか、恩を徒で返すような分厚い心臓の持ち主ではない。


「アンナカメリア嬢? 顔色が宜しくない様ですが、大丈夫ですか?」

「申し訳ありません。寝不足気味だったもので」

「無理もありません」

「少し休まれますか?」

「いえ、大丈夫ですわ」


 逆に今ここでアンナカメリアが席を外せば、カリファ達が何を言われるのか分かったものではない。

 彼等を護れるのは、支援者であるアンナカメリアだけなのだ。

 その時、ヘンドリックが口を開いた。


「サジェの商家と言っても、アンナカメリア嬢が見たのはハイグラムと取引のある商家の海図では?」


 天の助けかと思ったアンナカメリアがヘンドリックの方へ視線を向ける。

 ヘンドリックは貼り付けた笑みを浮かべていた。

 今はその笑顔の裏を考える暇もない。

 確かに、アンナカメリアが接触していたサジェの商家はモハード家だけではなく、シレール家もあった。


「ええ、ハイグラムと取引のある商家とも確かに接触をしました」


 海図を見せてくれる程の親しみがあったかと言われると、はっきり言ってない(なんせ会ったのは奴隷を購入した時だけだ)が、地図を見せてもらったという可能性を残している、と思われているのならそれに全力で乗った方がいい。

 そして確実にシレール家はハイグラムからの地図を入手しているだろう。

 ルート的にはサジェとハイグラム間では、障害になるものは何もないが、要注意地域として、情報を与えられている可能性もある。

 調子を取り戻したアンナカメリアに、イグレシアス伯が問いかける。


「それは殿下達を奴隷として購入した時でよろしいでしょうか」

 やましいことは何もしていないのに、色々と偽っていることがあるせいか、返事が遅れた。

「はい、その通りですが……」

「その時に見かけたと?」


 念を押されると、言葉尻が弱くなってきてしまう。


「ええ」

「では、貴女はその一瞬で地図に違和感を抱いたという事ですね」

「……」


 正直、そこまで言うほどアンナカメリアは賢いとは言えない。頭の開店が早いのならば、こんな状況に置かれているはずがないのだから。

 沈黙するアンナカメリアに「アン?」と父が訝しむ。何か、何かを言わなければ。


「……気のせいだったのかもしれませんわ」


 ここで発言を翻すのは悪手だと分かっている。けれど、それ以上の良い手が浮かばなかった。

 アンナカメリアの態度をじっと見ていたイグレシアス伯は、その言葉を聞いて、にっこりと父に笑いかける。


「エストレイア大将、お嬢さんと別室でお話させていただいても宜しいでしょうか? ご安心下さい。女性の部下も同席させますので」

「ああ」


 娘に不信を抱いた父は素直に頷いた。

 別室で聞き取り。それは尋問というものではないだろうか。いや、ここは新聞社の社屋だ。そんな恐ろしい事をする場所も準備もないだろう。

 頭の中でぐるぐると思考が回るアンナカメリアに、イグレシアス伯は「どうぞこちらへ」とアンナカメリアの手を取り、大部屋を出て行く。



 その二人の後ろ姿をヘンドリックが見つめていた事にはアンナカメリアは気づかなかった。


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