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悪役沼には嵌まりたくない!  作者: 一味芥子
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 涙目になりながら一連の出来事を洗いざらい吐かされ、またひとしきり怒られ、まだ怒りが収まらない父を母と長兄が宥めに宥めて、ようやくアンナカメリアは自室に行く許可を得る。


 王都に来るまでに雪の降りしきる中、馬車と汽車で3日かけて強行したのに、来たら来たで父の特大級の雷を落とされた。心身ともに疲れてきって当然の結果だろう。


 ぼんやりと窓辺の景色を眺めながら、反省する。

 安直だった。うろ覚えの原作知識で物語の本筋に介入しようと思ったことがそもそもの間違いだったのだ。

 事情を知らないならば知らないで、もう少し話を整理してから、家族に話すべきだった。

 何をしても状況が好転しないのであれば、家族の協力を得ようと考えたのは甘かった。


 十八にもなって(前世から数えるともうアラフィフだというのに)親に怒られて涙目になるというのは、流石に己の成長の無さを実感して落ち込む。


 しかし原作には描写されていない国際状況を想定しろ、というのは流石に不可能ではないだろうか。


 『海の女王』の船長であるエディはハイグラムの公認私掠船の船長であったが、ボーランとランドルの商船だけを狙うという描写は無かった筈だ。……その辺はうろ覚えなので自信がないのだが。


 そしてハイグラムがノルゼン軍部のクーデターを支援するのは、今から数年後。サジェ編が終わって、ノルゼン編に移ってからだ。そこでボーランの王子であるユージィンの子供が歩きはじめている描写があったので、確実に三年以上は経っているはず。何せまだユージィンは結婚もしていない。


 ハイグラム支援のノルゼンでのクーデターが成功すれば、ノルゼンとハイグラムの同盟が締結され、陸と海の両方からランドル・ポーランの両国へ侵攻してくる予定となっている。しかし、今はその前段階にも至っていない筈。準備も何も無いのに、ハイグラムがランドルとボーランを挑発する必要がどこにあるのか。

 正当性を掲げ、周辺諸国も巻き込んだ戦争へ持ち込みたいのだろうか。それとも、既にランドルの海軍以上の戦力を持っているのか。


「お嬢様、お疲れの所申し訳ありませんが、若様がお呼びです」


 イグレシアス家の葬儀にもついて来たメアリが声をかけてくる。


「クレマン兄様が?」


 長兄の呼び出しとは珍しい。ついでに今の世情についても教えて貰おう、と軽い気持ちですぐに行くと返答した。


「クレマン兄様、アンナカメリアです」

「入れ」


 長兄の部屋は久しぶりに訪れる。ここ四年はアンナカメリアが学園で寮生活、長兄が軍艦勤務と、すれ違いばかりでなかなか顔を合わすことがなかった。


 昔は肌が白いことを気にしていた兄だが、戦艦に乗り始めてからは日焼けして、肌が浅黒くなっている。アンナカメリアと同じく父に似た黒髪は短く角刈りになっており、軍人として相応しいとも言える厳めしい雰囲気を演出していた。

 令嬢達にはお顔が怖いと不評で、未だに婚約者が居ない。身内の贔屓目無しでも、精悍な顔をしていると思うのだが、婚約解消予定の妹があれこれ思う話でもないか。


「久しぶりだな、アン」

「ええ、クレマン兄様もお元気そうで何よりですわ」


 帰ってきた時に出来なかった挨拶を改めて交わした早々に「お前、殿下にどの辺で『海の女王』に襲撃されたかを聞いたか?」とテーブルの上に地図を広げられた。


 一般的な土地図とは違い、海に数値が書かれている海図だ。波の高さ、浅瀬、海流の流れ、干潮・満潮時の海水線、灯台や港の位置など、小さな文字が蟻のように細かく記載されている。


 正直な所、見てもさっぱりとしか言いようがない。


「クレマン兄様、申し訳ありませんが、殿下の事情はお聞きしましたけど、日程までは流石に聞き及んではおりませんので、どの辺で、というのは流石に……」

「チッ……そうか」


 何時も寡黙な長兄が舌打ちをした。今まで見たことも無かったその姿に驚きを隠せない。


「兄様……?」


 惑うアンナカメリアをよそに、海図に視線を向けながら長兄は口を開く。


「アン、ここ一、二年で海賊の動きが活発化しているのは知っているな?」


 その問いにも謝る事しかできなかった。


「……申し訳ありません……」


 カリファに出会うまでは、領の港で情報収集をしていたが、メインは『サジェの商人シレール家と、ノルゼンの王党派の貴族の情報』であり、その点に集中するあまり、海賊が動きを活発化しているのは聞き逃していた。だからこそ、今王都でアンナカメリアの評判が落ちている。


 アンナカメリアの言葉を聞き、長兄はちらりと妹の顔を見る。そして「まあ、いい」とまた海図に視線を戻した。理解の出来ない部下を多数持つ上司の顔を妹に見せたのは家族として地味に傷付くが、問題はそこではない。

 話を聞く姿勢に戻ると、兄は「とにかく」と話を続けた。


「こちらとしてはボーランと協力し、海賊を一掃すると決まったんだが、何分相手は神出鬼没でな。結局『海の女王』の姿も拝めないままだったんだ。ベルナール殿下の消息も、結局お前が取り戻すまで不明なままだった」

「え……? 海の女王の足取りは何も掴めなかったのですか?」


 どういう事だ。原作ではランドル・ボーランの艦隊を相手どり、瀕死になったエディをナーシャとベルナールの二人が助けるという描写があった筈。それを恩として、エディはハイグラムにベルナールを売らなかったのだから。


 だというのに、軍は交戦どころか海の女王の姿すら見ていないという長兄の話は矛盾する。


 疑問を口にするアンナカメリアに、苦虫を口にした様な顔をして、長兄は「無能だと言いたいなら、正面切って罵ればいい」と言った。


「いえ、そういう事では」


 慌てて、視線を地図に戻すと、違和感を抱いた。

 在るべき島の存在がその地図には無かったのだ。


「……兄様、ここに、群島がありませんか?」


 何巻もずっと、巻頭に記載されていた地図は流石に頭に残っている。位置としてはノルゼンとボーラン、ハイグラムとの間に海賊諸島と呼ばれる群島があるはずだ。

 しかし、アンナカメリアが指差したその位置は白紙であり、何の書き込みもされていない。


「何? 群島だと?」


 長兄の声が一層険しさを増した。アンナカメリアは前世で記憶していたという事実は告げず、それらしい理由を並べる。


「ええ、私はサジェの商人から地図を見せて貰った時にここに群島があったのを覚えていますわ」

「サジェの者達には既知の島だというのに、我々がそれを知らない……ハイグラムの差し金か」


 あっさりと長兄が騙されてくれたのは、良かったのか悪かったのか。海図に集中している長兄はアンナカメリアの顔を見なくて良かったと胸をなで下ろした。

 この資料は各国から提供され、国際的に使用されている海図だ。詳しい地形はハイグラムが握っており、それを故意に隠蔽している、というのがまた。

 しかし、この海域はハイグラムの領域であり、軍が手出しすれば、本格的な戦争になってしまうだろう。


「しかし、これで奴らの足取りが特定しやすくなった。ありがとう、アン」


 アンナカメリアが指差した所に赤ペンで大きくバツを書いて、海図を纏める長兄に「いえ。クレマン兄様の、海軍のお役にたてたのなら光栄です」と笑顔を向ける。

 もう少し、今の国際情勢を聞いてみたい所だったが、長兄は自分の用が終わったらさっさと出ていけとばかりに「明日の朝は早いだろう。もう寝ろ」と追い出された。

 情報を出すだけ出して、こちらの方には何の収穫もないのは、如何なものか。


「兄様、クレマン兄様。私お聞きしたい事がありますの」


 しつこく扉をノックし続けると、扉の向こうから「何を聞きたい」とくぐもった声が聞こえる。

 もう寝る準備に入っていたというのか。いくら何でも早すぎやしないだろうか。


「ハイグラムは、ランドルとボーランの商船のみを狙っているのですよね? 戦争を仕掛けたいと思わせる原因等が有るのでしょうか?」

「知らん。その情報を収集するのは陸軍諜報部の仕事だ」


 諜報部、というのは初めて聞く。一般に広まっていないものを、眠さに負けたとは言え身内に零して良いものなのか。

 いや、原作でもスパイはそこそこ暗躍していたし、その部署が有るのも不思議ではない。覚えておいて損はないだろう。


「早く寝ろ。お前は明日からが本番だろう。エストレイア家に被った汚名を、お前が濯がなければならないんだぞ」


 扉の向こうから聞こえた言葉に声を詰まらせる。

 悪いことは何もやっていないのに、やっていない証拠をどうやって出すのか。

 一気に心が重たくなり、すごすごと自室へ戻る。

 ベッドに入り目を閉じるが、明日の事を考えると、なかなか寝付けられなかった。


ランドル周辺地図

挿絵(By みてみん)

白い土地は今後も出る事はない国です。

フィルター掛かってるのが海賊諸島。


評価・ブクマありがとうございます。

次回でやっとヘンドリックまた出てきます。


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