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悪役沼には嵌まりたくない!  作者: 一味芥子
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 数日後、冬の本格的な到来を前に、彼らは一旦サジェへと旅立った。カリファの商船はサジェで冬を越して、春にノルゼンに向かうという。


 その間のサジェでの生活はカリファが支援するらしい。


「少し位は報酬を受け取って貰わなければ、私の気が済まないわ」

「お嬢様がお二人にそこまで肩入れなさる必要はありません。これは投資なのですよ。このお二人がランドルにご帰還された暁には、経費の三倍請求します。殿下も快くお支払い下さる事でしょうな。それに、ついでにうちの手伝いもしてもらいますから、ご安心下さい」


 心配を口にするアンナカメリアに、カリファは笑ってそう答えてくれた。


「お嬢サマ、オ世話、なりマシタ。またご贔屓の程、よろしくお願いします」


 マニラも拙いランドル語で声をかけてくれる。後半は何度か使っているうちにそれだけ流暢になった挨拶のフレーズだ。


『マニラ、また会います』


 アンナカメリアも拙いサジェ語で返せば、にこやかに笑って強い握手をしてくれた。 


 ナーシャはアンナカメリアを抱きしめながら、大声で嗚咽を漏らす。


「アンナカメリア様、本当にありがとうございます。このご恩は決して忘れません。私、ずっと貴女に謝りたかった」


 ナーシャはずっと、不安に思っていたのだろう。

 ベルナールがアンナカメリアよりもナーシャの手を取った事を、罪悪感に見舞われながらも、ベルナールが側に居ることに安堵する自分もいたに違いない。


「何を謝るというのです。貴女が私を信じてくれたから、殿下ともお別れ出来たのだし、全て貴女のお陰なのです。ほら、泣かないで。私は笑顔の貴女が好きだわ。帰ってきたら、またお顔を見せて頂戴」


 まだぐずぐずと言っているナーシャの背をあやしながら、助けを求めてベルナールの方を向くと、彼は仕方ない、と目で語っていた。


「ナーシャ、いい加減離れろ。アンナが困ってんだろ」


 ナーシャの服の首根っこを掴んで、側に引き寄せる。ナーシャさんがべったりと離れなかったアンナカメリアに対して嫉妬もしていたらしい。


「アンナ、世話になった」


 その言葉だけで、報われた気がした。


 ベルナールと和解出来たというのは、アンナカメリアの中で思ったよりも重要な位置を占めていたようだ。自分のことが分かっているようでも、解らない事があるのだ、と改めて気付いた。

 恋が終わってから、ベルナールとの距離が近くなった気がするのは皮肉な事だが、それだけ若かったという事にしておこう。

 八歳の頃からの付き合いは、多分、近すぎて遠かったのだろう。

 初めて触れた頬は、髭の感触がチクチクした。あんな風に、穏やかに笑う顔を初めて見た。

 その記憶も、何時かは誰かとの思い出にきっと塗り替えられるはずだ。


 アンナカメリアは、笑顔で別れを告げる。


「殿下、お元気で。何があったとしても、ナーシャさんの側から離れないで下さい。ナーシャさんを守ってさしあげて下さいませ」

「ナーシャが俺の運命だからか?」


 目を真っ赤にさせたナーシャが、驚きのあまりぐずるのを止めて、ベルナールを凝視していたが、二人ともその様子に構わず和やかに別れの挨拶を交わす。


「ええ、無事のご帰還をお待ちしています」


 船が港を離れ、ナーシャ達の姿が見えなくなるまで、アンナカメリアはその場を離れる事はなかった。





 これで、物語は終わりに近付く。

 少なくとも春になれば、ナーシャ達はノルゼンに到着し、そこから遅くとも一年以内で物語は終わる。

 そしてアンナカメリアは悪役令嬢の役割から解放される。




 その考えは、一通の手紙で呆気なく覆されるのだった。







 現在のアンナカメリアの状況は、悪役令嬢と呼ばれるに相応しい条件が出揃っていた。


一、

 現在アンナカメリアは王都にて『婚約者である第三王子の恋人を刺殺し、ベルナールを発狂させ、自殺に追い込んだ悪女』という噂が広がっていた。


二、

 海賊による襲撃の為、貿易がままならない状況の中、アンナカメリアは自国の商家より、サジェの商家を支援しており、既存の商家が倒産の危機にあっている。


三、

 サジェの商人を通じてハイグラム人と密会を交わしたという目撃情報が館の使用人から広まった。


四、

 ベルナールからの安否を知らせる手紙がエストレイア領から齎された。ベルナール本人の筆跡だが、その中にはアンナカメリアとの婚約解消についての項目が不自然に織り込まれていた。旅をしている王子が、婚約者を気にかける筈がない、というのが今までの二人を見守っていた城の関係者の証言である。


 まさか、海軍大将の娘が現在ランドルと摩擦を起こしている国と繋がっている可能性があるとは!


 王都では一大スキャンダルとして、大衆を賑やかし、貴族達の中でも看過できないものとして、アンナカメリアは城に召喚される事となる。



 アンナカメリア自身には、疚しいものは何もない。なので、召喚の理由も解らないままに王都に着けば、母は泣いており、父は顔を真っ赤にして書状を握りしめていた。長兄も、腕を組ながらソファに座り、難しい顔をしている。

 今にも城からの書状を破る勢いで文字を睨みつけている父は、アンナカメリアの姿を確認するとアンナカメリアの両肩を痛いほどに掴み「アン、来たか」と声を絞り出した。


「はい、お久しぶりです。お父様、お母様。やはり王都の冬は冷えますね。お城の用事を済ませて早くエストレイアに帰りたいわ」


 家の中が異様な雰囲気に包まれているのを肌で理解しながら、アンナカメリアは努めていつも通りに挨拶をする。

 しかし、無口な長兄はともかく、いつもならアンナカメリアの我が儘めいた軽口を、窘める両親が何も言ってくれない。


「どうされましたの、お父様。お母様も何故、泣いていらっしゃるの」


 アンナカメリアの問い掛けに、母の嗚咽が一層激しくなった。気丈な母が初めて見せるそのような振る舞いに、アンナカメリアの困惑が益々広がる。


 アンナカメリアが何かをやらかしたのか。

 しかし、やらかした記憶なぞとんと覚えがない。


 疑問符を浮かべ続けるアンナカメリアに対し、父は怒りを抑えた声で「アン……お前に今、スパイ容疑がかかっている」と告げた。


「……は?」




 なんて?

 スパイ容疑?




「スパイ容疑……とは?」

「お前がハイグラム人と夜に館で密会した、という報告が上がっている。しかも親しげであったそうだな。一体その者とはどのような関係だ」


 夜にハイランド人と密会、と聞いて咄嗟に思い当たる者は居なかった。


「お父様、ハイグラムの者に知り合いはおりませんわ」


 と言い切った所で、余計な一言を付け加えてしまった。


「確かに一度、ハイグラムで活動するサジェの商家から買い物をいたしましたが」

「何を買ったのだ」

「それは……」

「金貨350の代物だ。なのにそれらしいものは無く、シモンが怒りながら手紙を送ってきた」


 シモンとは、次兄の名前だ。当時あれだけ叱られたにも関わらず、次兄の怒りは収まらなかったらしい。


「お前、買い物をしたと言いながら、ハイグラムに送金してのではないだろうな」

「それは有り得ません! 金銭を送る相手など私にはおりませんわ!」

「では、何を買った」


 言えない。それは、それだけは。


 行方不明であるベルナールが一時とはいえランドルにいたと言ったならば、何故城に帰らせなかった、愛人との逃避行に何故お前が加担するのだ、と次兄の比ではない雷が父から落とされるに決まっている。

 口を閉ざすアンナカメリアに、父は泣きそうな顔を見せる。


「アン、俺達は家族だろう。隠し事をしてくれるな。この父にも、母にも言えないものなのか?」

「アン、お願い。私達に貴女を疑わせないで」


 両親の泣き顔を見させられるのは、娘にとってとても衝撃的なものである。

 それ程愛してくれている両親を裏切れるか、といえば答えは否だ。


「お父様、お母様。言っても怒りませんか……?」

「ああ、約束しよう。お前が何を買ったとしても、納得出来るものであれば、怒りはしないとも」


 言質を取ったが、こういう時の親は前世でも、今世でも変わらない。

 間違いなく『カミナリ親父(雷公トール)』の異名を持つ父トールの雷が落ちる事を覚悟しながら、アンナカメリアは重い口を開いた。



「……ハイグラムで奴隷となっていたベルナール殿下と恋人のナーシャさんです」



 一瞬の間の後。



「お前は何故殿下がご無事な事を知りながら、城に連絡せなんだーーー!!」




 部屋の窓ガラスが震えるほどの雷が落とされた。



 


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