電光掲示板は何も映さない。
朝日に照らされた静寂は少年の目に、儚く写る。
ここは15階建マンションの最上階。
しかし、窓から覗ける景色は酷く寂しいのであった。
それは端的に言ってしまえば、
廃墟。そしてそれらを覆う瓦礫の山。
この言葉に尽きるだろう。
かつて団地として存在していただろうそれは、
右上から崩れており、痛々しい断面をのぞかせる。
公園として人々の憩いの場になっていただろう空き地も
草木が多い茂り、今では見る影もない。
そんな光景を目の当たりにする青年の心境とは果たして
どの様なモノだろうか。
見慣れたその光景にはもはや何も感じないと言ってしまえば
それまでなのだが。
ベットの上で軽く伸びをする青年。
快眠だった。
なぜなら、彼の生活はこの上なく健康的だからだ。
パソコンもスマホもテレビもない。
この世を照らすのは太陽光とそれを反射させる月のみだろうか。
そんな場所だと、自ずとやることも限られてくるのだ。
結果的に太陽が沈むのと共に眠り、太陽が昇るのと共に起きる生活が続く。
現代に生きる社会人には到底不可能に近い生活であることは
誰の目にも明らかだった。
それもそのはずだろう。
なぜならここは彼のいたはずであろう2020年の日本などでは
ないのだから。
果たしてなぜ彼はこんな辺境の地にいるのだろうか
それを説明するのには、少々時間を巻き戻す必要がある。
2020年4月8日12時16分
彼は死んだのだ。地面にとてつもない速さで衝突して。
即死だったぶん、苦痛を感じるヒマなどなかったのだが
死体の状態というのは、ひどいモノだった。
果たして人が死んだらどうなるのだろうか。
少なくとも青年の場合というのは、
目が醒めたら、金髪ツインテールで碧眼の少女に見下されていた。
「あちゃ〜、一歩遅かったか〜。まあ死んでないにしろ
この状態っていうのはちょっと応えるわね・・・。」
彼女は俺を見下ろしながら言う。
一体ここはどこで、彼女は誰なのだろうか?
そして何故自分はこんな所に居るのだろうか?
無数の疑問が脳裏を支配する。
しかし、それらを凌ぐほどのとてつもない違和感。
そうか。低すぎるのだ。
俺の視線が。
このことに気づいた俺は、恐る恐る目玉を動かし
状況を確認する。
「ぎゃーーーーーーーーー!!!!!!!!」
俺はぐちゃぐちゃだった。
コレは下手な比喩表現などではなく、事実なのだ。
脳みそと腸は死んだミミズみたいにデロンと撒き散らされ、
胸からは肋骨が飛び出てる。
おまけに手足は木の枝みたいにあっちこっちを向いて返り咲く。
「え?え?え?だ、だって脳が腸が・・・え?だって手足だって・・・!!」
「ハァ〜・・・。まあ、無理もないか、こんな状況じゃあ。」
だと言うのに、俺は今喋っている?
そして目の前の少女はそんな俺を見て気怠げにため息を吐いている?
全く理解は追いつかないし、一片の現実感すらわかない。
しかし俺の狼狽様に、わき目もふらず、彼女は淡々と右手を俺の方へと突き出す。
しかし彼女の表情にはなかなか切羽詰まった物がある。
一体何をする気だろう。
そう思った瞬間だった。彼女の右手が淡く緑に光りだし、俺の体のパーツが右へ左へ上へ下へと動き出し、
瞬く間に完全な五体満足な様相に戻ってしまった。
はっきり言って恐怖でしか無かった。
突然知らない場所に来たのだと思ったら、体はバラバラ。
そしてそれを一瞬のうちに治す少女。
この数十秒のことが理解できず呆けて口を閉めれずアホの様な醜態を晒してしまった。
果たして木っ端微塵だった自分はどうして生きていたのか?
彼女は何をしていたのか?
いや、そもそもなぜ自分はこんな場所に・・・?
「ふふ、混乱している様ね!仕方ないから私が一から説明をしてぁ・・・。」
バタっ。
なんと今の状況を唯一説明できるであろう
彼女があろうことか、開口一番倒れてしまった。
「えぇ・・・?」
コレには動揺が隠せない。
いや、さっきから動揺しっぱなしではあるのだけれども。
正直、知りたいことはたくさんあるのだが・・・
俺とて倒れた女の子を一人放っておくというのも気が引ける。
いや、しかし彼女は訳のわからない力を使った。
正直怖い。信じられるだろうか?逃げたほうがいいのではないだろうか?
ついさっきまで散らばっていたはずの脳みそをフル回転させて考える。
どうする?どうする?どうする?
彼女を助けることにした。逃げるにしても今は情報が足りなすぎる。
月並みな考えかもしれないが、もし危険に晒されたらそう言う運命なのだ。と納得する他にない。
仕方がない。医療の知識などないので、とりあえずどこか休める場所にでも連れて行こう、と思い
彼女の容姿を改めて拝見する。
一眼見たときから特徴的な装いをしているとは思っていた。
金髪に碧眼。
背丈は155cmくらいとわりと低めで華奢。
ツインテールの位置はわりと高めではないだろうか。
そして顔立ちというのは、眠っているせいか、先ほどの切羽詰まった様な
表情ではなく、あどけなく可愛い。
そう可愛いのだ。
だから、休める場所に連れて行くために抱き抱えようと思っていたのが、
躊躇われる。
「うう・・・?果たして触れてしまっていいモノなのか?
さっき声を聞いてみた感じ、高飛車な感じだったし、怒ると怖そう・・。」
俺に女性経験がないというわけではないのだ。
しかしこう可愛いとなると、どうにも・・・。
彼女の美貌にはそれほどの力があった。
「背に腹は変えられねぇ!」
意を決して背中に手を回しお姫様抱っこ。
本音を言うと普通に生活していたら決して経験しないことに
若干胸を高鳴らせている。
両腕にずしりとくる体重、そして微かな温かさ、
柔らかさ、コレら全てが彼女のものだと実感してしまい、
少しの興奮とそれに伴う幸福。それに反した罪悪感。後ろめたさで
今度は心の中がぐちゃぐちゃになる。
とりあえず、複雑な感情を無理くり心の中に仕舞い込んで、休める場所を探すために部屋を見渡す。
部屋の様子から、ここがマンションの一室だとわかる。
殺風景で片付いているのだが、全体的に寂れておりこの部屋の歴史を感じる。
なんにせよ、愛らしいこの少女には似つかわしい部屋であることには
間違いないだろう。
そして何より異質だったのは、窓の外の景色だった。
寂れた寂しい街並みだった。
夕暮れ時だと言うのに向かいのマンションもアパートにも、果てには街頭にすら明かりはなかった。
そして、遠くに見えるのは・・・
「東京タワー?」
つまりここは日本の首都の近くなのだろうか。
しかし窓から見える景色というのはなかなか寂しい。
果たして東京とその周辺にこんな寂れた街があるだろうか?
それに東京タワーも記憶の中のそれより、
なんだか黒く、汚れている。
何故だか、心の中の不安がだんだん大きくなってくる。
などと考えているといきなり
「んん・・・んぅ?」
「へ?」
腕の中の少女が悩ましげな声を出す。
ヤバイ。ヤバイ。
どうしよう起きたら!あらぬ誤解を受けるかもしれない!
「ママ?・・・違う・・・だれ?」
目があった。
「・・・」
「・・・」
「あぁ・・・さっき召喚した・・・ああなるほどね。なるほど。
・・・・・・・・は、恥ずかしいから取り敢えずおろしてくれる?」
意外にもしおらしくお願いされてしまった。
頬も赤くなっており、目線も外されてしまった。
照れている様だ。
「あぁ、ご、ごめん。その、いきなり倒れたから休ませようと思って。」
「そうね、ごめんなさい。こちらから呼んでおいていきなり倒れてしまって。
召喚は初めてだから、こんなに力を使うとは思わなかったわ・・・。」
「・・・」
「・・・」
「でも!だからって言ってきやすく触らないでちょうだいよね!
私だって・・・お、女の子なんだし!」
何故だか外見から少女の性格と言うのを決めつけてしまっていた、当たり前だが俺はまだ少女のことを何も知らない。
だからゆっくりと彼女を床に下ろしてから、ぎこちない雰囲気を払拭するためにも質問をする。
「ごめん。ごめん。ところで、そのなんで自分はこんな所に居るのかな?
全く心当たりなくてさ。さっき召喚とか言ってたけど、それがなんか関係するとか?」
「そうね説明がまだだったわね。そう。あなたがここに来たのは、私の召喚のせい。
・・ああ、だからって恨まないでちょうだい。あなたは本来死ぬはずだったんだから。
むしろ私を救世主として崇めてくれてもいいくらいだわ。」
本調子が出てきたと言ったところだろうか。
床に女の子座りしているとはいえ、彼女の物言いはなかなかに恩着せがましい。
「そうか・・・、まぁ信じがたいけど、今はその話を信じるしかないな。
それで一体ここはどこなんだ?まさか剣と魔法のファンタジー世界?
それともハートの女王がいる不思議な国とかか?」
しかし、今の話を信じるほど素直な奴が社会で生きていくことなんてできないと言うのも事実だった。
そんな事を考えていると、彼女は半眼で俺を見ながら口を開いた。
「惜しくもかな半分正解とでも言ったところかしら。」
「ここは、東京よ。まぁ、もう人なんて、とうの昔にほとんどいなくなっちゃたんだけどね。」
どこが正解なのだろうか。
どうやらここは、死に損ないの東京らしい。
登校できないから初投稿。