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どこもかしこも知った場所

ここはヨル伝の世界で、そしてこの国はカルナン王国だ。カルナンはヨル伝においてはあまり目立つことの少ない平和な小国。スタート地点にはこれ以上ないくらいピッタリだ。


改めて周りを見渡す。しかし、この感動はいったい何なのだろう。どこもかしこも知った場所ばかり。俺は自分のオタク知識の広さに感謝した。こんな目立たない小国の知識まで叩き込んでおいたのがここで役に立つとは。今ばかりは母さんに言いたかった。俺の知識は無駄なんかじゃなかったぞ!と。


だが、まず大切なのは落ち着くことだ。いま、俺には何もない。とりあえずはある程度の資金を手にしなくては観光さえままならない。これが現実ならば金を稼ぐということは容易くない。しかしここはヨル伝の世界。俺には知識という武器がある。俺の頭にはカルナンとその周辺地域の出来事も無論入っている。今がいつなのかさえ分かれば、予言めいたことを行うこともできる。ひとまずはそれで金を稼ぐことにしよう。


そうと決まれば行動するのみだ。浮かれ気分の抜けないまま大通りを歩く。小国とはいえ、いろんな人でごった返していて活気に溢れている。そのなかの一人に適当に声をかけた。


「あのですね、この国で最近変わったことって何かありました?」


「え、変わったこと?うーん、分かんねえな。あ、一昨日、ブグナ祭りで隣町から来てた旅人が倒れてよ。あれはたまげたなあ」


しめた。旅人が倒れるブグナ祭りから二日後ということは、今日は1200年の3月12日ということになる。そして、この時期といえば目立たないカルナンが唯一と言ってもいいほど輝く時期だ。おそらく、作者は途中までこの国のことを忘れていて、いきなり思い出して書いたものだから、イベントが一時期に集中してしまったのだろう。とにかくいいタイミングで来られた。運はこちら側にある。さあ、もう準備は整った。後は予言者の真似事をするだけ、間違っても一銭も手に入らないなんてことにはならないはずだ。


俺はまず道の真ん中で、ありったけの大声で叫んだ。


「ああああぁあぁぁああああぁああ!!」


できるだけ長く叫び続ける。


「あぁあああ!ぁああああああん!」


辺りの人々は不審がって立ち止まり、俺の方を見つめる。


「うおおおおおぉお!んぁああああああぁん!」


叫べば叫ぶほど、俺を見つめる人たちは多くなり、それに伴って辺りは静まり返った。いま、大通りには俺の叫び声しか響いていない。


そこでようやくシャウトをやめて、言葉を発した。


「私は予言者だ。今日、雨が降るだろう。あなたたちは長く続いた乾きから解放されるのだ!」


しばしの間があって、人々の目の色は好奇から呆れへと変わった。みんな歩き出し、「雨なんて当分降らねえよ」「馬鹿なやつだ」などと声も飛び交い始める。大通りは俺だけのものではなくなった。


まあ、無理もない。この時代でも予言者を騙る者は多くいた。結果の伴わない状態で誰が俺を信じるだろう。それに、彼らが俺が正しかったことに気付くまでさほど時間はかからない。雨は夕方に降るはずで、そして今はおそらく昼過ぎ。長くても4時間以内という感じだろう。


種は蒔いたが、しかしまだ足りない。予言者らしくなることは簡単だが、確固たる予言者として認められるのは甚だ難しい。というのも、一つの予言を当てるくらいなら偶然の範疇だが、いくつもの予言をすべて的中させるとなると、これはもう運だけではどうにもならない。本当に“見えている”必要がある。そんな人間はそうそういないが、ここでは俺がそうだ。


俺は城へと向かった。当然、門番に止められる。


「これ以上進めば捕らえるぞ」


俺は臆することなく言った。


「私は予言者だ。天命を王に教えにきた」


「予言者なら、すでに王様お抱えの方がいらっしゃる」


「それは偽物だ。私には分かる」


このように粘り尽くした挙げ句、門番は面倒くさそうに俺を城内に引き入れた。彼の表情は現実を思い出させ、いささか俺を傷付けたが、とにかく城に入ることができた。万々歳だ。


某RPGを想起させるように赤い絨毯の敷かれた城を歩く。そして、これまた某RPGを想起させるように玉座に座る王。彼が言葉を発する前に口を開く。


「私こそが真の予言者であると、証明しにきました」


王はそれを聞くと、黙ったまま兵士に何やら指示した。間を置かずに一人の男が現れる。彼は何やら怪しげなローブに身をつつみ、顔中髭だらけの見るからに胡散臭い男だった。


男は俺を見るや否や笑う。


「真の予言者というからどんな人かと見にくれば、丸裸の変態じゃありませんか」


「王様、こんな者の言葉に耳を傾ける必要はございません、これからも予言は私めが…」


「対決だ」


俺は可能な限り凄みをきかせて言った。


「どちらが本物の予言者か、対決をしよう」


王は俺たちを見て、それからしばらく考えて、言った。


「ゲリー、私はそなたを信頼しておる。だからこそ、この変質者と対決をしてほしい。勝てる戦に挑まないようでは男が廃るぞ」


ゲリーと呼ばれた胡散臭いニセ予言者は一瞬嫌そうな表情を浮かべたものの、すぐに愛想笑いでそれをかき消した。


「かしこまり。それでは偽の予言者よ、ここに二つの箱がある」


ゲリーはどこからか箱を取り出した。思わず噴き出しそうになる。コイツの名前はゲリーではなく、アストン・ベック、隣の国からやってきた奇術師、つまりマジシャンだ。それもかなり出来損ないの。俺を奇術で負かすつもりだろうが、その手に乗るものか。俺は大声をあげる。


「真の予言者とは国の吉凶を占うものです。箱のどちらに玉が入っているかを見抜けても、そんなもの、何の役にも立ちません」


王様はなるほどと頷く。ちなみにこの王様はかなりのお人好しで、どちらの箱に玉が入っているかを当てる単純なマジックに心酔し、ゲリーを信じることに決めるほどだから深刻だ。ゲリーはこれ以外のマジックを知らないはずだから、多分ずっとこのマジックを見て狂喜乱舞していたに違いない。しかし、責められるべきは作者だ。王様をこんな馬鹿にした作者が悪いのだ。


「私の見立てでは明日、この国にとんでもないことが起こります。さて、ゲリーよ、あなたはそれが見えるか?」


ゲリーは見るからに困った顔をする。王様は相変わらず熱い視線を彼に送っていた。


「え、いや、それは」


プレッシャーに弱いゲリーは長い沈黙の末、手に持っていた二つの箱を床に投げ捨てた。


「知るかよ、もう僕が偽者でいいよ!」


走り去るゲリー。王様はしばらく呆然としていたが、すぐその顔に怒りが浮かんだ。


「貴様のせいでゲリーが出ていったぞ!明日なにが起こるのかは分からんが、当てられなければ貴様を殺す!」


「構いません。予言ができぬ予言者に価値はありませんから」


王様は少し怯んだが、すぐに格調高い声色で言った。


「では問おう。明日、何が起こるのだ」


俺は答えた。


「明日、この国の空に龍が姿をみせる!」

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