彩花も勉強を教えたい
いよいよ来ました。
学生の嫌いなイベント『期末テスト』が。
実は私、テストは嫌いではありません。
テストで解けたあの達成感が心地いいからです。
そして自分で言うのもなんですが、実は成績がいいのです。
七海雫と比べると結構劣りますが、学年五本指に入れれば成績優良と言ってもいいでしょう。
というかあの女がおかしいのです。
なんですか全教科満点て。
あんなのと張り合うのがバカバカしいです。
なぜ私がこんなにも成績優良を維持するのか、それはあっくんに勉強を教えなければいけない義務があるからです。
あっくんはおバカさんです。
でもそんなおバカさん具合が私は好きですけど。
毎回テストの時は勉強会をするのですが今回は何も言ってきません。
いつもだったら「彩花〜勉強教えて〜」と泣きついてくるのですがなぜでしょう?
「いやそれはお姉ちゃんの妄想だからでしょ。何言ってるの」
と、妹が余計なことを言いますが……ってあれ?
「私声に出てた?」
「ガッツリ。聞いてるこっちが恥ずかしくなるぐらい。本当は勉強教えたいのに恥ずかしくてうまく誘えな――」
「ストォーップ! それ以上言ったらアセトン飲ませるよ」
「お姉ちゃん頭はいいのにそういうとこはポンコツだよねぇ」
「うるさい! 早くでてって!」
と妹の邪魔が入りましたが、今回こそは誘いますよ!
いつも赤点ギリギリなのは把握済みですからね。
あっくんに救いの手を差し伸べられるのは私だけです。
そして翌日。
放課後あっくんのところへすぐに向かいます。
「あっくん帰るよー」
「はいはーい」
問題はこの後です。
いきなり「勉強教えてあげるよ!」なんて言ってしまうと相手は理解できません。
なので、遠回しに誘います。
「もうすぐテストだね」
「あ〜そうだな。彩花は余裕だろ?」
「余裕でもないけど、まあ不安はないかな」
「すげぇな。俺なんか不安しかないわ〜」
待ってましたその台詞を。
自分の弱いところを吐く事で『受け身』の体勢が出来上がります。
その『受け身』の準備ができた事で、いつでも私の提案が出せる状況になったのです。
つまり、相手側が「〜だわ」「〜がいい」などの台詞を吐いた時はそこにつけ込むチャンスというわけです。
「あっくんテスト不安? じゃあ私が教えてあげよっか」
「ホントか? 助かるよ」
「何の教科が不安?」
「数学以外はヤバイかも……」
ん? 数学以外?
おかしいですね。あっくんは確か全教科不得意ないはず。
急に数学が得意になるというのも考えにくいですね。
「数学得意だったっけ?」
「前は苦手だったけど、今は得意になったかな」
それはもう誰かに教えてもらったとしか考えられないですね。
誰でしょう? まさか七海雫?
だとしたら……手を打たなくては。
「じゃあ今日は化学やろうっか?」
「マジで? じゃあお願いするよ」
「オッケー。じゃああっくんの部屋で」
「了解」
内心思いっきり叫びたくなるぐらい嬉しかった。
長い時間二人きりでいられるのだから。
今まではほんの数分しかその場にいられなかったけど勉強会となると話は違います。
そして家が隣なのでいつまでもいる事ができるのです。
あわよくばそのまま泊まり、あっくんの枕に顔を埋めてダイソンの如く吸引したいです。
はぁ〜考えただけでもよだれが出ちゃいそうです。
「悪いなぁ俺の勉強付き合ってもらって」
「いいの。それより早くやろ」
「お、おう……」
あっくんは一度教えると飲み込むのが早いです。
今まさにやっている化学だって基本的な事しか教えていないのにもう半分ぐらい自力で解けています。
普段の授業を聞いているんですかね……。
「黒板書かれた事をノートに必死に書いてるだけでちっとも頭に入ってこないんだよなぁ」
「あっくんは一つの事にしか集中できないタイプだよね」
「それを言うなよ〜」
途中休憩を挟みつつテスト範囲の部分を終わらせました。
あとは本番を待つだけです。
それと、私個人的に気になる事があったので思い切って聞いてみます。
「あっくん、数学は自分の力で得意になったの?」
「いや? 雫のおかげだな」
その名前を出した瞬間自分の中のドス黒い感情が湧き出てきました。
もしかして昨日家にいなかったのは……あの女のところへ……?
「あっくんあの女には近づかないほうがいいよ」
「なんでだ?」
「嫌な感じがするの。表はいい女アピールしてるけど裏ではなにか企んでそうな感じがする」
「そうか? 俺はそんな感じしないけどなー」
やはりあっくんはあの女に徐々に毒され始めてる。
一旦体に入った毒は回るのが早い。
完全に抜くことはできなくとも遅延させる事は可能です。
もっとも治すつもりでいますが。
「あっくん私たちって一緒に居始めてどれぐらい経つ?」
「んーと、生まれた時からだから十七年ぐらい経つのかな」
「そうだね。その辺の夫婦だって十七年っていう長い間一緒にいるのは少ないよね」
「そうだけど、なんの話だ?」
「私ね……ずっと前からね……あっくんのこと――」
「お姉ちゃんいる!?」
ドアが壊れるほど勢いよく開けたのは彩花の妹、朱音。
顔色を伺うにどこか焦っているような様子だ。
「なんだ朱音か。そんなに勢いよく開けたら扉壊れちゃうだろ。彩花ならここにいるぞ」
「なんだよかった〜この時間になっても帰ってこないからさ。もしやと思ったらここにいたんだね」
「期末テスト近いからさ彩花に勉強教えてもらってたんだよ」
「そうだったんだ。あ、お姉ちゃんお父さんが心配してたよ」
「ホントに!? そういえば何も言ってなかったね」
家族には何も言わずにあっくんの家にお邪魔していた。
それが仇となったようだ。
もう少しで私の思いを……。
「彩花ありがとうな。おかげでまた一つ得意教科増えたよ」
「ならよかった。明日も教えてあげるよ」
「お、おう。な、ならお願いしよっかな」
一瞬どもったのが気になりましたがいいでしょう。
明日もあっくんと一緒にいられるのだから。
そして『卒業』までにこの想いを伝えなければいけません。
あいつが先か私が先か。
まだまだ気を抜けません。
彩花(あ、朱音のバカぁ~!! いい時に入ってこないでよ!)
秋斗(え、彩花怒ってる……)